ホントのキモチ!

望月くらげ

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第四章

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 昨日はいったいどうやって家に帰ってきたのか記憶があまりない。泣きはらした目は腫れていて身体もどこか重かった。
 それでもなんとか身体を引きずるようにして家を出た。
「……いない、よね」
 玄関を出たところの塀に、昨日までは毎朝蒼くんの姿があった。私が出る少し前に来てくれていたのか「遅えよ」と言いながらもいつだって待ってくれていた。
 でも、今日は、今日からはいないんだ。
「って、別にそれが普通だし」
 いなくて寂しいとか思ってるわけじゃない。ただあまりにも一緒に学校へ行くのが当たり前になってしまっていて、変な感じがするだけだ。
 私は久しぶりに一人で学校までの道のりを歩く。
「あれ? あの子って」
「もしかして」
 大通りに出た瞬間、こちらを見てヒソヒソと話す声があちらこちらから聞こえ始めた。
 そのどれもに気づかないふりをして必死に歩いた。
 でも、通学路のそれがまだマシなものだったと気づくのは教室に入ってからだった。
 私が一人で来たという話はあっという間に学校中に広まっていた。勿論クラスの女子たちにも。
 教卓の周りに集まっていた浅田さんたちは私の姿を見るなりクスクスと話し始めた。
「ほら、絶対フラれると思った」
「そもそも釣り合ってなかったし」
「自分の顔見てから告れって感じだよね」
 私の席に向かうためには、どうしてもその前を通らなくちゃいけない。俯いたまま浅田さんたちの前を通り過ぎる私の耳に「はあ?」という声が聞こえた。
「無視するつもり?」
「耳ないんですかー?」
「ないのは脳みそかもよ? あったら加納さんレベルで蒼くんと付き合おうなんて思わないじゃん。あ、でももうフラれたみたいだけど」
 何が楽しいのかわからないけれど、あからさまに私を指さしながら笑う浅田さんたちの前を足早に通り過ぎ、自分の席に座った。
 思わずため息を吐いた私を、前の席から結月が振り返る。
「……大丈夫?」
「うん……」
「別れたって聞いたけど、ホント?」
「……本当」
「そっか。……でも、よかったじゃん。これで樹くんにちゃんと告白できるよ」
「え?」
 結月の言葉にカバンを開ける手を止めた。
 樹くんに、告白……?
「む、無理だよ」
「なんで? 今なら誤解を解いて告白するチャンスじゃん」
「それは、そうかもしれないけど」
「けど?」
 結月の問いかけに私は口をつぐんだ。
 何も言わない私に結月は肩をすくめると前を向く。
 自分でも自分の気持ちがよくわからない。私はどうしたいんだろう。
「はぁ」
 ため息を吐いた私の耳に女子の歓声が聞こえてきた。どうやら樹くんが登校してきたらしい。
 何気なく視線をそちらに向けると、樹くんと目が合った。そのまままっすぐに私の元へと歩いてくる。
「え? ええ?」
 戸惑う私を余所に、樹くんは私の席の前で足を止めた。
「おはよう、加納さん」
「お、おはよう」
「……あとでさ、話があるんだけどいいかな」
「え……?」
 いいとかダメとか言う前に樹くんは優しく微笑んで自分の席に向かった。
「どういうこと……?」
 思わず呟いた言葉に、結月は顔だけこちらに向けて小声で言った。
「凜よりも少し前に樹くんが登校してきたんだけど、浅田さんたちから凜と蒼くんの話を聞いて血相変えて教室を飛び出して行ったの」
 だからさっき手ぶらだったんだ、とわかったものの。それ以上にわからないことがある。
「なんで……?」
 血相を変えて飛び出すようなことが、樹くんにあったのだろうか。あのいつも落ち着いていて優しい樹くんに?
 不思議に思う私に、結月は首をかしげた。
「さあ? でも私はあれ、蒼くんのところに行ったんじゃないかって思ったんだけど」
「蒼くんの?」
「そ。真相を確かめに行ったんじゃない? 凜と蒼くんが別れた話の」
 そんなこと、あるのだろうか。
 だって樹くんにとって私はただのクラスメイトでしかなくて。あっても蒼くんの彼女だった子、だ。そんな子のために血相を変えて飛び出すなんて。
「信じられないって顔してる」
「だって」
「あとで話しするんでしょ? そのとき聞いてみたら?」
 聞いてみたら、と言われても。
「まあ、聞けたら、ね」
 きっと聞かないだろうなと思いながらも、私は結月に曖昧な返事をした。
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