ホントのキモチ!

望月くらげ

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第三章

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 ようやく教室に着いた私はカバンを取ると隣の二組へと向かった。そっちで待っていると、蒼くんが言っていたから。
 二組の教室の前、ドアに手をかけて小さく深呼吸する。
 よその教室に入ろうとすると、妙に緊張するのはどうしてなんだろう。
 仲にいるの蒼くんなのに。
 ふう、と息を吐き私は教室のドアに手をかけた。
「――だからさ」
「は? ふざけんなよ」
 けれど教室の中から誰かの声が聞こえてきて手を止めた。
 どうも片方の声は蒼くんのようだった。
 友達と一緒にいるのかも知れない。それなら私が入っていって邪魔になるかも。
 そんなことを思うと、ドアを開けるのをためらってしまう。どうしよう、少し時間をおいてもう一度戻ってきたほうが――。
「で? あの子どうなの?」
「どうって何が」
「いや、別れないからさ。何? 気に入っちゃった?」
「そんなんじゃねえよ。付き合うことになってそんなすぐにフれないだろ」
「蒼くんやっさしー」
 ゲラゲラと笑う声が聞こえてくる。けれど、私の頭の中ではさっきの蒼くんの言葉がぐるぐると回っていた。
 付き合うことになってそんなすぐにフれないだろってどういうこと……? 今、いったい何の話をしてるの?
「にしてもさ」
 私が聞いていることなんて気づかないまま、教室の中で男子たちの馬鹿にしたような声は話を続ける。
「本当に雰囲気を作っただけで告白するなんてな」
「あの子大人しそうだから絶対告白しないと思ったのに。くっそー」
「だから言っただろ? この学校の女子の大半はこいつら兄弟のことが好きなんだから。告るに決まってるって。賭けは俺と蒼の勝ちだったな」
 賭け……? 賭けってどういうこと?
「あ、そろそろ帰ってくるころか? んじゃ、俺ら先帰るわ」
「彼女ちゃんによろしくなー」
 ここにいたらダメ。そう思うのに、どうしても足が動かない。
 立ち尽くしたままの私の目の前で、教室のドアが開いた。
「うわっ」
「何……って、あんた」
 私の姿を見て、蒼くんが呆然としているのがわかった。
 でもそれよりもなによりも、気づいてしまった。
 付き合い始めて一ヶ月が経つというのに、一度も名前を呼ばれたことがないことに。いつだって私を呼ぶときは「あんた」と蒼くんは呼んでいた。
 それはきっと本当の彼女じゃ、ないから。
「今の、聞いてたのか」
「賭けだったんだね」
「それは……」
 教室にいた男子たちは私たちの様子を見て慌てたように去って行く。残されたのは私と蒼くんの二人だけ。
「さいてーだよ……」
「あんただって」
「え?」
 私の言葉に、蒼くんは嘲笑うように唇の端を上げた。その顔は怒っているようにも、そして傷ついているようにも見えた。
「俺と樹のこと、間違えて告白したくせに」
「しっ……てた、の」
 知っててオッケーして、樹くんに付き合ってるってわざと言ったの? なんで、そんな。
「あーあ、これまでだな。まあ、楽しい暇つぶしにはなったよ」
「っ……」
「じゃあな、凜」
 そう言って蒼くんは私の隣を通り過ぎると、教室を出て行った。
 残された私はその場に座り込む。
「はじめて、名前、呼ばれたのに」
 無感情のまま冷たく呼ばれた名前は、なぜか酷く悲しく聞こえた。
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