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しおりを挟む「で、俺の所に逃げてきたの?」
「……」
無言のまま唇を噛み、立てた膝に顔を埋める。そんな俺の髪の毛を柔らかい手つきで撫で、紅林先輩はクスクスと上品に笑った。
桜花クンが止めるのも気にせず消灯後の外に走り出た俺は、行く当てなくあちこちをさまよった。
真っ暗な寮の外は普段の自然豊かな学園ではなく、真っ暗で寒々しくて。ーーまぁ当然の如く迷子になった。
外に出た事を後悔しつつも暫くして体力をなくし、しゃがみ込んでいた所をたまたま通りがかった紅林先輩が保護してくれたのだ。
茶室の中で、先輩が点ててくれたお茶を飲む。
あぁ、あったかい。
「息子」の事は伏せつつ先程までの出来事を説明すると、紅林先輩は「ここに居ていいよ」と言ってくれた。それに小さく頷けば、彼は嬉しそうに微笑んで。
「……桜花クン、こわかった」
「可哀想に。君にだって話したくない事はあるだろうに」
「…………友達だから、心配だって」
「友達だから何でも明かさなければならないという訳ではないんじゃないかい?少なくとも俺は、友人にも話していない秘密が沢山あるよ」
だよな。……そうだよな?桜花クンはなんで俺の事を聞きたがったんだろう。本当にそれって心配なのかな。
ふわり、と頭の中に浮かんだ疑問が膨らんでいく。それを口にすれば、紅林先輩は俺の耳元で囁くように語り始めた。
先輩の声は、耳通りがいい。なんだか眠くなって、思考が緩くなっていく。
「本当に、彼は君を心配しているのかな?もしかしてただの興味なんじゃないかな?君に擦り寄る振りをして学園内で甘い汁を啜ろうとしているんじゃないかな?」
「お、うかクンは、そんな人じゃ」
「本当に?君は彼をどれほど知っているの?だって彼は君の心よりも自分の関心を優先したんだろう?寒い外から戻ってきた君の体調の心配よりも、君が誰と通話していたのかばかり気にしていたんだろう?俺ならまず君の身体を温めてあげるけどなぁ」
それは、俺を心配してくれたから。
ーー本当に?
ぞくり、と言い様のない悪寒が身体中を駆け巡る。もしかして、彼は俺の何かを探ろうとしているんじゃないだろうか。「風紀派閥」の要と共謀して、俺が「Vine」だと確信している風紀委員長に言われて身辺調査をしているのでは。
彼が味方だって、どうして言いきれる?「家族」にだって時々裏切り者は現れたんだ。
カタカタと震え出す手を、無理矢理握り込む。噛み締めた唇からは血の味がしたけれど、それすら気にならず。
紅林先輩が俺の背中を叩いた時、俺は大袈裟なほどビクリと震えてしまった。すぐさま先輩の手が離れていったことにホッとする。
俺のすぐ目の前に座った先輩は、今度は柔らかい手つきで俺の両耳を緩く塞ぎ、それ越しに再び話しかけてくる。
「……落ち着くまで俺のところにいるといい。俺は君の悩みを追求したり、君の中身に踏み込んだりはしないよ。ただ甘やかしてあげる」
「ーーーーあまやかす?」
「そう。甘やかす。君は好きなだけ俺に甘えていいんだ。君がして欲しいことはなんでもしてあげよう」
あまえる。
『調子に乗るなよーー』
して欲しいこと。
『穢らわしい塵がーー』
おれが、ずっと。
「ーーだ、きしめて、ほし」
「勿論」
あ、あったかい。
体育座りをした俺を覆うように腕を回した先輩。その体温が冷えた俺の体に徐々に移ってくる。
カタカタと震える身体を癒すように背中を撫でてくれる先輩の服を、俺は無意識のうちに掴んでいた。慌てて手を離そうとすると、先輩は殊更優しい声で「そのままでいいんだよ」と囁いてくれた。
身体が火照る。きゅう、と心臓が鳴る。
「他にはない?」
「ほか、」
「もっともっと甘えて欲しいな。君はずっとどうして欲しかった?何を望んでる?皆に与えられていて、君に与えられなかったものは?」
「でも、それ、おれはだめで」
「駄目なわけがない。君は世を蔓延る有象無象なんかよりも余程価値がある人間だ。君には与えられる権利があるんだ」
ふわり、と身体が浮いて。俺は先輩の膝に乗せられた。驚いて瞬きをすると、目の前に現れた先輩の顔がそれはそれはーー
公園で愛する我が子を見つめる母のように、柔らかいものになって。
これが、俺の?
「も、もう1回」
「こうかい?」
俺が俺自身でも聞き取れない程小さく呟いた言葉をしっかり聞き取ってぎゅっと抱きしめてくれる。彼の肩口に頬を載せれば、今度はそのまま頭を撫でてくれた。
あったかい。あったかい。
まるで、桜花クンの笑顔のような。
「ーー……っ、ゔッ」
「怖かったね。よく頑張ったね。大丈夫。君は何も悪くない。君は何もしなくたっていいんだ。俺が君をあらゆる外敵から護ってあげる」
「おうかくん、はッ、悪くなーー」
「悪いよ。だって君を不安にさせたじゃないか。彼は君を助けたいだなんだと言って、その実君から面白い情報を聞き出したかっただけ」
知っている?「桜花家」って、元々「忍」の家系だと言われているんだよ。それが後世になって「情報」を取り扱う会社になったんだ。
「ーー情報?」
「そう。『桜花』の多くはマスコミ関係の深部に属している。つまり、彼は君からなにかネタを感じ取ったんじゃないかな……と思うんだ」
頭を撫でられながら、優しく吹き込まれる声に耳を澄ませる。
知らなかった。何も。桜花クンのお家ってそうなの?俺から何らかの情報を引き出そうとしていた?
でも、俺なんかの情報を引き出して何になる?
「そりゃあ、なるよ。帝華学園に入学できる程の財力があるにもかかわらず、ご飯も満足に食べない痩せた少年。ーー名家の揺すりネタが見つかりそうじゃない?」
「でも、桜花クンは、俺を沢山助けてくれて」
「油断させたかったんじゃないかな?」
ちがうよな?
ぎゅう、と先輩のカーディガンを握る。先輩もより一層力を込めて俺を温めようとしてくれた。
「……『桜』って、言われた」
「!ーーあぁ、可愛そうに。『桜花』の『桜』はつまり、ターゲットだよ」
うそ。
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