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しおりを挟む夜。
机の上に伏せるようにして眠ってしまった桜花クンと要に膝掛け(寮支給)を掛ける。机や床にはお菓子の包装紙やノート、教科書が散乱していて、元の綺麗なリビングが見る影もない。
要の端末を彼の指を使って開き、彼の親衛隊長に『ハルの部屋に泊まることになった』とだけ打つ。すぐさま『承知いたしました。隊員にも通達しておきます。』と返事が来たのでそのまま電源を切った。
「……」
静まり返った部屋の中には人が3人もいるのに、何処か寂しい。静かな部屋が好きだったはずなのに、気付けば彼らとの日常に慣れてしまっていたんだなぁーーなんて。
喧騒は相変わらず苦手だけれど、クラスの通常程度の声なら体調を崩すことも減った気がする。
楽しいな。毎日が。痛いほどに。
トリュフの包装紙を取り、パクリと口に入れる。途端ドロリと洋酒が口の中に広がり、溶けたチョコレートと絡み合って。
ヴーー、ヴーー、ヴーー、
着信音が鳴る。
「……あーぁ」
『×××』と書かれた通知画面を見つめ、口角を無理矢理上げる。合格発表の折に端末が支給されて 、一番最初に登録させられた番号。
名前を見るのも嫌で、すぐさま変更した。
出たくない。けれど、出なければ次会った時に何をされるか分かったもんじゃない。
俺は2人の口元に手を添え、ちゃんと寝ていることを確認してからバルコニーへ続く扉を開けた。
春とはいえ、夜はまだ冷える。冷たい夜風がシャツ1枚の俺の身体に刺さっては抜けていく感覚に、思わずぶるりと身体を震わせた。
「ーーはい」
『……』
「……」
『随分派手に動いてるじゃないか。俺の耳にもお前の名声が届いているよ』
あぁ、これは随分怒らせてしまっているらしい。
目を伏せ「ごめんなさい」と小さく呟く。しかし、この謝罪はかえって彼の怒りを煽るものでしかなかったらしい。大きな舌打ちと共に、『ガァアン!!!』と何か大きなものを蹴りつけるような音が耳を劈く。
あぁ、うるさい。
『調子に乗るなよ!!!お前如きが注目されて優遇されて堂々と道を歩いてものを食って!!!!人間にでもなったつもりか!?!?!?お前のような穢らわしい痴女の股から生まれた塵が!!!!』
『なにが喧騒が苦手だ!!!月待のせいとでもいいたいのか!?!?違うよなぁ!!お前が生まれてきたせいだろうがァ!!!なぁおい!!!無視してんじゃねぇぞ!!!』
口調が荒くなってますよー「息子」。
「…………はい、申し訳ございません。兄様」
身体と心が分離していくみたいに、自分の声が何処か遠くに聞こえる。その癖「息子」の声はグワングワンと耳元で響くのだから、頭がおかしくなってしまう。
最早、相手の声に遮られて自分が何を応えているのかも分からない。
『巫山戯るなよ!!!紅林に媚びて助けでも求めるか!?……あぁそうだ。月居と連翹にも媚びてるらしいなぁ?流石風俗嬢の息子じゃないか。尻は気持ちよくしてもらったか!?』
月居と連翹って誰だ……。とは言えず、ぼんやりと罵詈雑言を聞き流す。
そもそも風俗嬢ってそんなに悪いものだろうか。母親に限って言えば、その中ではトップクラスのクズ野郎だったけれど。
だって、母親がパキッてぶっ倒れた時、母の同僚達が色々助けてくれた。彼女達は皆一様に優しかった気がする。ーーあんまり覚えてないけど。
『ーー』『ーー』『ーー』
「…………っ、」
バルコニーの柵にもたれ掛かるようにして、しゃがみ込む。月と星空の綺麗な夜景を見ていると、現実との対比に頭がおかしくなりそうだった。
頭痛を低減させるためにこめかみをグリグリと抑え、ため息を吐く。勿論通話の向こうに気付かれないように距離を離して。
『お前のような生まれながらに下賎な存在が俺と同等に過ごせるなんて思うなよ。お前の振る舞いは全て母上に報告してあるからな。長期休暇は家に戻れとのことだ。どんな目に遭うんだろうなぁ??楽しみだなぁ???』
「……っ」
室内ではスヤスヤと穏やかに眠っている桜花クンと要がいて。
彼等が時折家族の話を楽しそうにする姿を見ていると、自分にも温かい家庭があるのだと勘違いしそうになる。……そんな訳ないのになぁ。夏休みの後、俺はどうなっているんだろうか。あーあ、なんて可哀想な俺。
彼らと俺じゃまるで世界が違う。
「……かしこまりました」
『そうだ。お前は素直に俺達の下に立っていればいい。ーー間違っても歓迎会で賞なんて取ったりするなよ。奴隷に貴族と同等の贅沢など許されるはずがないだろう??』
「…………そ、ですね」
あーあ。あーあ。折角桜花クンと要、手伝うって言ってくれたのに。彼らの善意を無駄にしてしまう。勿体ない。
ズキ、と痛む胃を抑える。お菓子、食べ過ぎたかなぁ。やっぱり食事は控えめにしないと。
「国春くん、誰とお話してたの?」
カタン、と小さな音でバルコニーの扉を閉めると、背後からかかる優しい声。それが冷えきった身体に染み渡るように広がって。
何故か、 冷えた心地がした。
なんとなく背後を振り返れずに、鍵を見つめたまま「起きてたんだ」と呟く。
「うん。さっき。国春くんは誰とお話してたの?」
「へぇ。起きたんなら自室で寝なよ。要、そっちでいい?俺1人じゃないと寝れないんだよね」
「勿論。要くんグッスリだねぇ。国春くんは誰とお話してたの?」
「……なんで?」
あぁ。久々に俺、桜花クンにイライラしてる。
振り返って睨みつけるが、桜花クンは穏やかに微笑むばかりで当時のようにビビってくれない。
「な、に?俺は俺の行動全部を一々報告しなきゃなんない訳?何様だよ!!お前俺のなんなんだ!?」
なんで俺、こんな怒鳴ってるんだろ。
「友達だよ?」
「ーーッっ、そんっなの、」
「友達が真っ青な顔で電話してて心配しない人がいる?国春くん、僕をいつも気にかけてくれてるよね。僕も同じ。君がなにか辛い目に遭っているなら助けたい。それはなにかおかしいこと?」
「君に出会った時、僕は遂に『桜』に出会ったんだって思った」
君が僕の見えないところで傷付くなんて、赦せないよ。
そう真っ直ぐに告げる彼が、酷く恐ろしかった。
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