佐野国春の受難。

千花 夜

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「それで、パン貰った」


 事の顛末を話し終えた俺は、満足して風紀委員長から去り際に貰ったカレーパンを貪る。カレーうめぇパンうめぇ。街のパン屋で食べた安いそれよりはるかに――なんかこう、深みのある味がする。一体いくらするんだろう。
 一心不乱にパンを食べる俺を見る桜花クンと要は、心配そうに眉を下げていた。


「……大丈夫なの?風紀委員長、愉快犯で恐ろしい方だって……」
「あ、ミツ、その発言は見逃せないな。風紀委員長はあぁ見えて素晴らしい人格者なんだ!部下に優しく仕事もできる!それに俺のような委員会の格下にも会議では気を配って下さる」
「そうなんだ。要くん、風紀委員長の事凄く尊敬してるんだね」


 勿論さ!!と溌溂とした笑顔で頷く要が眩しい。親衛隊だろう奴らが目をキラキラさせているのが隅っこに見えて、何となくほっとする。以来、彼の人気や信頼が失墜するようなことがあったら正直申し訳ないな、と微かに思ってはいたので、あの1件如きで見方を変える様な人が要の周囲にいないことが分かって良かった。

 閑話休題。

 風紀委員会の件は断ったと言えば、クラス内はにわかにざわめいた。要も「あの委員長が断りを許すなんて」と目を丸くしている。


「なんか、時じゃないって言われた」
「……時?」
「わかんない。多分厨二病なんだと思う」
「風紀委員長のファンに殺されるぞ……」


 ちなみに、風紀委員会の役員には「親衛隊」は存在しないらしい。過激派の「親衛隊」の抑止力としても機能している彼らに「親衛隊」がいては本末転倒、ということらしい。が、実際非公式のファンクラブとして活動しているとか。
 しかも、風紀委員長のファンクラブに至っては生徒会長と同程度の人数が加入しているというのだから恐ろしい。

 俺はカレーパンの最後の1口を無事に食べ終え、息を吐いた。
 
 彼は俺が「Vine」であるとほぼ確信しているようだった。ならば、俺もより一層気を付けて行動しなければ。間違っても喧嘩なんかしてはならない。
 既に学園内で何回か喧嘩をしている場面に遭遇したことがあるが、何がどうなっても巻き込まれないようにしなければ。――正直血が騒ぐのだが、我慢我慢。

 彼らに俺のことがバレて、芋づる式に「月待」の事に巻き込んでしまうなんてことがあったら。俺はきっと、命を絶ってでもそれを防ぐ。

 俺の問題に「家族」を巻き込みたくない。


「……国春くん。なにかしんどい事とか、ない?」
「なんで?」
「…………ううん。変なこと聞いてごめんね」


 ……。

 眉を下げて微笑む桜花クンの頭を恐る恐る撫でれば、彼は何故か泣き出しそうな顔で唇を噛んだ。









「……新入生歓迎会?」
「お―うそうだ。楽しみか?佐野」
「全然」
「……そ、そうも言えなくなるからちゃんと聞いとけよ……」


 終礼の時間になって、再び担任の弥生センセーが教室に入ってきた。何処か楽しそうな様子で黒板にでかでかと「新入生歓迎会」と書くと、手に持った資料を配り始める。
 声をかけられたので素直に返事をしたらしょんぼりされた。

 あ、でも小学校中学校ほとんど行ってないしイベント事とか初めてかも。別になくていいけど。……だってうるさそうだ。

 しかし、クラス内の雰囲気はその限りではない。皆ワクワクとした様子で自分の手元に回ってきた資料を見つめ、隣や前後の席の友人達と何やら楽しそうに話している。
 桜花クンも要もこのイベントは楽しみらしい。目をキラキラさせて資料に目を通している。


「今週の土曜日は新入生歓迎会だ。本来ならもうちょっと前の時点でお知らせしたんだが、今年はちょっと変更点がいくつかあってな。在学生は先輩から色々聞いてるだろうから、変更点も混じえて説明してくぞーメモしてけー」


 どうやら新入生歓迎会は毎年恒例で同じものをするらしい。

 俺もチラリと手元の資料に視線を落とす。要はともかく、桜花クンが楽しみにしているのなら、俺も楽しまないと。空気を壊すような真似は好きじゃない。
 純粋に興味はないけれど、皆の空気感に反した行動ばかりするのは不良ムーブに繋がりそうな気がする。


「まず、朝の集合時間だが、これは8:50だ。いつもよりちょっとゆっくりできるからちゃんと支度しろよー。その代わり終了時刻が17:30から17:50まで伸びて、晩餐会の時間も18:30からに後ろ倒しになるが……まぁこれはいいだろお前らどうせバカ騒ぎしてんだから」


 これには普段から化粧をしている生徒達が歓喜の悲鳴をあげた。バーの店長も「完璧な化粧には金と時間が必要なの」と言っていたし、大事な項目なのだろう。
 ちなみに俺の朝の準備はシャワー、ドライヤー、以上である。クラスメイトの何人かにケア用品を宣伝されたことがあるが(鬼気迫る表情だった)、高かったので熱量だけ受け取り、商品は丁重にお断り申し上げた。

 ぼんやりと化粧をする店長の様子を思い出しているうちにも弥生センセーの説明は続く。


「あと、晩餐会は例年通りに食堂で行われるが、そこに――生徒会役員と理事長も来る」


 ・・・。

 沈黙。

 てっきり想像を絶する「ぎゃぁあああ」がやって来るのだと考えていた俺は、首を傾げて背後を振り返り――わぁお。

 皆、悲鳴を上げないように手で口を塞いでいた。しかしその顔は真っ赤である。
 ……ありがとね?いいよ多少騒いでも。まぁそれを言うと調子に乗るから言わないけど。

 先生も生徒達の努力に小さくパチパチと拍手を送り、これ幸いとばかりに説明を続け始める。

 それからは特に資料と変わらない説明が続いた。俺もペラペラと適当にページをめくりつつ、くぁ、と小さく欠伸を漏らした。眠い。


「――あー、あともう1つあったな。歓迎会はまぁ鬼ごっこなんだが、景品が変わる。1位は希望の生徒会役員と1日2人きり。2位が晩餐会で生徒会特等席に参加。これは変わらんな。場所は食堂になったが」


 なんだそのクソほど魅力のないプレゼント。世界一いらねーよ。


「3位が、食堂3年間無料券から、食堂3年間無料券に変更になった」


 ――なんだって?

 俺が目の色を変えたのを見た弥生センセーが、ニヤリと楽しそうに笑った。

 
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