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8. side.桜花 美月
しおりを挟む「……国春くんも、きっと人気出るよ」
僕がそう言うと、国春くんはそれはそれは嫌そうに顔を歪めた。それでも格好いいのだから、美形というのは凄まじい。
国春くん自身はあまり自分の容姿や周囲からの関心に興味がないのかもしれないけれど、『帝華学園』は彼をほっとかないんじゃないだろうか。
彼の真っ黒の髪は艶々としていて綺麗で、真っ黒の瞳は吸い込まれそうな深い色をしている。一方で肌は白磁のように白く美しく、彼の黒を良く引き立てていて。
背はーー175cmくらいだろうか。僕なんかよりずっと高くてスラッとしている。少々痩せすぎな気もしなくもないけれど……これはまだ踏み込んでは行けないような気がした。
「親衛隊」について詳細の説明をしながら、チラリと横に座る国春くんを一瞥する。
眉間には深い皺が刻まれているものの、表情は無だ。真顔とはまた違う。ーー表情が丸ごとごっそり抜け落ちてしまったような。
「何となくこの学園については分かった?」
「……生徒会と風紀委員会には絶対に近付いちゃいけないことと、その他役員にも可能な限り近づいちゃいけないことは理解した。あと親衛隊がやべぇこともわかった」
「うん、十分だね!」
もっとも、国春くんは役員スカウトひっきりなしだろうけど。それはまだ言わない方がいいかも。何となくストレスに弱そうな感じもするし、余計に負担をかけてしまいそうだ。
「……顔が良い生徒は好まれるって事は、つまり平凡な顔の男がイケメンと仲良くしてると、親衛隊は嫉妬するんだよね」
「我欲かよ」
「あはは……それで、国春くん、僕とそれでも仲良くしてくれる……?僕と一緒にいたら、国春くんにも迷惑かけちゃうかも」
パチリ、と瞬きをする国春くん。
あぁ、いま凄く意地悪な質問をしてしまった。平凡顔の僕が、それでも国春くんと仲良くしたいだけなのに親衛隊をダシにした。
自分が恐ろしいと聞く親衛隊の「制裁」が怖いだけなのに。国春くん本人の口から「友達」という証明と許しが欲しいのだ。
へら、と力無く笑って目を伏せる。自分の意思だけで動けない所が僕の短所だ。
「迷惑は、寧ろ俺がかけると思う」
「え?」
「俺、さっきも言ったけど感情のコントロール下手だし、イライラしたらすぐ舌打ちとかするし」
それは、別に。
自分の感情を剥き出しに出来ない臆病な僕にしてみれば、国春くんのさっきの行動はとっても格好良かった。それに、彼は僕を守ろうとしてくれていた。
無表情のままスルスルと言葉を紡いでいく国春くんを見つめながら、パンをひと口齧る。
「……じゃあ俺、桜花クン見習って行動する」
「見習う?」
「そ。桜花クンはさっきのクソと違って気持ち悪くないし、真似出来たら俺も普通になれそう」
僕を見習うなんて、初めて言われた。
いつもオドオドしてばかりの僕は、中学の時もどちらかと言うとからかいの対象だった。馬鹿にされこそすれど、尊敬された事なんて1度もない。
真正面から告げられる国春くんの言葉に、顔が熱くなる。慌ててパタパタと両手で顔を仰いだ。
国春くんが「どした?」と首を傾げるのが可愛くて、笑ってしまう。
車の中で勇気を出してみて、良かったなぁ。
「ーー僕も、国春くんみたいになれるように頑張る」
「俺みたいになんかならない方がいいよ」
「ううん。国春くん目標にする!」
こんなに格好良くて自分の芯をしっかり持っているのに、彼はどうしてこれ程までに自己評価が低いのだろうか。
それも、いつか聞けたらいいなあ。
「…………変なの」
ピリピリした様子だった国春くんの周りの空気がホワホワしてきたような気がして、僕はとっても嬉しくなった。
「ところで、さっきの男の子はどうしたのか聞いてもいい?」
「あー、寮監の弟でA組の委員長だって。名前は覚えてない」
そう言う国春くんは、余っ程さっきの男の子が気に食わなかったのか眉間に深い皺を再び刻んだ。
それにしても、委員長か。これはちょっとーーいや、かなり厄介な事になったかも。僕じゃなくて国春くんが。
この学園の二大勢力である生徒会と風紀委員会は、代々非常に仲が悪いらしい。お互いがお互いを常に蹴落としてやろうと監視していて、実際過去に風紀委員会が生徒会の汚職を暴いてリコールしたこともあるし、生徒会が風紀委員会の腐敗を指摘して解散させた事もあるのだとか。
その結果、その他各委員会は「生徒会派閥」と「風紀派閥」に細かく分裂しているらしいのだ。
例えば、放送委員会は生徒会派閥。
例えば、監査委員会は風紀派閥。
例えば、保険委員会は生徒会派閥。
例えば、美化委員会は風紀派閥。
ーーといったように。
そして、各クラスの委員長達が所属する「学級委員会」は「風紀派閥」だ。
これが何を意味するのか。
「……つまり、新入生の有望株は正面切って『風紀派閥』に喧嘩を売って『生徒会派閥』側に着いた、って解釈する人が出て来なくもな………………多分ほとんどの人がそう解釈するんだよね……」
何となく後ろめたい気持ちになりながらモゴモゴと告げると、国春くんは塩おにぎりを食べる手をピタリを止めた。
そしてギ、ギ、ギ……と錆びた歯車のような機械的な動きで隣に座る僕の方を向く。元々色白な顔がさらに真っ白になっているのを見て、僕は「国春くんも世間体とか気にするんだなぁ」なんてそこそこ失礼なことを思った。
「………………それ、どうやったらなかったことになる?」
「ざ、残念ながら……」
時すでに遅し、です。
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