佐野国春の受難。

千花 夜

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『今年度、高等部からこの学園に入学する事になりました新入生です。皆様、どうぞ拍手でお出迎えください』


 などと、本人が1番歓迎していなさそうな声で台本を諳んじる放送委員の声を聞きながら、俺はふわりと欠伸を漏らす。隣に腰かけている風紀副委員長が「寝るなよ」と声をかけてくるのに手振りだけで応え、そのまま息を吐く。あぁ、暇だ。

 正直なところ、新入生なんてものに興味など欠片もない。強いて言うなら、慣れない身分でこの学園でちょこまか動き回って面倒なことをしでかさないでくれよ、と言うのが本音だ。これは例年のこの時期の事件資料を見る限り、叶わない事なのだが。
 
 そんな俺達の気持ちなんていざ知らず、彼等は皆緊張しつつも晴れやかな顔をしている。そりゃそうだろう。難解で倍率の高い受験を乗り越え、将来が約束されている『帝華学園』に入学できたんだから。
 新入生とはいえ、この学園のを知っている者は既に多いのだろう。殆どの生徒がキラキラと憧憬の念を最前列の俺達に送っていた。全員もれなくスルーだが。


 ーーしかしまぁ。


「…………こりゃまた低レベルな」
「少しはオブラートに包め。…………お前の真正面の黒髪とかはまだ良いぞ」
「あァ?ーーーーなんだアイツ」


 死ぬ程退屈そうだな。とクスクス笑う副委員長に俺も頷きを返す。
 緊張に顔を青ざめつつも、皆大概を喜ぶのが常なのだが。俺の丁度真正面に棒立ちしている男は喜ぶどころか寧ろ鬱陶しそうにすらしていた。興味関心を持たれるのが嫌いなタイプか。

 それでも嫌がって式から逃げ出したりしない辺り、余程まともである。そういう類の反抗的なガキ2年に1度は現れる統計だ。ーーそうなった場合、風紀委員のとなるのでそれはそれで大歓迎だが。 

 「早く終わって欲しいです」と顔にデカデカと書いてある少年をニヤニヤと見つめ。


「…………ぁ?」
「?どうかしたか」


 ふと、視線があった。

 ーー途端、物凄い勢いで逸らされた。


 高々「緊張」しているにしては少々違和感のあるそれ。思わず上げた訝しげな声に副委員長が反応するのも無視して、俺はじっと目の前の少年を注視した。
 今、彼の視線は虚空に向かっている。

 「家」のパーティか何処かで会ったことがあるだろうか。記憶を掘り返してみても、少年と同じ姿をした人間に心当たりはない。
 かと言って「街」を思い返しても、黒髪黒目のセンター分けの少年に特段引っかかることはなかった。


「…………おい、アイツの名前は?」
「ーー……、『佐野 国春』だな。特筆すべき項目は…………成程な。『月待家』の妾の子らしい」
「月待ィ?ーーこの前の夜会にいたか?」
「いない。『佐野』で入ってきている時点でその待遇は想像に難くないな。パッと見、かなりの痩せ型だろう」


 生徒会や風紀委員会が共有する生徒の資料には、「お家」が隠し通しておきたい内容も詳細に記載されている。勿論それを外部に流出することは有り得ないので安心して欲しい。

 『月待』といえば、俺と同学年に1人。堅物で不器用で、由緒ある月待家の当主に相応しい存在になろうと必死な、見ていて少々痛々しいやつがいる。奴の「弟」となるとそれはそれはーー難儀な事になっているのだろう。
 
 まぁ、お家事情など介入しないのが吉だ。
 
 
「……どっかで見たような気がすんだよなァ」
「お前の勘はよく当たるからな。……あるとすれば、元不良か」


 お家事情に嫌気がさして不良に、なんて、俺のメンバーの一人が大喜びしそうな構図じゃないか。

 
「…………容姿を変えた?」
「有り得なくはないだろうな」
「ここ数年以内に姿を消した不良…………」



 まさか。

 目を見開く。副委員長も思い当たる所があったのか、「嘘だろう」と口元をヒクつかせている。


 1人。
 そこそこ界隈で名の知れた不良が、唐突に姿を消した。それは俺や隣の副委員長とは敵対するグループで。

 厄介な奴が居なくなってくれたと下っ端が大喜びしていたことを覚えている。
 幹部達は、楽しめる奴が居なくなってしまったと少しだけ寂しがっていた。勿論、俺も。


Vineヴィネ……?」
「……真逆」


 副委員長が、息を飲んだ。

 
 『Vine』とは、不良グループの1つ『ABYSS』で数年前から猛威を振るい始めた少年だ。赤髪の短髪でピアスを両耳にこれでもかと開けた彼は、細身の容姿に似合わずそれはそれは強かった。
 敵の攻撃を待って、それをいなし相手が体勢を崩した所を急所突きする割とえげつない喧嘩法に、俺達もかなり苦戦させられた記憶がある。

 とはいえ、喧嘩をしている以外の彼は大人しくて喋りやすい奴だった。偶然出会った際も即座に殴りかかってくるのではなく、会釈なんてしてみせる変な奴。
 卑怯な奴らに俺の部下が襲撃を受けたのを目撃した時、何故か援護してくれたこともある。ちなみにその後引き抜こうとしたら普通に「無理」って断られた。

 敵ながらにして中々好ましい少年だった。


 確証はないものの、目の前の少年がもしなのだとすれば。それは物凄く面白いことになるんじゃないだろうか。
 俺は自然と上がる口角を右手で隠し、再び少年へと目を向ける。


 とんだ掘り出し物が見つかった気分だ。


 今の俺は、テレビで見るどの悪役よりも余っ程悪辣な表情をしているに違いない。


「ふっは!!……いいねぇいいねぇ。おもしれェ。暴いてやるよォ……」
「可哀想に。厄介な奴に目をつけられて……」
「ァあ"?テメェも気に入ってただろ?」

「……あぁ、そうだな。『Noah』に来てくれれば……ドロッドロに甘やかしてやるさ」


 副委員長ーー改め、不良グループ『Noah』の副総長も、楽しげにクツクツと喉を鳴らす。


「ーー俺達から逃げ出せなくなるように、なァ?」
「勿論。『ABYSS』の馬鹿共の悔しげな面を見られるのが楽しみだ」


 寒気がしたのか、真正面に立つ少年がブルリと身体を震わせた。
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