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過ぐる日々を想う
3.
しおりを挟む王城から支給された魔法馬車(馭者付き)に家族と最小限の使用人とで乗り込み、出発した。使用人は父上と母上の専属以外、お留守番である。
ブバルディアから王都アルストロメリアへは、普通の馬車よりも速度が早い魔法馬車でも3日はかかる。が、その分の食糧や途中途中で挟む休憩の宿代も王城で補償されているので金銭事情の心配は不要。まぁ、ちょっとした旅行気分である。
生前は、ジュエル王国を作ってからは守護者として戦争に走ったり政を行ったり忙しかったから、こういうのは400年位ぶりかもしれない。ーー具体的な年月は微妙だけれど。
るんるん気分で楽しそうに鼻歌を歌う妹を横目で見つつ、ぼんやりと思考にふける。
ブバルディアからアルストロメリアに行くまでに、ギルド街『ローズ』と学園都市『アイリス』を経由する。
基本的に神子はその土地を治めているとはいっても、実の所殆どの場合王都アルストロメリアにいて、自治は公爵家に預けているから、実際にばったり出会ってしまうようなことはないと思う。
けれど、万が一を考えて、最初の街であるローズに着くまでの間に魔力の気配をできる限り消しておかなければならない。神子の魔力は純度が高いしそもそも量が多いので、それこそ近い場所にいれば普通に感知できる。
今も魔力を簡易的に封印する腕輪型の『魔力制御装置(自作)』を付けてはいるので、妹の魔力を図りに来た王国騎士には「この兄魔力多いなぁ」くらいにしか思われていないけれど。ーー相手が神子ともなれば、話は変わる。
知らず険しい顔つきになっていたらしい。黙ったままの俺を覗き込んできた妹が、不満そうに唇を尖らせた。
「兄様、険しい顔をしてる!まだ嫌がってるの?」
「……違うよ。 暇なだけ」
「じゃあしりとりましょう!『リナリア地区』!」
「『クンシラン』」
「あー!!兄様のいじわる!」
ちなみにリナリア地区もクンシラン地区も、巨大な学園都市アイリスの中にある。どうでもいい情報なので覚える必要は無い。
妹に遮られたが、とにかく神子に見つかったら一巻の終わりだっていう話。そして俺の王都での目標は、誰1人神子に会うことなくあわよくば成長したアストリアと接触し現状を把握することだ。
……アストリアが学園都市にいる年齢ならば、叶わないけれど。
愚図る妹の頭を乱暴に撫で、窓の外の景色に目を向ける。速すぎて一つ一つをしっかり捉える事は出来ないけれど、ブバルディアの自然豊かな美しい街並みが見て取れる。【シトリン】が愛したこの街並みとも、しばらくお別れだ。
いつか、帰ってこられるだろうか。
「……俺、ローズに着いたら最初に図書館に行きたい」
「あら、ルネがオネダリなんて、珍しいわね。良いでしょう?私の旦那様」
「勿論」
「えーー!私は服屋さんに行きたいわ!母様、!」
「こら、女性2人で別行動は危険だ。ルネの用事の後にしよう。いいかい?ルカ」
「約束ですわ!」
ワガママな割に聞き分けはいい妹の頭を撫で、母上が微笑む。いや、俺は1人行動で……と言おうとしたら父上にニッコリと微笑まれた。怖い。圧が。
ギルド街であるローズには、様々な都市や国から商品や情報が集まる。ーー港町ダリアとは違い、主に国内の。
それはつまり、悪くいうとド田舎であるブバルディアでは到底得られないような最新の情報が得られるということだ。
先ずは、俺が死んだ後神子達が具体的にどんな政を行っているのか調べなければ。そして、権力の相関図も。アレクト家にあった古い書物でも、俺達がいなくなった後の神子達が相当好き勝手していた事は伺えたのだ。
きっと、今はもっと酷いことになっているはず。
俺達3人の伝承に濡れ衣を着せて国民の不満の捌け口にする事で、自分達の覇権に口を出されないよう徹底して。
ーーいつの日か無実を晴らす為にも、俺には情報が必要だ。
後は、アストリア・シンビジウムの情報だ。【ガーネット】が治めるシンビジウムの名を冠している事から公爵家の娘である事はわかっているが、逆を言えばそれだけの情報しかない。
あの少女が今何歳で何をしていてどうなっているのか、知らなければ。知って、いずれ出会わなければ。
「……」
出会ったところで、たかが貴族の少女1人に何が出来るかと言われれば、甚だ疑問。
ーーけれど、あの真紅に、また出会わなければならないという謎の確信だけはある。
もう神の元に還って眠ろうと思っていた俺に、平和な未来の夢を見るきっかけをくれた少女。気の強そうなキリリとした顔立ちは、彼女の持って生まれた聡明さを滲ませていた。
きっと今は、さぞかし美しくて賢い完全無欠の令嬢に成長しているのだろう。
【タンザナイト】を誑かして、転生させて責任はとってもらわないと。
「……はは、楽しみになってきた」
「!兄様ほんと!?ねぇ兄様、ローズに着いて1日お休みしたら、ギルドの屋台を一緒に見て回りましょうよ!」
「無理。俺昼まで寝るから」
「むぅううう!!!」
ほっぺたをパンパンに膨らませる妹を、母上が苦笑して慰めている。
ごめんな。楽しみなのは、アストリアに会うことであってローズに辿り着くことでは無い。
とはいえ、ずっと嫌がっていた遠出を強要していることに対して、妹なりに罪悪感を持っていたのかもしれない。俺は彼女の艶やかな髪を撫で、微かに笑う。
「…………人が少ない時に、気が向けば、な」
「ーー!うん!!」
抱き着いてくる妹をそのまま放置し、俺はゆったりと落ち着いた気分で目を閉じた。
ちなみに俺の記憶では、ギルド街ローズに人が少ない時間はない。
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