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水族館 6
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水の中を通る光の筋に照らされた彼の顔は、昔教科書で見た宗教画のように美しかった。
罪を犯した人間が懺悔したくなる気持ちも、なんとなく分かる。
「なぁ、どうして俺が優吾を好きになったか、きっかけをまだ話していなかったな」
「……ん?」
突然の話題転換に追い付けず、優吾は呆然としたままケインを見上げた。
頭上を大きなエイが横切り、水槽に柔らかな波がたつ。影が、一瞬だけ二人を包む。
「些細なことだと言っただろう? 俺はこの容姿だからな、色眼鏡で見られることがほとんどだった。別に構わない、慣れとは恐ろしいもので、これが〝普通〟だと、俺は思っていた」
周りから見たら異質に映っていようとも、心を映す鏡なんてないために気付けない。
気付かないまま大学生となり、二年に上がった当初、共通の友人何人かで飲み会が開かれたのだという。
その場では当然、ケインに話しようと意気込む女子はちらほらいたが、互いを牽制しているのか誰も近付こうとはしてこなかった。
別にいいとひとりで飲んでいた時、優吾はそんなケインの肩を抱き、すぐ近くにいた男女にケインのことを紹介しようとしたという。
「それはよくあることだ。見た目で判断されることくらい、誰でもあると思う。だが、お前は俺のことを他の人間に紹介する際、〝話すと中身は普通〟だと言ってきたんだ」
『口調は硬いけど、中身は優しくて普通だから! 怖くないって、な~ケイン?』
……正直、優吾はそんなことを言ったような気もするが、酒の席ということもあり、ほとんど覚えていなかった。
優吾のその視線に気付いているはずだが、ケインは薄く笑って話を続ける。
「みんな、この顔ありきで話をするというのに、お前は俺の、表面的なものではなく、内面的なものだけでずっと見てくれていただろう?」
「あ、いや……それ、は」
――――人とはいくらでも外面を取り繕える生き物だと、優吾は二十年という人生で理解していた。
だって、それは優吾自身がそうだったからで。
「あの瞬間、どうしようもないほど悔しかった。お前にとって俺は、他の人間と同じ土俵にしか立てていないと……そこで、なんで特別になりたいのかと考えて、ああ、俺は優吾が 好きなんだと自覚したんだ」
だから、ケインの誰にも媚びないで、周りに合わせずとも恐怖を感じないその姿勢が、羨ましかったのだ。
マイノリティなのを隠そうと必死になる優吾とは違い、それを受け入れ、気にしない彼の姿勢に嫉妬していた。
「恋に落ちるとはよく言うが、ストンと納得するような音が聞こえるとは思わなかったな」
まるで歌うように、心から楽しそうに思い出話を口にするケインに、優吾は間抜けな顔をしたまま動けず、告白された日のように暫し呆然としてしまう。
何か言わなければと、追い付かない感情でようやく出た言葉は、もう何度も口にした彼への常套句だった。
「また、お前は詩的なことを……」
「事実だ。無意識のうちに、ずっと優吾を追っていたに過ぎない」
初めて声を掛けてくれた時から気になってはいたが、その感情の意味をケインは分かっていなかった。
これが恋愛として好きだと自覚したのは、この、優吾自身も覚えていない発言が起因しているのだとケインは言う。
「何が普通で普通じゃないかは分からないが、少なくとも俺は、普通だと言ってきたお前の特別になりたいんだ」
「……なんだよ、それ」
普通を求めていた優吾が放った一言で、ケインは普通から脱したいと願ったとは。
なんて皮肉なのだろうか、悩み抜いて未だに折り合いを付けられない優吾とは違い、普通でありたくないと思うだなんて。
罪を犯した人間が懺悔したくなる気持ちも、なんとなく分かる。
「なぁ、どうして俺が優吾を好きになったか、きっかけをまだ話していなかったな」
「……ん?」
突然の話題転換に追い付けず、優吾は呆然としたままケインを見上げた。
頭上を大きなエイが横切り、水槽に柔らかな波がたつ。影が、一瞬だけ二人を包む。
「些細なことだと言っただろう? 俺はこの容姿だからな、色眼鏡で見られることがほとんどだった。別に構わない、慣れとは恐ろしいもので、これが〝普通〟だと、俺は思っていた」
周りから見たら異質に映っていようとも、心を映す鏡なんてないために気付けない。
気付かないまま大学生となり、二年に上がった当初、共通の友人何人かで飲み会が開かれたのだという。
その場では当然、ケインに話しようと意気込む女子はちらほらいたが、互いを牽制しているのか誰も近付こうとはしてこなかった。
別にいいとひとりで飲んでいた時、優吾はそんなケインの肩を抱き、すぐ近くにいた男女にケインのことを紹介しようとしたという。
「それはよくあることだ。見た目で判断されることくらい、誰でもあると思う。だが、お前は俺のことを他の人間に紹介する際、〝話すと中身は普通〟だと言ってきたんだ」
『口調は硬いけど、中身は優しくて普通だから! 怖くないって、な~ケイン?』
……正直、優吾はそんなことを言ったような気もするが、酒の席ということもあり、ほとんど覚えていなかった。
優吾のその視線に気付いているはずだが、ケインは薄く笑って話を続ける。
「みんな、この顔ありきで話をするというのに、お前は俺の、表面的なものではなく、内面的なものだけでずっと見てくれていただろう?」
「あ、いや……それ、は」
――――人とはいくらでも外面を取り繕える生き物だと、優吾は二十年という人生で理解していた。
だって、それは優吾自身がそうだったからで。
「あの瞬間、どうしようもないほど悔しかった。お前にとって俺は、他の人間と同じ土俵にしか立てていないと……そこで、なんで特別になりたいのかと考えて、ああ、俺は優吾が 好きなんだと自覚したんだ」
だから、ケインの誰にも媚びないで、周りに合わせずとも恐怖を感じないその姿勢が、羨ましかったのだ。
マイノリティなのを隠そうと必死になる優吾とは違い、それを受け入れ、気にしない彼の姿勢に嫉妬していた。
「恋に落ちるとはよく言うが、ストンと納得するような音が聞こえるとは思わなかったな」
まるで歌うように、心から楽しそうに思い出話を口にするケインに、優吾は間抜けな顔をしたまま動けず、告白された日のように暫し呆然としてしまう。
何か言わなければと、追い付かない感情でようやく出た言葉は、もう何度も口にした彼への常套句だった。
「また、お前は詩的なことを……」
「事実だ。無意識のうちに、ずっと優吾を追っていたに過ぎない」
初めて声を掛けてくれた時から気になってはいたが、その感情の意味をケインは分かっていなかった。
これが恋愛として好きだと自覚したのは、この、優吾自身も覚えていない発言が起因しているのだとケインは言う。
「何が普通で普通じゃないかは分からないが、少なくとも俺は、普通だと言ってきたお前の特別になりたいんだ」
「……なんだよ、それ」
普通を求めていた優吾が放った一言で、ケインは普通から脱したいと願ったとは。
なんて皮肉なのだろうか、悩み抜いて未だに折り合いを付けられない優吾とは違い、普通でありたくないと思うだなんて。
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