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水族館
しおりを挟む幼い頃に家族と行って以来のその施設は、都会で新しいからか、記憶よりも瀟洒な外観であった。立地的にも子供向けではなく、ターゲット層は大人、カップルがメインなのかも しれない。
「おまたせ、待った?」
「今来たところだ」
「出た、待ち合わせの常套句」
優吾は先日の失言によって、この関係に悪い亀裂が入るのではと内心不安を覚えていた。
しかし、その不安は翌日には解消され、今はまた元通りの間柄である。
「一度言ってみたかったんだ。だが、本当に数分前に着いたからな。安心してくれ」
「はいはい、ケインの言葉は信じますよ」
以前よりも増えた軽口の言い合いに、明るくなった笑顔の威力。
ケインは相変わらず、むしろ前よりも優吾への言葉を増やし、不安を感じる暇もないほどまっすぐな気持ちをぶつけるようになっていた。
優吾も優吾でケインならいいかと気を遣わずに、深く考えずに会話を返せるため、今の 関係は前より良好だと言えるだろう。
「時間、丁度良かったな」
「そうだな」
午前十一時。
開館して一時間が経っているため、入り口にこそ列はできていないが、チケット売り場には家族連れや友人同士のグループらしき人が固まっていた。前売り券を買っていて良かったと思いながら、学生証をすぐに出せるようにして入り口へ向かう。
「ペンギンってそんなに魅力的?」
「ああ、可愛らしいと思う」
「っはは、それ、女子が聞いたら嫉妬しそう」
「……優吾はしてくれないのか?」
「ぅえ?」
「嫉妬はしてくれないのか?」
思ってもみない発言に変な声が出てしまった。
この男、以前より軽口を言い合えるようにはなったし、元々盲目的に甘い言葉を吐くとは思っていたが、まさかこんな場所でも聞かされるとは。
一瞬周りを確認するも、もうみんな水族館へ気持ちが向いているためケインの発言にも 優吾の動揺にも振り返る気配はない。
「ぺ、ペンギンに嫉妬なんかするわけ……いや、てかそもそも可愛くはないわ!」
「そうか? 俺にはこんなに可愛く映っているのに、おかしいな」
「おまっ、やめろやめろ! そういうことをその顔で言うな‼」
「はっはっは」
冗談っぽく言っているが、優吾には分かっていた。
今の言葉全てが本音で、この神様に愛された顔でゴリ押そうとしているのが。
一応ここが公衆の面前であると理解しているのだろう。声は抑えているし、仮に聞かれていても仲が良い友達同士からかっているように見えるはず。
大丈夫だと心の中で己に言い聞かせながら、入ってすぐの角に置いてあったパンフレットを手に取り開いた。
「えっと……ペンギン広場は奥の方だな」
「ほう、結構スペースが取られているんだな」
「ん。アシカショーは時間的にも人の多さ的にも厳しいし、大人っぽくアクアリウムとかを楽しむでいいか?」
「そうだな。ああ、だが企画展は見てもいいか?」
「企画展、この、クラゲの楽園?」
「それだ。クラゲも見ていて癒されるからな」
企画展は最後の大水槽横を通るルートを横に逸れれば入れる仕組みとなっており、その後常設展へ戻ることも可能だとパンフレットには書いてあった。
普通に回れば大丈夫そうだと考え、とりあえずパンフレットを一度しまう。
「んじゃま、時間もあるしゆっくり見て回りますか」
そう言って、まずは淡水魚がメインの空間へ。
薄暗い照明は恋仲関係のデートにはピッタリだろう。透明感のある水槽の中には小さくも色とりどりの魚たちが優雅に泳ぎ、光が水槽を霧のように白く照らしている。
「まるで、天使が泳いでいるみたいね」
隣に居たカップルの女性が口にした美しい表現に、優吾は感心すると同時にあることが 思い浮かぶ。
今の言葉なら、ケインが言った方が様になるかもしれない。
そんなことを考えながら隣に居る男を見上げると、少しだけ困ったような顔をしていた。
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