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異世界に召喚された日

昔の話

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「んでも返り討ちにして、全員殺したと思って油断した瞬間。魔法が使える魔物に最後の力だかを振り絞られて、お前の世界に飛ばされたんだよ。で、見たことねぇ景色と疲れ切った身体に、もう限界だって倒れてたところをお前に拾われたんだ」

 あの日たまたま見付けた、傷だらけで薄汚れた子供。
 アパートの前で目を瞑る彼を部屋に連れて行くと決めた時、誘拐罪だとか色々な単語が浮かぶ頭と、そのガリガリの姿と洋服に、もしネグレクトであったらと考え、内緒で連れ帰ることにしてしまったのだ。
 本来なら悪いことであったが、今思うとヴァンくんは異世界から落ちてきたので、あの行動は正しかったと言えよう。

「馬小屋よりも小せぇ家ってのが最初の印象だな」
「……急な悪口」
「だが、部屋の中は見たことのねぇもんがひしめき合ってて。知らねぇ美味い食い物に、ボタン一つで明かりが点いて、無限に水も湯も出る道具もあって、なにより柔らかいベッドまで。それをこんな、素性の分からないガキに貸すとは、随分お人好しだと思ったがよ……それのおかげで助かったのは事実だからな」

 部屋にある物すべてに驚く少年に、どれだけ放置されていたのかと焦ったのはよく覚えている。
 そこから三日間、丁度祝日と重なり連休になったからと、とにかく少年を甘やかした。
 食べたことがないというオムライスやカレーライス、おやつも好きに食べさせ、ついでに歯磨きの大事さとやり方を丁寧に教えた。
 水が出る仕組みや、料理の作り方も全て。今後、彼が生きる上で必要なことだろうと。

「ありがとよ。あの日、オレを拾ってくれて」

 でも、そんなの結局私にとってのエゴでしかなかったのだ。
 本来なら見知らぬ未成年を家に連れ込んだとして責められる行為。大人としては最悪の行動だった。
 それなのに、三日間。
 少年を家に置いて、警察にも児相にも相談せずいたのはこっちの意思だ。
 礼を言われ嬉しいのに、湧き上がる後ろめたさからシーツを握る手に力が入る。

「……よく、覚えてるよね」
「命の恩人のことを忘れるほど不義理じゃねぇさ」
「だって、たった三日だよ?」
「その三日のおかげで、今オレは生きてんだ」

 たしかに、結果を見れば、警察にも児相にも通報しなくて良かった。
 誰かに相談せず、家で匿っていたのは正解だったのだ。
 異世界から来ていた少年をどこか公的な機関に連れて行ったところで、引き取り先も見つかるわけがないし、何より元の世界に戻れたか分からなかった。
 お前の判断のおかげだと言ってくれるヴァンくんに、強張っていた手の力が緩む。

「そう、なのかぁ……じゃあ、えっと。どういたしまして?」

 後ろで寝転んでいたヴァンくんの方へ身体ごと向き直り、改めて礼を受け取った。
 そこで、むしろ自分こそ感謝しなければと思い出し、口を開くが。

「……やっぱり顔色が悪ぃな」

 ヴァンくんの指が泣き腫らした目元を擦り、苦しげな声でもって憂う。
 開いた口は驚き礼を言うことを忘れ、より一層混乱が生じてしまう。

「れ……っぅあ、ヴァン、くん。あの、こっちではその後、どうだったの?」
「あ? なんの話だ」
「えっと、戻って来て……私みたいに、すごく時間が経ってたりとかしてなかったの?」
「そういう話か。いや、むしろ飛ばされたのと同じ場所に誤差数分程度で戻ってきたな」

 ずっと思っていたけど、改めて確信した。
 ヴァンくん、他の人に見せる表情と私に見せる表情が全然違う。
 圧を向けることもないし、優しいし、壊れ物に触れるように接してくれる。
 借りを返すためと分かっていても、過去に世話をしたからと自分に言い聞かせても、それでもドキドキするのには変わりない。
 ここ最近は人に優しくされることがほとんどなかったからだと自分に言い聞かせても、高鳴る心臓は落ち着いてくれない。

「で、魔物退治を領主に認められて、ついでにお前の家で見た道具を魔道具として応用できねぇかを話したら国にも評価されて、戦奴から一気に王宮に召し抱えられたってわけだ」

 戦奴とは、平民よりも身分が低い奴隷の戦士という意味らしい。
 分からない顔をしていたからか一から説明してくれるため、ヴァンくんが今までどれだけ過酷な世界で生きてきたのかを実感し、胸が苦しくなる。
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