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異世界に召喚された日

偶然です

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「で? なんでドノヴァン副団長様は彼女を連れ出したんだい? 別に王宮で保護しててもよかったじゃないか」
「…………」
「だんまり? なら彼女に聞こうかな。えーっと」
「あ……う、海野です」
「ウミノ? 珍しい発音だね。名前?」
「いえ、名字……えっと、家名です。名前、は」

 フルネームを言おうとした瞬間、隣に座るヴァンくんがすごい恐ろしい圧を感じさせてきた。
 何か粗相をしてしまったかと怯え、ちらりと震えながら殺気の主に目線を送る。でも、そうしたらすぐにその圧は抑えられ、ますますヴァンくんの行動の意味が分からなくなる。
 頭にクエスチョンマークを浮かべていると、目の前に座るアルマ隊長さんは口元を押さえ震えながらソファの背凭れに顔を押し付けていた。
 あまりにカオスな状況に、訳が分からないながらもとりあえず自分の名を伝える。

「な、名前は、みゆき……なんです、けど」
「ははっ、はーっ……ふふ、ごめんね、あまりにおかしくて笑いが……んはっ、そ、それで、ミユキちゃんとドノヴァンはさ、どういう関係なの?」
「えっと、それは」

 意味も分からないままずっと笑っているアルマ隊長さんに不信感を持つが、聞かれたのだからと口を開く。
 だが、どうしてもうまく説明できる気がしない。そもそもここ最近は仕事で忙殺され過ぎて脳みそが回ってないのだ。
 チラリと隣に助けを求める視線を送ったが無視されたため、回らない頭を捻りに捻る。

「……偶然、です、かね」
「そっか、偶然……え、偶然?」
「はい……そうとしか、分からないです」

 捻ったが、関係を表す言葉が全く思い浮かばず、適当な言い分になってしまった。
 だが、偶然こそが一番正しいと美幸は思う。
 偶然、私の生きてた世界に落ちた幼少期のヴァンくんを助け。
 偶然、そのヴァンくんがいる世界に私が召喚され。
 偶然、売られた国の副団長にヴァンくんがいて、城内で出会った。
 アルマ隊長さんにとっては満足できる答えじゃないだろうけど、これ以上言えることはないと分かってもらう。
 こっちの態度にアルマ隊長さんは顎に手を当てて唸っていた。

「う~ん、気になるけど……ま、いっか。ミユキちゃん間者の類ではなさそうだし。陛下にはそれっぽく言っとくから安心して」

 ソファからぴょんッと立ち上がりひらひらと手を振るアルマ隊長さん。
 それを見てヴァンくんも立ち上がる。
 二人は私から少し離れた位置に立つと、小さく囁くように耳打ちをした。

「で? ドノヴァンがこの家で面倒見るんだよね」
「ああ」
「……違うとは思うけど、念のため見張りは置かせてもらうよ」

 なんの話をしてるのか、きっと聞かない方がいいんだろうな。
 睨むように一瞬だけ視線を向けられたけど、無言で視線を逸らして聞こえてませんよアピールをする。
 実際、身長が違い過ぎて聞こえないのは事実だし。

「……なら、そいつらは女にしろ」
「え? あ、えー……っはは、ガチじゃん。分かったよ。でもこれも陛下には伝えておくからね?」

 トン、とヴァンくんの胸に拳を当てて、最後にこちらへひらひらと手を振りアルマ隊長さんは客間を出て行った。
 嵐みたいな人だなぁ、というのが印象に残りつつ、もう会わなくていいなら会いたくないなとこっそり思う。

「おい」
「へ?」

 何が何だか分からないまま座って大人しくしていたら、ヴァンくんが手を差し出してくれた。
 大きく武骨な手に自分の手を添えれば、グンッと力強く引かれ立たされる。

「戻るぞ」
「あ、はい……」

 そんな強く引っ張らなくても、と思うが、彼の体格と筋肉ではちょっと力を入れた程度なのかもしれない。
 手を繋がれたまま、先ほど歩いた廊下を戻る。
 そういえば王様と皇帝陛下の違いは何か。帰りの廊下でヴァンくんに何げなく聞いてみれば、この世界ではひとつの民族によって構成された国家の統治者が王であり、複数の国家を同時に支配する者を皇帝と呼ぶらしい。
 つまり、このアンダリジア国はいくつかの国を治めており、その内のひとつがイロキア国とのこと。いわゆる従属国らしいが、その言葉もよく知らなかったので適当に返事をしておいた。
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