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06-2

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 氷のように冷たいローベルトの視線に射抜かれて、王妃が恐怖に体を震わせた。

「……わ、わたくしを殺すつもりですか?」

 ローベルトは座っているソファに背を預けると、長い足を組んでため息をついた。

「俺はそうしたかったんだけどな。でも、エミリオはそれを望まない。もし俺があなたを殺し、それをエミリオに知られてしまったら、俺はきっとエミリオに嫌われてしまう。それは避けたいから殺すのはやめることにしたよ」

 それに結果論とはいえ、次期国王になることを王妃が強要してきたからこそ、エミリオは今まで生きてこれたとも言える。乳母の死後、誰からも期待されず意識もされずにいたなら、エミリオは生きることに絶望して、とうの昔に自死を選んでいたかもしれない。

 その一点においてのみ、ローベルトは王妃に感謝していた。だからこそ命を助けてやることにしたのだ。

「俺からあなたへの要求は二つだけ。エミリオに無理に王になる必要はないと言い、幸せになって欲しいと愛情を込めて伝えること。カーフェン国王と離縁して祖国に帰ること。これだけだ」

 二つ目の条件を聞いた王妃が金切り声を上げた。

「なぜっ、なぜ離縁せねばならぬのです! わたくしにはもう、この国の王妃であること以外なにも残っていないのに。あの子に辛く当たってきたわたくしに辛酸を嘗めさせるためですか?! であれば、夫にこそ罰を課すべきではありませんかっ!!」

 その美しい顔を怒りで歪ませ、手にした扇を折る勢いで握りしめている王妃に、ローベルトは苦笑してみせる。

「あー、違う違う。それはあなたを助けるための提案だよ、王妃」
「どうして離縁がわたくしを助けることになるのです!」
「そう遠くない未来、この国は帝国に滅ぼされることになる。その前に逃げ出せと言っているんだ」
「!!」

 現国王が即位して以来、カーフェン王国が衰退の一途を辿っていることは、近隣諸国では有名な話である。王侯貴族は禄な政治も行わず享楽に溺れ、国民に重税を課して苦しめてばかりいる。潤っているのは王都や地方の大都市だけで、他の小さな都市では餓死者の数も年々増えいると聞く。
 近年、王立学院に平民の入学人数が少ないのも、生きることに必死で勉強する暇がないからだ。

 ローベルト自身、初めて王都に来た時には心底驚いてしまった。地方都市と比べ、王都があまりに潤っていて活気に満ちていたからだ。この国の歪みを目の当たりにしたような、苦い気持ちになった。

「ここ数年、帝国はカーフェン王国を攻める計画を立てながら、静かに動向を見守っていた。たいしてうま味のある土地でもないしな。できれば自分たちで上手く治めて欲しかったんだ。けれど一向に良くなる兆候がみられない。俺も父上に手紙を送ったよ。苦しんでいる国民のためも、早くこの国を亡ぼすべきだとね」

 おそらく、そう間もない内に帝国の侵略は始まる。

「だからあなたは早くこの国と無関係の身となって、イリシア国に帰った方がいい」

 帝国に征服された後、恨みを残さないためにも王族はすべて処刑されることになる。しかし、カーフェン王国に嫁いだだけの身である王妃は、離縁して国を出てしまえば命をとられることはない。

「し、しかし、それではエミリオも帝国に処刑されるではありませんか! あの子に流れるのは紛れまなく王家の血筋!」
「そこでこれの出番というわけだ」

 そう言って、ローベルトは耳のピアスに軽く触れた。

「俺は父上から認知はされているが、帝位継承権は放棄している。継承権の放棄と引き換えにもらったのが、自由と、このピアスだ。このピアスを持つ者は、フォーデン帝国の皇帝から願いを一つ叶えてもらう権利を有している」

 言うまでもなく、ローベルトはエミリオの助命を願うつもりでいる。自分が責任を持って生涯監視することを条件に、だ。

「さて、どうする王妃。言うまでもないが、離縁せずにこの国に残こる選択をするのなら、今夜にでもここは賊に襲われて、あなたを含めた離宮の住人は皆殺しに合うことになるだろう」

 既に王妃は帝国のカーフェン侵略の計画を知っている。たとえ離縁を選んだとしても、王妃には今後、情報漏洩を防ぐために帝国の密偵が張り付くことになる。その監視は離婚後も、カーフェン王国が地図から消えるその日まで続くだろう。

 すべての話を聞き終わり、理解した王妃はすぐに言った。

「元よりこの国に情など一欠片もありません。すぐにでも離縁を申し入れ、一刻も早くイリシア国に帰ることにします。夫は大喜びで離縁を受け入れるでしょう」
「英断だな。この離宮にはかなりの資産が貯め込んであると調べがついている。それを持っていけば、この先の生活に困ることもないだろう」
「……そこまで知っていますか。さすがは帝国の王子、抜け目ないことですね」
「誉め言葉として受け取っておくよ」

 王妃からの皮肉も、ローベルトにはどこ吹く風である。

 ともかく話し合いは終わった。
 ローベルトは意気揚々と離宮を出て、愛するエミリオの待つ学院寮まで戻ったのだった。

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