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 入学式から半年が過ぎた。

 ローベルトは今日、溢れ返るほどの賑わいを見せる王都一の繁華街に来ていた。

 学院が休みの日に王都内をブラブラ歩き回るのは、ローベルトが学院に入学してからの楽しみの一つである。

 生まれ育った港町ダスカンは、船による他国との交易が盛んなこともあって、かなり活気のある地方都市だった。が、やはり王都は格が違う。

 商店に並べられた品物の数は多く、その種類も豊富だ。街にはローベルトがこれまで見たことがない商品が山のように溢れている。
 場所によっては他国の商品ばかりが並ぶ異国情緒に満ちた通りもあって、商家の息子であるローベルトの商人魂をこれでもかと刺激してくる。

「君ってさ、市井の散策をする時、ものすごく楽しそうな顔をするよね」

 美しい顔に笑顔を浮かべてそう言うのは、金髪に水色の瞳をした美貌の第一王子、エミリオである。

「あんまり楽しそうなものだから、一緒にいるだけで僕まですごく楽しい気持ちになってくるよ」
「だって実際楽しいだろ? リオは楽しくないのか?」
「そりゃ楽しいさ。街では僕の身分を誰も知らないから気が楽だし。ローベルトも街で二人だけの時なら、敬語を使わないで僕と会話してくれるしね」

 にこにことそう言うエミリオに、ローベルトも笑顔を返す。

「学院内だと、平民の俺が王子様にタメ口で話すわけにはいかないからな。でもここなら身分関係なく、俺たちはただの友人同士だ。さあ親友! 今日も色々と見て回ろうぜ!」
「うん!」

 二人は足取りも軽く、隣り合って雑踏の中を歩き出した。



 ローベルトとエミリオが出会ったのは、学院の入学式が行われた日のことである。迷子になって入学式に遅れそうになったローベルトが、会場までの行き方をエミリオに尋ねたことがきっかけだった。

 しかし、その時はなにを話したわけでもない。
 仲が深まったのは、その日の夜に寮のローベルトの部屋をエミリオが訪れてからだ。

 第一王子の突然の来訪に驚愕するローベルトに、エミリオはこう言った。

「今年の新入生の中で平民は君一人だ。しかも入学試験の結果は主席。将来有望な君を貴族子弟たちに潰させては国の損失になる。そうならないよう世話を焼くようにと、わたしは陛下に仰せつかった。というわけで、今日からわたしと君は友人だよ。よろしくね、ローベルト」

 握手を求める手を差し出しながら「友人だから敬語は禁止ね」と笑顔で言うエミリオに、ローベルトは困惑を隠せない。

「ありがたい話ですが、平民の俺が殿下の友人になってもいいんですかね」
「いいんだよ。陛下もそれをお望みだし」
「だったらよろしくお願いします。ただ敬語なしは……うーん、それはさすがに問題ありませんか? 他の生徒たちに知られたら、俺、ボコボコにされませんかね?」
「あー、それはされるかもしれないね。だったら二人だけの時は敬語禁止ってことで。それでいい?」
「それなら大丈夫だ。よろしくな、エミリオ」

 そう言うと、差し出されたエミリオの手をローベルトは握った。

 エミリオの目が大きく見開く。そして、次の瞬間には破顔した。

「はは、驚いたな。すごく新鮮だ」
「え、なにが?」
「友人になった途端に本当に敬語をやめてくれたのは、ローベルト、君が初めてだよ。皆遠慮して、絶対にやめてくれないんだ」

 ローベルトが青褪める。

「俺、もしかして失礼だった?」
「失礼どころか嬉しかったよ。改めて、陛下から言われたからじゃなく、僕個人としてお願いしたい。ローベルト、友達になってくれない?」

 エミリオが腕を伸ばして出した拳に、ホッとした顔のローベルトが自分の拳をこつんとぶつけた。

「こちらこそ、ぜひよろしく。エミリオは普段、自分のことを僕って言うんだな」
「王子としての立場ではわたしって言うけど、普段は僕なんだ。ローベルトの前では僕でいいよね」
「もちろんだ」

 そうやって、友人として過ごす二人の学院生活が始まったのだった。

 王子であるエミリオの傍には、常に側近候補たちが付いて回っている。学院の中でエミリオとローベルトが二人だけになることはほとんどない。

 その代わり、寮に戻ってからは一緒に過ごすことが多かった。どちらかの部屋で勉強したり雑談をしたりして、就寝までの短い時間を楽しく過ごす。

 休みの日には必ず王都の街中を歩き回るローベルトに、エミリオが付き合うことも多かった。

 ローベルトはエミリオがいるいないに関わらず、街を歩きながら好きなことをして自由に過ごす。

 商店の品物を見て回るのはもちろんのこと、迷子を見つけては親を探してやるし、露店の串揚げの食材の産地を店主に質問したりもする。お年寄りの荷物を運んであげたり、家を建てる職人の仕事を見学したり、流行りのカフェに入ってみたり、孤児院で子供たちと遊んてみたり。

 なにをしてもどんな時でも、ローベルトはいつも楽しそうにしている。人付き合いや対話が上手く、街を歩くたびに知り合いを増やしていく。

 王都に来てまだ半年くらいなのにも関わらず、既に繁華街の住人の大半がローベルトの知り合いと化していた。
 道を歩けば誰かがローベルトに笑顔で声をかけてくる。その人と話している内に、別の誰かが加わっておしゃべりの輪が広がっていく。
 皆楽しそうで、ローベルトはすっかり街の人気者だ。
 
 ローベルトと付き合い始めて間もない頃、その高すぎるコミュニケーション能力にエミリオは驚かされっぱなしだった。
 今ではもう、道を歩けば瞬く間に知り合いを増やしていくその光景に、驚くこともなくなったが。

 とはいえ一ヵ月ほど前、ローベルトが結婚式に招待されたことには、さすがのエミリオも驚いた。
 両片想いのパン屋の息子とその幼馴染の恋の橋渡し役をローベルトは買ってでたらしい。あれこれ世話を焼いた甲斐あって、なんとか結婚まで辿り着いた二人とその両親から「ぜひ!」と結婚式に招待されたという。

「こんなに人心を掴むのが上手いなんて、君、商人よりも為政者の方が向いているんじゃない? さすがにここまでくると、すごいを通り越して脅威的にさえ感じるよ」

 呆れ顔のエミリオに、ローベルトはきょとんと首を傾げる。

「俺はただ普通にしているだけなんだけどなぁ」
「いやいや、普通はそんなにすぐに知り合いできないから! 出会って間もない人から結婚式に呼ばれたりしないから! 絶対におかしいから!」
「うーん、普通じゃない俺のこと、エミリオは嫌いか?」

 エミリオはぶんぶん首を振る。

「まさかっ、ローベルトは僕の自慢の親友だよ」
「エミリオならそう言ってくれると思った――あっ!」

 突然、ローベルトがエミリオの手を引いて走り出した。
 どうしたんだとエミリオが前方に視線を向けると、少し先に荷物を抱える妊婦の姿が見えた。

 ローベルトが今からなにをするつもりなのか、エミリオには簡単に予想できてしまう。

 本当に良いヤツだな、と、そう思いながら、エミリオはその形良い口元に嬉しそうな笑みを浮かべたのだった。


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