恋と傘と親友と

鳴海

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恋と傘と親友と

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 一ノ瀬孝いちのせたかしはいつも通学カバンの中に折りたたみ傘を入れている。
 朝の情報番組でお天気キャスターがいかに降水確率0%を叫ぼうとも、孝がカバンから傘を出すことはない。

 そのことを知っている親友の高坂行也こうさかゆきや――小学五年からの腐れ縁――は、孝のカバンの中の傘を見るたびに、冷やかすように笑いながら言う。

「やっぱり今日も傘が入ってる。孝ってホント心配性だよな。それとも面倒臭がりで、単に入れっぱなしにしてるだけ?」
「いいだろ。誰にも迷惑かけてないんだし」
「そりゃそうだけど。でも、傘って邪魔だし重くない? 使いそうもない日は出してくればいいのに」
「俺の勝手だ」

 こんな会話を、二人でもう何度交わしてきたことか。



 孝と行也が親しくなったのは、小五で初めて同じクラスになり、二学期の半ばに席が隣同士になったことがキッカケだった。
 それまでは話をしたこともなかったし、なんなら相手の存在を認識すらしていなかった。二人の性格や趣味趣向が違いすぎるせいで、接点がまったくなかったからだ。

 スポーツ万能で所属する地元のサッカーチームで活躍する孝と、暇さえあればゲームばかりしている行也。二人は見た目も性格も正反対であり、交友関係の広げ方も真逆だった。孝は浅く広く友人と付き合うが、行也は反対に少人数と深く付き合うタイプである。
 
 そんな正反対な二人ではあるが、知り合ってみると妙に気が合った。
 中学を卒業し、バスで十五分ほどの場所にある県立高校に二人揃って進学する頃には、互いを無二の親友と位置づけていたくらいだ。

 高校生になった途端、孝は九年間所属していたサッカーチームを止めた。学校でどんなに勧誘されてもサッカー部には入らず、帰宅部になった。
 そのことを誰よりも惜しがったのは、孝の家族でもチームメンバーでもなく、行也である。

 入学してから一ヵ月。帰宅途中のバスの中で行也は言った。

「なあ孝、本当にサッカーやめちゃうのか? あんなに上手いのに?」
「ユキは知ってるだろ、俺が本当はサッカーがそれほど好きじゃないってこと。チビの頃に親にチームに入れられて、それでなんとなく続けていただけだってことも」
「それは知ってるけどさぁ。でもやっぱ、もったいないって思っちゃうんだよなぁ」

 行也は幼い頃から体が細く小さく、運動が苦手だった。だから運動神経の良い人間が羨ましかったし、ものすごく憧れた。そんな行也にとって、孝はまさに絵に描いたような理想の存在であり、いつも羨望の眼差しを向けていたのである。

 孝の所属していたサッカーチームは、全国でも名の知れた強豪だ。そこでスタメンとして活躍し、それなりの結果を出していた孝には、誰の目から見ても才能があった。にも関わらず、孝はあっさりとサッカーをやめた。もう二度と真剣な意味ではプレイするつもりがないと言う。行也が「もったいない」と思うのも当然のことと言えた。

「なあ、やめて本当に後悔しない?」
「しないな。部活に入らなかったおかげで、こうやってユキと一緒に登下校できるしな」
「うん、それは俺も嬉しいと思ってる」

 笑顔で頷く行也に、孝も笑ってみせる。そして少し真面目な顔をして言った。

「それに、部活やらない理由はもう一つある。俺、今までサッカーにかこつけて勉強をサボってきただろう? でも、これからは勉強もがんばりたいと思ってる。だからユキ、受験は終わったけど、これからも俺に勉強教えてくれないか」
「そんなのお安い御用だよ!」

 ずっとサッカーにあけくれていただけに、孝の成績はあまりよくない。対してインドア派の行也は勉強が苦ではなく、成績はかなりよかった。
 そんな二人が同じ高校に進学できたのは、中学三年の夏以降、行也がつきっきりで孝に勉強を教えたからだ。孝が行也に頭を下げて「ユキと同じ高校に入りたいから勉強を教えてくれ」と言ったことが始まりだった。もちろん、行也は二つ返事で了承した。

「いいよ、俺も孝と同じ高校に行きたいし」
「迷惑かけて悪いな。俺、真面目にがんばるから」
「うん!」

 そんな会話をして以来、二人は毎日のように孝の家で勉強するようになった。
 勉強し慣れていない孝の成績は、なかなか思うように伸びてくれない。それでも諦めず、孝は暗記に問題集にと挑み続けた。行也も文句言わず、親切丁寧に教え続けた。

 夜も時間を無駄にせず、パソコンの画面越しに一緒に勉強した。ある時期を過ぎてから、孝の努力の成果が見え始めた。

 合格発表の日は、一緒に高校まで結果を見に行った。
 学校前に張り出された用紙に、行也だけでなく孝の番号をも見つけた二人は、よっしゃ、と笑顔で拳をガツンと合わせたものだ。
 周囲に誰もいなかったら、抱きしめ合っていたかもしれない。それくらい嬉しかった。

 そんなこんなで孝はなんとか行也と同じ高校に入学したものの、今もまだ勉強は苦手だ。だからこその「これからも勉強を教えてくれ」発言だし、頼まれた行也も状況を理解しているからこそ、孝の願いを聞いてすぐに承諾したのである。

 そうやって入学した高校で、二人は同じクラスになれなかった。残念ではあったが、代わりに自分のクラスで新しい友人もでき、二人の世界は広がっていった。

 それでも孝と行也は親友としての付き合いを続けていた。登下校時のバスの中ではくだらない話をして笑い合ったし、放課後や夜の勉強会も定期的に続けていたのである。

 ただ、入学して三ヵ月が過ぎる頃になると、二人の関係に少し変化が起きた。孝に彼女ができたことが原因だ。

「放課後は彼女と一緒に帰るというか、遊ぶことが多くなると思う。だからユキとは一緒に帰れなくなりそうなんだ」

 申し訳なさそうに言う孝に、行也は笑顔を見せる。

「気にするなよ、彼女を優先するのは当然なんだから。朝はこれまで通り、一緒に登校できるんだろう?」
「ああ、それは勿論」
「だったらそれで十分だよ」

 その日以来、学校の廊下や下足置き場などで、孝と彼女が楽しそうに話をしたり、体をちょっと寄せ合っていたりと、仲睦まじい姿が頻繁に見られるようになった。
 勉強を教える役目は今では彼女のもので、行也はお役御免となっている。

 孝と行也が話をするのは、朝のバスとスマホの中だけになった。
 行也はそれをちょっぴり寂しく思っていたけれど、孝が彼女と下校する姿を見かけるたび、孝が楽しそうで本当に良かったな、とも思っていた。

 昔から孝はかなりの人気者だった。
 背は高くスポーツ万能で人付き合いも上手い。顔は凛々しい系イケメンだから、女子からの人気は特に絶大だ。だからこれまで告白も幾度となくされてきている。そのたびにサッカーを理由にして、孝はすべての告白を断ってきた。
 しかし、高校生になった孝はサッカーをやめている。部活には入っていないし、告白を断る理由もない。すぐに彼女ができたのも当然だった。

 入学して三ヵ月、孝は自分のクラスで人気者ばかりが集まるグループの一員だ。行也はどうかというと、ゲームやラノベ、アニメが趣味だという大人しいタイプとばかり付き合っている。

 自分と孝は種類の違う人間だと、行也はしっかり理解している。長い付き合いというだけで、平凡でパッとしない自分なんかを今も孝が親友と思ってくれていることを、ありがたく思っているくらいだ。

 行也にとって孝とは、誰よりも大切なこの世で一番の親友だった。

 だからこそ、孝が初めての彼女と楽しく過ごせればいいなと、少しぐらい寂しくても我慢しようと思い、行也は温かく見守っていたのだった。

 ところが。
 孝と初彼女との交際は、二ヵ月ほどであっけなく終わりを迎えてしまった。

 一人身になった孝は、また行也と登下校するようになった。学校帰りに孝の家で一緒に勉強するのも以前の通りだ。
 まるで孝に彼女がいた二ヵ月など存在しなかったかのように、二人の関係は元通りになった。

 ある日、上がり込んだ孝の家で、行也はずっと不思議に思っていたことを思い切って質問した。

「なあ、どうして彼女と別れちゃったんだ?」
「どうしてもなにも、ただ俺がふられただけだ」

 なんてことない風に孝は淡々と答えたが、行也には聞き捨てならなかった。

「はあ?! ふられたって、孝が? 孝の方がふられたのか?! 告白は彼女からだったのに?! なんで? どうしてだよ?!」
「付き合ってみたら、思ってたのと違ったらしい」

 信じられない、と行也は憤った。

 孝は優しくて親切で思いやりもある凄いヤツだ。スポーツ万能で頑張り屋、内向的で陰キャっぽい自分と違って友人も多いし、DQN要素は限りなくゼロに近い。まさに俺の理想そのものだ――と、行也は思っている。思っているだけじゃなく、孝本人にも常々そう言っている。
 だから今回、孝がふられたという話は、行也にしてみればあり得ないことだった。

「信じられない。孝をふるなんて、どういうつもりだよ! 別れた彼女のことを悪く言うのは申し訳ないけど、でも、あの子ちょっとおかしいんじゃないのか?!」
「どうかな。普通の子だったと思うけど」
「いや絶対におかしいって。なあ孝、大丈夫だからな。きっとすぐに孝の良さを分かってくれる彼女ができるから。ふられたことなんて早く忘れちゃえよ!」
「そうだな、心配してくれてサンキューな、ユキ」

 そんな話をした三週間後、孝には新しい彼女ができた。ところがその三ヵ月後、すぐに二人は破局してしまう。
 そしてまたしばらくすると、孝にはまた彼女ができた。けれどもやっぱりすぐに別れてしまった。その次も、そのまた次も、その次も……と、付き合い始めたと思ったら、あっと言う間に孝の交際は破局を迎えてしまう。しかもなぜか毎回、孝がふられるという形で。

 そうこうしている内に、二人は高校を卒業した。
 今や孝は国立大学に通う大学生であり、行也は憧れの職業、ゲームクリエイターを目指して専門学校に通っている。

 学校も生活リズムも違ってしまったが、相変わらず二人の仲は良好だった。連絡は頻繁にとっていたし、時間を見つけては顔を合わせて互いの近況を報告したりしていたのである。


 そして、二年制の専門学校生だった行也の就活も無事に終わったある日のこと。
 バイトのシフトも入っておらず、家でノンビリとゲームをして遊んでいた行也のスマートフォンに、孝からのメッセージが届いた。


 ―― またふられた ――


 目にした途端、行也はがっくりと肩を落として大きなため息をついた。
 大学生になってからも孝はやはり女の子たちから大いにモテて、そして付き合うたびにふられている。

 なぜなんだ、一体どうしてなんだろう。
 どれだけ考えても行也には理由が分からないし、納得もできない。

 行也の目に映る孝は理想そのものだ。
 相変わらず顔は良いし、高校時代の努力が実って今や現役の国立大生だ。スポーツは昔から万能で、性格だって文句のつけようがないほど素晴らしい。

 それなのに孝はふられる。
 大学に入ってからだけでも、今回でもう三度目の破局だった。


 ―― 今から行く ――


 メッセージを送り返すと、行也はすぐに家を出て孝の家へと向かった。自転車のペダルを限界まで超速回転させて、五分ほどで孝の家に到着する。
 呼び鈴を押して数秒後、玄関のドアが開くと同時に顔を出した孝に向かって、行也は大きく叫んだ。

「なんで? どうしてなんだよ?! 俺ならともかく、どうして孝がふられなきゃならないんだよ?!」

 普段の行也は大人しくて温厚だ。そんな行也が声を荒げるなど、かなり珍しい。

「ユキが本気で怒ってる。珍しいな」

 孝は一瞬だけ驚いたような顔をしたものの、自分のために親友が怒ってくれている姿を見て、少し嬉しそうに笑った。
 逆に行也は憤りを大きくする。

「なんだよ、他人事みたいに笑って!」
「もしかして、ふられてばかりの俺に怒ってんのか? もう愛想が尽きたって?」
「ち、違うよっ、そうじゃない! 孝を怒ってるんじゃなくて、俺は孝の元カノたちを怒ってるんだよ! なんで孝をふるんだよ! どこに不満があるって言うんだよ!!」

 孝の部屋に入ってベッドの縁に腰を下ろしてからも、行也はブリブリと文句を言い続ける。
 そんな行也に苦笑しながら、孝は行也の正面の床にクッションを置くと、その上に胡坐をかいた。

「いつも心配かけて悪いな」
「なんだよ、友達を心配するのは当たり前だろ。俺だって、昔っから孝に心配かけてばっかりだし」
「そんなことないと思うけど……でもホント、ありがとな」

 そう言った孝には、特に落ち込んだ様子は見られない。
 行也はホッと安堵しながらも、眉根を寄せて首を傾げた。

「なんで孝はふられちゃうんだろうなぁ。俺にはまったく分からないよ。理由がひとつも思いつかない」
「うーん、自分では気付けないところに、なにか致命的な問題点があるのかもなぁ」
「そんなのあるわけないって! もしあるなら、誰よりも先に俺が気付いてるよ」

 孝が悪いはずがない。そんなことはあり得ない。
 そう言い張る行也に、孝は肩を竦めて見せる。

「そうは言っても実際にふられ続けてるんだから、なにかしら悪いところがあるんだろうな。男にとっては些細なことでも、女にとっては絶対に許せないようなことを俺がやってしまってる、とか」
「えー、孝がそんなことするとは思えないんだけど…………あっ!!」

 なにかを思いついたような顔をした行也が、孝の方に勢いよく顔を向けた。

「ひとつだけ思いついた。女の子にとっては許せないことで、俺には気付けない孝の悪い部分の可能性」
「なんだ? 教えてくれよ」
「も、もしかして孝、ヤバい性癖とか持ってるんじゃないのか? へ、変態プレイの強要とか。それなら毎回すぐにふられるのも納得だし、俺が今まで気付なかったのも当然だし」

 と、そこまで言ったところで行也が「なーんちゃって」と明るく笑った。

「冗談冗談。孝に限ってそんなわけないもんな、ははっ」

 行也にしてみれば、少しでも孝に笑ってもらいたくて言っただけの、くだらない冗談である。
 ところがそれを聞いた孝が、真面目な顔でこんなことを言いだした。

「ユキの言うこと、一理あるかもしれない」
「は? いやないよ。さっきのはただの冗談だって」
「いや、可能性はなくもない。自覚ないけど、実は俺は付き合う彼女たちに変態プレイを強要するクソ野郎だったのかも」
「えええ! いやまさか、そんな……」

 違う、と断言できないだけに、行也は気まずく黙り込んだ。
 なにせ孝には交際相手にすぐにふられてしまうという実績がある。なにかしら悪いところがあることは間違いない。しかもそれは付き合いの長い行也にも気付けない部分のはずで……。
 となると、原因がセックス中での事だとの仮説も、あながち間違いではないように思えてしまう。

 行也は落ち込んだ。
 余計なことを言うんじゃなかった。見た目には普通にしていても、ふられたばかりで本当は落ち込んでいるはずの親友に言うべき冗談じゃなかった。
 そんなことを思いながら、デリカシーのない自分が情けなくて俯いてしまった行也の耳に、孝の呟きが聞こえてくる。

「どうにか確かめないとな、俺学が変な性癖持ってるのかどうかを」
「確かめる方法なんてあるのか?」
「そうだなぁ、俺とのセックスどうだった? 感想聞かせて? なんて元カノたちに訊いたら、それこそ変態っぽいし、セクハラで訴えられそうだしなぁ」
「そ、そうだな。それはやめたほうがいいよ」
「はぁ、自分が妙な性癖持ちの変態かもしれないと分かった今、もう新しい彼女なんて作る気にはなれないな。迷惑かけるだけだし。あー、まいった。このままじゃ俺、一生独身かも……」

 項垂れる孝を前に、行也は焦ってしまう。
 行也の知る限り、孝はどんな時でも常に前向きだった。落ち込んだり悩んだりする時間がもったいないと、すぐに気持ちを切り替えて解決策を模索して即座に行動に移す、かなりのポジティブ&アクティブ人間だ。

 行也がなにか問題を抱えた時、すぐに悲観的になってうじうじと考え込んでしまう。そんな行也をいつも孝が励まし、一緒に解決策を考えてくれた。それでも足踏みしてしまう行也の背中を押して手を引いてくれて、最初の一歩を一緒に踏み出してくれる。孝はそんな人間だ。

 思えば小学五年の時、孝と知り合って友達になってから、行也の人生は大きく変わった。
 大人しく内向的で友達が上手く作れず、教室でもいつも一人だった行也。孝はそんな行也の友達になってくれて、自分の友達に行也を紹介してくれた。人との距離感や付き合いを覚えることができたのは、間違いなく孝のおかげだった。

 運動が苦手でも、友達と上手く話ができなくても、マイナス思考になりがちですぐに落ち込んで暗くなっても、それでもいいんだと、行也は大切な友達なのだと、大切に思っているし大好きなのだと、そう態度で教えてくれたのもすべて孝だった。

 孝のおかげで、行也はありのままの自分に自信が持てるようになった。相変わらず人見知りで内向的ではあるけれど、自分を卑下することなく人と付き合えるようになった。
 行也にとって孝はただ親友ではない。恩人と言ってもいいほどの存在だった。

 その孝が落ち込んでいる。今こそ役に立ちたい。

 これまで孝のために行也ができたことなど、勉強を教えたことくらいだ。それも大して長い期間でもなく、高二の二学期頃には孝はあっと言う間に行也の順位を抜かし、学年でもトップクラスの成績をとるようになった。

 行也はずっと思ってきた。もっと孝の力になりたい、恩返しがしたい、と。
 けれど孝はなんでも自分でできてしまうため、その機会はまったく訪れない。高校を卒業して学校が別れてからは、ますますその機会が見つけられなくなった。どうしよう。

 そう思っていた中で起きたのが、今回の「俺、変態も知れない、どうしよう」事件だ。

 目の前で落ち込む孝を前に行也は思った。今こそ自分が孝の力になるべき時だ、と。
 しかし、問題があまりにも特殊すぎて、どうしたらいいのか分からない。

 孝に変な性癖があるかを調べる?
 そんなの、どうすればいいんだ??

 頭の中で考えを巡らせながら、行也は真剣な顔で孝に言った。

「俺にやれることならなんだって手伝う。これまでどうして孝がふられ続けてきたのか、元カノ全員に具体的な理由を訊いて回ってもいい。孝が望むなら、土下座してでも教えてもらってくる」
「い、いや、それは遠慮する。元カノたちにも悪いし、ユキがセクハラで訴えられても困る」
「だったら他になにができる? 俺に手伝えることってなんだ? 遠慮なく言って欲しい」

 それを聞いた孝が、少し遠慮がちに口を開いた。

「本当になんでも手伝ってくれるのか?」
「するよ、なんでもする!」
「だったら……なあユキ、俺と寝てくれないか?」
「……寝て?」

 意味が分からずに行也はキョトンとする。

「寝るってなに? どういうこと?」
「セックスするってことだ」
「セッ……って、はぁ?!?!」
「元カノたちにしてきたようにユキを抱くから、問題点があったら教えて欲しい」
「えっ?! えええっ?!」
「他に手はない。こんなこと、ユキ以外の他の誰にも頼めない」
「でっ、ででで、でもっ、お、俺たちがセックスなんて、そんな――――」
「頼む、助けてくれ。俺の人生がかかっているかもしれないんだ」
「!!!」

 とんもないことを言われてパニクったものの、少し冷静になって考えてみると、孝の言っているこは理にかなっていると行也にも分かった。確かに実際に抱かれてみれば、孝が妙な性癖を持っているかどうかすぐに分かるはずだ。

 とはいえ。

 セックス?
 俺と孝が?
 えええええ――っ!!!!

「い、言いたいことは理解した。けどっ、そもそも孝は俺なんかを抱けるわけ? 俺相手になんて勃たないんじゃ……」
「それはやってみないと俺にも分からない。その場の雰囲気とかにも左右されるものだし」
「う……ほ、本当にマジでヤるのか?」
「ユキが嫌ならしない。さっきなんでもするって言ってくれたし、他に良い手も思いつかないから、最後の手段と思って言ってみただけだ。無理強いするつもりはないよ」
「そ、そうか」
「断ってもユキを逆恨みなんてしない。まあ、このままだと俺は二度と彼女なんて作らないだろうけど、別にいいさ。俺には親友のユキがいてくれるからな。寂しいなんてこともない」

 そう言って見せた孝の顔は、どう見ても作り笑顔で。
 それを見た行也の胸がズキンと痛んだ。

 その痛みに気付いた行也は、即座に迷いを捨てた。

「分かった。いいよ、孝。俺とセックスしよう」
「……本当にいいのか?」
「ああ。孝がどんなセックスするのか、女の子たちに酷いことをしていたのかどうか、俺がしっかり確かめてやる!」
「あ、ありがとう、ユキ!」

 礼を言った孝はすぐに立ち上がると、行也のすぐ隣に腰を下ろした。そして、つい一瞬前まではなかった色気のある目で行也を熱く見つめた。

「好きだ、ユキ。ユキを抱けるなんて、夢みたいだ」
「へあ?! ……っん」

 突然の孝の変貌と好きというセリフに驚く行也の後頭部に、孝の左手が添えられた。そのまま孝の整った顔が行也に寄せられ、二人の唇が重なり合う。

 それは行也にとって初めてのキスだった。
 唇を食みながら孝が行也に体重をかけていくと、その重みで二人の体がベッドの上に倒れ込む。気にせず孝は行也の唇を食み続けた。

 若干パニック気味だった行也は、そこでやっと孝が言っていたことを思い出す。

『元カノたちにしてきたようにユキを抱くから、問題点があったら教えて欲しい』

 なるほど、もう既に確認のためのセックスは始まっていたわけか。だから急に孝の雰囲気が変わったんだな。孝は好きな人にこんな視線を向けるのか。ちょっとビックリした。

 そんなことを思っている行也の口の中に、孝の舌が忍び込んできた。舌を絡めとられ、口内を舐め回されると、そこから甘い快感が生まれて行也の息が熱くなる。

 キスをしながら孝の手が行也の胸元を動き回った。唇は流れるように首筋へと移り、少しずつ下がっていく。いつの間にか露わにされていた胸の尖りを、孝の唇が吸い上げた。

「ふあ……っ!」

 感じた行也の体がビクンと跳ねる。熱くぬめりのある舌で舐め回されながら乳首を吸われる内に、痺れるような快感が行也の中に沸き上がった。
 我知らず行也の陰茎に芯が入る。それに気付いた孝が右手で優しくそこを撫でた。

「はあ……んっ、ああ」

 布越しとはいえ、初めて他人からソコを触られた行也は、気持ち良さのあまり嬌声を上げた。そんな自分が恥ずかしくて真っ赤になり、口元を手で押さえた行也に孝が言う。

「触られて気持ち良くなるのは当たり前のことだ。声も好きなように出せばいい」
「で、でも、男の喘ぎ声なんて、気持ち悪いだろう?」
「いや? 感じてもらえて嬉しいばっかりだけど?」
「……」

 そんな会話の最中にも、孝の愛撫は続いている。
 行也の下半身の服は、いつの間にかすべて脱がされていた。足の間に孝が入り込み、どこからか取り出したローションをたっぷり指に絡めると、行也の後孔を解し始める。
 排出するための器官に指を入れられる違和感に、行也の眉間にシワが寄った。

「痛いか? ごめんな。でも、ここはしっかり解しておかないと。ユキに怪我をさせたくないから」
「う……ん、だいじょ、ぶ……ああっ!」

 行也が大きく声を上げたのは、孝が行也の陰茎を口に含んだせいだ。人生で初めてされたフェラチオが蕩けるような快感を生みだして行也を慌てさせる。

「ああっ、やっ……うそ、これすご……う……はぁっ、んあ……」

 口に深く含まれたまま舌で裏筋を舐められると、快感に反応した行也の体が勝手に仰け反った。あまりの気持ち良さに、自分の後孔に孝の指が三本入っていることにも行也は気付かない。

 快感とくすぐったさが入り混じり、このままではすぐに射精してしまうと行也が焦り始めたところで、孝が顔を上げた。後孔からも指を引き抜く。

「そろそろ挿れるぞ。いいか?」

 高い位置から行也を見下ろす孝の目には、激しい欲情の色が浮かんでいる。それを見た行也の体がつられたように欲情し、体が熱く火照り始めた。
 緊張とちょっぴりの期待に激しく動悸する胸を抑えながら、行也が孝に頷いてみせる。

 それを見た孝が行也の唇に触れるだけのキスをした。

「できるだけ優しくするから、がんばって力抜いてくれるか?」
「う、うん」

 コンドームをつけた孝の高ぶりの先端が、行也の後孔にペトリと触れた。ぐっと孝が腰を押し進めるたびに、熱い肉棒が行也の中に埋め込まれていく。まず亀頭が入り、その後も少しずつゆっくりと孝の屹立が行也の肉の中を分け進んだ。

「う……く、ぅ……っ」

 念入りに解されたはずなのに、それでも後孔に痛みを感じて行也の眉間にシワが寄る。必死で我慢して体に力が入らないよう大きく呼吸を繰り返していると、やがて孝が動きを止めた。

「……はぁ、ユキ、全部入ったぞ」
「ほ、ほんと?」
「ああ。狭くて熱くて、すごく気持ちいい」

 額に汗を浮かべた孝の、少し苦し気になにかを堪えるような色気のある表情を、行也は食い入るように見つめた。
 親友の色を含んだこんな表情を見たのは初めてで、そのあまりの艶めかしさに行也の情欲までもが釣られてかきたてられた。孝の肉棒を受け入れた最奥が甘く疼いてジンジンする。
 挿入の痛みで萎えてしまった行也の陰茎に芯が入り始めた。それを孝が手で握り、優しく上下に扱いていく。

 孝が手を動かすたび、行也の陰茎に熱が籠る。沸き上がる快感に鈴口からは蜜が零れ、腰が勝手に浮くほどの気持ち良さに行也の体が蕩けたところを見計らって、孝が腰の動きを再開した。
 最初はゆっくりと、そして少しずつ速さと強さを増していくその動きに、苦しくて出ていた行也の声に甘い色が混じってくる。それに気付いた行也が、ストロークを大きくして腰を激しく打ちつけた。

「んっ……あ、ああっ! ……うあ、あぁん……ふっ」

 体を揺さぶられながら硬い亀頭で最奥を突かれるたび、行也の口から嬌声が漏れる。腸壁と肉棒が擦れ合うたびに生まれる快感がすごすぎて、もうどうしたらいいのか分からないくらいに気持ちがいい。腰を動かしながらも孝が体中にしてくれる慈しむようなキスが気持ちよくて堪らない。

 次第に行也の射精感が高まっていく。

「あ……どうしよ……俺、きもちい、もうイきそう……」
「そうだな、俺もすごくいい」
「孝も、いいの、か……? もうイきそ……?」
「ああ、俺ももう我慢できない」

 孝の動きが更に激しくなる。
 奥を突かれ、前立腺を押しつぶされて、行也はもうなにか考えられないくらい善がり狂った。
 やがて、限界を迎えた行也がビクビクと痙攣した。

「ああっ、いい……もうイくっ、俺っ、もうイくっ、イくっ、イ……んんん――――っっ!!!」

 行也の陰茎から勢いよく白濁が吐き出され、腸壁が孝の陰茎を締め付けた。そこから得られる快感のあまりの強さに、孝も我慢できずに限界を迎える。

「……うっ……」

 小さいうめき声と共に、孝が体を何度か震わせた。射精しているのだろう、行也の中に熱が伝わってくる。

 やがて荒い息を吐きながら、孝が行也の中から自身を引き抜いた。ゴムの処理をしてゴミ箱に捨てると、行也が自分の腹の上に吐き出した白濁を丁寧にティッシュでぬぐいとっていく。
 行也の体が綺麗になってやっと、孝は行也の隣に体を横たわらせた。

 行也の額に張り付いた髪を指で梳きながら、孝は行也のこめかみにキスをする。
 孝の放つ事後の気だるげで淫らな色気に、行也は思わず顔を赤らめた。

「どうだった?」

 孝からの問いに、行也は思ったままを正直に答えた。

「あ、えっと、うん。その……すごく良かった」

 それを聞いた孝が苦笑する。

「それは良かった。まあそれはそれとして、俺のセックスはどうだった? なにか問題点に気付いたか?」
「問題点? ……あっ」

 行也は羞恥のあまり顔を両手で覆った。孝とのセックスが気持ち良くて夢中になったあまり、なんのために自分たちがセックスしたのかの理由を、すっかり忘れていたのだ。
 孝からの問いに、ただの感想を答えた自分が恥ずかしくて、行也は死にたくなってしまう。

 逃げ出したい衝動を必死で我慢して、今度はきちんと考えてから行也は答えた。

「あー、えーと、問題はなかったと思う。変なプレイの強要なんてなかったし、嫌なこともされなかった。うん、問題なしだ」
「そうか、良かった。でも、一度で判断するのは危険かもな。いつも同じことだけしているわけじゃないし……」

 孝は少しだけ逡巡すると、念のためにもう何度かセックスに付き合ってくれるよう行也に頼んだ。
 それに行也が頷いたのは、大切な親友のための思いやりや親切心からだけではない。孝とのセックスがかなり良かったせいでもある。

 今まで誰とも交際したことのない行也にとって、キスもセックスも孝が初めての相手だ。そのせいか事に及ぶ前、実はかなり不安だったのだ。
 しかし、実際に経験してみると、セックスはかなり良いものだった。

 まず単純に気持ちがいい。なにより孝から恋人のように大切に扱われて、すごく嬉しいような、くすぐったいような……ともかく、かなり幸せな気分を味わえた。
 こんな気持ちになれるから人は好きな人と付き合ってキスしたりセックスしたりするんだな、と、初めて行也は理解し、納得したのである。


 その日以降、二人は二週間に一度くらいのペースでセックスするようになった。
 孝のセックスに問題があるかどうか。事後にその質問を孝が口にしたのは、四回目のセックスまでだ。その時、行也は笑顔でこう答えた。

「うん、やっぱり問題はないと思う。孝のセックスに女の子を不快にさせるようなところ、一つもなかったって俺が断言するよ!」
「そうか、安心した」

 安堵する孝に「良かったな」と笑顔を見せながらも、実は行也は気落ちしていた。もう二度と孝と抱き合うことがないと考えただけで、たまらなく寂しかったし悲しかったのだ。

 ところが次にまた会った時、孝は当たり前のように行也を抱いた。その次も、またその次も、会うたびに孝は行也にキスをしてベッドに誘う。

 孝の性癖を確かめていた頃は二週間に一度のペースだった営みは、今では一週間に最低でも一回、というくらいのペースで行われるようになっている。

 どうして孝は俺を抱くのだろう。行也はそう思いながらも口にすることなく、嬉々として孝に抱かれ続けた。幾度も肌を合わせている内に、孝に特別な想いを抱くようになっていたからだ。

 俺、孝のことが好きだ。

 そう自覚したからこそ、行也は孝になにも問わずに抱かれ続けた。余計なことを言って抱いてもらえなくなるのが嫌だったからだ。

 孝は二人の関係を「肉体関係のあるただの親友同士」と位置付けているに違いない。
 それならそれでいい。
 特別な意味で孝を好きになったことを知られて「そんなつもりじゃなかった」とドン引かれて嫌われるくらいなら、今のままでも十分に幸せだと思ったからだ。

 幸い、最近の孝は彼女を作ろうとしていない。それがいつまで続くは分からないが、孝がフリーな間だけでも今の関係を保持していたいと行也は思っていた。

 本当は恋人になれれば嬉しい。けれど、それはあまりにも贅沢な望みだ。
 だって孝はあんなにイケメンで性格も頭も良い。自分には不釣り合いなほど凄いヤツなんだから。
 だから今のままでも十分幸せだ、満足するべきなんだ、と、行也はそんなことをいつも思っていたのだった。


 そうこうしている内に、二年間通った専門学校を行也は卒業して社会人になった。就職先はそれなりに名の知れたゲーム開発会社だ。
 その二年後には孝が大学を卒業して、在学中に取得した会計士の資格を生かして大手会計事務所に就職した。それを機に、孝と行也は賃貸マンションで一緒に暮らし始めたのである。

 この頃になると、行也の体は孝の手により隅々まで開発されていた。行也の性感帯は、すべてを孝から知りつくされていると言っても過言ではない。今や行也はトコロテンもメスイキもできるし、乳首でだってイける体になっている。潮吹きも経験済だし、孝の精液だって喜んで飲み込むことができる。
 

「あ……ああっ、それすごいっ、気持ちいよぉ……ああっ」

 ベッドの上に四つん這いになり、尻だけを突き上げる淫らな格好をした行也は、もうかれこれ三十分近くもずっと孝から後孔を舐められていた。
 窄まりをくすぐるように舌先で舐められ、吸われながら何度もキスされて、奥深くまで舌を入れられて中をかき回されると、あまりの快感に内腿が震えるだけではなく、体中が快楽にびくびくと痙攣してしまう。そそり勃つ陰茎の先っぽからは、トロトロと蜜がとめどなく流れ続けた。

「やぁ……もうだめっ、イく……俺、もうイきそうっ!」
「イっていいぞ」
「ああ、もうイく……きもちぃ、そこすごく気持ちいからぁ……んあっ、ああああっっ!!!!」

 やがて行也は全身を痙攣させながら、熱い精子を勢いよく吐き出した。

「ああ……どうしよう、俺、尻舐められただけで……」
「そうだな、上手にイけたな。でも、まだ終わりじゃないぞ」
「え……ああっ!」

 行也の後孔に孝の怒張が一気に奥まで埋め込まれた。その瞬間に中イキした行也は、激しく善がり声を上げてしまう。

「ああ――っ!!!! 気持ちぃっ、きもちぃよぉ……ああ゛あ゛っっ!!」

 涙を流しながら快感に身を震わせる行也の細腰を両手でつかんだ孝が、腰を何度も強く打ちつけた。硬い亀頭に最奥を激しく刺激されるたびに善がり狂う行也は、気持ち良さのあまり既に思考はぐちゃぐちゃだ。

「やあ……奥がいいっ、ああ、おしりの奥がおかしくなるっ……やぁ、奥っ、奥もっとしてぇ!」
「いいぞ、何度でも突いてやる」
「はぁ、気持ちいっ、奥がすごい……もうイぐぅっ、もうイぐからぁっ……中に熱いのかけてっ、孝の精子、いっぱい出してっ」
「ああっ、くそっ……っ!」

 最奥の行也が好きなところに孝の白濁が激しく吐き出される。それを受けて行也はびくびくと痙攣しながらメスイキした。同時に鈴口からはびゅくびゅくと精子が放出される。前と後ろからの激し過ぎる快感に、行也はそのまま気を失ったのだった。


 目が覚めた時、行也は微妙な気持ちだった。
 尻穴アナルを舐められただけでイける体になった上、メスイキと射精を同時にできるようにもなってしまったのだから、それも仕方がない。

「うう、俺、まだ童貞なのに……」 
「不満か? 俺は好きだぞ、ユキのいやらしい体」

 言いながら、孝が行也の肩にキスを落とした。
 まるで恋人にするかのようなその行動に、無意識に行也の口から愚痴が零れる。

「……好きなのは俺の体だけかぁ……ま、知ってるけど……」

 その小さな呟きは、どうやら孝の耳にしっかりと届いていたらしい。
 孝は自分の胸の中に行也の細い体を抱き込んだ。

「バカだな、まだそんなこと言ってんのか? 体が好きだからユキ抱いてるんじゃない。愛しいユキの体だから抱きたくなるんだ」
「――――え?」
「好きだ、ユキ。ずっと言ってなくて悪かった。もうずっとずっと前から俺はユキのことが好きだ」

 思いがけない孝からの言葉に、行也の心に驚きと喜びが溢れた。
 とはいえ、信じられない気持ちもある。

「ほ、本当に……? え、いつから? いつから俺のことを? 好きなのは俺とのセックスだけなんじゃなかったのか?」
「そんなワケないだろう。中学の頃にはもう、俺はユキを好きだと自覚してた。だからどうしても同じ高校に行きたくて、勉強を教えてもらったんだ」

 そんな孝の告白を聞いて、行也は目を白黒させる。

「で、でも、高校に入ってすぐに彼女作ったじゃないか」
「あれはユキへの気持ちを吹っ切るためだった。あの頃のユキは、俺をただの親友としてしか見ていなかっただろう? 気持ちを押し付けて迷惑をかけたくなかったし、嫌われるのも怖かった。せめて親友としてのポジションを失いたくなくて、他の人を好きになろうと思ったんだ」

 だから告白してきた相手と手当たり次第に付き合った、と孝は言う。

「でも、どうしてもダメだった。優しくすることはいくらでもできるし、俺はもともと社交性も協調性もある方だから、笑い話や楽しい会話を提供して場を盛り上げることはいくらでもできる。けど、できたのはそこまでだ。手を握ることも、ましやてキスしたりセックスしたりは、絶対に無理だった。好きでもない相手と、そんなことする気にはどうしてもなれなかった」
「え、ってことは、孝も俺とが初めてだったのか?!」
「そうだ。俺はユキとのキスがファーストキスだし、筆おろしの相手もユキだ。俺がこれまで短期間でふられ続けてきたのは、元カノたちに手を出そうとしなかったからだ」
「そ、そうだったんだ……」
「一度ユキを抱いてからは、もう他の女と付き合う気にもなれなくなった」

 付き合う彼女たちには、本気で好きになれるまでは手は出さないと事前に伝えていたという。それでもいいと言う相手とだけ付き合ったと孝は言った。

「俺がニ、三ヵ月ずっと手を出さないままだと、みんな諦めて俺をふったよ。元カノたちは見た目はかわいくて性格はサバサバしたモテるタイプの子ばかりだったし、何ヵ月経っても脈がなさそうな相手と付き合い続けるくらいなら、新しい男を見つけた方がマシだって、みんなそう思ったみたいだ」
「…………」
「それが俺が付き合う彼女たちに短期間でふられ続けた本当の理由だ」

 唖然とする行也を、不安そうな顔で伺うように孝が見る。

「すまない、今までずっと騙すようにしてユキを抱いてきて。でも、俺は本気でユキのことが好きだ。ずっと前からユキだけが好きだった」

 真剣な顔の孝を前に、行也は驚愕のあまり黙り込んでいた。しかし、事態が飲み込めてくるとジワジワと喜びばかりが沸き上がった。好きな相手から好きだと告白されて、嬉しくないはずがない。

「俺も孝が好きだ。言ったことなかったけど、抱かれるのだって嬉しかったんだ。でも、どうしてモテる孝が俺みたいな陰キャのモブメンなんかを抱くのか分からなくて、一緒に住もうって言ってくれたのも嬉しかったけど理由が分からなくて、俺、ずっと不安だった。でも……そっか。俺のこと、好きだって思ってくれてたからなんだな」

 嬉しい。
 そう言って心からの笑みを見せた行也を、孝が力強く抱きしめた。

「俺の方が嬉しいに決まっている。ユキ、好きになってくれてありがとう。どうか正式に俺の恋人になって欲しい」
「うん、なりたい。俺も孝の恋人になりたいよ」



 気持ちを通じ合わせた二人は、以後、頻繁に想いを伝え合うようになった。これまで行也はセックスの最中でも決して気持ちを口にしなかったし、孝にしても最初の性癖チェックのセックスの時以外、決して行也に好きだとは言わなかった。
 お互いに、伝えてしまうことで関係が崩れてしまうことを恐れていたからだ。

 けれど、これからは愛する人に好きなだけ想いを伝えることができる。

 二人はまるでたがが外れたかのように、恋人としての時間を楽しみだした。暇さえあれば甘い空気を漂わせ、好きだと伝え合ったり、ボディタッチしたり、キスしたり、一緒に風呂に入ってイチャイチャしたりと、恋人気分を満喫した。

 三年後、行也が会社の同僚や専門学校時代の友人たちとゲーム開発会社を起ち上げた時、孝は勤めていた会社を退職して行也の会社に就職し、事務方の責任者として会社の基盤作りに尽力した。

「せっかく大手の有名な会計事務所に勤めていいたのに、良かったのか? 分かってると思うけどウチはベンチャーだし、あまりたくさんの給料は払えないよ?」

 心配顔の行也の頬を親指で撫でながら、孝は笑顔で答える。

「問題ない。そもそも俺が公認会計士の資格を取ったのは、いずれユキが会社を興すことを想定してのことだったから」
「は?!」
「中学生の頃からユキはスマホ用のアプリとか開発してただろう? 高校生の頃には販売して金を稼いでたし。ユキには才能があるし、いずれ会社を作るだろうと思ってた。その時に面倒臭い書類仕事は俺がやってやろうって、ずっと思ってたんだ。ほら、ユキみたいなゲーム作りが好きなヤツらってのは、裏方の地味な仕事は苦手なことが多いだろう? 興味ないことに頑張れないというか」
「うっ。耳が痛い……」
「だからそこは俺が担当する。今年か来年中には税理士の資格も取得できる予定だ。資金繰りや税金対策や営業は俺に任せて、ユキは安心して仲間と一緒にゲーム作りに集中してくれればいい」
「そんなにまで俺のことを考えていてくれてたなんて……」

 感極まった行也は孝に抱きつき、熱烈にキスをした。

「孝、好き。愛している」
「俺もだ。ユキは俺のすべてだ。ユキのためならなんだってできる」

 二人は貪るようなキスをしながら服を剥ぎとり合い、寝室へとなだれ込んだ。そして、これまでにないほど熱く濃密な夜を過ごしたのである。

 その翌日の日曜日。
 昼頃になって行也はやっとベッドから起き上がると、欠伸をしながらリビングへと顔を出した。ダイニングテーブルには孝の手作りの昼食が、湯気をたてて良い匂いを漂わせている。

「おはよー、孝。すごく良い匂い。美味しそう!」
「起きたか。ちょうど飯の準備ができたから、呼びにいこうと思ってたところだ」

 孝はなにをやっても器用で上手いな、自分とは大違いだ、などと思いながら席に着いた行也は、見た目も味も文句なく美味いカルボナーラと新鮮サラダに舌鼓を打つ。

 美味い美味いと食べ進めながら、もうすぐ孝の誕生日だなと行也は考えていた。
 いつもより奮発してブランド物のカバンでもプレゼントしよう。自分にはセンスがないから孝と一緒に店に行って、本人が気に入る物を選んでもらおう。と、そんなことを思っていた時、行也はふと高校時代のあることを思い出した。

「そう言えばさぁ、孝、高校の頃はいつもカバンに折りたたみ傘を入れてたよな」
「ああ、そんなこともあったな」
「あれってなにか理由があったのか? それともやっぱり取り出すのが面倒だっただけ?」

 パスタをフォークで巻き取りながら、孝は少し困ったような顔をする。

「理由はあった。ただ、言わなきゃダメか? 俺としてはちょっと黒歴史っぽくて、あまり言いたくないんだけど」
「そう言われると気になるなぁ。ね、いいじゃん、教えてよ」

 言い渋っていた孝だったが、行也に散々せつかれて諦めたらしい。はあ、と大きなため息を吐いた後、渋々口を開いた。

「実はな、あの傘はユキと相合い傘をしたくてカバンに入れてたんだ」
「相合い傘?」
「そう」

 まいったな、と頭をかきながら孝がぽつりぽつりと話しだす。

「初めて付き合った彼女と相合い傘したことがあった。傘は二本あったのに、わざわざ一本はしまって狭い傘に二人で入った。その時、すごく面倒だと思った。窮屈だし、二人で傘に入るくらいなら濡れた方がマシって思った。そして、ふと考えた。もし一緒に傘に入る相手がユキなら、俺は面倒だって思うだろうかってな」

 想像してみると、嫌だとか面倒だとは微塵も思わなかった。それどころか、二人の距離が近いことが嬉しくて胸が弾んだくらいだ。
 そうなると、一度でいいから行也と相合い傘をしてみたいと、そう思うようになった。

 とはいえ、男同士で相合い傘するような機会はほとんどない。小降りの雨なら男は傘なんてささないし、雨が降ると朝から予想されている日は、ちゃんと傘を持参するからだ。

「でも、ゲリラ豪雨に遭遇したり予報がはずれて急に大雨が降ったりすれば、ユキだって俺の傘に入れてくれって頼んでくるだろう? そうしたら相合い傘ができる。だから俺はいつ降るかも分からない突然の大雨を楽しみにして、ずっと傘をカバンに入れてたんだ」

 孝が目元を手で押さえて天井を仰いだ。その顔はかなり赤い。

「改めて言葉にすると、あの頃の俺、なんつー乙女チックなことを考えてたんだろうって、ちょっと引くな。うわっ、めちゃくちゃ恥ずかしい」

 上を向いていたせいで孝は気付かなかったが、向かいの席では行也が真っ赤になって悶えていた。

 なんて……なんてカワイイことを考えてたんだ、当時の孝!

 高校生の頃の孝がそんなことを考えていたなんて、行也は思ってもみなかった。
 確かにちょっと、いやかなり恥ずかしい思考だ。

 でも、あの孝が。
 顔がよくてスポーツもできて、友達もたくさんいて、苦手だった勉強もあっと言う間にできるようなった、あの完全無欠で完璧に見えた孝が、まさか俺を想ってそんなことを密かに考えていたなんて。

 行也はそっと自分の胸に手を当てた。キュンキュン疼いてむず痒い。
 心が浮足立って喜びと幸せが全身に溢れた。

「傘を常備していた理由はそれだったから、高校卒業してユキと学校が別々になってからは、すぐにカバンから取り出した。だから、今はもうカバンに傘は入れてない」
「そっか……」

 赤い顔でサラダをつついている孝に、行也が提案する。

「あ、あのさ、今度いつか雨の日に買い物に行く時、二人で相合い傘……やってみない?」
「……え、い、いいのか?」

 嬉しそうな顔をする孝を見て、行也の口元がついゆるむ。

「うん、なんか俺も孝と相合い傘したくなった」
「きっと濡れるし、かなり窮屈だぞ?」
「それが相合い傘の醍醐味だろ? それに、外で堂々とくっついていられるなんて最高じゃないか! あー、早く雨降らないかなぁ」

 行也が窓の外に目を向けると、釣られたように孝も視線を移した。
 見えた空は雲一つない晴天で、今日は雨は降りそうにない。

「ヤバッ。俺、雨が降るのがめちゃくちゃ楽しみになってきた」
「ああ、俺もだ。ところで……」

 行也の手の上に、孝がそっと自分の手を重ね置いた。

「昨日の夜あんなに抱いたのに、またユキが欲しくなった。食べ終わったらベッドに行かないか?」

 相合い傘したいなんて、カワイイことをユキが言ってくれたせいだぞ。
 孝にそう言われ、行也は頬を赤く染める。

「うん、俺も孝が欲しい。いっぱい抱かれたい……」

 互いに見つめ合い、幸せそうに微笑み合った後、二人は急いでパスタを口に詰め込み始めた。





 数日後、孝の誕生日プレゼントを買うために、二人は仕事帰りに百貨店に立ち寄った。孝はカバンではなく、傘を買って欲しいと行也に強請った。



 その時に二人で選んで買った傘は、今も大切に傘立てに立てかけられている。プレゼントされて以来、孝の一番の宝物だ。


 もちろん、二人が相合い傘をした時には、その傘を使った。

 それは二人にとって、大切な思い出の品になった。



 あれから何年も経ち、骨が折れて使えなくなった今も、その傘は捨てられることなく傘立ての中に大切にしまわれている。



 




end


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感想 5

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みんなの感想(5件)

パンちゃん1号

よかった~🤭🤭二人拗れなくてよかったです✨孝好きだなあ~🤭🤭相合い傘したかったなんて萌🤭🤭です。でも、念願かなってよかったね~🤭🤭

解除
iku
2022.06.20 iku

気持ち的なもだもだ純愛と、身体的なエロさのギャップが癖になって、定期的に(2日に1回とか)読み返してしまいます。

鳴海
2022.06.20 鳴海

うわー、うわー、すごくすごく嬉しいです!
嬉しすぎて舞い上がってます!!!
そういう風に言っていただけるなんて、書いて良かったなぁと心から思いました。
感謝いたします!!!

解除
iku
2022.06.18 iku

両片思いが拗れなくて良かったです・・・!

鳴海
2022.06.20 鳴海

そう言って下さってとっても嬉しいです٩(๑>∀<๑)۶

ありがとうございました!!

解除

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