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78.帰還−2
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「うわぁあああっ!」
馬鹿みたいに強い力で突き飛ばされ、それでも何もない場所だったのでただ転ぶくらいで済む筈だった。
それなのに俺は湖に落ちたように水に包まれていた。
(うわっ、霧の中みたいな……不思議な感触だ)
俺はいつかの、ロクと森の中で一晩を過ごした翌朝を思い出した。
(あの時は身体中に纏い付く靄がまるでミストサウナみたいで気持ちよかったな)
湿った髪を絞って、冷えた身体をふんわりとした布で包まれ、ロクに世話を焼かれるのが子供になったみたいでくすぐったかった。
(あの気持のいい感触をもう一度)
そう思ってぶるりと身を震わせたら俺の長大な身体がくねった。
(ん? 俺の身体はこんなにクネクネしたっけ?)
俺は不思議に思いながらもまるで水中のように、泳ぐように霧の中を進む。
ゆったりと優雅にたゆたい、泳ぐことを楽しんでいたが愛しい男の姿を光の先に見つけてそちらに飛び込む。
「ロクッ! 大好きっ!」
黒い天鵞絨のような毛に覆われた鋼の肉体に飛び付く。
抱き締めて、頬を擦り付けて、頭を掻き抱いてロクの舌を口いっぱいに受け入れた。
「うっ、ふぅぅっ……」
ちょっと痛いくらいギュウギュウと全身を掴まれて俺はロクが俺を求めていると知る。
ずっと探してた。取り戻そうとしてた。
ロクはこんなにも俺を求めていた。
「ロク……お待たせ」
「長い、留守だった」
「……うん」
「長い、時間だった」
「うん!」
ロクも俺と離れているのが凄く辛かったのだとわかって切なくなり、益々ギュウギュウと抱き付く。
俺たちは少しも離れていられない。もうずっと離れない。ロクから離れない。
「ロク、もう二度と向こうには戻らないから」
「しかし対価を――」
「俺がこっちに留まる対価を元の世界の神に渡す。そういう約束をしてきた」
「お前、向こうでも取り引きをしたのか!」
ロクに鋭く訊かれてちょっと腰が引ける。
「だって、俺を異世界に渡さないって言うんだ。だから代わりに対価を受け取れば良いだろって言ったら、珍しい神が欲しいって。そんなの大変そうだし当てもないし、俺も出来ることなら断りたかったよ。でも断ったら、とても一人じゃ帰れそうに無かったんだ」
「それでは仕方がないな」
そう言ってロクが頭を撫でてくれたので、俺は安心して笑った。
「召喚が成功したのだから約束通り手を引いて貰おう!」
吠えるように叫んだ獣人を見る。
何故か憔悴しきって見えるモリスだった。
「どうして泣いているんだ?」
「お前を、一哉殿を召喚出来ねば神霊を返さぬと言われたのだ!」
(えっ、返さないって、拉致ったの?)
俺は吃驚してロクの顔を見た。
「荒れ狂う神霊が王城を駆け巡った。そして他の神霊を付き従え、森の奥へ消えた。私はお前をもう一度召喚しなければ神霊を返さないと言ったのだ」
「本当に脅してた!」
「そうしなければ命懸けでやらないだろう」
「確信犯! っていうか、拉致ったのはモリスの神霊だけ? もしかして、国王の神霊も――」
「付いて行ったようだな」
「他人事!」
俺はロクの言葉に一々青くなりながら叫んだ。
神霊は獣人にとって魂のようなものだろう?
それを人質に取られたら、それは憔悴するよな。
「ロクの神霊も、俺を取り返そうとしてくれたのかな?」
「前にお前に救われているからな。恩を返そうと思ったのかもしれないし、ただ恋しかったのかもしれない」
ロクにそう言いながら流し目を送られて、顔が熱くなる。
相変わらず大人の色気が凄い。
「戻ってきたって、神霊に言いに――わっ!」
何処からともなく現れた黒豹が俺を襲っ――抱き付いてきた。
「ロクの神霊! 心配してくれてありがとう!」
モフモフと口を舐められて舌を啜られて複雑な気分だ。
この神霊、遠慮がなさ過ぎる。
「チヤ、大人しくされるがままになるな」
神霊に押し倒されて食われそうな俺をロクが引き出してくれた。
「ありがとう。ところで他の神霊は?」
「さあな。戻ったのじゃないか。姿が見えなくても、神霊が戻れば本人にはわかるからな」
ロクの言う通り、神霊たちは無事に戻ったらしい。
モリスが安心したように床に座り込んでいる。
「国王の神霊も連れ去ったんなら、ヤバイことになったんじゃない? 脅されなかったの?」
「ふん。神霊を押さえられては手も足も出ない。寧ろ危ないのは神霊が戻ったこれから――」
「ロクサーン侯爵! 覚悟はいいか!」
丁度、ロクの言葉に被せるように大声で怒鳴りながら国王が乗り込んできた。
どうやら直接対決は避けられないようだ。
俺は苦手な鷲型獣人から見えないように、そっとロクの後ろに隠れた。
馬鹿みたいに強い力で突き飛ばされ、それでも何もない場所だったのでただ転ぶくらいで済む筈だった。
それなのに俺は湖に落ちたように水に包まれていた。
(うわっ、霧の中みたいな……不思議な感触だ)
俺はいつかの、ロクと森の中で一晩を過ごした翌朝を思い出した。
(あの時は身体中に纏い付く靄がまるでミストサウナみたいで気持ちよかったな)
湿った髪を絞って、冷えた身体をふんわりとした布で包まれ、ロクに世話を焼かれるのが子供になったみたいでくすぐったかった。
(あの気持のいい感触をもう一度)
そう思ってぶるりと身を震わせたら俺の長大な身体がくねった。
(ん? 俺の身体はこんなにクネクネしたっけ?)
俺は不思議に思いながらもまるで水中のように、泳ぐように霧の中を進む。
ゆったりと優雅にたゆたい、泳ぐことを楽しんでいたが愛しい男の姿を光の先に見つけてそちらに飛び込む。
「ロクッ! 大好きっ!」
黒い天鵞絨のような毛に覆われた鋼の肉体に飛び付く。
抱き締めて、頬を擦り付けて、頭を掻き抱いてロクの舌を口いっぱいに受け入れた。
「うっ、ふぅぅっ……」
ちょっと痛いくらいギュウギュウと全身を掴まれて俺はロクが俺を求めていると知る。
ずっと探してた。取り戻そうとしてた。
ロクはこんなにも俺を求めていた。
「ロク……お待たせ」
「長い、留守だった」
「……うん」
「長い、時間だった」
「うん!」
ロクも俺と離れているのが凄く辛かったのだとわかって切なくなり、益々ギュウギュウと抱き付く。
俺たちは少しも離れていられない。もうずっと離れない。ロクから離れない。
「ロク、もう二度と向こうには戻らないから」
「しかし対価を――」
「俺がこっちに留まる対価を元の世界の神に渡す。そういう約束をしてきた」
「お前、向こうでも取り引きをしたのか!」
ロクに鋭く訊かれてちょっと腰が引ける。
「だって、俺を異世界に渡さないって言うんだ。だから代わりに対価を受け取れば良いだろって言ったら、珍しい神が欲しいって。そんなの大変そうだし当てもないし、俺も出来ることなら断りたかったよ。でも断ったら、とても一人じゃ帰れそうに無かったんだ」
「それでは仕方がないな」
そう言ってロクが頭を撫でてくれたので、俺は安心して笑った。
「召喚が成功したのだから約束通り手を引いて貰おう!」
吠えるように叫んだ獣人を見る。
何故か憔悴しきって見えるモリスだった。
「どうして泣いているんだ?」
「お前を、一哉殿を召喚出来ねば神霊を返さぬと言われたのだ!」
(えっ、返さないって、拉致ったの?)
俺は吃驚してロクの顔を見た。
「荒れ狂う神霊が王城を駆け巡った。そして他の神霊を付き従え、森の奥へ消えた。私はお前をもう一度召喚しなければ神霊を返さないと言ったのだ」
「本当に脅してた!」
「そうしなければ命懸けでやらないだろう」
「確信犯! っていうか、拉致ったのはモリスの神霊だけ? もしかして、国王の神霊も――」
「付いて行ったようだな」
「他人事!」
俺はロクの言葉に一々青くなりながら叫んだ。
神霊は獣人にとって魂のようなものだろう?
それを人質に取られたら、それは憔悴するよな。
「ロクの神霊も、俺を取り返そうとしてくれたのかな?」
「前にお前に救われているからな。恩を返そうと思ったのかもしれないし、ただ恋しかったのかもしれない」
ロクにそう言いながら流し目を送られて、顔が熱くなる。
相変わらず大人の色気が凄い。
「戻ってきたって、神霊に言いに――わっ!」
何処からともなく現れた黒豹が俺を襲っ――抱き付いてきた。
「ロクの神霊! 心配してくれてありがとう!」
モフモフと口を舐められて舌を啜られて複雑な気分だ。
この神霊、遠慮がなさ過ぎる。
「チヤ、大人しくされるがままになるな」
神霊に押し倒されて食われそうな俺をロクが引き出してくれた。
「ありがとう。ところで他の神霊は?」
「さあな。戻ったのじゃないか。姿が見えなくても、神霊が戻れば本人にはわかるからな」
ロクの言う通り、神霊たちは無事に戻ったらしい。
モリスが安心したように床に座り込んでいる。
「国王の神霊も連れ去ったんなら、ヤバイことになったんじゃない? 脅されなかったの?」
「ふん。神霊を押さえられては手も足も出ない。寧ろ危ないのは神霊が戻ったこれから――」
「ロクサーン侯爵! 覚悟はいいか!」
丁度、ロクの言葉に被せるように大声で怒鳴りながら国王が乗り込んできた。
どうやら直接対決は避けられないようだ。
俺は苦手な鷲型獣人から見えないように、そっとロクの後ろに隠れた。
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