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72.陳腐な筋書き-2

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「フランソワーズ・ドリューだ」
 その女みたいな名前の貴族は軍鶏型の獣人で、実に喧嘩っぱやそうな雰囲気を持っていた。

「ドリュー伯爵、久し振りだな」
「ロクサーン侯爵、こんな再会で残念だ」
 ガキーン! と視線がぶつかり合った音がする。
 武闘派の知り合いか?

「早速だが、使者としての役割を果たそう」
 そう言うとドリュー伯爵は懐から蛇腹状に折り畳んだ書状を取り出し、バラッと勢いよく広げて端から読み上げた。

「異世界より召喚されし柚木一哉に罪状を問う。王城にて、複数人の寝所に忍び入り惑わしたことに相違は無いか? また、王の寝所への手引きをその方に懸想したレオポルト・パレスに頼み、露見しそうになるや逃げ出したことに相違は無いか? 王城内の風紀紊乱を招きたる罪、国王への不敬の罪、王城内にて詳しく詮議致すので神妙に出頭を命じる。シア・ハーン帝国国王、バルド・ミュー・ハーン代理フランソワーズ・ドリュー」
「……え? 杜撰にも程がある筋書きじゃね?」
 俺は思わず口をポカンと開けて驚き、漸く出てきた感想がそれだった。

「イチヤ殿、申し開きがあるなら王城で聞こう。大人しく出頭を致せ」
 ドリュー伯爵は溜め息でも吐くように、面倒臭そうにそう言った。
 きっとこの人だってこれが言い掛かりだって知ってるんだ。それかどうでも良いと思ってる。真実なんてどうでも良いから、さっさと捕まれと思ってる。

(そうだよな、貴族で獣人の彼からしたら、俺なんてなんの価値もないもんな。でも、俺はお前らの都合の良い物語の登場人物じゃないんだよ。寧ろお前らの物語を壊そうとしてる。物語を破壊して、目を覚まさせようとしてんだからな!)

 いい加減、頭に来ていた俺はドリュー伯爵に突き付けるように右手を差し出した。
 するすると裾から白蛇が這い出し、俺の手を伝って鎌首をもたげる。
 白妙の牙からポタリと水滴が滴り、床をじゅわりと溶かして黒い煙が上った。

「毒じゃないよ。白妙が扱うのは呪いだから、もっと深くまで蝕む」
 俺の脅すようなその言葉に、ドリュー伯爵がごくりと唾を飲み込む。

「イチヤ殿が楯突けば、ロクサーン侯爵に迷惑が掛かるぞ」
「うん、でもあなたが王城に戻らなければ良いんじゃない? お使いの途中で盗賊に襲われたりして行方不明になったら、国王の面子は丸潰れだよね? きっと、国王の怒りはあなたの方に向くんじゃないかなぁ」
 ハメた奴よりハメられた方が間抜けで不甲斐ない。
 国王ならきっとそう思う。

「卑怯者が!」
「えっ? 嘘の罪状を並べて俺を連れて行こうとしていた人がそれを言うの? 流石に図々しくない?」
「使者に危害を加えないのは昔からの習い――」
「俺はこの国の人間じゃない。もっと言えば、異世界から召喚されたお客様だよ? あんた達がしていることは、人を拐って働かせる奴隷商と一緒じゃん。少しは恥を知るといい」
 俺に手加減をする気がないと知って、シュッとしたスリムな鳥型獣人が震えた。
 乗りに乗っていた俺はダメ押しの言葉を口にする。

「毒と違って呪いは骨まで溶かす。試してみる?」
「……いいや、国王には無実だと伝えよう」
「うん、それがいいよ」
 俺はにこりと笑ってドリュー伯爵にお引き取り頂いた。


「チヤ、見事な手腕だった」
「もっと穏便な方法もあったと思うけど……」
 俺はロクのお褒めの言葉にも気分が上がらず、しゅんと俯いた。

「穏便な方法では気が済まなかったのだろう?」
「……うん」
「ならば良いではないか。自分の為に怒るのも必要なことだ」
「うん」
 俺は薄っぺらい怒りだと思ったが、ロクがそれで良いと言う。
 だから反省はするけどクヨクヨするのは止めよう。

「次こそはモリスさんかな?」
「国王が余程の阿呆でなければそうだろう」
「じゃあ、善後策でも立てようか」
「それよりも少し甘いものを食べよう。頑張り過ぎだ」
「うん」
 俺は人払いをした部屋でロクの膝に抱かれた。

「甘いものってこれ?」
「いいや、もっと甘いものだ」
 ロクが掠れた声で耳元で囁く。
 甘い、声。甘い、俺。

「奥まで、溶かしてくれる?」
「凄い奥まで」
 俺はロクの口付けに目を瞑った。
 早く最後までしたいけれど、それ以外も十分に甘い。

「ロク、早く……」
「任せろ」
 俺はロクの手で深いところまで探られてとろとろに解された。
 そして暫し不安を忘れ、心行くまで快楽に溺れたのだった。
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