上 下
116 / 194

58.山に住む一族―1

しおりを挟む
 悪党に追われて山道を走る。
 馬車は入り口で壊された。

「なあっ! 本物の盗賊団なんて何処から連れてきたんだよっ!」
 俺は必死に走りながら、隣を並んで走るロクに向かって怒鳴った。ロクは涼しい顔をしている。

「情報を流した。一流どころは引っかからないが、寄せ集め集団や金に困っているようなのは食い付く」
「う~ん、引っかかるのがいて良かったって言っていいのか?」
「良かったさ」
 ロクに手加減しないで済むと言われて、そういうところが異世界だなと思う。

「でも、俺たちも攻撃されちゃうじゃん!」
「あんなものが当たっても何とも無いが、金鍔が襲われるまではこちらから手を出せない。上手く逃げるぞ」
 そう言ってロクは俺に攻撃が当たりそうになるとヒョイと持ち上げて避けてくれる。
 本当は抱いて運びたいと言われたのだけど、それだと俺が護衛対象に見えちゃうじゃん?
 折角、金鍔を襲って貰う為に貴人に变化して貰っているのだから、それは困るのだ。

「そろそろ襲って貰うか」
 山の民の接近を感知したロクがそう言い、俺は金鍔に合図を送る。
 わざと盗賊の手が届きそうな位置で金鍔が振り返り、使えもしない剣を抜いた。
 盗賊が誘われるように剣を振り下ろし、一合も打ち合えずに金鍔の腕が飛ぶ。

「旦那様っ!」
 周りの護衛たちが追い付き、金鍔を斬った盗賊を討つ。
 残りの盗賊は遠くから飛んできた矢に倒され、あっという間に無力化された。

(よし、これで状況は揃った!)
 俺は山の民たちが見ていることを確認してから神薬を取り出す。

「旦那様、直ぐに治します! 大神のご加護を!」
 俺はわざとらしく大きな声で叫びながら金鍔の斬られた腕に再生薬を掛ける。
 すると金鍔の腕が光り、あっという間に元通りになった。

(まあ、単なる幻覚なんだけど)
 でも本当に怪我をしていても再生薬があれば治せるし。
 嘘じゃないし。

「毒が塗られていたかもしれません。念の為、こちらもお飲み下さい!」
 俺は座り込んだままの金鍔に万能薬を飲ませる。
 再び金鍔の身体が光り、解毒作用と浄化作用が働く。

(この万能薬って奴は、レベルが高いものは病気だけでなく毒や呪いにも効くから凄いよなぁ)
 呪いなんて医療分野じゃないと思うんだけど、一時的に神格が上がることで呪いの効果を打ち消すらしい。
 一時的ってところがポイントで、この薬をどれだけ飲んでも不老不死にはならない。

(そういえば、ハヌマーンの修行は順調にいってるのかな? そのうちに様子を見に行くか)
 俺はふと天界に置いてきた堕神のことを思い出した。
 別に下界で仕事を手伝わせようと思っている訳じゃないよ?

「あんたたち、今――」
 岩陰から姿を現した獣人を見て、悲鳴を上げそうになる。

(ギャア! 聞いてたけど、コンドル型って怖い!)
 俺の苦手な猛禽類で、しかもコンドルって大きい。
 前傾姿勢で少し低くなってるけど、それでも体長が二メートル近くある。

「騒がせて済まない。私はベルモント・ロクサーン侯爵だ。客人を送ってきて、物取りに襲われた。加勢を感謝する」
 ロクが領主と知って、山の民たちは少し驚いたようだった。
 それでもロクサーン侯爵が黒豹であることは知られているので、本人であることは疑いようがない。
 彼らは戸惑いつつも怪我は平気かと訊いてきた。

「特別な薬を用いたので問題ない」
「特別な薬? なぁ、光っていたようだがそれはもしかして――」
 言い淀む男の前に若い男が出てきた。

「用が済んだならさっさと立ち去れ! 盗賊はこちらで処分しておく」
「アーロン!」
 見るからに武闘派! って感じの若い男が怖い。
 マキシム卿やレオポルトは貴族だから何処か洗練された雰囲気があったけど、この男は全くの野生というか話が通じる気がしない。

「ロク……」
 思わずロクのシャツをギュッと掴んだら、アーロンと呼ばれた男が俺に気付いて目を瞠った。

「屍肉より良い匂いがする!」
「ちょ、屍肉って……」
 ドン引きする俺にロクが耳打ちをして教えてくれる。

「普段から食べているわけではないが、コンドルのご馳走は屍肉とされている」
「食文化の違いを感じるよ」
 まあ、元の世界だって肉を熟成させる文化はあった。
 腐りかけの肉が一番美味しいって聞いたこともあるしな。
 でも引き合いに出されるのは遠慮しておきたい。

「街の奴らには食糧を持ち歩く習慣があるのか?」
「そっちこそ、人間を食べる習慣なんてあるのかよ!」
 俺は思わず涙目で言い返した。
 確かに俺は毛が無くてラットみたいな食糧エサに見えるのかもしれないけど、ロクは俺に惚れたって言ってくれたもん。毛が無くてもその気になって貰えるもん。俺はロクの食糧じゃないし、役立たずでもオマケでもない。

「済まない。馬鹿にしたつもりはなかった。ただ吃驚したんだ」
 男が戸惑いながらも謝ってくれたので許してやる。
 それにちょっとだけ男の気勢が削がれて、話しかける余地が生まれた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

【完結】転生して妖狐の『嫁』になった話

那菜カナナ
BL
【お茶目な挫折過去持ち系妖狐×努力家やり直し系モフリストDK】  トラック事故により、日本の戦国時代のような世界に転生した仲里 優太(なかざと ゆうた)は、特典により『妖力供給』の力を得る。しかしながら、その妖力は胸からしか出ないのだという。 「そう難しく考えることはない。ようは長いものに巻かれれば良いのじゃ。さすれば安泰間違いなしじゃ」 「……それじゃ前世(まえ)と変わらないじゃないですか」   他人の顔色ばかり伺って生きる。そんな自分を変えたいと意気込んでいただけに落胆する優太。  そうこうしている内に異世界へ。早々に侍に遭遇するも妖力持ちであることを理由に命を狙われてしまう。死を覚悟したその時――銀髪の妖狐に救われる。  彼の名は六花(りっか)。事情を把握した彼は奇天烈な優太を肯定するばかりか、里の維持のために協力をしてほしいと願い出てくる。  里に住むのは、人に思い入れがありながらも心に傷を負わされてしまった妖達。六花に協力することで或いは自分も変われるかもしれない。そんな予感に胸を躍らせた優太は妖狐・六花の手を取る。 ★表紙イラストについて★ いちのかわ様に描いていただきました! 恐れ入りますが無断転載はご遠慮くださいm(__)m いちのかわ様へのイラスト発注のご相談は、 下記サイトより行えます(=゚ω゚)ノ https://coconala.com/services/248096

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

処理中です...