上 下
110 / 194

55.なんとか納税? 始めました。―1

しおりを挟む
「あっまぁ……」
 俺は久し振りに口にした甘味に、脳味噌も身体もジン……と痺れるような気がした。
 黄金色のシロップは、見た目こそ俺が知っている琥珀色のものとは違ったけれど、あの独特の甘ったるい匂いがしていた。

「これが、甘味……」
「うめぇっ! 口ん中がうめぇ!」
「おおっ……!?」
 料理人を始め、作業をしていた男たちは初めて口にした甘味に感動してろくに声も出ないみたいだ。
 そして驚いたことに、お供たちもふらふらとメープルシロップに引き寄せられてきた。

『チヤ様、イイ匂い……』
『我も欲しいでござる』
『ブンブンッ!』
 お、蜂たちまでもいつもとは様子が違う。
 俺は彼らにも一掬いずつメープルシロップを与えてみた。

『おいしい』
『天界にはない味でござる』
『ブブブブブブッ!』
 甘露や仙桃も口にしたことのあるお供たちがそう言って恍惚とした表情を見せる。
 下界の甘味には、天界にはない魅力があるに違いない。
 俺は彼らの様子を見て嬉しくなり、料理長に滔々と捲し立てた。

「料理長、どお? 煮ている時からすっごくイイ香りがしてたけど、口にしたらうっとりするような香りが鼻と口いっぱいに広がるよねっ! 肉料理のソースとか煮込み料理に使っても味に深みが出て美味しいんだけど、やっぱりホットケーキにたっぷりと掛けて食べるのが至高だよ。スポンジの生地が浸るくらい染み込んだところが蕩けるようで美味しいんだ。俺はバターと一緒に食べるけど、マスカルポーネチーズを添えても美味しい。その場合の飲み物はコーヒーがいいね。紅茶ではやっぱり弱い。よく行く喫茶店のマスターはラム酒を垂らすと最高だと言ってたけど、俺は無い方がいい。うんまぁ、取り敢えずはチーズやクリームと合わせてみて欲しいな」
 口の中を涎でいっぱいにしながらそう言ったら、ちょっと待って下さいと料理長に止められてしまった。

「イチヤ様、ちょっと待って下さい! 我々はまだ、甘い味に慣れていないんです。何かと組み合わせるなんて考えられない」
 うひゃあ、味の組み合わせが想像も出来ないって、そうか、そうかも……。
 俺だって初めて飲んだ酒を組み合わせてカクテルを作れと言われたら、きっと手も足も出ない。
 彼らはまだこの味覚に慣れる段階なんだ。

「えっと……じゃあ、まずはパンに掛けるのと飲み物に入れるところから始めよう。ロクは好まないかもしれないけど、アルテミス嬢なら気に入るんじゃないかな。それで様子を見てみよう」
 まだ200mlくらいの小瓶に5本しか出来ていないので、館の人たち全員には行き渡らない。
 当面は料理人たちで試行錯誤してアルテミス嬢に味を見て貰い、後は密かに生産量を上げていこう。
 多分、此処だけでなく他の土地からも楓モドキの樹は見つかるだろう。
 となれば採取方法だって加工の仕方だっていずれは広まる。それはそれで望むところだ。
 ただその前に、ロクサーン侯爵領の特産品にしてしまいたい。此処が発祥の地だと、本家本元だと広く知らしめたい。

「俺たちはメープルシロップの取り扱いに習熟しなくちゃいけない。それで何処にも負けない名産品を作るんだ」
「お任せ下さい! きっとお館様のお役に立ってみせます」
 張り切った料理長を見て俺はにこりと笑う。
 メープルシロップが手に入って、とってもとっても嬉しい。
 独特の風味はあるけれど色んな料理に使えるし、お菓子だって作れるようになるだろう。

(ただ量が少ない。とても庶民の口には入らない)
 それは仕方がないことだとはわかる。
 十分な量が確保できるまでは値段が下がらないだろうし、樹液は植え付けて直ぐに収穫できるサトウキビやテンサイとは違う。
 だからメープルシロップの生産と同時に、他の甘味を手に入れられるようにもっと信仰心を集めなくちゃいけない。

(でも信仰心ってどうやったら集まるの?)
 信者の数を増やす? うん、数は力だよな。
 それから深く盲目的に信じさせる? でも個人的には狂信者の集まりってのは怖い。

 あ、だから宗教って道徳臭いのかな? 俺も他の宗教を弾圧したり、信じるものの為なら殺したり自殺してもいいなんてのは嫌だしな。
 みんな仲良く~とは言わないけど、何をしてもいい理由にはさせない。

「俺はただ、神様が本当にいるって思って欲しいだけなんだ」
 それで辛い時は縋ったり、嬉しい時は感謝したり、良い出会いがあったら神様のご縁かな~なんて思ってみたりして。
 もっと身近で、それでいて決して交わらない丁度良い距離の付き合いが出来たら良いと思う。

「神様と丁度良い付き合いって、友達かよ!」
 思わず突っ込みを入れたら後ろから声が掛かった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

【完結】転生して妖狐の『嫁』になった話

那菜カナナ
BL
【お茶目な挫折過去持ち系妖狐×努力家やり直し系モフリストDK】  トラック事故により、日本の戦国時代のような世界に転生した仲里 優太(なかざと ゆうた)は、特典により『妖力供給』の力を得る。しかしながら、その妖力は胸からしか出ないのだという。 「そう難しく考えることはない。ようは長いものに巻かれれば良いのじゃ。さすれば安泰間違いなしじゃ」 「……それじゃ前世(まえ)と変わらないじゃないですか」   他人の顔色ばかり伺って生きる。そんな自分を変えたいと意気込んでいただけに落胆する優太。  そうこうしている内に異世界へ。早々に侍に遭遇するも妖力持ちであることを理由に命を狙われてしまう。死を覚悟したその時――銀髪の妖狐に救われる。  彼の名は六花(りっか)。事情を把握した彼は奇天烈な優太を肯定するばかりか、里の維持のために協力をしてほしいと願い出てくる。  里に住むのは、人に思い入れがありながらも心に傷を負わされてしまった妖達。六花に協力することで或いは自分も変われるかもしれない。そんな予感に胸を躍らせた優太は妖狐・六花の手を取る。 ★表紙イラストについて★ いちのかわ様に描いていただきました! 恐れ入りますが無断転載はご遠慮くださいm(__)m いちのかわ様へのイラスト発注のご相談は、 下記サイトより行えます(=゚ω゚)ノ https://coconala.com/services/248096

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

処理中です...