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53.マッドサイエンティスト―1

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 薬の準備はできた。
 特級と上級と中級と下級、それから医薬部外品の軟膏と寝癖直し。
 パッケージもちゃんと考えたし、シンボルマークだって付けた。
 それから経典を作って、ありがたい御言葉を書いたビラを配って、教会を建てて、信者を集めた。
 従来の神話と余り齟齬がないところから始めているし、人々の反応も悪くないと思う。
 けれども人間の医者が見つからない。

(そりゃあ少ないとは聞いてたよ? でも領主が募集しているんだから、人間の為になるんだから一人くらいは来ると思うじゃん!)

「当てが外れたっ!」
 そう叫んだら、エミールに取り敢えず獣人の医者を雇いましょうと言われた。

「でも獣人の医者は人間を診てくれないんだろう?」
「普通はそうですが、反乱組織に与する医者は違います。ただ、人間の方が嫌がるかもしれません」
「そんなことは言ってられない。そのうちに人間の医者も探してくるから、獣人の医者に会いに行こう」
 俺は直ぐにエミールに紹介された医者に会いに行った。


「もしや純血種かっ!」
 俺を見た途端、白い髭を生やした山羊の獣人が迫ってきた。
 言っておくが羊ではなく山羊だ。メルとは全く違う。

「エミール、なんで人間が嫌がるのかなんとなくわかったよ」
「腕は悪くないのですが……」
「実験動物を見るような目で見ているもん。あっ、服を捲るなっ!」
 山羊の獣人はいかにもマッドサイエンティストっぽくて、純血種の人間である俺は身の危険をひしひしと感じる。

「ブラッドリー、君に仕事の話を持ってきました。その調べたがりは後にして下さい」
「仕事? 興味の持てる仕事か?」
「ええ、間違いなく」
 両手を広げて請け負ったエミールを見て、ブラッドリーと呼ばれた医者は長い顎髭をしごいて考え込んだ。

「ふむ、エミールがそう言うならそうなんだろうな。よし、仕事の内容を教えてくれ」
 実にさばさばとした態度のブラッドリーに、俺もなるべく簡潔に仕事内容を説明する。

「つまり、診察した患者にちょうど良い薬を処方すれば良いのだな? 再生薬の中級と下級、そして万能薬の中級と下級か」
 ブラッドリーの要約の仕方にちょっと呆れる。
 幾らなんでも、もう少し詳しく説明したんだけどな。
 まあ、いっか。

「簡単に言うとそういうことだね。中級で治らない病気や怪我は、応急措置だけしてくれたらこちらで対処する」
 金持ちからは大金をふんだくり、払えない人たちからは別の対価を頂く。
 慈善事業ではないので対価を貰うのは当然だけれど、ある程度は信仰心でも賄えるってところがポイントだ。

「上級もわしに任せてくれれば良いじゃろ?」
「悪いけど、それは必要ないんだ」
 薬さえ与えれば医者の手は必要としない。
 完成された神薬ってのはそういうものだ。

「医者を殺す薬だな」
「数は作らないよ」
「奇跡なら神の領分か」
「そういうことだね」
 奇跡を起こせるのは神様だけ。
 だから俺が神薬を作っていることは当分は秘密にするし、バレてからも神の使徒を名乗るつもりだ。

「最近流行っている軟膏と寝癖直しも、お前さんのところで作っているものか?」
「そうです」
「ありゃあ、よく効くな。わしも使わせて貰っとる」
 なんとブラッドリーが寝癖直しを使っていた!
 あれ? でもその割には毛並みが……。

「全身に使うにはちと高い。それにわしは手荒れが治まればそれで良い」
 なるほど。ブラッドリーはちゃんと薬として使ってるんだね。

「どうだい? うちで働いてくれるかな?」
 そう訊ねたら、ブラッドリーはあっさりと了承した。

「いいだろう。神薬を使えるのは魅力的だし、領主様が後ろ楯ならば安心じゃ」
「いつから来れる?」
「今からでも構わん。ああ、その前にお前さんの血を少しくれ」
「やだよっ!」
 俺はしつこく狙ってくるブラッドリーから逃げ回りつつ、ついでに助手の当てはないかと訊いてみた。

「それならば三軒隣の豚型の奥さんはどうか。綺麗好きだし器用じゃからな」
 その言葉通り、三軒隣の豚型獣人の奥さんを勧誘する。
 昼間の勤務で良ければ、とのことだったので了承した。

(よし、これで開業の準備は整った。後はアクシデントが起こらないことを祈るだけだ)
 神の為に信仰心を集めるのに祈るってのも変な話だけど、やれることをやったら後はもう祈ることしか出来ない。
 俺は表に出る仕事はエミールや他のみんなに任せて、ひたすら神薬を作って変化の術を練習した。

 その甲斐あって、調薬の腕が更に上がってレベル六の薬を作れるようになった。
 白妙によると、レベル六の再生薬は即死さえしなければ真っ二つになった胴体さえ繋がるんだって。
 それって最早不死身に近くねぇ?
 国王とか貴族連中にバレたらほんとヤバイよなぁ。
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