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52.光るあなた―2

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「失礼しま~す」
 俺はしっとりとしたロクの毛を、柔らかなブラシで撫でていく。
 繰り返すと艶が出てきて、元々綺麗だった毛並みがうっとりとするような漆黒の濡れた色に艶めく。
 烏の濡れ羽色――ううん、それよりもっともっと綺麗。

「溶けた硝子みたい……」
「派手ではないか?」
「ううん、うん……宝石みたい」
 そう答えて俺はロクの胸に手を滑らせるようにしながら抱きつく。
 胸に頬を押し当てたら、しっとりとしたマイクロフリースのような感触で、俺は溜め息を吐きながら頬や唇を擦り付ける。

「この肌触り、やっばい。高級な寝具みたい」
「寝具扱いは酷いな」
「だって超すべすべで気持ち好くて、離れられない」
 肌をスルスルと滑るこの感触は何にも代えがたい。
 ヤバイ。俺ってば凄いものを発明しちゃったのかも。
 風呂上がりとか、裸で抱き締められたらひとたまりもないよ。

「ロク、気持ちイイの止まんない」
 俺は感触が良くて良くて、身をくねらせてロクの肌触りを堪能する。

(この世の快楽って色んなのがあるんだなぁ)
 はふっと息を吐いてゴロゴロとロクに懐いていたら、くいっと顎を持ち上げられてキスをされた。

「んう?」
「好きだ」
 不意の告白に俺はわたわたと慌ててしまう。

「きゅ、急にどうしたんだよ?」
「チヤが可愛いから言いたくなった」
「……バカ」
 俺は嬉しいけど恥ずかしくて、ロクの胸に顔を隠した。
 それから暫くして、俺を呼びに来たウィリアムの鬣がツヤッツヤしてることに気付く。

「どうしたの? それ」
「寝癖直しというものを使わせて戴きました。吹き付けて梳かすだけなのに、このように艶が出てとても良いです」
「他の獣人も使ってくれたかなぁ」
「ジェスのような短毛種以外、特に女性は積極的に試したようです。誰もが見違えるようですから」
 ウィリアムが澄まし顔でそう言ってのけたあと、バタンッ! と音を立ててドアが開いた。

「イチヤ様、見て下さいませ!」
 まるで金属で出来ているようにギラギラとした銀毛に、ルビーのような赤い瞳。
 色っぽい猫型獣人のアルテミスだった。

「眩いばかりに光っているね」
「このスプレーが凄いのよ。ちょっと脚を見て下さる?」
 そう言うとアルテミスはスルスルとドレスの裾を持ち上げ、見事な脚線美を露にした。

「ちょ、それは見ちゃヤバイでしょ!」
「あら、平気よ。もっと見せたっていいわよ」
「遠慮しときます」
 本当はちょっと惜しいような気もしたけど、あの艶かしい曲線は危険だ。

「アルテミス、少し落ち着け」
 ロクが溜め息混じりにそう諌めたが聞くものじゃない。

「だってベルモント兄様、服を着ているのが勿体ないくらい綺麗なのよ? 私、自分は皆が言うほど綺麗じゃないと思っていたけど、これならば胸を張ってベッドに忍び込めるわ」
「忍び込まなくていい!」
 ハァ……とロクが頭が痛いとばかりに溜め息を吐いた。

「これで間違いなく貴族社会からも引く手あまたになる」
「うん」
 貴族に流行ればそのうちに一般市民も真似をするようになるだろう。元々値段設定が低いから手を出しやすいし。

「平民でも獣人なら、余り切羽詰まってないのかな」
 薬として役立つことはなさそうだと俺が苦笑していたら、そんなことはないとアルテミス嬢が言い出した。

「これは貴族も平民も同じだけれど、獣人は人に弱味を見せられないの。だから痛みがあっても、平気な顔で笑顔を作るわ」
 強がりって言うかそれが矜持なのだ、と聞いて俺は少しだけ獣人のことを理解できたような気がした。

「大きな怪我や病気は勿論医者に診て貰うけれど、人知れず治ったらありがたいと思う獣人は沢山いると思うわ」
「……そっか。じゃあ寝癖直しの効能に、『毛並みを美しく整え艶を与えます。その他、肌の炎症を抑えて痒みを鎮める効果があります』って書いたらいいかな」
「ええ、いいと思うわ。きっとどちらの需要も満たすもの」
 ……あれ? もしかして、アルテミス嬢って宣伝マンとして優秀なのかな?
 俺は彼女に広報をやってくれないかと頼んでみた。

「私に仕事を任せてくれるの?」
 物凄い勢いでアルテミス嬢がロクを振り向いた。

「この仕事はこれからきっと大きくなる。アルテミスがそれに貢献し、上の地位にいたら婚家など選び放題だろう」
「私やりますわっ! ベルモント兄様とイチヤ様のお手伝いをして、きっとお役に立ちます!」
 拳を握り締めて顔を上げたアルテミス嬢はそれはそれは神々しくてまるで女神のようだったけれど、“誰かのお手伝い” って発想がまだ残念だなぁと思った。
 そのうちにもっと自信を付けて、手伝いじゃなくてこれが自分の仕事だと言えるようになるといい。

(そうしたら俺はもっと楽を出来るしね)
 シシシッと笑ったらロクに頭をポンと押さえられた。

「お前にも試してみなくてはな」
「はっ?」
「軟膏を、擦り込んだら光るのだろう?」
 妖しく笑いながら指で触れられ、それだけで俺は飛び上がりそうになる。

(クソッ、俺が攻めてたのに……)
「チヤ?」
 耳元で囁かれ、俺はロクのシャツを掴んだ。

「光るまで、塗り込んで」
 恥ずかしいけれど、俺は期待に胸を喘がせながらそう頼んだ。
 そして色んなところに塗り込まれ、指が入り込み、俺はまた一つ恥ずかしい記憶が増えてしまったのだった。
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