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㊹お館様の帰還−1
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結果から言うと、大神との交渉は簡単に成立してしまった。
なんでも信仰心が集まると、神は気持ちがいいらしい。
(気持ちがいいってなんだよ)
そう思ったけど、沢山の人が信仰するようになればこの地に留まっても良いとまで言ってくれたので突っ込むのは止めた。
しかも集まった信仰心に応じて俺の望む甘味を与えてくれるという。
(よし、薬と引き換えに信仰心を集めて甘味でビジネスをするぞ。あと大神が留まってくれれば獣神は来ないだろうけど、念の為に正しい話を広めて人が獣神を受け入れないようにしておかないと)
俺はそんな風に大雑把な方向性だけを決めて、ロクと二人で下界へ戻った。
ロクの影にいた神霊はいつの間にか消えてしまったけれど、喰われた所為かなんとなく今も繋がりを感じる。
ハヌマーンはまだまだお師匠様の元で調薬の修行だ。
***
「気が付いたら随分と留守にしちゃってたけど、きっとみんな心配してるだろうなぁ」
置き手紙一つで領主が数ヶ月も行方不明だったんだ、ロクの数奇な人生と相まってさぞかし心配させただろう。ところが――。
「大丈夫だろう。元々私がいなくても領地経営は問題なく回っているし、何かあっても困らないようにしてある」
ロクは淡々とした態度でそんな事を言う。
この『何かあっても』ってのは、いつ自分が消えてもって意味で、前々から準備していたんだろう。
残された人々が困らないように、迷惑を掛けないようにってロクの気持ちはわかるんだけど……そんな事をされてもウィリアムもジェスもきっと嬉しくないよ。
二人とも領地とか家のことじゃなくて、ロク自身のことを心配してる筈だ。
でも説明してもロクには伝わらないんだろう。
「そうかもしれないけど、事情が変わったからさ。これから先、この土地の人たちにはロクが必要だし、俺たちにも拠点がいる」
「そうだな。それが順当だし、見捨てて逃げる訳にもいくまい」
そう言ったロクの横顔に、ほんの少しだけ諦めが見えた。
自分の務めだから仕方がない。そういう諦め。
「……逃げてもいいよ」
「何?」
「知ってるからって、どうにか出来そうなのが自分一人だからって背負わなくてもいいよ。そんなの知ったこっちゃないって、放り出して逃げ出しても俺は責めない。一緒に何処か二人で暮らせるところを探せばいい」
俺は割と本気でそう言った。
だってさぁ、誰に頼まれた訳でもないし、誰かが俺たちのしている事を知ってくれてる訳でもない。
本当に誰の為に、何の為にって思うじゃん? でも――。
「それでは甘味が手に入らないぞ?」
ロクにニヤリと笑われて俺はちょっと口籠った。
それは甘味が手に入らないのは残念だけれど……。
「だって、その為に苦労をしろなんて言えないよ」
「言ってくれ。お前の為に働く方がずっと気分がいい」
俺は全くしようがないなぁと苦笑する。
まぁ、どうせ見て見ぬ振りを出来ないなら、誰かの為じゃなくて自分たちの為だと思って働く方がいいよね。
「お館に着いたら、二人になんて説明するの?」
ロクは神格を得て畏れ多いくらいに神々しい姿だし、俺は怪しいお供を連れている。
「二人には全て話す」
「えっ、全部? 天界に行ってたとか、ロクが神格を得て凄く強くなったとか、あと売り出したら大騒ぎ間違い無しの神薬の事と、大神と取り引きをした事と、それから大神を引き止められないと獣神が戻ってきて神霊を奪い取られる事と――」
俺は指折り数えながら、随分と盛りだくさんだったなぁと改めて感心した。
さっきは数ヶ月も留守にしたって言ったけど、これだけの事をしてたんなら寧ろ短いよ。
「少なくとも、私が神格を得た事とチヤが神薬を作れる事は話す。あとは獣神が神霊を眷属にしようとしていることだが……これも話してみようと思う」
「そっか。ロクがそう決めたならいいや」
獣神が獣人たちから神霊を刈り取ろうとしている、圃場にしようとしている、と話してどう受け止められるのかわからない。
信じて貰えないのか、憎まれるのか、恨まれるのか、騙そうとしていると怒り出すのか……正直に言って、余り良い反応は期待できない。
ウィリアムが神霊を語った時の様子を思い出すと、嫌な予感しかしない。
それでもロクが真実を話そうと決めたなら俺はそれに従う。
きっと一番不安に思っているのはロクだろうから、俺は黙って側にいよう。
そう思ってお館の門を潜ったんだけど、まぁちょっとした騒ぎになった。
なんでも信仰心が集まると、神は気持ちがいいらしい。
(気持ちがいいってなんだよ)
そう思ったけど、沢山の人が信仰するようになればこの地に留まっても良いとまで言ってくれたので突っ込むのは止めた。
しかも集まった信仰心に応じて俺の望む甘味を与えてくれるという。
(よし、薬と引き換えに信仰心を集めて甘味でビジネスをするぞ。あと大神が留まってくれれば獣神は来ないだろうけど、念の為に正しい話を広めて人が獣神を受け入れないようにしておかないと)
俺はそんな風に大雑把な方向性だけを決めて、ロクと二人で下界へ戻った。
ロクの影にいた神霊はいつの間にか消えてしまったけれど、喰われた所為かなんとなく今も繋がりを感じる。
ハヌマーンはまだまだお師匠様の元で調薬の修行だ。
***
「気が付いたら随分と留守にしちゃってたけど、きっとみんな心配してるだろうなぁ」
置き手紙一つで領主が数ヶ月も行方不明だったんだ、ロクの数奇な人生と相まってさぞかし心配させただろう。ところが――。
「大丈夫だろう。元々私がいなくても領地経営は問題なく回っているし、何かあっても困らないようにしてある」
ロクは淡々とした態度でそんな事を言う。
この『何かあっても』ってのは、いつ自分が消えてもって意味で、前々から準備していたんだろう。
残された人々が困らないように、迷惑を掛けないようにってロクの気持ちはわかるんだけど……そんな事をされてもウィリアムもジェスもきっと嬉しくないよ。
二人とも領地とか家のことじゃなくて、ロク自身のことを心配してる筈だ。
でも説明してもロクには伝わらないんだろう。
「そうかもしれないけど、事情が変わったからさ。これから先、この土地の人たちにはロクが必要だし、俺たちにも拠点がいる」
「そうだな。それが順当だし、見捨てて逃げる訳にもいくまい」
そう言ったロクの横顔に、ほんの少しだけ諦めが見えた。
自分の務めだから仕方がない。そういう諦め。
「……逃げてもいいよ」
「何?」
「知ってるからって、どうにか出来そうなのが自分一人だからって背負わなくてもいいよ。そんなの知ったこっちゃないって、放り出して逃げ出しても俺は責めない。一緒に何処か二人で暮らせるところを探せばいい」
俺は割と本気でそう言った。
だってさぁ、誰に頼まれた訳でもないし、誰かが俺たちのしている事を知ってくれてる訳でもない。
本当に誰の為に、何の為にって思うじゃん? でも――。
「それでは甘味が手に入らないぞ?」
ロクにニヤリと笑われて俺はちょっと口籠った。
それは甘味が手に入らないのは残念だけれど……。
「だって、その為に苦労をしろなんて言えないよ」
「言ってくれ。お前の為に働く方がずっと気分がいい」
俺は全くしようがないなぁと苦笑する。
まぁ、どうせ見て見ぬ振りを出来ないなら、誰かの為じゃなくて自分たちの為だと思って働く方がいいよね。
「お館に着いたら、二人になんて説明するの?」
ロクは神格を得て畏れ多いくらいに神々しい姿だし、俺は怪しいお供を連れている。
「二人には全て話す」
「えっ、全部? 天界に行ってたとか、ロクが神格を得て凄く強くなったとか、あと売り出したら大騒ぎ間違い無しの神薬の事と、大神と取り引きをした事と、それから大神を引き止められないと獣神が戻ってきて神霊を奪い取られる事と――」
俺は指折り数えながら、随分と盛りだくさんだったなぁと改めて感心した。
さっきは数ヶ月も留守にしたって言ったけど、これだけの事をしてたんなら寧ろ短いよ。
「少なくとも、私が神格を得た事とチヤが神薬を作れる事は話す。あとは獣神が神霊を眷属にしようとしていることだが……これも話してみようと思う」
「そっか。ロクがそう決めたならいいや」
獣神が獣人たちから神霊を刈り取ろうとしている、圃場にしようとしている、と話してどう受け止められるのかわからない。
信じて貰えないのか、憎まれるのか、恨まれるのか、騙そうとしていると怒り出すのか……正直に言って、余り良い反応は期待できない。
ウィリアムが神霊を語った時の様子を思い出すと、嫌な予感しかしない。
それでもロクが真実を話そうと決めたなら俺はそれに従う。
きっと一番不安に思っているのはロクだろうから、俺は黙って側にいよう。
そう思ってお館の門を潜ったんだけど、まぁちょっとした騒ぎになった。
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