上 下
68 / 194

㉞天国と地獄は隣り合わせ−1

しおりを挟む
 巨大な門はお師匠様が前に立ったら自然と開いた。
 俺たちは子象に跨ったままのお師匠様の後に続いて門を潜る。
 そして目の前に拡がる鄙びた風景に、ここが本当に天界かと拍子抜けする。

「もう少し綺麗かと思った」
 俺はちょっとガッカリしたけれど、これで不自由はないって事らしい。
 穏やかな田園風景に人の姿はなく、鮮やかな蝶や鳥が優雅に飛び白い馬が草を食む。

「生き物がいるのって不思議ですね」
「あれは神々の眷属です。必要があって呼ばれなければああしてのんびりと過ごしています」
 なにそれ。思ったよりも楽そう。
 それだったら元の世界の会社員の方がよっぽど働いてない?
 俺も天界に就職しようかなと一瞬だけ思ってしまったくらいだ。

「相変わらずつまらん場所だ」
 フンッと鼻を鳴らしつつハヌマーンが言った。
 こいつは千年ぶりに帰ってこれた感慨とかないらしい。

「そう言わず、息を深く吸ってみなさい。空気が甘いと感じるでしょう」
 お師匠様が笑みを浮かべたままそう言い、根が素直なハヌマーンは大きく胸を膨らませて空気を吸った。

「おぉぉっ! 天界の空気だ!」
 急に何を言ってんのと思いつつ俺も息を吸ってみた。
 ん~、確かに甘い。
 焼き立てのパンの匂いや、早朝の空気を連想させるような香ばしさだ。
 でも排気ガスや化学物質に汚染されてなきゃ、この程度は空気も美味いんじゃないかなんて捻くれた俺は思う。

「そなたは納得していませんね? ではこれを食べてみなさい」
 お師匠様にそう言われてその辺の木から摘んだ葉っぱを渡され、こんな物が食える訳ないと思いつつ口に入れてみたらすうっと溶けてハッカのような味だけが舌に残った。

「不思議な感じですね」
「天界の食べ物はみなこのように霞みたいな物です。これだけでも十分に生きていくことが出来るのです」
 霞を食べて生きていくって、まるで仙人だな。
 でもまだ若くて油っ気の抜けていない俺はこれじゃあ物足りない。
 肉汁たっぷりのハンバーガーとか、甘辛いタレの掛かった焼き鳥とか、辛くて酸っぱい豚キムチ丼とかそういう物を食べたくなる。

「ここで下界みたいな食事を摂ることは無いんですか?」
「ありません」
 なるほど。ハヌマーンが退屈する訳だ。

「ロクぅ、どうする? 天界にいる間中、こんな物しか食べられないなんて、力が出ないよ」
 俺はロクの袖を引いてコッソリとそう囁いた。
 ロクは俺の耳元に顔を寄せ、甘い物以外を想像してみたらどうだと言ってきた。

(甘い物以外?)

「私と口を合わせる際に、甘い物以外の食べ物を想像したらどうなる?」
「え、どうなるんだろう?」
「してみるか?」
「え、今?」
「食事をして来ると言えば、少しくらいは二人きりになれるだろう」
「ん……そうかな」
 俺はロクの誘いにぐらりときた。
 お腹が空いている訳ではなかったけど、甘味以外を感じ取れるのか確認しておきたかったし、いわば敵地にいるようなものだから少しでもロクを強化しておきたかった。

「お師匠様、ちょっとその辺を見てきても良いですか? ロクと二人で食事もしておきたいですし」
「構いませんよ。ミロクは何処だと心の中で呼んだら伝わりますし」
「ミロク、様?」
「ええ」
 ふわふわと笑っている顔は仏像っぽく、弥勒菩薩という名前がピンとくる。
 俺の知る名前と微妙にマッチしているのが気になるんだよな。

「ミロク様の上司はお釈迦様だったりして……」
「シャカという名前の神はいません。そなたの神名にしますか?」
「いえ、しません」
 そんな畏れ多いことをしたら、今度こそバチが当たりそうだ。
 俺はロクを引っ張って彼らから離れた。
 ハヌマーンが着いてきたそうにしていたけれど、お師匠様とつもる話をしていろと言って無理矢理に置いてきた。
 俺はロクと二人きりになって、不思議に思ったことを早速伝える。


「ねえ、ロク。俺の知っている話では緊箍児を嵌められていたのは孫悟空という名前の猿だし、嵌めたのは三蔵法師という僧侶だった。でもハヌマーンという名前の猿の神も、弥勒菩薩という名前の仏様もいて微妙に重なってる。偶然の一致とはちょっと思えないんだけど」
「チヤの世界と交流があるか、影響を及ぼしている?」
「交流があったら、獣人たちが異世界人の召喚を行っているのもばれてるんじゃない?」
 甘い物が存在しない筈の下界に、「お取り寄せ」なんて裏技で甘い物が伝わっているときっと神々は知らない。
 下界に暮らすハヌマーンですら知らなかった。

「神々は下界に興味がない。異世界にも興味がないのか?」
「どうだろう。後でお師匠様に聞いてみようか?」
「そうだな。あの師ならば素直に答えてくれるかもしれない」
「うん。それで、甘くない味だけど――」
「試すか?」
「うん」
 俺は近くに誰もいない事をもう一度確認してからロクの首に両腕を回す。
 もうすっかり抱き上げられるのも、貪るようなキスをするのも慣れてしまった。
 俺は当たり前のように口を開けてロクの舌を招き入れ、尖った牙で噛まれるのも怖くないし啜られて夢中で応えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、騎士見習の少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。

きっと世界は美しい

木原あざみ
BL
人気者美形×根暗。自分に自信のないトラウマ持ちが初めての恋に四苦八苦する話です。 ** 本当に幼いころ、世界は優しく正しいのだと信じていた。けれど、それはただの幻想だ。世界は不平等で、こんなにも息苦しい。 それなのに、世界の中心で笑っているような男に恋をしてしまった……というような話です。 大学生同士。リア充美形と根暗くんがアパートのお隣さんになったことで始まる恋の話。 「好きになれない」のスピンオフですが、話自体は繋がっていないので、この話単独でも問題なく読めると思います。 少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。

大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

7ズ
BL
 異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。  攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。  そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。  しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。  彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。  どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。  ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。  異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。  果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──? ーーーーーーーーーーーー 狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛  

処理中です...