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㉑悪巧み−2
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午後からマキシム卿に呼び出されて、俺はどんな顔をしていれば良いのかと悩んだが、ロクは全く普通だった。だから俺も頑張ってなんでもない風を装った。
「ふん、無事だったんだな」
つまらないとでも言いたげなマキシム卿に引き攣った笑みを返す。
「昨夜は情熱的で素敵でしたぁ!」
「雑草のようだな」
ぼそり呟かれてカチンときた。
乱暴されて傷付いた憐れな姿を晒したら満足だったの?
こいつは本当に趣味が悪い。
こっそりと睨む俺を背に隠すようにしてロクが口を開いた。
「マキシム卿、王家の秘薬は今はもう無いのでしょう? しかしハヌマーンは返せと、まだあると思っているようでした。その理由をご存知ですか?」
「さて、それは知らないな。寧ろこちらが手に入れたいが、相手は神出鬼没の化け物だ。誘き出すにも餌がいるが――」
マキシム卿はそう言って言葉を切ると、嫌な目付きで俺を見た。
しかしロクがすかさず指摘する。
「生憎とハヌマーンはイチヤよりもマキシム卿の方にご執心のようでしたが」
「チッ! 騙したのは今の王家じゃない!」
「騙した? 外遊先から持ち帰ったのでは?」
「そういう事になっているだけだ! 表向きと裏の話が違うなど、珍しくもないだろう」
「確かに珍しくはありませんが、大声で話す事でもありません」
「クッ……貴様のそういう所が苦手なのだ! まあ良い。俺を狙ってきたハヌマーンを捕まえたら、イチヤ殿は感謝してくれるのかな?」
(え、なにそれ。ハヌマーンがあんたを付け狙うのは俺とは関係ないじゃん。なんで恩に着せられなきゃいけないの?)
そう思ったけれど、馬鹿正直にそう言う訳にもいかない。
俺は取り敢えず適当にお茶を濁して時間を稼いでみる。
「感謝……ハヌマーンを、捕まえたら、ですか……」
「憂いが減るだろう?」
そう言われても、あんたにハヌマーンを捕まえられるとは思えないし、もし万が一捕まえられたらこっちの計画が狂う。
いっそこいつが大怪我でもしてくれたら――いやいや、それはもっと面倒臭い事になりそう。
逆恨みとかされたら迷惑だし。
答えあぐねて黙り込んだ俺の代わりに、またしてもロクが口を開いた。
「ハヌマーンに足止めされましたが、私たちは領地を目指していました。ですから私とイチヤはこのまま領地に行き、マキシム卿の凱旋の準備をしておきます。卿はハヌマーンの死体を手に華々しく入られたら宜しい」
「俺に全て押し付けて行くのか?」
「私たちはたったの二人、しかもイチヤに戦闘力はありません」
それでも助太刀が必要か、と穏やかに問うロクにマキシム卿は反論を思い付けなかったらしい。
但しハヌマーンの死体と引き換えにそれ相応の物を要求すると言うのが精一杯だった。
(ちょっとロク、堕ちても神が人に負けるとは思わないけどさぁ……)
焦って目線を送る俺にロクが大丈夫とばかりにふわりと笑った。
畜生、こんな時まで格好良いな。
「マキシム卿、領地にてお待ちしております」
そう言うとロクは引き止める隙も与えずに俺の肩を抱いてさっさと天幕を出ていった。
「やった、魔の手から抜け出せた!」
「そんなに良くもない。このままではマキシム卿は殆ど手付かずの軍勢を率いて私の領地に攻め入る事が出来る」
「でもっ、自国の貴族を脅かすなんて……」
「普通ならやらないが、マキシム卿はああいう男だ」
「うぅぅ……」
それは俺も感じていた。
あの男は全くの馬鹿じゃないんだけど、何処か奇矯なところがある。
“楽しいから” という理由で全く理に適わない行動を起こしそうな、そういう危なっかしさがある。
「陛下はよく出来たお方ではあるが、少々お身内に甘い。マキシム卿の危うさをわかっていない訳ではないのだが――」
「つい見逃しちゃうって? でもさ、それで迷惑を被るのって弱い立場の人だよね」
「わかっている。そろそろマキシム卿にはご退場を願おう」
「策があるんだね?」
「ああ。だがその前に、ハヌマーンに会わねば」
俺たちは街道を逸れて歩き、幾らも進まないうちにハヌマーンがヒラリと現れたが奴は怒り心頭だった。
「よくも騙したな!」
「別に騙してはいない。お前には不死薬があるとわかっていたし、あの状況でお前と通じていると知られたら厄介な事になっていただろう?」
「だからと言って腕を!」
顔を真っ赤にして怒るハヌマーンに向かってロクが決定的な一言を告げる。
「復讐させてやる」
「……復讐?」
「王家に騙し盗られた不死薬はもう無い。だからその代わりに、一泡吹かせて復讐するのを手伝ってやる」
「しかしお前の王なのだろう?」
「国を裏切る訳じゃない」
あっさりとそう言ったロクを見て、それが本心かはわからないけど意外と忠誠心はないのかもしれないと思った。
それか忠誠の在処が王家ではなくて別のものなのかもしれない。
どちらにせよハヌマーンは話に乗ってきた。
「それでどうすれば良い?」
「まずは分身を作り、軍勢を引っ掻き回してくれ」
「それで?」
「あれに兵を率いる才能は無いと教えてやろう」
ニヤリと笑ったロクの顔が悪そうで、俺の胸は乙女のようにトキメイたのだった。
「ふん、無事だったんだな」
つまらないとでも言いたげなマキシム卿に引き攣った笑みを返す。
「昨夜は情熱的で素敵でしたぁ!」
「雑草のようだな」
ぼそり呟かれてカチンときた。
乱暴されて傷付いた憐れな姿を晒したら満足だったの?
こいつは本当に趣味が悪い。
こっそりと睨む俺を背に隠すようにしてロクが口を開いた。
「マキシム卿、王家の秘薬は今はもう無いのでしょう? しかしハヌマーンは返せと、まだあると思っているようでした。その理由をご存知ですか?」
「さて、それは知らないな。寧ろこちらが手に入れたいが、相手は神出鬼没の化け物だ。誘き出すにも餌がいるが――」
マキシム卿はそう言って言葉を切ると、嫌な目付きで俺を見た。
しかしロクがすかさず指摘する。
「生憎とハヌマーンはイチヤよりもマキシム卿の方にご執心のようでしたが」
「チッ! 騙したのは今の王家じゃない!」
「騙した? 外遊先から持ち帰ったのでは?」
「そういう事になっているだけだ! 表向きと裏の話が違うなど、珍しくもないだろう」
「確かに珍しくはありませんが、大声で話す事でもありません」
「クッ……貴様のそういう所が苦手なのだ! まあ良い。俺を狙ってきたハヌマーンを捕まえたら、イチヤ殿は感謝してくれるのかな?」
(え、なにそれ。ハヌマーンがあんたを付け狙うのは俺とは関係ないじゃん。なんで恩に着せられなきゃいけないの?)
そう思ったけれど、馬鹿正直にそう言う訳にもいかない。
俺は取り敢えず適当にお茶を濁して時間を稼いでみる。
「感謝……ハヌマーンを、捕まえたら、ですか……」
「憂いが減るだろう?」
そう言われても、あんたにハヌマーンを捕まえられるとは思えないし、もし万が一捕まえられたらこっちの計画が狂う。
いっそこいつが大怪我でもしてくれたら――いやいや、それはもっと面倒臭い事になりそう。
逆恨みとかされたら迷惑だし。
答えあぐねて黙り込んだ俺の代わりに、またしてもロクが口を開いた。
「ハヌマーンに足止めされましたが、私たちは領地を目指していました。ですから私とイチヤはこのまま領地に行き、マキシム卿の凱旋の準備をしておきます。卿はハヌマーンの死体を手に華々しく入られたら宜しい」
「俺に全て押し付けて行くのか?」
「私たちはたったの二人、しかもイチヤに戦闘力はありません」
それでも助太刀が必要か、と穏やかに問うロクにマキシム卿は反論を思い付けなかったらしい。
但しハヌマーンの死体と引き換えにそれ相応の物を要求すると言うのが精一杯だった。
(ちょっとロク、堕ちても神が人に負けるとは思わないけどさぁ……)
焦って目線を送る俺にロクが大丈夫とばかりにふわりと笑った。
畜生、こんな時まで格好良いな。
「マキシム卿、領地にてお待ちしております」
そう言うとロクは引き止める隙も与えずに俺の肩を抱いてさっさと天幕を出ていった。
「やった、魔の手から抜け出せた!」
「そんなに良くもない。このままではマキシム卿は殆ど手付かずの軍勢を率いて私の領地に攻め入る事が出来る」
「でもっ、自国の貴族を脅かすなんて……」
「普通ならやらないが、マキシム卿はああいう男だ」
「うぅぅ……」
それは俺も感じていた。
あの男は全くの馬鹿じゃないんだけど、何処か奇矯なところがある。
“楽しいから” という理由で全く理に適わない行動を起こしそうな、そういう危なっかしさがある。
「陛下はよく出来たお方ではあるが、少々お身内に甘い。マキシム卿の危うさをわかっていない訳ではないのだが――」
「つい見逃しちゃうって? でもさ、それで迷惑を被るのって弱い立場の人だよね」
「わかっている。そろそろマキシム卿にはご退場を願おう」
「策があるんだね?」
「ああ。だがその前に、ハヌマーンに会わねば」
俺たちは街道を逸れて歩き、幾らも進まないうちにハヌマーンがヒラリと現れたが奴は怒り心頭だった。
「よくも騙したな!」
「別に騙してはいない。お前には不死薬があるとわかっていたし、あの状況でお前と通じていると知られたら厄介な事になっていただろう?」
「だからと言って腕を!」
顔を真っ赤にして怒るハヌマーンに向かってロクが決定的な一言を告げる。
「復讐させてやる」
「……復讐?」
「王家に騙し盗られた不死薬はもう無い。だからその代わりに、一泡吹かせて復讐するのを手伝ってやる」
「しかしお前の王なのだろう?」
「国を裏切る訳じゃない」
あっさりとそう言ったロクを見て、それが本心かはわからないけど意外と忠誠心はないのかもしれないと思った。
それか忠誠の在処が王家ではなくて別のものなのかもしれない。
どちらにせよハヌマーンは話に乗ってきた。
「それでどうすれば良い?」
「まずは分身を作り、軍勢を引っ掻き回してくれ」
「それで?」
「あれに兵を率いる才能は無いと教えてやろう」
ニヤリと笑ったロクの顔が悪そうで、俺の胸は乙女のようにトキメイたのだった。
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