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⑰賭けに勝ったか負けたか−2(R−18)

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「そういや、慶太郎とこうして差しで酌み交わすのは初めてじゃないか?」
 ふと思い付いたような蓮治の言葉に慶太郎が頷く。

「そうですね。こんな事でもないと、大店の主であるあなたと俺が酒を一緒に飲む事などないでしょう」
「若いのに分別臭いね」
 苦笑した蓮治に構わず、慶太郎はさっさと自分の杯を飲み干した。

「ほぅ、良い飲みっぷりだ」
 感心しながら蓮治は自分も杯を水のように飲み干し、ペロリと唇を舐めた。

「三津弥の奴、奢ったな。いい酒だ」
 辛口のすっきりとした味わいに舌鼓を打つ蓮治に、慶太郎がぼそりと言った。

「三津弥の心意気という奴でしょう」
「ははぁ、彼も一枚噛んでいるという訳だ」
「ええ、そうです」
 自分が負けるとは微塵も思わず余裕を見せる蓮治が腹立たしい。
 慶太郎は怒りに任せてグイグイと盃を重ねた。

「おいおい、最初から余り飛ばすなよ」
「俺はあなたを本気で負かす気ですからね、飛ばさなくてどうしますか」
 喧嘩腰の慶太郎に蓮治は肩を竦めて見せ、威勢が良いのも結構だが、こちらも負けてやる訳にはいかないのだと思った。
 蓮治はむっつりと押し黙ったまま酒を呷り続ける慶太郎に、負けじと付き合っていたら飲み過ごした。
 慶太郎がすっかり潰れて膳に倒れ込んだ頃には蓮治も珍しく酒が回っていた。
 それでもすっくと立ち上がり、襟を直して慶太郎を見下ろした。

「賭けはわたしの勝ちだ。行かせて貰うよ」
 そう言うと信乃が待っているという離れへ向かった。

 ***

(全く慶太郎の奴、懸想するだけなら兎も角として、信乃に手を出そうだなんてふてぇ奴だよ)
 蓮治は腹立ちと賭けに勝って浮かれた気分で足早に廊下を歩いた。
 まさか賭けに勝ったからと言って信乃が手に入る訳では無かったが、それでも僅かに期待するものはある。
 幾らツレぬ態度の信乃だとて、茶番に付き合った自分に労いの気持ちくらいはあるだろう。
 蓮治は感謝の言葉の一つも貰えれば良いと、そう思って離れの襖を開いて立ち尽くした。


 そこにいたのは背の高い青年だった。
 妖しいオレンジ色のランプに浮かび上がる、細くてたおやかな背中。

(どうして三津弥がここに?)
 軽く混乱する蓮治を三津弥がそっと振り向いて言った。

「蓮治さん、わたしじゃ気に入らないかもしれませんが、ここに来た以上は受け取ってくれなきゃ困ります。恥を掻かせないで下さいよ」
 強気の台詞を言いながらも目を伏せていっぱいいっぱいの様子の三津弥に、蓮治は黙って後ろ手に襖を閉めた。

「何がどうなっているのかわからないが、三津弥はそれで良いんだね?」
「はい……」
 消えてしまいそうな三津弥の風情が可憐で蓮治の気をそそった。
 信乃じゃなくて拍子抜けしたが、ホッと何処かで安心してもいた。
 これなら信乃を傷付けなくて済む。

「初めてなんだろう?」
 問い掛ければ三津弥は迷いつつも頷いた。

「優しくしてやるから安心おし」
 蓮治は薄物を纏っただけの身体を抱き寄せ、薄い唇を吸った。

「蓮治さん……」
 眦を赤く染めてうっとりと見上げてくる相手に笑いかける。

(これをそんな対象に見たことは無かったが、この場に居合わせた事を不運と思ってツケを払って貰おう)
 蓮治はモヤモヤとした気持ちをぶつけるように、容赦なく初めての三津弥を欲望の捌け口にした。


 一方、酔い潰れた慶太郎は女中の手で三津弥の私室に追いやられていた。
 事前にそうするよう言い含められていたし、それに三津弥に注文の品を届けに来た信乃がいたので介抱をして貰えれば丁度よいと思ったが、押し付けられた信乃の方は堪ったものじゃない。
 布団を敷き、自分よりも大きな男の身体を苦心して運んだが下敷きになってしまった。

「おい、慶太郎ッ! どきやがれ!」
 信乃は重たい身体を何とか自分の上から退かそうとするのだが、酔っ払いは溺れた人のようにしがみついてきた。

「慶っ!」
 首筋に慶太郎の顔がぶつかり、頬に短い髪が触れてくすぐったい。
 押し潰されて苦しいのに、全身を覆われてドキドキとした。
 絡んだ足先や互い違いになった脚が擦れ合うのにゾクゾクとしたものを覚えた。

「目を覚ませよぅ……」
 信乃は困ったように呟いて、相手が一向に起きないことを確認すると力を抜いてみた。

(慶太郎の、匂いがする……)
 そろそろと腕を回して広い背中を抱き締める。
 自分に体重を預けきった無防備な男に愛しさを感じる。

(本当に俺で良いのか?)
 慶太郎は自分を好きだと言ってくれたが、人に好かれる容姿をしていないと思い込んでいる信乃はどうしても素直に信じる事が出来ない。
 その一方で、あんなにも自分の身体に耽溺した様子を見せられては信じるしか無いとも思う。

(なぁ、今日はしないのか?)
 信乃はそっと身体を揺らしてみる。
 押し付けあった前が僅かに擦れ、痺れるような心地好さが拡がった。

(なぁ、俺が欲しいと言ったじゃねぇか。手に入れてみろよ)
 信乃は腰を揺らしながらハァハァと熱い息を吐く。
 幾らも動かないのがもどかしく、けれど気付かれずにするそれが楽しい。

(慶太郎……)
 信乃は果てる事が出来ないまま、いつまでももどかしく小さな遊びを続けた。
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