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⑰賭けに勝ったか負けたか−1

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「賭け? 一体、何を考えてるの?」
 柳眉を逆立てた三津弥に慶太郎は強い目の光を見せて言った。

「俺はたまに無茶がやらかしたくなるんだ。知ってるだろう?」
「そんな無鉄砲なところはとっくに無くなったと思っていたけどね」
「三つ子の魂百までと言うだろう。人の本質なんてそうそう変わるものじゃない」
「全く……」
 三津弥は嘆息を吐いて諦めた。
 慶太郎が何を思い付いたか知らないが、彼は存外と思い切った事をやる。そして自分はいつもそれに振り回されるのだ。

(まぁ、振り回されるのを愉しんでいたんだけどね)
 三津弥は自分には無い激しさと行動力を持つ慶太郎がずっと羨ましかった。それは大きくなっても変わらない。

「それで俺は何をすればいいの?」
 どうせ手を貸せと言うんだろう、と言った三津弥の耳元に慶太郎が唇を寄せた。
 悪だくみは小さな声で。内緒話は二人きりで。
 束の間、昔の悪童に戻ったかのような二人を柔らかな午後の陽射しが照らしていた。 

 ***

 慶太郎は船乗りの常として酒に強い。
 ご祝儀の振る舞い酒も戴くし、仲間内でもよく飲むから自然と鍛えられるのだ。
 それでも話に聞く蓮治の酒豪っぷりには到底に敵いそうも無かったが、勝てないまでも酔わせてやろうと企んでいた。

(酔わせて三津弥と二人きりにさせたら、少しはその気になるんじゃないか?)
 賭けに勝った方が望む相手と一夜を共に出来ると言えば、蓮治が乗ってくる事はわかっていた。
 若い者のよくやる下卑た遊びだが、元々が彼は遊び人だし、『どうしても欲しい人がいるから協力して欲しい』とでも言えばあれで人の好いところのある蓮治は付き合ってくれる筈だ。

『自分の恋しい人が蓮治に勝てば身を任せても良いと言った。だからあなたに挑むのだ』と言えばいい。
 彼がわざと負けたフリをしてくれれば慰めにと三津弥を送り込めるし、手加減をしてくれなければ――意地悪く彼が勝ってしまったら、賭けの相手は三津弥だったと言えばいい。
 慶太郎の想い人が三津弥だという誤解は受けるかもしれないが、賭けに負けたからには身を引くとでも言えば無粋に引き止めたりはしないだろう。
 三津弥の方は、賭けに勝ったのだから受け取ってくれなきゃ困るとでも駄々を捏ねればいい。
 蓮治ならそこまで言った相手に恥は掻かせない筈だ。


「慶太郎、冗談じゃない! わたしはそんな惨めな真似はご免だ!」
 一夜の情を乞うだなんて余りにも惨めだ、と泣きそうな顔をする三津弥に慶太郎は少し強い口調で言った。

「本当に欲しいものの為に形振り構わなくてどうする? 一夜の情で何かが始まる事もあれば、呆気なく熱が冷める事もある。肌を合わせてみなくっちゃわからないだろう」
「慶太郎……」
 慶太郎の言葉に三津弥の心が揺らぐ。
 酔ってさえいれば、あの人もその気になってくれるかもしれない。それに上手くいってもいかなくても、こちらがそ知らぬ振りをしたら彼も流してくれるだろう。遊び慣れた大人なのだ。

「それでも振られたら?」
 不貞腐れたように、不安がる子供のように情けない顔で訊ねてきた三津弥に、慶太郎は安心させるように笑った。

「あの人はそんな風に恥を掻かせないだろう。それに――薄物一枚のみっちゃんを断れる男はいない」
「ばか」
 幼馴染の欲目だろうが、それで確かに勇気付けられた。
 三津弥は激しく騒ぐ胸を抑えてその企みに乗る事にした。
 どうせ叶わぬなら惨めでもみっともなくてもいい、一度だけ彼の腕に抱かれてみたい。

「三津弥は離れで待っていてくれ。勝っても負けても蓮治さんを行かせるから、三津弥は自分が相手だと言ってやりな」
「随分と適当だな」
「こんな事は乱暴なくらいで丁度良い」
「お前って奴は……。だがまぁ、ありがとうよ」
「礼にはまだ早い」
 こんな事をしても本当に三津弥の為になるのかはわからない。
 馬鹿げている事は互いに百も承知だ。
 それでも何か一つくらい、やってみたっていいだろう。

「酒は樽で用意してくれよ」
「分かっている。精々、上等の酒を用意するさ」
 きっと自分の限界を超えて頑張るだろう慶太郎が翌日に苦しまないように、飛び切り上等の酒を用意してやろうと三津弥は心に決めた。

 ***

 蓮治は三津弥を通して慶太郎から趣味の悪い遊びを持ち掛けられて了承した。
 しかし賭けの内容については余り納得していなかった。

(慶太郎が欲しがる相手と言ったら信乃だろうが、信乃がそんな賭けに乗る筈がない)
 信乃は下卑た冗談が大嫌いだし、自分がその対象になるとも思っていない。
 だからどうにも信じられないのだが、自分の名前を出したという事はそれで体よく断れると思ったのかもしれない。

(信乃はわたしがワクだと知ってるからね。可愛がってる子供を傷付けずに断る為に、賭けを利用したといったところか。それならば役に立ってやろうじゃないか)
 蓮治は信乃が自分を信じて巻き込んだと思えば悪い気がしない。

(『蓮治に勝てば身を任せても良い』だなんて、そんなの誰のものにもなる気がないと言ったも同然じゃないか)
 蓮治はニヤニヤと笑いながら上機嫌で用意された座敷に入った。
 そして立会人もいないまま、二人は差し向かいで用意された樽酒を大盃になみなみと注ぎ合った。
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