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④小さな胸のざわめき−2

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 ひょいひょいと店の裏へ回った信乃に、駒は本当に良いのかと思いながら恐る恐る着いて行った。

「忙しいところをごめんよ。よぅ、善の字。調子はどうだい?」
 背の高い男に向かってにこやかに声を掛ける信乃を見て、駒はそういうところが蓮治に似ていると思った。
 全く印象の違う二人なのに、どこか口調やら物言いやらに似通った所があるのは気が合っている証拠ではないだろうか。
 反発しながらも、厭う素振りを見せながらも信乃だって本当には嫌っちゃいないんだと、駒は二人の関係を理解したような気になった。

「信乃さん? あんた、どうしてこんなところに――」
「うん、ちょっと隅に寄せて貰うよ。ついでに余り物でも食わせて貰えるとありがてぇな」
 しゃあしゃあと強請られて善一は呆れながらも表情を緩めた。

「こんなところに客を入れたら俺が怒られるんですけどね。でもまぁ相手があなたじゃ、若旦那も文句は言えませんやね」
「おう、言わせねぇよ」
 ニヤニヤと笑う男に苦笑して、善一は駒に目を移した。

「そちらの人は?」
「駒って言って、歌舞伎座にも出ている役者だよ」
「信乃さんっ! 僕はほんの端役ですから……」
「端役だって大事だろう?」
「それはそうですけど――」
「それは緊張しますね」
 さらりと言った善一を背の低い二人が振り仰いだ。

「芸事に通じた人の粋ってのには、俺みたいな無骨な職人には敵いませんからね」
「旨いものは綺麗だろ」
 あっけらかんと善一の遠慮を台無しにした信乃に善一が溜め息を吐く。

「全く、あなたって人は……」
 ゆるゆると首を横に振ってから善一は板敷きの隅に二人を案内した。

「後で若旦那にも顔を見せて下さいよ。俺が叱られますから」
 そう言うと善一はぴりりと気を引き締めて料理を始めた。その後姿を見て、駒は俄かにドキドキし始めた胸を押さえた。

(信乃さんのように綺麗でもないのに、どうしてドキドキしているんだろう。兄さんのように洗練された艶のある仕草ではないのに、この人に妙に色気を感じる。僕が信乃さんにふられて落ち込んでいたからかしら)

 蓮治や彦十郎と違い、色事に疎い信乃は駒の熱を帯びた視線になど全く気付かず、興味深そうに調理場を見回している。やがて顔見知りの女中に見付かり、二人は直ぐに座敷に引っ張っていかれた。
 旨い物を食べ損ねた、と膨れる信乃に渋い顔をした三津弥が文句を言う。

「信乃さん、困りますよ。あなたがいるとうちのものが浮き足立ってしまいます」
「なんでだよ」
「なんでって……」
 どうも信乃は今よりも外人じみた容貌の幼い時分にからかわれたり気味悪がられたのが根っ子に残っているようで、長じた自分が他人にとって魅力的であるという事をまるで理解していない。それを分からせようとするのは既に諦めている三津弥だが、余り無自覚でいられるのも困りものだと思った。
 そんな三津弥の渋い顔を見て、駒がそろそろと口を挟んだ。

「あの、信乃さん、舞台裏を覗かれるのは役者にとっていい気分じゃありません。お客様には表の夢だけを見ていて欲しいものですから」
 助け舟を出した駒に三津弥が感謝の視線を送った。

「こちらのお客様の仰る通りですよ。あなたの傍若無人振りで何処でもずかずかと上がりこまれては困るんです」
「なんだよぅ……。みっちゃんの意地悪」
 珍しくきつめに叱られて信乃が悄気げた。
 年下の自分にも平気で甘えて強く出る癖に、少し窘められると直ぐに拗ねる。
 いい歳をしてとんだ子供だ、と三津弥は軽い歎息を吐いた。

「それで、茶道具をお見せすればいいんですね?」
「取り敢えず、中棗、胴張り、尻張り、瓢、耳付、文淋あたりを持ってきてくれりゃあいい」
「はい」
 三津弥は頷いて軽い足取りで茶器を取りに行った。

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