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番外編①勇者の恋と旅立ち(R−18)

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「勇者なら立ち上がって来い! そら、やられっぱなしで良いのか!」
 挑発するような台詞と共に斬撃が襲いかかってきて、薄皮一枚が削がれていく。
 相手は笑いながら、楽しそうに、ちょっとずつちょっとずつ俺を傷付けていく。

(決して致命傷になるような傷は負わせない)
 そうとわかっていても俺は怖い。
 痛みも、肌を焼くピリピリとした空気も本物だ。

「……殺してやる」
 俺は半ば本気でそう思い、最後の力を振り絞って剣を横に薙いだが当たったら相応に威力のある筈のそれは虚しく空を切る。
 当てられなきゃしようがない。
 俺は体勢を崩した所を後ろから叩かれて地に伏した。

「カイト! これで終いか!」
 興奮し切って吠える大男が煩い。
 こっちはもう指一本だって動かないって言うのに、まだ戦えと言うのか。
 どうせ敵わないとわかっているのに、負ける為に掛かってこいと言うのか。
 本当に最低……。

「……おい。なに、して……」
 ズルリと下衣を引き摺り下ろされて眉を顰めた。

「お前はわたしに敵わないのだろう?」
 勇者なのに、と興奮を無理に抑えたような声で囁かれて胸が焼けた。
 焦燥と、悔しさと、バーナビー卿の声に潜む熱に怯えて激しく胸が痛んだ。

「ど、せ……だれにも、かなわな……」
「誰にもじゃない。わたしに敵わないんだ」
 声と共にずぷりと後ろに太いものが入ってきて全身に力が入った。

「やっ、な……」
「安心しろ。男同士の作法は知っている。隊でよく使われる軟膏も持っている」
(なんだ? 男同士の作法? 軟膏? まさか――)
「ちゃんと解してやる」
 後ろに入ったものがぐちりと動き、俺は初めて卿に指を挿れられていると気付いた。

「やめ、ろ……」
 全身に鳥肌が立ってガタガタと歯が鳴り、声が出ない。
 俺はゲイではあっても女の代わりに男を愛するような、いわばタチって奴でその逆を考えた事は一度もない。

「こんなに怯えて……イヤながら逃げればいい」
「逃げっ、」
 逃げられるものなら逃げている。
 けれど俺の身体は恐怖と散々与えられた痛みに固まっていたし、後ろに入った指が気持ち悪くて身動ぐことも出来ない。

「たのっ……む。それだけは、やめ……」
「これか?」
 愉悦混じりの声で囁きながら、バーナビー卿が指を容赦なく動かした。
 嫌なのに、ぬるぬるとしたものを塗られて穿られた俺の後ろは勝手に準備を整えられる。
 ガチガチだった穴を解され、柔らかくなったところで砲弾の先をくっつけられた。

「フゥーッ、フゥーッ、フゥーッ……」
 俺はショックに痺れて荒い息を吐くことしか出来ない。

(怖い怖い逃げたい嫌だ助けて)
 地面についた俺の手を、大きな手が上から覆って押さえ付ける。
 重量のある身体が後ろから迫り、異様な熱さが押し寄せてきた。
 そしてずぶり、と生々しい肉の感触を感じたと思ったら待った無しで下から身を割かれた。

「くぅぅぅ……、かはっ!」
 そこがビリビリと痺れて下腹部が重い。
 悲鳴どころか空気が漏れるような息しか出ない。

「カイト……」
 熱い声で名前を呼ばれて涙が溢れた。

「やだっ、やめろっ!」
「可哀想だな。嫌なのに貫かれて」
「ひぃぃっ!」
 何故だか俺が泣けば泣くほどにバーナビー卿は興奮するようだった。
 泣いて、嫌がって、ジタバタと暴れて、それでも腰を使われていいように犯される俺を可哀想だと言う。

「こ、の……人でなし!」
「諦めろ。その人でなしに犯されている」
「ふくぅっ……」
 なんでだ? 散々諦めるな、勇者だろうと言った癖に今度は諦めて犯されていろ?
 こいつの言うことは全く意味がわからない。

「カイト、お前は勇者失格なのだからわたしを頼れ」
 グッと手を握り締められ、バーナビー卿の身体が震えて腹のナカに熱いものが拡がった。

(畜生、ナカで出された……)
 俺はバーナビー卿に抜かれても暫くは動くことが出来なかった。

 ***

「カイト……」
 バーナビー卿に掛けられた手をパシッと払う。
 いつの間にか呪縛が解けたように身体が動くようになっていた。
 俺はバーナビー卿を一度も振り返らないまま練技場を出てシャワーブースに篭もり、頭からヌルい水を浴びた。でもどれだけ水を浴びても身体が綺麗になった気がしない。
 それどころか今になって痺れが解けたのか、後ろがジンジンと脈打って熱く、ムズ痒く疼いた。

(掻き出さなくちゃ、腹を壊すよな)
 俺は中出しなんてした事がないけど、そのままにしておいたら腹を壊す事は知っていた。
 だから掻き出そうとしたんだけど、どうしても後ろに指を挿れられない。
 さっきまで男のブツを挿れられていたと思うと、性器扱いされたと思うと涙が滲んできて手がブルブルと震えた。

(俺は男なのに……)
 俺は男なのに自分よりも大きい男に突っ込まれて揺さぶられた、と思うと涙が出た。
 ヒックヒックと泣きながら拳を噛んで声を抑え、暫くして落ち着いてから漸くナカを探ったが指で掻いても何も出てこない。

(あれ? なんで?)
 焦って指を奥まで挿れたが、ぬるぬるとはしても掻き出せるモノが残っていない。

(まさか吸収してしまったのか?)
 なんだか自分の身体が自分を裏切ってバーナビー卿を受け入れたようで腹立たしい。
 俺はこれが普通なのかどうかもわからず不安だった。
 誰かに相談したいがこんな事を相談できる相手なんていない。
 それにあれ以来、物言いたげに自分を見つめてくるバーナビー卿が鬱陶しい。
 もう一度抱きたいのか、それともまさか後悔しているとでも言うのか?

(クソッ、俺がちゃんと勇者だったら、勇者の仕事をしていたらこんな目には遭わなかったのに。もう一度あの時点に戻ってやり直したい。俺はちゃんと勇者なんだって証明したい。そして俺が男にヤられた事なんてなかったことにしてしまいたい)
 その為にはもう一度大悪魔を呼び出す。
 一度は禁じ手だからと諦めた死霊召喚を行う。

 大丈夫。俺が、勇者の俺が今度こそ責任を持って大悪魔を倒す。
 だからユート、もう一度力を貸してくれ。

 俺は死霊召喚の魔法陣が描かれた魔道具を持ち出し、あいつの所へ転移した。
 そして色々な人に迷惑を掛け、危うく大惨事となるところをA級とユートと、こいつは当然だと思うがバーナビー卿の助けで防ぐことが出来た。
 耳に痛い事も言われたがその諫言を至極当然だと受け入れた。
 しかしやっと全てのことに蹴りが付いたようで今はスッキリとしている。


 事件後に俺の身元を引き受けてくれたヘルムートの所で、今はパン屋の手伝いをしている。
 と言っても俺に出来るのはパンの陳列だとか新しい商品のアイデア出しや売り方の助言などだが、客が目に見えて増えて案外と役に立っている。

「カイト! 今日もいっぱい売れたぞ!」
 ブラッディベアを一人で倒す男が子供のように完売を喜んでいる。

「別に俺は大したことはしていない。あんたのパンが美味しいからだろう」
「勿論、俺のパンは旨い。だがお前のお陰でより旨くなった!」
「何をバカな。そんな訳――」
 味が変わるだなんてそんな非科学的な事がある訳は無いだろうと眉を顰めたら、ヘルムートが笑いながらパンを突き付けてきた。

「ほら、食ってみろ」
 俺はニコニコと笑うヘルムートに抗しきれず、差し出されたクマのチョコパンを齧って吃驚する。
 確かに甘い物の苦手な俺でも美味しいと感じた。

「……美味しい」
「そうだろう」
 ニコニコと嬉しそうな顔のヘルムートが指を伸ばしてきて俺の口元を拭い、ぺろりと舐めた。
 親が子供によくする仕草だったが、何故か胸がくすぐったくて恥ずかしくて少し目を伏せた。

「お前のお陰でパンは一人で美味くするもんじゃないとわかった。ありがとうな!」
 バカみたいにでかい声で話す暑苦しいオヤジをまともに見ることが出来ない。
 なんでだ? なんでこんなに恥ずかしい。

「カイト? 朝から頑張って疲れたか?」
「このくらい、勇者の修行に比べたらなんでも無い」
「あ~、ブルースの事だから自分の訓練方法を押し付けたんだろう」
「いやっ、その……」
 俺はあいつの元上司だというヘルムートに言い付けたらバーナビー卿に責任を取らせる事が出来るかもしれないのに、何故だか何をされていたのか知られたくない。
 いじめみたいな訓練も、みっともなく泣かされた事も、あまつさえ後ろを犯されて中にアレを出された事なんて――。

「悪い。無理に思い出すことはないからな」
 黙り込んだ俺をどう思ったのか、ヘルムートが頭をポンと叩いて慰めてくれた。
 どうもこのおっさんは俺を子供扱いしているようだが、一体俺の事を幾つだと思っているんだ。

「ヘルムート。言っておくが俺は成人しているし、なんだったら多分あんたとそれ程年は変わらないぞ」
「うん? 幾つなんだ?」
「三十……いや、この間の誕生日で三十一になった」
「本当かよ!? 髭も生えてないのに」
「髭は生える! ただ毎日剃る習慣があるだけだ!」
「ふん? いやしかしなぁ、隊の若い連中よりもっと若く見えるぞ」
「そういうあんたは幾つだ」
 何故かドキドキしながらヘルムートの答えを待ち、四十二だと聞いて拳を握り締める。

(よしっ!)
「お、思ったよりも若いな!」
「まあ、近衛隊長を引退するには若すぎると止められたが――パン屋の修行をするには早すぎるって事もないからな」
「なら俺がこれから習っても間に合うか?」
「ん? カイトはパン屋になりたいのか?」
「そうじゃないけど、この暮らしは気に入っている」
 俺はユートとは違い、自分で作り出すよりも気に入ったものや良いと思ったものを工夫して売る方が好きなのだ。

「だったら修行なんてしなくても、いつまでもうちにいたらいいさ」
 大らかにそう言われ、嬉しいけれどヘルムートがどういうつもりでそう言っているのかわからずに戸惑う。

「邪魔じゃないのか?」
「いいやちっとも。お前と暮らすのは俺も楽しい」

(よしっ!)
 俺は再び拳を握り締めてから、図々しく聞こえないように気を付けつつ言った。

「あのっ、パン職人は目指さないけど、朝の仕込みは俺も手伝わせて――」
「ヘルムート、ここにカイトがいると聞いてきた!」
 俺の声を掻き消すように大きな声と扉を勝手に開ける音が聴こえた。
 ああ、この大らかと無神経を取り違えた声は――。

「ブルースッ! お前はまた暴走しやがって! 今日という今日はその性根を叩き直してやる!」
 俺が身体を固くした事に気付いたのか、ヘルムートが俺を隠すように背に庇ってバーナビー卿の前に立ち塞がった。
 嬉しいけど無理はしないで欲しい、と慌てる俺の前でヘルムートが手を出してきたバーナビー卿をヒョイと持ち上げた。

(あれ? バーナビー卿は簡単に頭の上に持ち上がるほど軽かったか?)

「ヘルムート! 軽々しくわたしを持ち上げるなっ!」
「それじゃあ降ろしてやるよ」
 ポイッと外に放り投げられて、バーナビー卿が物凄い音を立てて何処かにぶつかった。

「ヘルムート、一応あいつは病み上がりだと思うが――」
「構うことはない。向こうからやってきたんだからな」
 ニヤリと笑った凶悪な面に胸が高鳴る。
 おかしい。こんな胸のときめきは感じた事がない。

「カイト。お前はあいつを許さなくていい。いつまでも許さなくて良いんだ。だが怒っているのに疲れたら……パンを食って忘れちまおうや」
「……ああ」
 酒を飲んでとかじゃない所がヘルムートらしい。
 そしてどうやら俺はこの男が好きらしい。

「ヘルムート、パンを焼いてくれ。あんたのパンが食べたい」
「おう、ちぃと時間が掛かるが――」
「待ってる。時間はあるから大丈夫だ」
「そうか。そうだな」
 くしゃりと髪を掻き回され、俺は笑いながら時間は幾らでもあるのだと噛み締めるように思った。
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