161 / 181
番外編①勇者の恋と旅立ち(R−18)
しおりを挟む
「勇者なら立ち上がって来い! そら、やられっぱなしで良いのか!」
挑発するような台詞と共に斬撃が襲いかかってきて、薄皮一枚が削がれていく。
相手は笑いながら、楽しそうに、ちょっとずつちょっとずつ俺を傷付けていく。
(決して致命傷になるような傷は負わせない)
そうとわかっていても俺は怖い。
痛みも、肌を焼くピリピリとした空気も本物だ。
「……殺してやる」
俺は半ば本気でそう思い、最後の力を振り絞って剣を横に薙いだが当たったら相応に威力のある筈のそれは虚しく空を切る。
当てられなきゃしようがない。
俺は体勢を崩した所を後ろから叩かれて地に伏した。
「カイト! これで終いか!」
興奮し切って吠える大男が煩い。
こっちはもう指一本だって動かないって言うのに、まだ戦えと言うのか。
どうせ敵わないとわかっているのに、負ける為に掛かってこいと言うのか。
本当に最低……。
「……おい。なに、して……」
ズルリと下衣を引き摺り下ろされて眉を顰めた。
「お前はわたしに敵わないのだろう?」
勇者なのに、と興奮を無理に抑えたような声で囁かれて胸が焼けた。
焦燥と、悔しさと、バーナビー卿の声に潜む熱に怯えて激しく胸が痛んだ。
「ど、せ……だれにも、かなわな……」
「誰にもじゃない。わたしに敵わないんだ」
声と共にずぷりと後ろに太いものが入ってきて全身に力が入った。
「やっ、な……」
「安心しろ。男同士の作法は知っている。隊でよく使われる軟膏も持っている」
(なんだ? 男同士の作法? 軟膏? まさか――)
「ちゃんと解してやる」
後ろに入ったものがぐちりと動き、俺は初めて卿に指を挿れられていると気付いた。
「やめ、ろ……」
全身に鳥肌が立ってガタガタと歯が鳴り、声が出ない。
俺はゲイではあっても女の代わりに男を愛するような、いわばタチって奴でその逆を考えた事は一度もない。
「こんなに怯えて……イヤながら逃げればいい」
「逃げっ、」
逃げられるものなら逃げている。
けれど俺の身体は恐怖と散々与えられた痛みに固まっていたし、後ろに入った指が気持ち悪くて身動ぐことも出来ない。
「たのっ……む。それだけは、やめ……」
「これか?」
愉悦混じりの声で囁きながら、バーナビー卿が指を容赦なく動かした。
嫌なのに、ぬるぬるとしたものを塗られて穿られた俺の後ろは勝手に準備を整えられる。
ガチガチだった穴を解され、柔らかくなったところで砲弾の先をくっつけられた。
「フゥーッ、フゥーッ、フゥーッ……」
俺はショックに痺れて荒い息を吐くことしか出来ない。
(怖い怖い逃げたい嫌だ助けて)
地面についた俺の手を、大きな手が上から覆って押さえ付ける。
重量のある身体が後ろから迫り、異様な熱さが押し寄せてきた。
そしてずぶり、と生々しい肉の感触を感じたと思ったら待った無しで下から身を割かれた。
「くぅぅぅ……、かはっ!」
そこがビリビリと痺れて下腹部が重い。
悲鳴どころか空気が漏れるような息しか出ない。
「カイト……」
熱い声で名前を呼ばれて涙が溢れた。
「やだっ、やめろっ!」
「可哀想だな。嫌なのに貫かれて」
「ひぃぃっ!」
何故だか俺が泣けば泣くほどにバーナビー卿は興奮するようだった。
泣いて、嫌がって、ジタバタと暴れて、それでも腰を使われていいように犯される俺を可哀想だと言う。
「こ、の……人でなし!」
「諦めろ。その人でなしに犯されている」
「ふくぅっ……」
なんでだ? 散々諦めるな、勇者だろうと言った癖に今度は諦めて犯されていろ?
こいつの言うことは全く意味がわからない。
「カイト、お前は勇者失格なのだからわたしを頼れ」
グッと手を握り締められ、バーナビー卿の身体が震えて腹のナカに熱いものが拡がった。
(畜生、ナカで出された……)
俺はバーナビー卿に抜かれても暫くは動くことが出来なかった。
***
「カイト……」
バーナビー卿に掛けられた手をパシッと払う。
いつの間にか呪縛が解けたように身体が動くようになっていた。
俺はバーナビー卿を一度も振り返らないまま練技場を出てシャワーブースに篭もり、頭からヌルい水を浴びた。でもどれだけ水を浴びても身体が綺麗になった気がしない。
それどころか今になって痺れが解けたのか、後ろがジンジンと脈打って熱く、ムズ痒く疼いた。
(掻き出さなくちゃ、腹を壊すよな)
俺は中出しなんてした事がないけど、そのままにしておいたら腹を壊す事は知っていた。
だから掻き出そうとしたんだけど、どうしても後ろに指を挿れられない。
さっきまで男のブツを挿れられていたと思うと、性器扱いされたと思うと涙が滲んできて手がブルブルと震えた。
(俺は男なのに……)
俺は男なのに自分よりも大きい男に突っ込まれて揺さぶられた、と思うと涙が出た。
ヒックヒックと泣きながら拳を噛んで声を抑え、暫くして落ち着いてから漸くナカを探ったが指で掻いても何も出てこない。
(あれ? なんで?)
焦って指を奥まで挿れたが、ぬるぬるとはしても掻き出せるモノが残っていない。
(まさか吸収してしまったのか?)
なんだか自分の身体が自分を裏切ってバーナビー卿を受け入れたようで腹立たしい。
俺はこれが普通なのかどうかもわからず不安だった。
誰かに相談したいがこんな事を相談できる相手なんていない。
それにあれ以来、物言いたげに自分を見つめてくるバーナビー卿が鬱陶しい。
もう一度抱きたいのか、それともまさか後悔しているとでも言うのか?
(クソッ、俺がちゃんと勇者だったら、勇者の仕事をしていたらこんな目には遭わなかったのに。もう一度あの時点に戻ってやり直したい。俺はちゃんと勇者なんだって証明したい。そして俺が男にヤられた事なんてなかったことにしてしまいたい)
その為にはもう一度大悪魔を呼び出す。
一度は禁じ手だからと諦めた死霊召喚を行う。
大丈夫。俺が、勇者の俺が今度こそ責任を持って大悪魔を倒す。
だからユート、もう一度力を貸してくれ。
俺は死霊召喚の魔法陣が描かれた魔道具を持ち出し、あいつの所へ転移した。
そして色々な人に迷惑を掛け、危うく大惨事となるところをA級とユートと、こいつは当然だと思うがバーナビー卿の助けで防ぐことが出来た。
耳に痛い事も言われたがその諫言を至極当然だと受け入れた。
しかしやっと全てのことに蹴りが付いたようで今はスッキリとしている。
事件後に俺の身元を引き受けてくれたヘルムートの所で、今はパン屋の手伝いをしている。
と言っても俺に出来るのはパンの陳列だとか新しい商品のアイデア出しや売り方の助言などだが、客が目に見えて増えて案外と役に立っている。
「カイト! 今日もいっぱい売れたぞ!」
ブラッディベアを一人で倒す男が子供のように完売を喜んでいる。
「別に俺は大したことはしていない。あんたのパンが美味しいからだろう」
「勿論、俺のパンは旨い。だがお前のお陰でより旨くなった!」
「何をバカな。そんな訳――」
味が変わるだなんてそんな非科学的な事がある訳は無いだろうと眉を顰めたら、ヘルムートが笑いながらパンを突き付けてきた。
「ほら、食ってみろ」
俺はニコニコと笑うヘルムートに抗しきれず、差し出されたクマのチョコパンを齧って吃驚する。
確かに甘い物の苦手な俺でも美味しいと感じた。
「……美味しい」
「そうだろう」
ニコニコと嬉しそうな顔のヘルムートが指を伸ばしてきて俺の口元を拭い、ぺろりと舐めた。
親が子供によくする仕草だったが、何故か胸がくすぐったくて恥ずかしくて少し目を伏せた。
「お前のお陰でパンは一人で美味くするもんじゃないとわかった。ありがとうな!」
バカみたいにでかい声で話す暑苦しいオヤジをまともに見ることが出来ない。
なんでだ? なんでこんなに恥ずかしい。
「カイト? 朝から頑張って疲れたか?」
「このくらい、勇者の修行に比べたらなんでも無い」
「あ~、ブルースの事だから自分の訓練方法を押し付けたんだろう」
「いやっ、その……」
俺はあいつの元上司だというヘルムートに言い付けたらバーナビー卿に責任を取らせる事が出来るかもしれないのに、何故だか何をされていたのか知られたくない。
いじめみたいな訓練も、みっともなく泣かされた事も、あまつさえ後ろを犯されて中にアレを出された事なんて――。
「悪い。無理に思い出すことはないからな」
黙り込んだ俺をどう思ったのか、ヘルムートが頭をポンと叩いて慰めてくれた。
どうもこのおっさんは俺を子供扱いしているようだが、一体俺の事を幾つだと思っているんだ。
「ヘルムート。言っておくが俺は成人しているし、なんだったら多分あんたとそれ程年は変わらないぞ」
「うん? 幾つなんだ?」
「三十……いや、この間の誕生日で三十一になった」
「本当かよ!? 髭も生えてないのに」
「髭は生える! ただ毎日剃る習慣があるだけだ!」
「ふん? いやしかしなぁ、隊の若い連中よりもっと若く見えるぞ」
「そういうあんたは幾つだ」
何故かドキドキしながらヘルムートの答えを待ち、四十二だと聞いて拳を握り締める。
(よしっ!)
「お、思ったよりも若いな!」
「まあ、近衛隊長を引退するには若すぎると止められたが――パン屋の修行をするには早すぎるって事もないからな」
「なら俺がこれから習っても間に合うか?」
「ん? カイトはパン屋になりたいのか?」
「そうじゃないけど、この暮らしは気に入っている」
俺はユートとは違い、自分で作り出すよりも気に入ったものや良いと思ったものを工夫して売る方が好きなのだ。
「だったら修行なんてしなくても、いつまでもうちにいたらいいさ」
大らかにそう言われ、嬉しいけれどヘルムートがどういうつもりでそう言っているのかわからずに戸惑う。
「邪魔じゃないのか?」
「いいやちっとも。お前と暮らすのは俺も楽しい」
(よしっ!)
俺は再び拳を握り締めてから、図々しく聞こえないように気を付けつつ言った。
「あのっ、パン職人は目指さないけど、朝の仕込みは俺も手伝わせて――」
「ヘルムート、ここにカイトがいると聞いてきた!」
俺の声を掻き消すように大きな声と扉を勝手に開ける音が聴こえた。
ああ、この大らかと無神経を取り違えた声は――。
「ブルースッ! お前はまた暴走しやがって! 今日という今日はその性根を叩き直してやる!」
俺が身体を固くした事に気付いたのか、ヘルムートが俺を隠すように背に庇ってバーナビー卿の前に立ち塞がった。
嬉しいけど無理はしないで欲しい、と慌てる俺の前でヘルムートが手を出してきたバーナビー卿をヒョイと持ち上げた。
(あれ? バーナビー卿は簡単に頭の上に持ち上がるほど軽かったか?)
「ヘルムート! 軽々しくわたしを持ち上げるなっ!」
「それじゃあ降ろしてやるよ」
ポイッと外に放り投げられて、バーナビー卿が物凄い音を立てて何処かにぶつかった。
「ヘルムート、一応あいつは病み上がりだと思うが――」
「構うことはない。向こうからやってきたんだからな」
ニヤリと笑った凶悪な面に胸が高鳴る。
おかしい。こんな胸のときめきは感じた事がない。
「カイト。お前はあいつを許さなくていい。いつまでも許さなくて良いんだ。だが怒っているのに疲れたら……パンを食って忘れちまおうや」
「……ああ」
酒を飲んでとかじゃない所がヘルムートらしい。
そしてどうやら俺はこの男が好きらしい。
「ヘルムート、パンを焼いてくれ。あんたのパンが食べたい」
「おう、ちぃと時間が掛かるが――」
「待ってる。時間はあるから大丈夫だ」
「そうか。そうだな」
くしゃりと髪を掻き回され、俺は笑いながら時間は幾らでもあるのだと噛み締めるように思った。
挑発するような台詞と共に斬撃が襲いかかってきて、薄皮一枚が削がれていく。
相手は笑いながら、楽しそうに、ちょっとずつちょっとずつ俺を傷付けていく。
(決して致命傷になるような傷は負わせない)
そうとわかっていても俺は怖い。
痛みも、肌を焼くピリピリとした空気も本物だ。
「……殺してやる」
俺は半ば本気でそう思い、最後の力を振り絞って剣を横に薙いだが当たったら相応に威力のある筈のそれは虚しく空を切る。
当てられなきゃしようがない。
俺は体勢を崩した所を後ろから叩かれて地に伏した。
「カイト! これで終いか!」
興奮し切って吠える大男が煩い。
こっちはもう指一本だって動かないって言うのに、まだ戦えと言うのか。
どうせ敵わないとわかっているのに、負ける為に掛かってこいと言うのか。
本当に最低……。
「……おい。なに、して……」
ズルリと下衣を引き摺り下ろされて眉を顰めた。
「お前はわたしに敵わないのだろう?」
勇者なのに、と興奮を無理に抑えたような声で囁かれて胸が焼けた。
焦燥と、悔しさと、バーナビー卿の声に潜む熱に怯えて激しく胸が痛んだ。
「ど、せ……だれにも、かなわな……」
「誰にもじゃない。わたしに敵わないんだ」
声と共にずぷりと後ろに太いものが入ってきて全身に力が入った。
「やっ、な……」
「安心しろ。男同士の作法は知っている。隊でよく使われる軟膏も持っている」
(なんだ? 男同士の作法? 軟膏? まさか――)
「ちゃんと解してやる」
後ろに入ったものがぐちりと動き、俺は初めて卿に指を挿れられていると気付いた。
「やめ、ろ……」
全身に鳥肌が立ってガタガタと歯が鳴り、声が出ない。
俺はゲイではあっても女の代わりに男を愛するような、いわばタチって奴でその逆を考えた事は一度もない。
「こんなに怯えて……イヤながら逃げればいい」
「逃げっ、」
逃げられるものなら逃げている。
けれど俺の身体は恐怖と散々与えられた痛みに固まっていたし、後ろに入った指が気持ち悪くて身動ぐことも出来ない。
「たのっ……む。それだけは、やめ……」
「これか?」
愉悦混じりの声で囁きながら、バーナビー卿が指を容赦なく動かした。
嫌なのに、ぬるぬるとしたものを塗られて穿られた俺の後ろは勝手に準備を整えられる。
ガチガチだった穴を解され、柔らかくなったところで砲弾の先をくっつけられた。
「フゥーッ、フゥーッ、フゥーッ……」
俺はショックに痺れて荒い息を吐くことしか出来ない。
(怖い怖い逃げたい嫌だ助けて)
地面についた俺の手を、大きな手が上から覆って押さえ付ける。
重量のある身体が後ろから迫り、異様な熱さが押し寄せてきた。
そしてずぶり、と生々しい肉の感触を感じたと思ったら待った無しで下から身を割かれた。
「くぅぅぅ……、かはっ!」
そこがビリビリと痺れて下腹部が重い。
悲鳴どころか空気が漏れるような息しか出ない。
「カイト……」
熱い声で名前を呼ばれて涙が溢れた。
「やだっ、やめろっ!」
「可哀想だな。嫌なのに貫かれて」
「ひぃぃっ!」
何故だか俺が泣けば泣くほどにバーナビー卿は興奮するようだった。
泣いて、嫌がって、ジタバタと暴れて、それでも腰を使われていいように犯される俺を可哀想だと言う。
「こ、の……人でなし!」
「諦めろ。その人でなしに犯されている」
「ふくぅっ……」
なんでだ? 散々諦めるな、勇者だろうと言った癖に今度は諦めて犯されていろ?
こいつの言うことは全く意味がわからない。
「カイト、お前は勇者失格なのだからわたしを頼れ」
グッと手を握り締められ、バーナビー卿の身体が震えて腹のナカに熱いものが拡がった。
(畜生、ナカで出された……)
俺はバーナビー卿に抜かれても暫くは動くことが出来なかった。
***
「カイト……」
バーナビー卿に掛けられた手をパシッと払う。
いつの間にか呪縛が解けたように身体が動くようになっていた。
俺はバーナビー卿を一度も振り返らないまま練技場を出てシャワーブースに篭もり、頭からヌルい水を浴びた。でもどれだけ水を浴びても身体が綺麗になった気がしない。
それどころか今になって痺れが解けたのか、後ろがジンジンと脈打って熱く、ムズ痒く疼いた。
(掻き出さなくちゃ、腹を壊すよな)
俺は中出しなんてした事がないけど、そのままにしておいたら腹を壊す事は知っていた。
だから掻き出そうとしたんだけど、どうしても後ろに指を挿れられない。
さっきまで男のブツを挿れられていたと思うと、性器扱いされたと思うと涙が滲んできて手がブルブルと震えた。
(俺は男なのに……)
俺は男なのに自分よりも大きい男に突っ込まれて揺さぶられた、と思うと涙が出た。
ヒックヒックと泣きながら拳を噛んで声を抑え、暫くして落ち着いてから漸くナカを探ったが指で掻いても何も出てこない。
(あれ? なんで?)
焦って指を奥まで挿れたが、ぬるぬるとはしても掻き出せるモノが残っていない。
(まさか吸収してしまったのか?)
なんだか自分の身体が自分を裏切ってバーナビー卿を受け入れたようで腹立たしい。
俺はこれが普通なのかどうかもわからず不安だった。
誰かに相談したいがこんな事を相談できる相手なんていない。
それにあれ以来、物言いたげに自分を見つめてくるバーナビー卿が鬱陶しい。
もう一度抱きたいのか、それともまさか後悔しているとでも言うのか?
(クソッ、俺がちゃんと勇者だったら、勇者の仕事をしていたらこんな目には遭わなかったのに。もう一度あの時点に戻ってやり直したい。俺はちゃんと勇者なんだって証明したい。そして俺が男にヤられた事なんてなかったことにしてしまいたい)
その為にはもう一度大悪魔を呼び出す。
一度は禁じ手だからと諦めた死霊召喚を行う。
大丈夫。俺が、勇者の俺が今度こそ責任を持って大悪魔を倒す。
だからユート、もう一度力を貸してくれ。
俺は死霊召喚の魔法陣が描かれた魔道具を持ち出し、あいつの所へ転移した。
そして色々な人に迷惑を掛け、危うく大惨事となるところをA級とユートと、こいつは当然だと思うがバーナビー卿の助けで防ぐことが出来た。
耳に痛い事も言われたがその諫言を至極当然だと受け入れた。
しかしやっと全てのことに蹴りが付いたようで今はスッキリとしている。
事件後に俺の身元を引き受けてくれたヘルムートの所で、今はパン屋の手伝いをしている。
と言っても俺に出来るのはパンの陳列だとか新しい商品のアイデア出しや売り方の助言などだが、客が目に見えて増えて案外と役に立っている。
「カイト! 今日もいっぱい売れたぞ!」
ブラッディベアを一人で倒す男が子供のように完売を喜んでいる。
「別に俺は大したことはしていない。あんたのパンが美味しいからだろう」
「勿論、俺のパンは旨い。だがお前のお陰でより旨くなった!」
「何をバカな。そんな訳――」
味が変わるだなんてそんな非科学的な事がある訳は無いだろうと眉を顰めたら、ヘルムートが笑いながらパンを突き付けてきた。
「ほら、食ってみろ」
俺はニコニコと笑うヘルムートに抗しきれず、差し出されたクマのチョコパンを齧って吃驚する。
確かに甘い物の苦手な俺でも美味しいと感じた。
「……美味しい」
「そうだろう」
ニコニコと嬉しそうな顔のヘルムートが指を伸ばしてきて俺の口元を拭い、ぺろりと舐めた。
親が子供によくする仕草だったが、何故か胸がくすぐったくて恥ずかしくて少し目を伏せた。
「お前のお陰でパンは一人で美味くするもんじゃないとわかった。ありがとうな!」
バカみたいにでかい声で話す暑苦しいオヤジをまともに見ることが出来ない。
なんでだ? なんでこんなに恥ずかしい。
「カイト? 朝から頑張って疲れたか?」
「このくらい、勇者の修行に比べたらなんでも無い」
「あ~、ブルースの事だから自分の訓練方法を押し付けたんだろう」
「いやっ、その……」
俺はあいつの元上司だというヘルムートに言い付けたらバーナビー卿に責任を取らせる事が出来るかもしれないのに、何故だか何をされていたのか知られたくない。
いじめみたいな訓練も、みっともなく泣かされた事も、あまつさえ後ろを犯されて中にアレを出された事なんて――。
「悪い。無理に思い出すことはないからな」
黙り込んだ俺をどう思ったのか、ヘルムートが頭をポンと叩いて慰めてくれた。
どうもこのおっさんは俺を子供扱いしているようだが、一体俺の事を幾つだと思っているんだ。
「ヘルムート。言っておくが俺は成人しているし、なんだったら多分あんたとそれ程年は変わらないぞ」
「うん? 幾つなんだ?」
「三十……いや、この間の誕生日で三十一になった」
「本当かよ!? 髭も生えてないのに」
「髭は生える! ただ毎日剃る習慣があるだけだ!」
「ふん? いやしかしなぁ、隊の若い連中よりもっと若く見えるぞ」
「そういうあんたは幾つだ」
何故かドキドキしながらヘルムートの答えを待ち、四十二だと聞いて拳を握り締める。
(よしっ!)
「お、思ったよりも若いな!」
「まあ、近衛隊長を引退するには若すぎると止められたが――パン屋の修行をするには早すぎるって事もないからな」
「なら俺がこれから習っても間に合うか?」
「ん? カイトはパン屋になりたいのか?」
「そうじゃないけど、この暮らしは気に入っている」
俺はユートとは違い、自分で作り出すよりも気に入ったものや良いと思ったものを工夫して売る方が好きなのだ。
「だったら修行なんてしなくても、いつまでもうちにいたらいいさ」
大らかにそう言われ、嬉しいけれどヘルムートがどういうつもりでそう言っているのかわからずに戸惑う。
「邪魔じゃないのか?」
「いいやちっとも。お前と暮らすのは俺も楽しい」
(よしっ!)
俺は再び拳を握り締めてから、図々しく聞こえないように気を付けつつ言った。
「あのっ、パン職人は目指さないけど、朝の仕込みは俺も手伝わせて――」
「ヘルムート、ここにカイトがいると聞いてきた!」
俺の声を掻き消すように大きな声と扉を勝手に開ける音が聴こえた。
ああ、この大らかと無神経を取り違えた声は――。
「ブルースッ! お前はまた暴走しやがって! 今日という今日はその性根を叩き直してやる!」
俺が身体を固くした事に気付いたのか、ヘルムートが俺を隠すように背に庇ってバーナビー卿の前に立ち塞がった。
嬉しいけど無理はしないで欲しい、と慌てる俺の前でヘルムートが手を出してきたバーナビー卿をヒョイと持ち上げた。
(あれ? バーナビー卿は簡単に頭の上に持ち上がるほど軽かったか?)
「ヘルムート! 軽々しくわたしを持ち上げるなっ!」
「それじゃあ降ろしてやるよ」
ポイッと外に放り投げられて、バーナビー卿が物凄い音を立てて何処かにぶつかった。
「ヘルムート、一応あいつは病み上がりだと思うが――」
「構うことはない。向こうからやってきたんだからな」
ニヤリと笑った凶悪な面に胸が高鳴る。
おかしい。こんな胸のときめきは感じた事がない。
「カイト。お前はあいつを許さなくていい。いつまでも許さなくて良いんだ。だが怒っているのに疲れたら……パンを食って忘れちまおうや」
「……ああ」
酒を飲んでとかじゃない所がヘルムートらしい。
そしてどうやら俺はこの男が好きらしい。
「ヘルムート、パンを焼いてくれ。あんたのパンが食べたい」
「おう、ちぃと時間が掛かるが――」
「待ってる。時間はあるから大丈夫だ」
「そうか。そうだな」
くしゃりと髪を掻き回され、俺は笑いながら時間は幾らでもあるのだと噛み締めるように思った。
22
お気に入りに追加
1,946
あなたにおすすめの小説
実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、pixivにも投稿中。
※小説家になろうでは最新『勇者祭編』の中盤まで連載中。
鋼の殻に閉じ込められたことで心が解放された少女
ジャン・幸田
大衆娯楽
引きこもりの少女の私を治すために見た目はロボットにされてしまったのよ! そうでもしないと人の社会に戻れないということで無理やり!
そんなことで治らないと思っていたけど、ロボットに認識されるようになって心を開いていく気がするわね、この頃は。
余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~
藤森フクロウ
ファンタジー
相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。
悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。
そこには土下座する幼女女神がいた。
『ごめんなさあああい!!!』
最初っからギャン泣きクライマックス。
社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。
真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……
そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?
ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!
第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。
♦お知らせ♦
余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!
漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。
よかったらお手に取っていただければ幸いです。
書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。
7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。
今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。
コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。
漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。
※基本予約投稿が多いです。
たまに失敗してトチ狂ったことになっています。
原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。
現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。
逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。
王子様との婚約回避のために友達と形だけの結婚をしたつもりが溺愛されました
竜鳴躍
BL
アレックス=コンフォートはコンフォート公爵の長男でオメガである!
これは、見た目は磨けば美人で優秀だが中身は残念な主人公が大嫌いな王子との婚約を回避するため、友達と形だけの結婚をしたつもりが、あれよあれよと溺愛されて満更ではなくなる話である。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
1/10から5日くらいBL1位、ありがとうございました。
番外編が2つあるのですが、Rな閑話の番外編と子どもの話の番外編が章分けされています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※僕はわがまま 時系列修正
※ヤード×サンドル終わったのでラブラブ番外編を末尾に移動 2023.1.20
【完結】愛する人にはいつだって捨てられる運命だから
SKYTRICK
BL
凶悪自由人豪商攻め×苦労人猫化貧乏受け
※一言でも感想嬉しいです!
孤児のミカはヒルトマン男爵家のローレンツ子息に拾われ彼の使用人として十年を過ごしていた。ローレンツの愛を受け止め、秘密の恋人関係を結んだミカだが、十八歳の誕生日に彼に告げられる。
——「ルイーザと腹の子をお前は殺そうとしたのか?」
ローレンツの新しい恋人であるルイーザは妊娠していた上に、彼女を毒殺しようとした罪まで着せられてしまうミカ。愛した男に裏切られ、屋敷からも追い出されてしまうミカだが、行く当てはない。
ただの人間ではなく、弱ったら黒猫に変化する体質のミカは雪の吹き荒れる冬を駆けていく。狩猟区に迷い込んだ黒猫のミカに、突然矢が放たれる。
——あぁ、ここで死ぬんだ……。
——『黒猫、死ぬのか?』
安堵にも似た諦念に包まれながら意識を失いかけるミカを抱いたのは、凶悪と名高い豪商のライハルトだった。
☆3/10J庭で同人誌にしました。通販しています。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる