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68.やっと帰ってきたけど街に入るのにも一悶着−2

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「リッドさん、お帰りなさい!」
 門番が満面の笑みを浮かべて声を掛けてきたので、俺は複雑な気分ながらも後ろでそっと頭を下げておく。
 異世界人はギルドで保護する決まりだったけれど、それをよく思わない人間も勿論いて、冒険者になったものの稼げなくて街の仕事に就いた男たちにはやっかみ混じりにきつく当たられた。
 この門番の男もその口で、リッドやギルマスのいないところでは口汚く野次られて下卑た言葉を浴びせられた。

(役に立たないんだから便所になれ、突っ込ませろなんてリッドの耳に入ったらどうなると思ってんだよ。ある意味その度胸に感心するわ)
 もしも巡り巡ってリッドの耳に入りでもしたら終わりだし、俺が言い付けるだけで立場が悪くなるのに。
 まあ俺は言い付けたりしないけどさ。

(後でまた絡まれるかもなぁ)
 やれやれ、と思いつつ通り過ぎようとしたらリッドが臭いニオイがすると言い出した。

「どうしたんだよ? 早くギルドに行こうぜ」
「まあ、待て。性根の腐ったニオイがする」
 俺は思わずリッドの顔を見上げてから門番を見た。
 すると門番が顔を真っ赤にして言い掛かりだと喚いた。

「本当に言い掛かりかどうかは本人が一番良く知っている筈だが、ここまで臭いともう鼻も慣れきっているかもな」
「リッド、何か知ってんの? それとも本当に臭うの?」
「本当に臭う。余り愉快な能力ではない」
 そう言ってリッドが渋い顔をしているけど、これって動物的勘が磨かれたって事?
 それとも見えないものが見えるって言ってたやつ?
 俺には全くわからないけれど、元々魔力量の多かったリッドは俺とはまた違う進化をしているみたいだった。或いは俺もそのうちにわかるようになるのかもしれない。
 俺が呑気にそんな事を思っている間に、周囲に人が集まってきて勝手に焦った門番が聞こえるように声を張り上げた。

「A級のあんたが異世界人を可愛がってるって噂は聞いてたけどよぉ! 本当に言いなりになってるみたいだな! そんなにそのチビの具合はいいかよ!」
 門番が小者臭い台詞で煽ってきたけど、この街でリッドに喧嘩を売るなんて馬鹿なのか?
 俺一人なら兎も角、リッドは異世界人の勇者じゃないのにS級ダンジョンを攻略した英雄だろうが。そいつに喧嘩を売って、あんたの評判が落ちないと思ってんの?
 俺はこの場をどう穏便に収めようか、と考えていたら人混みの中から次々と声が上がった。

「おい、聞き捨てならねぇなぁ! お前がユートに度々絡んでたのは知ってんだぞ!」
「そうだそうだ! ユートの尻尾を追い掛けやがって!」
「脚を触ったこともあるよなぁ!」
「相手にされなかったみたいだけどなっ!」
 思わぬ助け舟は……あらやだ俺のファンクラブじゃん。
 街を留守にしている間に解散していると思ってたんだけどなぁ。
 集まって何をしてんの?

「ユートが今回のS級ダンジョン攻略最大の功労者だって話は、C級以上の冒険者ならみんな知ってる。そのユートを貶めるって事は、冒険者全員に喧嘩を売ってるって事でいいんだな?」
 そう言って門番を睨んだのは、ダンジョン攻略に参加したB級冒険者だった。
 最大の功労者ってのは言い過ぎだけど、仲間として庇って貰えるのは嬉しい。

「庇ってくれてありがとう。でも俺が気にしてんのは一つだけだよ」
「おう、言ってやれ!」
「どっちが正しいかはっきりさせてやれ!」
 いやいや、あんたたちが煽ってどうすんだよ。きりがないだろうが。

「俺はね、この街が好きだよ。王都とか巨大遺跡の街とかダンジョンとか何処も楽しかったけど、住むのはこの街が良いなって思った。だからさ、俺の事を気に食わない人がいるのはちょっと悲しい」
「お前、ちょっと悲しいで済ますなよ……」
 B級には呆れられたけど、でもまぁその程度の話だよ。

「おい門番。男としてどっちがちっせーか、これでわかったか? これ以上、恥を掻きたくなきゃすっこんでな!」
 B級の啖呵に門番は返す言葉が無く引き下がった。
 野次馬も大人しく解散したところで俺はオッサン達に聞く。

「みんな集まってどうしたの? 偶然居合わせたって事はないよな?」
「勿論、お前らがそろそろ帰ってくるってギルマスに聞いて集まったんだ」
「えっ、そうなの?」
 そりゃあギルマスには連絡を入れてるけど、他の誰かが気にしてるなんて思わなかった。

「冷たいことを言うなよ。さっきも言ったがお前は最大の功労者だ。俺ら全員、借りがある。借りを返す為に働いたって、おかしくはないだろう?」
「え? じゃあ、大悪魔について調べてくれてたの?」
「おう。取り敢えずここじゃなんだ、ギルドに行こうぜ。A級もよく大人しくしてたな」
「周りにあれだけ人がいる状況で、あの男に大した事は出来ない」
「そりゃ違いねえ」
 B級は流石だと関心しているが、俺はどうにも怪しいと思った。
 リッドが俺を貶されて怒らない筈がない。
 俺はコッソリとリッドにだけ聴こえる声で聞いた。

「おい、なんで手を出さなかった?」
「殺さない自信がなかった。だが人前はマズイだろう?」
「人前じゃなくてもマズイよ」
「だから後で撫でようと思ってな」
 言っておくが、この場合の撫でるというのは軽く殴るって事だ。
 勿論リッドの軽くが相手にとっても軽いとは限らない。

「まあ、あの場で手を出さなかった事は褒めてやるよ」
 そう言って俺が笑ったら頭を撫でられた。

「やっぱり殴れば良かった」
「リッド? 俺は気にしてないよ?」
「お前を悪く言われても、あれこれ考えて怒れない自分に腹が立つ。次は何も考えずに殴る」
「……そっか」
 そうしたら俺もスカッとするな。
 それでうじうじと気に病んでいたのも忘れてしまえるな。

「うん、次は俺も殴ろう」
 そう言ってニカッと笑ったらもう一度頭を撫でられた。
 話しながら歩いているうちにギルドの建物が見えてきて、ふと既視感が湧く。
 この建物に、前にもこうしてリッドと訪れた。
 それは勿論、何度も来ているんだけど――妙に懐かしい感じがする。

「リッド、ここに俺と初めて来た日のこと――覚えてる?」
「勿論。お前は酷く怯えて、混乱して、そして俺に乱暴だと怒っていた」
「でもあんたの事を頼るしか無かったんだ?」
「俺の事は――嫌ってたと思うけどな」
 苦笑混じりのリッドの言葉を聞いて、俺は首を横に振った。

「嫌ってはなかったよ」
「……え?」
「きっと、嫌ってはいなかった」
 何故かその事を俺は確信しているのだった。
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