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㉛リッドは意外と饒舌だった−2

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 王都での用事が全て終わり、街に帰ったらギルド内が酷くバタついていた。

「リッド! 早速で済まないが指名依頼だ!」
「何があった?」
「S級ダンジョンだよ。調査隊がヘマをしやがった。罠が残ってるのに気付かないで飛び込んで、庇ったルスカが落とし穴に落ちた」
「ルスカがっ?」
 俺は慌てて声を上げた。だってルスカが調査に行ったことすら知らなかった。
 御守りは持たせているけど、ルスカはリッドほど魔力が強くない。S級のダンジョンで何処まで役に立つのか心許ない。

「穴は何処まで続いているのかわからない。ひょっとしたら、最深部まで……」
「だとしても諦めるのは早い。ボス以外ならどうにかなる」
「しかし勇者はまだ使えないだろう?」
「当たり前だ。俺一人で行く」
「ダメだっ!」
 馬鹿かこいつは? そんな危険なダンジョンに一人で行くなんてありえない。

「ユウ、大丈夫だ。俺一人なら迅速に動ける」
「だとしても、帰りはどうする? ルスカを救出したら一人で抱えてくるのか?」
「転移石を持っていく」
「だったら最初からルスカのところへ跳ぶ事は出来ね-の?」
「あれは場所を移動するものであって、人を目印には出来ない」
「じゃあ、じゃあ――」
「ユウ、大丈夫だ。俺は強い」
 そう言って安心させるように笑ったリッドを見て俺は泣きそうになった。
 わかってる、リッドは強い。でも死にそうになったじゃん! あんただって不死身ではないじゃん!

「ユウ……泣くな」
 ギュッと抱き締められて俺は必死に考えた。
 このままこいつの腕の中でメソメソと泣いている訳にはいかない。
 俺がどうにかしないと。

「リッド、卵にもう一つ魔法陣を刻む。転移の魔法陣を刻むから、それを持っていけ」
「だが、俺の手では――」
「わかってる。あんたの手を借りて描いたものじゃダメだ。俺一人が集中しないとあの複雑な魔法陣は描けない」
 或いは魔力を含んだインクを使えば良いのかもしれないけど、それだと擦れて消えてしまう可能性がある。
 だから魔力が無いと役に立たないんだ。でも。

「今なら、俺のナカにあんたの魔力が残ってる。それも二回分」
 そう言ったらこんな時なのに周りのオッサン共が赤面した。
 おいこら想像すんじゃねぇよ。

「これが消えないうちに描く」
 俺は腹をそっと押さえてからギルマスに一室を借り、卵を床に置いて転移の魔法陣を刻んだ。
 少しアレンジを加え、卵を介して何処へでも転移出来るようにする。

「ガルーダの卵を持っているなんて聞いてないぞ!」
「報告はしたじゃん。魔道具にした事を言ってなかっただけだろ」
「それを言えよっ!」
 いきり立ったギルマスに肩を竦めて見せる。

「今言ったからいいじゃん。それより本当にリッドを一人で行かせる気か?」
「そんなに怖い顔で睨むなよ。下手に人を増やした方が足手纏いだって。それにお前の御守りがあれば滅多な事では死なねぇよ」
「あんたたちのその楽天的なところって、ほんとどうかと思うよ」
 俺は何度目かのため息を吐き、リッドに卵を渡しつつ俺も途中まで一緒に行っては駄目かと聞いた。

「駄目だ。お前がいたら気が散る」
「もう少しオブラートに包めよぉ」
「オブラート?」
 不思議そうな顔をするリッドの首に両腕を回して引き寄せた。
 このバカは俺がいたら俺の事ばかり心配して戦えないから、だから俺は一緒に行けない。
 その代わりに無事を祈って作ったものを託す。

「ちょっと剣を貸せ。これは俺が知っている刀紐で、特に丈夫な素材で作ってる。滅多なことでは切れないし、炎の温度を上げるからあんたの魔剣とも相性が良い筈だ。それに剣の強度を上げるから、あんたが望めば岩山だって斬れる。まあ、素材も一緒に斬れちまうかもしれないけどな」
 ニコッと笑ったら床から足が浮くくらい強く抱き締められた。

「済まない」
「バカ、謝るな。ルスカと一緒に無事に帰ってこい」
 頭を撫でたら呻くような声を上げた。こいつを気持ちよく送り出すのが俺の役目か、と思ったらちょっとだけ胸が軋んだ。

「ユート、ダンジョンの前まで俺も一緒に行こう」
「カイト先輩……」
「勇者がいたら少しは現場の士気が上がるだろ?」
「頼みます」
 この人だってそんな所に行くのは怖いだろうに、自分に出来る精一杯の事をしようとしてくれている。

「ギルマス、ポーションをありったけ用意しておいてくれ。金は俺が払うから」
「バカ、指名依頼なんだからギルドで負担する。お前はリッドの為に風呂にでも入って身体を磨いてろ」
「流石にそれはないよ……」
 俺はげんなりしてギルマスにそう言い返し、リッドの魔剣に軽く口付けてご武運をと唱えた。
 なんだか剣がほんのりと温かくなり、応えたような気がしたが気の所為だろう。
 リッドはカイト先輩と救護班を連れてギルドから消えた。


「よく我慢したな」
 ギルマスにポンと肩を叩かれて俺は胸を張る。

「当たり前だろう。俺は冒険者じゃなくて支援職だからな。俺に出来るのはここまで。後はあいつを信じて帰りを待つさ」
「よし、俺も俺の仕事をしよう」
 そう言うとギルマスは慌ただしく去っていった。
 一人取り残された俺は、戻ってくるまでの時間をどうしようと思う。

「なぁ、ああいう風には言ったけど、大人しく待つなんて性に合わねぇよ。どうしたらいい?」
 カゲボウシに話し掛けたら翅を震わせてリンリンと鳴いた。
 良い報せをくれると言うのか、と口元を綻ばせたら目の前の空間が虹色に光ってぐんにゃりと曲がった。

「ふぇっ!? 待って、今このタイミングで不思議なんていらねーんだって!」
 慌てる俺の前で虹色の膜はリッドとカイト先輩の姿を映し出した。
 ちゃんと音声も伝えてくる。

『あんたユートに負担を掛け過ぎじゃないか!?』
『そうだな。あの身体に二回は多すぎた』
『誰もそっちの話はしていない! と言うか、二回ってなんだ!? まさか挿れたのか!』
『ああ、途中までだがな』
『それは無茶だろう!』
『あいつが強請ったんだ』
 リッドの言葉に後ろで「おぉぉぉぉっ!」と、どよめきが上がった。

「ちょ、あんた達っ! なんで見てんだよっ!」
「どういう仕組みか知らないが、あいつらを見れるんだろ? ほら、前を向けよ」
「だからお前らは関係ない――」
「そんな事を言ってる場合かよ。俺たちには事態を把握する義務がある」
「そうだそうだ!」
「おっ、どういう言葉で強請ったのか言うぞっ! 静かにしろっ!」
 俄に団結してシーンとなったギルド内に、リッドの声が低く響いた。

『強くトドメを刺してくれと、殺してくれと言われた』

 「ウォォォォォォォォ~ッ!」と物凄い歓声が沸き上がった。
 俺も言われてみたいだの、それだったら刺しちゃうよな、とか野次馬共がてんで好き勝手な事を言う。

(止めて頼むからこれ以上恥を掻かせないでっ!)
 必死にそう願う俺の前で、けれどリッドは赤裸々に全てを語ったのだった。
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