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㉒反省だけなら猿でも出来る−1

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 城から迎えが来て、お支度を手伝いますと言われて女官達に着せられた服に俺は絶叫した。

「なんじゃこりゃあああっ!」
「どうした? 恐ろしく似合っているが……何かされたか?」
 着替えさせられた俺を熱心に見つめたり周囲に警戒の視線を送ったりと忙しいリッドに俺は必死に訴える。

「ドレスを着せられるなんて聞いてないんだけどっ!」
「だがサイズも丁度良いようだし、よく似合っているし、何も問題はないだろう?」
「このっ、アホウ! 男がドレスなんか着せられておかしいに決まってるだろっ!」
「いや、男は寵姫に近付けられないと言っていたから、女として近付くのはおかしくない」
「えっ、本当にそれしかないの?」
 俺は自分の格好を見下ろして情けなく眉を下げた。

 ドレスは胴の部分を縛り上げるように編み上げ紐で締められ、胸元から覗く可憐な白いレースとふんわりとした紫色のスカートの対比がスミレの花のように可憐だった。
 元の世界では茶色に染めていた俺の髪もこちらで過ごすうちにすっかり黒くなり、何故かそのままがいいとリッドが強固に主張するので染め直さないでいたらドレスの色にぴったりだった。
 こちらには髪の短い女の人も普通にいるから、飾りでも付けてそれらしくしたら女に見えない事もないだろう。
 悔しい事に俺は童顔だし女顔だとよく言われるし。

「でも似合うって言われても嬉しくねぇんだよっ!」
「そうか? 捲りやすくて便利だが」
「捲るなっ!」
 俺はブレないリッドを見て怒りがシュルシュルと消えていった。
 こいつにとっては着るものなんて大した問題じゃないんだろう。
 まあいい。城に入れるんだから俺だってこのくらいは我慢しよう。
 それでも俺は往生際悪く、成人男性が女装って無理がないかと訊いてみた。

「「いえっ、お嬢様にしか見えませんっ!」」
 何故か女官達にまでいい笑顔で否定されてしまった。
 ふん、どうせ俺はこっちの女の人より小さいよ。

「リッドは俺の付き添いか護衛ってところか?」
「そうだ。貴族の令嬢の護衛なんて面倒臭くて引き受けないが、お前の護衛ならば引き受けよう」
「だから別にいらないって――」
「お前に断る権利はない」
「無いのかよっ!」
 いっそ清々しいくらい俺の意思を無視されて、それでも逆らえないのはこのアホウが思ったよりも心配性だと知っているからだ。
 だって置いていこうとすると、捨てられた犬みたいな目で見るんだぜ?
 二メートル超えの大男がなんて様だよ、と思うんだが俺はそれをどうにも見捨てられない。
 わかったから早く来いと言ってしまう。

「付いてくるなら仕事の邪魔はするなよ?」
 俺はそう言うに止め、迎えの馬車に乗って城へと向かった。

 ***

 俺は寵姫の話相手としてコッソリと城に上がった筈なのに、何故かあちこちから視線を感じて居心地が悪い。

「なあ、なんで見られてる訳? 俺ってば、どっか変かな?」
 そりゃあ男が女の格好をしているんだから違和感があってもしようがないけどさ。でもこんなにあからさまに見られるもん? 遠くからもわざわざ見に来る人がいるんだけど。
 不審がる俺にネルソン卿が苦々しげに言った。

「姫の相手をさせるのだからと、些か張り切り過ぎましたな」
「どゆこと?」
「ですから見かけぬ令嬢が城にいたら、若い者は気になるでしょう」
「令嬢……若いお嬢さんだと思われてるのかぁ……」
「袖を引かれぬように気をつける事です」
「袖を引かれる?」
 何のことだと聞き返したらネルソン卿に可哀想なものを見る目で見られた。

「城内では余り不埒な行いをする者はいないでしょうが、あなたは与し易しと見られやすいので気を付けて下さい」
「え? それって小さくて簡単に連れ去れちゃうってこと?」
 ネルソン卿の言葉を平たく言って確認したら、リッドが重々しく「俺がいるから大丈夫だ」と言ってくれた。
 但し勝手に何処かへ行ったり、迷子になるなとも言われたけどな。

「城の中を勝手にうろついたりしねぇよ」
「ユーリ、言葉遣い」
「はぁ~い」
 ユーリというのは俺の女装用の偽名だ。
 俺が男だという事は寵姫にも内緒らしい。

 幾つもの回廊を通って落ち着いた中庭へと通される。
 丈の長いドレスは歩きにくいけど、座っちまえばこっちのもんだ。
 俺はお姫様に会えるのを楽しみにしていたんだけど――。

「詐欺だ……」
 双子を身籠った身長百八十センチの姫様は綺麗だけれど迫力満点で、俺のイメージとは大分かけ離れていた。
 それでも心配そうな面持ちで手を握られたらちょっとドキッとしてしまった。

「陛下のお子にご加護を与えて下さると聞きました」
「あ、はい。おれ――わたしは防御系の魔法陣が得意なので、結界とか呪詛返しを――」
「呪詛! やはりこの子らを呪っている者がいるのですねっ!」
「いえ、例え話なんで! そんな事実はないので、興奮しないで下さいっ!」
 姫様が力んだらぶるんっと腹が揺れて、このまま産まれちまいそうで凄く怖かった。
 やっぱり母は強しだね。

「あの、お腹に触らせて貰ってもいいですか?」
「無礼者ッ!」
 姫よりもお付きの人たちの方が色めき立ったけど俺はじっと姫の様子を見ていた。
 そうしたら姫が俺の手を取って自分の腹に当てたので、そのまま目を瞑ってじっと感覚を集中する。

(たぷたぷと、波の音が聴こえる)

「凄い、この子たち、水魔法が得意そうですね」
「わかるのですか?」
「何となく」
 俺には魔力が全くないのでそんな事わかる訳はないんだけど、今はまだリッドの魔力が体内に残っているからそれと反発してわかった。
 その事に気付かれるのは恥ずかしいので、リッドが遠くに離れていて良かったと思った。

「魔力の多い王族は驚異となります。この子たちはきっと殺されてしまう!」
 わぁっとテーブルに泣き伏せる姫を周りが慰める。
 何ていうか、感情の起伏の激しい人だよね。

「姫様」
「エーリリテと読んで下さい」
「えーと、エーリリテ姫。お――わたしの作る産着は魔力を持つ者をより強固に守ってくれます。ですからきっと大丈夫。任せて下さい」
 そう言ってニコリと笑ったらエーリリテ姫の顔が少し明るくなった。
 本来ならもっと朗らかな人なのかもしれない。

「この子たちを守る為ならば何でもします。どうかお子を守って下さい」
 再び手を握られて俺はしっかりと頷いた。
 そして何を作るかも決めた。
 タオル地で出来たドーナツ型のガラガラと、鏡の付いた半月型のボールを作る。
 きっとそれが双子を守ってくれる。
 よし、直ぐに帰って試作品を作るぞ!

「エーリリテ姫、お子が産まれるまでにきっとお届けします! ではこれで失礼します!」
 俺は挨拶もそこそこにスカートをがばっとたくし上げて走った。
「んまぁああ!」
 という声が後ろで聴こえたが気にしない。
 だってこのままじゃスカートの裾が脚に絡んで走れね-んだもん。しようがないだろ?

(イメージが鮮明なうちに素材を選びたい! 急がなくっちゃ!)
 俺はリッドの事もネルソン卿の事も頭からすっぽりと抜け落ちていたんだけど、衛兵らしき男二人に行く手を阻まれてやっと一人で走っている事に気付いた。
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