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⑩見えないからってそこに無い訳ではない-3

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「悪い、やり過ぎた」
「急にどうした――」
 俺は自分の格好を改めて見下ろして真っ青になった。
 どう見たってヤッた後じゃねえかよっ!

「リッド、てめぇ――」
「本当に悪かった。反省しているから着替えて来てくれ」
「……チッ!」
 俺は思い切り舌を鳴らしてから着替えを持って風呂場に駆け込んだ。
 この世界に家庭用の風呂が普及していて本当に良かったぜ。

(こっちは……このままじゃ治まりそうにねえな)
 可哀想にリッドに貶されて放置された俺の息子はそれでも芯を失っていない。
 俺は手早く解放してから全てを水に流した。
 言っておくけど、リッドの悪ふざけは水に流してやらないからな?
 俺に分からせる為だったとしても、流石にこれはやり過ぎだ。

(さてどんな報復をしてやろう?)
 そう思いつつも、俺はこの家を出て行くという選択肢は全く考えていない事に気付いてなかった。
 あれだけの事をされても出て行ってやろうなんて微塵も思っていないのだった。
 そして――。


「反省したか?」
 俺はリッドに三日ぶりに声を掛けてやり、存在を無視するという罰に少しは効果があったかと聞いた。

「した。したから俺を見えないフリなんてしないでくれ」
 捨て犬のような目で見られて俺は噴き出しそうになったのを寸でで堪えた。
 肉食獣みたいに光っていなければ金色の瞳もなかなか可愛い。
 けれど俺が優位だったのはそこまでで、三日も無視されてすっかり拗ねてしまったリッドはリッドに優しくしてやらないと、あの時に見てしまった可愛らしいモノを忘れてやらないと言い出しやがった。

「てめ、俺を脅す気か!」
「反省した褒美でもいい」
 こいつは本当に図々しいな、と思いつつどれだけ声を掛けられても完璧に黙殺した俺の所業もちょっと酷かったと思うのでここは折れてやる事にした。

「優しくって、どうしたらいいんだ?」
「ユウからキスをしてくれ」
 俺からキス。
 こいつは本当に図々しい。

「屈んで目を閉じろ」
 俺はリッドに膝を付かせ、強過ぎる視線を瞑って貰う事で遮ってその顔をまじまじと見た。
 意外と整ってるんだよな。
 どうしても強面のイメージが強いが、少しだけ垂れ下がった目尻も笑うと皴の寄る口元も良く見れば愛嬌があるし長い睫毛は色っぽかった。
 鼻もスッと通っているし唇の形もいい。
 金も地位も持ってるんだから、俺なんかにちょっかいを出さなくても幾らでも女が寄って来るだろうに。
 変わった奴だよな。
 そう思っていたらいつまでもアクションがない事に焦れたのか、リッドが口を尖らせてまだかと言って来た。
 俺はその待ちきれない様子がちょっと可愛くなって、唇の端に口を押し当ててからスーッと横になぞった。
 何度も輪郭を唇でなぞっていたら焦れったくなったのか、口をグワッと開けて噛み付いてきやがった。

「ンッ……」
 口腔内を舐られながら、俺は見えない事と見られない事のどっちが辛いだろうかと考えた。

「ユウト、考え事か?」
「怒んなよ。ちょっとあんたに見て貰えないのは寂しいなって思ってた」
「……煽るな。久し振りで抑えが利かない」
「抑えろよ。獣じゃないんだから」
「無理だ」
 あっさりと理性を放棄したリッドに悪態を吐いてから目を閉じて口付けに集中する。
 見て貰えないのは寂しいけれど、俺を目にした時のリッドのあの面が見れなくなる方が辛いなと思った。

「やっぱり、あんたの姿を見られない方がつまんない」
「だから煽るなっ!」
 ガーッと牙を剥かれて俺は笑った。
 最初は図体が怖くてそれを隠す為にかニヤニヤしてるだけの男だったけれど、今は慌てたり拗ねたり柔らかくほほ笑む顔を知っている。
 鬼みたいに強い癖に、意外と可愛い所があるのも知った。

「リッド、やっぱり俺は優しくするよりされる方がいい」
「ユウ、お前こそ抑える気が無いな?」
「うん。だってリッドの事を信用してるからな」
「……狡い奴だ」
 溜め息を吐いたリッドに腹いせのように噛み付かれて俺は悲鳴をあげた。

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