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⑨人をダメにするアレは冒険者もダメにする-1

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 魔法でも掛かっているのか、恐ろしく寝心地の好いベッドでスッと花が開くように目を覚ました。
 頬を擽る柔らかな毛布が気持ち良く、シーツもサラサラで良い匂いがする。
 寝具にはうるさい俺をここまで満足させるなんて、リッドは天才なのか?
 これで目覚めの一杯モーニングコーヒーでも出てきたら最高なんだけど……。
 そんな都合の良い事を考えていたらキッチンの方から胃がキューッとなるようなスパイシーな肉の焼ける匂いがしてきて、朝から肉かよでも食べたい誰が作ってんだ? って思いながら顔を出したら鉄鍋を持ったリッドが振り返った。

「よう、朝飯は直ぐに食えるか?」
「問題ない。あ、顔だけ洗ってくる」
 俺はパタパタと草鞋を鳴らしながら洗面所へ行き、いつも通りだったなと思った。
 そして冷たい水で顔を洗いながら、昨日のアレはアルコールと襲われた興奮と助かって気が抜けた反動からきたもので平静ではなかったんだ、リッドもそう思ってくれたなら良かったと思った。
 でも勿論そんな筈はなかった。リッドはいつも通りの乱雑な態度のまま、けれど俺に触れる時だけはそうっと触れるようになった。
 あのデカい手のひらで柔らかく頬を包まれると俺は安心感に何も言えなくなってしまう。
 頬骨の辺りを指で擦られるだけでドキリとして、目を瞑ってしまう。

「口も食っていいのか?」
「んな訳ねぇだろ。俺の口はスナックじゃねーんだよっ。気軽に摘まむな」
「そうか。旨そうなのにな」
 残念だ、と笑うリッドの顔はイヤになるくらい男臭い。
 きっとこいつならアマゾネスのお姉さん達もキャーキャー言うのだろう。雄として嫉妬してしまう。

(そうだ、羨ましいんであって、俺は見惚れてる訳じゃない)
 俺は平静を装いつつリッドにこの後の予定を聞いた。

「ギルマスに断ってお前の荷物を引き揚げる」
「おい、まだ同居するとは言ってないぞ」
「しないのか?」
「う……」
 ずいっと顔を近付けられて俺は寝心地の好い寝床を思う。
 吃驚するくらい良く眠れたあのベッドと寝具は惜しい。

「あのベッドは特注品だったりするのか?」
「まあな」
「売っているところを教えろ」
「教えない。あれが気に入ったなら、ここに住めばいい」
 澄ました顔でそう言うのが小憎らしい。昨日は一緒にいてくれって頼んできた癖に。

「ここに住んだら毎日お前と飯を食えんの?」
「依頼がなければ」
「あんた、A級だもんなぁ」
 A級にはどうしても避けられない指名依頼というものがあって、長期に渡る難しい依頼を振られやすい。
 安眠できるベッドがあって、誰かと飯を食えるならもう転がり込んでも良いかなって思ったんだけど。

「依頼がない時は俺が飯を作ってやる」
「それってあんたに得する事はあるの?」
「得する? 良くわからんが一人でも飯は作るし、俺もどうせなら一人よりは二人の方が良い」
 またフワリと笑った。いつものニヤニヤ笑いじゃない、柔らかな笑みだ。
 俺は戸惑いつつも何でもない顔を装ってサラリと頷く。

「あんたがそれでいいならいい。家賃と食費は払うから」
「わかった。他に必要なものはあるか?」
「ん~、取り敢えずクッションか座布団が欲しい。なんなら作るから材料を買いたい」
「座布団?」
 リッドが不思議そうに首を傾げる。
 こっちにも小さめのクッションならあるけど、椅子の背宛てとか飾り的な役割だから余り実用的ではない。
 床に座る生活が一般的だった日本人としては、座布団やでっかいクッションにゴロリと横になりたい。
 なんならごろ寝クッションや人をダメにするアレを作りたいくらいだ。

「お前の言ってるのが布団のようなものなら、寝具屋に行けば分けて貰えるんじゃないか? それか魔物の素材で適したものもありそうだが」
「魔物の素材?」
 座布団の材料になる素材ってどんなんだよ、と興味が湧く。
 俺は早速ギルドに向かい、昨日の事を報告ついでにギルマスに訊いてみた。
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