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第二部

⑤宣戦布告

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 その日ケンヂは店に訪ねて来た葵とオーナーのテーブルに付かされた。
 葵に女装した姿を見られる事は何とも思わなかったが、仲間と一緒にいるところを見られるのは何となくきまりが悪かった。しかも自分はその内の複数人と寝ている。

「葵さん、アタシとは外で逢えばいいのに……」
「だって速水が髪を切ってくれたから、お前に見せようと思ったんだ」
「……オーナーが? もちろん、とっても、可愛いけど……」

 速水に対する口調の変わった葵にヒヤリとするものを感じながらケンヂはオーナーを窺った。
 相変わらず男前のオーナーは実に意地悪そうな表情でケンヂを見ていた。

(ああ、いやだいやだ。あの顔はきっとろくでもない事を考えているわ。アタシだって少しは学習したんですからね)

 気を張った様子で睨んできたケンヂに速水がにこやかに告げた。

「今日は君達も少し息抜きをしたらいい。ほら、アンコとノリ、ついでに三崎もテーブルに呼びなさいよ」
「じょっ――」

 冗談じゃない、と断ろうとしたのだがその前に本人達が押しかけて来た。

「キャーッ、オーナーったら太っ腹ぁ」
「ねぇねぇ、この綺麗なお兄さんを紹介してぇ~」

 アンコとノリが葵にべったりと引っ付いてきた。それを見て速水が呆れる。

「何を言ってるんだい? 睦月には皆も既に会っているじゃないか」
「「…………は?」」

 唖然とするアンコとノリに速水が苦笑した。

「少し髪型が変わったくらいで人の顔が分からなくなるようじゃ、プロのホステスとは言えないね」
「「ちょっとじゃねえ!」」

 二人の息の揃った突っ込みが入ったがそれも当然だった。
 髪をさっぱりと切られ、髭も綺麗に当たり、速水に用意されたシンプル且つ上等な服を着せられた葵は見違えるように美しく変身していたのだ。
 目を瞠る二人に速水がにこやかな笑みを浮かべたまま釘を刺した。

「ああ、君達は俺の大事な友達に近付いちゃ駄目だよ?」
「「友達?」」

 およそ速水には不似合いな単語に二人が新種のカエルでも見たような顔をした。

「俺はこれから睦月と二人で長い友情を育んでいくんだからね。邪魔をしたら怒ってしまうよ?」

 脅しを正確に汲み取って二人が震え上がる。
 葵には手出し無用。ちょっかいを掛けても味見してもダメ。誘惑したらきっと死ぬより酷い目に遭わされる。
 そんな風に賢くも身の処し方を決意したアンコ達と違い、ケンヂは真っ向から立ち塞がらなくてはいけない。だって邪魔をすると決めたのだ。

「オーナー。アタシが葵先輩の古い友達だって忘れないでね」
「勿論忘れていないよ。ただ君は友達が多いだろう? 僕達に構っている暇はないんじゃないの?」
「このっ……!」

 二人の間でカーン…と闘いのゴングが鳴った気がした。
 葵は暢気にも仲が好いのだな、と二人のやり取りを鷹揚な態度で眺めているが周りは気が気ではない。
 そこに三崎が酒を持って現れた。何も言わずにテーブルに置かれたコルドンブルーに葵の目が釘付けになる。

「ロックで飲んでも美味しいんですよ」

 三崎の言葉に葵が嬉しそうににこりと笑い、それを見た三崎がポッと頬を染めた。
 その様子を速水と牽制し合いつつも横目でしっかりと捉えていたケンヂが密かに拗ねた。

(それは先輩は綺麗だけど、可愛いけどねっ! でも面白くないっ!)

 そんなケンヂの思いに気付かずに、葵が珍しく自分から話し掛けた。

「コルドンブルーは菫の花の香りだと聞いた事がある。いつか飲んでみたいと思っていたんだ」

 そう言って瞳をキラキラと輝かせる葵の姿に見惚れる速水に、三崎は良いですよねと笑みを見せた。

「え、何が?」
「封を切っても良いですよね?」

 コルドンブルーは品薄ということもあり、店で飲むとそれなりに高価だった。しかし速水に躊躇いはない。

「勿論、睦月には一番良いものを出してあげて」
「畏まりました」

 三崎はここぞとばかりに高い酒を次々と出し、この日だけで先月の売り上げの半分を超えたのだった。

 ***

「睦月、そんなに飲んで大丈夫かい?」

 心配する速水に葵はケロリとした顔で何がと聞き返した。

「何がって、他の三人は酔い潰れたのにまだ飲み続けるから」
「お前だって飲んでるじゃないか」
「僕は笊って奴で、幾ら飲んでも酔わない」
「ボクもだよ」

  葵の言葉に速水が意外そうに眉を上げる。

「君はうちに来てから全く飲まないから、てっきり飲めないのかと思っていた」

  速水の言葉に葵は肩を竦めて応える。

「酒を飲む暇があるなら研究をしたい。でもそれ自体は嫌いじゃない」
「ならばこれからも時々――」
「駄目だ。お前と飲むのは楽し過ぎる」
「っ!」

 速水は心臓が止まるかと思った。
 だが、続く言葉でなんとも言えない気持ちになった。

「まるで自分が “普通” になれたと錯覚してしまう」

 葵の切ない表情は美しく、けれども周りを頑なに拒んでいるようにも見えるのだった。
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