上 下
1 / 3

プロローグ

しおりを挟む
「ああ、やだなあ……」

 情けないほど震えた声が、俺しかいない部屋に虚しく響く。つい力を籠めてしまって、グシャリと、ひとり暮らし用の物件資料が歪んだ。にわかに、説明を受けた時までは確かに感じていたはずの魅力が、めっきりと精彩を失ったように感じた。

 大学生になって地元を出た俺は、同じ大学に進学することになった親友とシェアハウスして、家賃を折半することで、それなりにいい条件のマンションに住んでいる。

 立地も良く、最寄り駅も繁華街も近いが治安が荒れているわけでもない、コンビニがすぐ近くにあり、大学には徒歩5分で行ける、これ以上ないほど好条件の物件。

 しかし、俺はそんな勿体ないほどのところに住んでおきながら、このシェアハウスに限界を感じていた。

 理由は簡単。俺は、シェアハウスしている親友に片想いなんかしているのだ。なおかつ、それは墓場まで持っていこうと思っている秘密。後ろ暗さは折り紙付きの隠し事だろう。

 その上、大学に入ってから、輪をかけてモテ始めた親友に、遂にカップル当確の女性が現れたらしいのだ。それも、去年のミスコンでグランプリを獲った文句なしの高嶺の花を射止めたのだと。

 大学で出来た友達に飲みに誘われると、専らその話で何か知ってることはないかと、うんざりするほど問いただされた。もはやコミュニティでは公然の事実なのだろう。いい加減、何も知らないと繰り返すのも飽き飽きしている。

 大好きなやつに彼女が出来るのだ。8年弱の付き合いがある親友として、盛大に祝福して、邪魔にならないように適切な距離を取るべきだ。やましい思いを抱えながら、彼女もちの男と共同生活するなんて、不純極まりない。

 何より、このままずるずるとシェアハウスを続けて、親友の生活に彼女の存在が食い込むのを目の当たりにしたくない。

 恋愛感情を自覚してから6年以上、みるみる恋心を拗らせ続けた俺のことだ、きっと、そう間もなく発狂してしまうことだろう。その時に自分が何をしでかすか分からないのだ。

 間違っても、アイツに迷惑をかけるわけにはいかない。本懐を果たせなくとも、親友として、出来る限りアイツの人生に存在していたいのだ。

 本人の口から、カップル成立を知らされた日が、シェアハウス解消の瞬間だ。それまでに、いつでも引っ越しできるよう、備えを万全にしておかなければ。

 ああ、まさか、こんなに拗らせる事になろうとは。

 だって、仕方ないじゃないか。誰も気づいていなかった時から、俺は親友の魅力を知っていたのに。今だって、誰よりもアイツのことを理解してる自信がある。

 ルックスとスペックで、今更アイツに目をつけたような節穴に、負けが決まり切ってるなんて、ああ、これほど悔しいことはない。

 まあでも、仕方ない。俺のアドバンテージなんて、それくらいなのだから。

 ルックスもスペックも、性格も品性もカリスマも、アイツには遠く及ばない。つり合いなんて取れるはずが無いし、そもそも俺はアイツと同性の男なのだから、土俵にすら上がれないなんて体たらく。

 親友でいられるだけで、十分だ。満足するべきなのだ。

 それなのに、物分かりの悪い涙腺が、何度目か分からない涙をボロボロと零してやまない。

 ああ、惨めだ。みっともない。いやだ。馬鹿みたいだ。

「やだよ、マジで……っ」

 この期に及んで、まだも諦めきれない、往生際の悪い自分が、本当に、嫌で嫌でたまらなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伸ばしたこの手を掴むのは〜愛されない俺は番の道具〜

にゃーつ
BL
大きなお屋敷の蔵の中。 そこが俺の全て。 聞こえてくる子供の声、楽しそうな家族の音。 そんな音を聞きながら、今日も一日中をこのベッドの上で過ごすんだろう。 11年前、進路の決まっていなかった俺はこの柊家本家の長男である柊結弦さんから縁談の話が来た。由緒正しい家からの縁談に驚いたが、俺が18年を過ごした児童養護施設ひまわり園への寄付の話もあったので高校卒業してすぐに柊さんの家へと足を踏み入れた。 だが実際は縁談なんて話は嘘で、不妊の奥さんの代わりに子どもを産むためにΩである俺が連れてこられたのだった。 逃げないように番契約をされ、3人の子供を産んだ俺は番欠乏で1人で起き上がることもできなくなっていた。そんなある日、見たこともない人が蔵を訪ねてきた。 彼は、柊さんの弟だという。俺をここから救い出したいとそう言ってくれたが俺は・・・・・・

ブチ切れ公爵令嬢

Ryo-k
恋愛
突然の婚約破棄宣言に、公爵令嬢アレクサンドラ・ベルナールは、画面の限界に達した。 「うっさいな!! 少し黙れ! アホ王子!」 ※完結まで執筆済み

完結・私と王太子の婚約を知った元婚約者が王太子との婚約発表前日にやって来て『俺の気を引きたいのは分かるがやりすぎだ!』と復縁を迫ってきた

まほりろ
恋愛
元婚約者は男爵令嬢のフリーダ・ザックスと浮気をしていた。 その上、 「お前がフリーダをいじめているのは分かっている! お前が俺に惚れているのは分かるが、いくら俺に相手にされないからといって、か弱いフリーダをいじめるなんて最低だ! お前のような非道な女との婚約は破棄する!」 私に冤罪をかけ、私との婚約を破棄すると言ってきた。 両家での話し合いの結果、「婚約破棄」ではなく双方合意のもとでの「婚約解消」という形になった。 それから半年後、私は幼馴染の王太子と再会し恋に落ちた。 私と王太子の婚約を世間に公表する前日、元婚約者が我が家に押しかけて来て、 「俺の気を引きたいのは分かるがこれはやりすぎだ!」 「俺は充分嫉妬したぞ。もういいだろう? 愛人ではなく正妻にしてやるから俺のところに戻ってこい!」 と言って復縁を迫ってきた。 この身の程をわきまえない勘違いナルシストを、どうやって黙らせようかしら? ※ざまぁ有り ※ハッピーエンド ※他サイトにも投稿してます。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 小説家になろうで、日間総合3位になった作品です。 小説家になろう版のタイトルとは、少し違います。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

婚約破棄される悪役令嬢ですが実はワタクシ…男なんだわ

秋空花林
BL
「ヴィラトリア嬢、僕はこの場で君との婚約破棄を宣言する!」  ワタクシ、フラれてしまいました。  でも、これで良かったのです。  どのみち、結婚は無理でしたもの。  だってー。  実はワタクシ…男なんだわ。  だからオレは逃げ出した。  貴族令嬢の名を捨てて、1人の平民の男として生きると決めた。  なのにー。 「ずっと、君の事が好きだったんだ」  数年後。何故かオレは元婚約者に執着され、溺愛されていた…!?  この物語は、乙女ゲームの不憫な悪役令嬢(男)が元婚約者(もちろん男)に一途に追いかけられ、最後に幸せになる物語です。  幼少期からスタートするので、R 18まで長めです。

私のことなど、ご放念くださいませ!

風見ゆうみ
恋愛
私の住む世界では、貴族は犬を飼うことが当たり前で、賢い犬がいる家に一目置くというしきたりがある。 幼い頃から犬と念話ができる私は、どんな暴れ犬でも良い子になると、国内では評判が良かった。 伯爵位を持つ夫、ノウルと大型犬のリリと共に新婚生活を始めようとしていたある日、剣の腕を買われた夫が出兵することになった。 旅立つ日の朝、彼は私にこう言った。 「オレは浮気をする人は嫌いだ。寂しいからといって絶対に浮気はしないでほしい」 1年後、私の国は敗戦したが、ノウル様は無事に戻って来た。 でも、彼の横には公爵令嬢が立っていた。その公爵令嬢は勝利国の王太子の妻として捧げられる予定の人。でも、彼女のお腹の中にはノウル様との子供がいるのだと言う。 ノウルは公爵令嬢を愛人にし、私との結婚生活を続けると言う。王家は私にノウル様が公爵令嬢を身ごもらせた責任を取らせると言い出し、公爵令嬢の代わりに冷酷で有名な王太子の嫁にいけという。 良いわよ、行きますとも! 私がいなくなれば、困るのはあなたたちですけどね! ※R15は保険です。誤字脱字、気を付けているつもりですが、やはりございます。教えていただけますと幸いです。

婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します

Kouei
恋愛
夜の寝所で裸で抱き合う男女。 女性は従姉、男性は私の婚約者だった。 私は泣きながらその場を走り去った。 涙で歪んだ視界は、足元の階段に気づけなかった。 階段から転がり落ち、頭を強打した私は死んだ……はずだった。 けれど目が覚めた私は、過去に戻っていた! ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

処理中です...