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第三章 思い出すにしても、これは無いだろ!

第四十四話

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「ジル!! 俺の右腕を切り落としてくれ!!」

 バチッ、そんな、鋭い雷の音がした。痛みを感じる間もない、まさに光速の刃だった。きっと、俺が思い至るより先に、ジルラッドはこうすべきだと分かっていたのだろう。

 一挙に襲い掛かる、焼け付くような熱さ。チカチカと白く明滅する視界に眩暈を覚えながら、俺は歯を食いしばり、光魔法で止血を施す。ジルラッドが支えてくれていたから、何とか立っていられた。

 ジルラッドが息を呑む音が聞こえた。大丈夫だと目くばせをすれば、今にも泣きそうな顔で歯を食いしばっていた。俺よりも痛そうな顔をしているものだから、思わず笑ってしまった。

「アハ、聖なる御業を紡ぐ神の右手を……迷いが無いねぇ、君たち、もっ」

 さっきまで俺の右腕だった氷の肉塊が、俺たちの足元でキンと破裂し、飛散せんとする氷の棘がこちらに襲い掛かってくる。俺が身構えるよりも前に、ジルラッドの雷が俺たちの周囲を取り囲み、全てを弾き返してしまった。

「生きるって、覚悟決めたからな」

「あぁ、そう。でも、おあいにくさま。僕の計画は今日を以てご破算になったわけだし、ついでにその覚悟も僕が台無しにしてやるよ」

 大きく目を見開き、凶暴性を露わにしながらニタリと笑うミュルダール。おっさんの自暴自棄ってこんなに見苦しいんだな。

 ミュルおじ、若作りもほどほどにしといた方がいいぞ。

「いっけなーい、殺意殺意~☆」

 メギリ、そんな、橈骨の軋む音。何らかの魔力エネルギーによって、俺とジルラッドの身体同士が強く反発しあい、双方とも壁に叩きつけられる。一瞬息を忘れた俺の目の前に、すぐさま転移してきたミュルダールが、魔杖の先端に嵌った魔石を槍状に鋭く変形させながら、心臓めがけて真っ直ぐ振りかざした。

「ふざけんな、もう心の声は聞こえない筈だろ!!」

「聞こえなくても顔で分かるんだよクソガキが!! 死ねぇっ!!」

「おい!!!!!! ミュルおじ、後ろ、後ろォ!!」

 そう、彼の背後には、鬼すら裸足で逃げ出す形相で突撃してくるジルラッド。魔力の気配からして、ミュルダールは何も防御の用意をしていない。完全にお留守だ。

 いや、違う。コイツ、はなから防御などするつもりが無いのか……!

 カッ開いた瞳にはどこか恍惚めいた色が宿っている。ああ、死なば諸共ッてか。死ぬなら推しに殺されて死にたいって言うんだな!! いっそ清々しいまであるよ厄介害悪オタクが!!

 俺は歯を食いしばりながら、迫りくる魔杖の切っ先に、光魔法を漲らせた左手を突き出した。

 貫かれ、筋繊維が切り裂かれるそばから、魔杖を巻き込みつつ再生、辛うじて、その軌道を心臓から逸らしつつ、戸惑いに目を見開くジルラッドに一言ごめんと口パク。

 額からジットリと流れ落ちてきた脂汗が口の中に塩味を広げた。ジルラッドは多分、俺の身体に魔杖が突き刺さる前に、ミュルダールの心臓を剣で貫き、雷で焼き殺そうとしていたのだろう。

 俺はそれが分かっておきながら、敢えて魔杖に左手を突き出した。これで、ジルラッドは雷魔法を使えない。俺まで感電すると分かっていて、雷を放つことなんて、この子には出来ないから。

 吐き気を催すほどの激痛。傷つき、治癒し、その無限回の繰り返し……気を失ってしまった方がきっと楽だろう。込み上げるのが、内臓全体からくる震えなのか、過ぎた痛みに耐えかねた防衛機制からくる笑いなのか、俺にも分からない。

 カタカタと笑う俺を、ミュルダールはバケモノを見るような顔で睨み据えていた。

 その肩口に深く突き刺さったジルラッドの剣は、俺の背後の壁まで貫通しており、なおかつ微弱な雷でミュルダールの全身の筋肉を硬直させているらしい。

 このブラコンビサンドイッチからはそうやすやすと抜け出せないだろう。

「なあ、ミュルおじ」

「その、呼び方っ、や、めて、くれる、かい!?」

「頑張って声出して叫びたかったのがそれかよ……まあいいや、いいから聞け。俺がいるとジルは理想の王になれないってアンタは言ったな」

「だ、って……そう、だ、ろ……っ」

「ハァ……アンタ、見る目はあるけど、ジルのことなんも分かっちゃいねえのな。俺の弟をなめてんじゃねぇぞ。むしろ逆だ、逆。だろ?」

 全身が硬直してさえなければ、きっと今にも胸倉をつかみあげてくるだろう剣幕のミュルダールから目を逸らし、ジルラッドに目配せをする。綻ぶように、ほろりと目を細めて、ジルラッドは頷いた。

「ええ。兄上が、僕の傍で、かくあれと望んでくださるのなら、僕は何にだってなりましょう。兄上が傍にいてくだされば、不安などこれっぽちもありませんから」

 ミュルダールの顔から、そぎ落とされる表情。よし、この意気だ。にっちもさっちもいかないこの状況で、とことん解釈違いを味わってもらおう。俺もアンタも、ジルに散々手前勝手な願望を押し付けたもの同士だからな。

 ジルは俺の凝り固まった考えをゆっくり丁寧に解きほぐしてくれたが、俺はジルみたいに優しくないのだ。悪いな、ミュルおじ。手加減ナシでいくぜ。

「ジルは完璧で最強の主人公プリンスだから、アンタの言う理想の王になるのもお茶の子さいさいだろうさ。ただ、アンタのプロデュースだけじゃ、そこに至るのは無理。これは確実。だって、アンタはジルの意思を度外視してる。ジルのことをただ一人の人間として見ていない。ジルにだって自由意志があって、自己実現の欲求もあるのに、そこから目をそらして、手前の願望を投影してるだけだ」

 でも、それは、さっきまでの俺もそうだった。本当は、幸せになりたいって思っていたのに、ジルラッドが幸せになってくれるならそれでいいって、立ち向かうことを諦めていた。

 俺は、それがどんなに罪深いことか、誰よりも知っていた筈なのに。

「俺の母親は、俺のことを道具だとしか思ってなかったよ。王座に行儀よく座らせて、好きに操るための、謹製のお人形だって。アンタはあの母親ひとのこと滅茶苦茶嫌いだって言うが、言っとくけど、アンタのやろうとしてることと、あの母親ひとのやったこと、本質的には何にも変わらないからな」

 俺とあの母親ひとのこと、血族の恥だって言うんなら、同じ過ちは繰り返すなよ。
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