38 / 62
幕間 独白
三十八話
しおりを挟む
唯一、無条件に僕を愛してくれる父は、僕だけの父じゃなくて。
この国に住まう、数えきれないほどの人々を守り、慈しむことを、生まれながらに定められた存在で。
その上、父は、僕に、もう亡き愛した女性を見ていることを、どこか分かっていたから。
絶えず、心のどこかしらが、渇き、冷たく干割れているような想いを抱えていた。
僕の、家族というものへの強い憧れは、そんな、根源的な渇望からきているんだと思う。
だから、どんなに辛い思いをしても、どんなに冷たく、酷い仕打ちを受けても、もしかしたら、僕がもっともっと頑張って、立派な人間になって、王妃様と兄上に認めてもらえたなら、家族として扱ってもらえるんじゃないか、なんて、厚い雲の向こうの星みたいな希望に縋っていた。
同時、寄ってたかって僕に暴力を振るってくる兄上に、強い妬みが滲んだ目で睨み据えられるたびに、こうも思った。
どうして、あなたがそんな目で僕を見るのだろう。
あなたには、あなたを特別に愛してくれる王妃様がいるのに、僕が欲しくてたまらないものを持っているのに、どうしてそんな目で僕を睨むのだろう。
分からなかった。僕の何がダメなのか、僕の何がそんなに憎いのか。どうしたら、家族と認めてもらえるのか。
苦しくて、やるせなくて、情けなくて。
王妃様や兄上のことは、恐ろしかった。恐ろしかったからこそ、どこか、縋り付いていたような気がする。
でも、あるときから、兄上は豹変なさった。
あの、兄上から常に感じていた、毒針の筵のような眼差しが、にわかに消え去ったものだから、僕にはその変貌がよく分かったのだ。
もうその時の経緯はうろ覚えだけれど、バルコニーから中庭に突き落とされ、兄上の目の前で酷い怪我を負ったとき、それは確信になった。
兄上の持ち物を壊した僕を怒鳴りつけ、追い討ちをかけてくるのだと思っていた僕を、兄上は手当した上、光魔法で治癒までしてくださったのだ。
「家族ですから」
そんな、ずっとずっと、言いたくても言えなかった言葉が、その兄上には、驚くほどすんなりと言えた。
面食らってオロオロとしてはいたが、拒絶はされなかったから、本当に嬉しくてたまらなかったことをよく覚えている。
それから、僕は兄上の気配を感じるたび、すぐに飛んで行った。仲良くなれるかもしれないという、確信めいた予感に、ひたすら浮かれきっていたのだ。
当初は、やっぱり狼狽えて、やや逃げ腰だった兄上だが、まもなく、僕の付き纏いを受け入れてくれた。
それだけじゃなく、兄上は、僕をモデルにして絵を描いて、描き上がった作品を僕にプレゼントしてくれた。
何度も何度も、僕が兄上の目の前に現れれば、必ず。
兄上の惚れ惚れするほどの絵を眺めるだけで、それまでにないほどの力がみなぎって仕方がなかった。
型も構え方すらも教えてくれず、僕に模擬剣を適当に持たせ、模擬戦と銘打って一方的に打ち据えてくるだけの剣術指南役を、自己流で打ちのめせるようになるまで、そう時間は掛からなかった。
兄上は、僕の絵を描いてくれることで、僕に力を授けてくれているのかもしれないなんて思って。
それだけじゃない。兄上は、あれこれと理由をつけて食事を抜かれてばかりだった僕に、ご自分のために用意されたはずの食べ物を全て僕に食べさせてくれた。
剣術や魔法の鍛錬でできた傷は「絵のモデルの見た目を整えるため」だとか「練習台、練習台」なんて言いつつ、凄まじく魔力を消費するはずの光魔法を惜しみなく僕のために使ってくださった。
何も特別じゃないような顔で、僕にたくさんの特別をくださった兄上に、次第、僕は家族以上の感情をいだくようになっていった。
兄上といれば、これ以上ないくらいに、心が満たされた。兄上さえいれば、何も心配はないなんて思えるくらいに。
なんて、独りよがりなことだろうか。
大事なことには目もくれず、心配ないなんて思い上がって。
僕が日に日に健やかになっていくにつれ、反対に、兄上はひどくやつれていったのに。
そのことに違和感を覚えつつ、王妃様に特別に愛されている兄上なら大丈夫だろうなんて、自分の無知と無力に言い訳をして。
兄上が追い詰められていたことを知ったのは、何もかも手遅れになってからだった。
あんなに、兄上に、たくさんの特別をもらったのに。兄上だけが、僕に、惜しみない幸せをくれたのに。
兄上の祝福で、人間の手では傷一つつけられないほどに力を得ておきながら。
僕は、何もできなかった。何も、しなかった。
自死をはかり、昏睡に陥った兄上を目の当たりにして、自分の幸せが、兄上の姿をしているのだと思い知った時、僕は生き方を決めた。
兄上にもらった力は、すべて、兄上のために。
そうでなければ、自分が幸せになることなど、ありえない、と。
この国に住まう、数えきれないほどの人々を守り、慈しむことを、生まれながらに定められた存在で。
その上、父は、僕に、もう亡き愛した女性を見ていることを、どこか分かっていたから。
絶えず、心のどこかしらが、渇き、冷たく干割れているような想いを抱えていた。
僕の、家族というものへの強い憧れは、そんな、根源的な渇望からきているんだと思う。
だから、どんなに辛い思いをしても、どんなに冷たく、酷い仕打ちを受けても、もしかしたら、僕がもっともっと頑張って、立派な人間になって、王妃様と兄上に認めてもらえたなら、家族として扱ってもらえるんじゃないか、なんて、厚い雲の向こうの星みたいな希望に縋っていた。
同時、寄ってたかって僕に暴力を振るってくる兄上に、強い妬みが滲んだ目で睨み据えられるたびに、こうも思った。
どうして、あなたがそんな目で僕を見るのだろう。
あなたには、あなたを特別に愛してくれる王妃様がいるのに、僕が欲しくてたまらないものを持っているのに、どうしてそんな目で僕を睨むのだろう。
分からなかった。僕の何がダメなのか、僕の何がそんなに憎いのか。どうしたら、家族と認めてもらえるのか。
苦しくて、やるせなくて、情けなくて。
王妃様や兄上のことは、恐ろしかった。恐ろしかったからこそ、どこか、縋り付いていたような気がする。
でも、あるときから、兄上は豹変なさった。
あの、兄上から常に感じていた、毒針の筵のような眼差しが、にわかに消え去ったものだから、僕にはその変貌がよく分かったのだ。
もうその時の経緯はうろ覚えだけれど、バルコニーから中庭に突き落とされ、兄上の目の前で酷い怪我を負ったとき、それは確信になった。
兄上の持ち物を壊した僕を怒鳴りつけ、追い討ちをかけてくるのだと思っていた僕を、兄上は手当した上、光魔法で治癒までしてくださったのだ。
「家族ですから」
そんな、ずっとずっと、言いたくても言えなかった言葉が、その兄上には、驚くほどすんなりと言えた。
面食らってオロオロとしてはいたが、拒絶はされなかったから、本当に嬉しくてたまらなかったことをよく覚えている。
それから、僕は兄上の気配を感じるたび、すぐに飛んで行った。仲良くなれるかもしれないという、確信めいた予感に、ひたすら浮かれきっていたのだ。
当初は、やっぱり狼狽えて、やや逃げ腰だった兄上だが、まもなく、僕の付き纏いを受け入れてくれた。
それだけじゃなく、兄上は、僕をモデルにして絵を描いて、描き上がった作品を僕にプレゼントしてくれた。
何度も何度も、僕が兄上の目の前に現れれば、必ず。
兄上の惚れ惚れするほどの絵を眺めるだけで、それまでにないほどの力がみなぎって仕方がなかった。
型も構え方すらも教えてくれず、僕に模擬剣を適当に持たせ、模擬戦と銘打って一方的に打ち据えてくるだけの剣術指南役を、自己流で打ちのめせるようになるまで、そう時間は掛からなかった。
兄上は、僕の絵を描いてくれることで、僕に力を授けてくれているのかもしれないなんて思って。
それだけじゃない。兄上は、あれこれと理由をつけて食事を抜かれてばかりだった僕に、ご自分のために用意されたはずの食べ物を全て僕に食べさせてくれた。
剣術や魔法の鍛錬でできた傷は「絵のモデルの見た目を整えるため」だとか「練習台、練習台」なんて言いつつ、凄まじく魔力を消費するはずの光魔法を惜しみなく僕のために使ってくださった。
何も特別じゃないような顔で、僕にたくさんの特別をくださった兄上に、次第、僕は家族以上の感情をいだくようになっていった。
兄上といれば、これ以上ないくらいに、心が満たされた。兄上さえいれば、何も心配はないなんて思えるくらいに。
なんて、独りよがりなことだろうか。
大事なことには目もくれず、心配ないなんて思い上がって。
僕が日に日に健やかになっていくにつれ、反対に、兄上はひどくやつれていったのに。
そのことに違和感を覚えつつ、王妃様に特別に愛されている兄上なら大丈夫だろうなんて、自分の無知と無力に言い訳をして。
兄上が追い詰められていたことを知ったのは、何もかも手遅れになってからだった。
あんなに、兄上に、たくさんの特別をもらったのに。兄上だけが、僕に、惜しみない幸せをくれたのに。
兄上の祝福で、人間の手では傷一つつけられないほどに力を得ておきながら。
僕は、何もできなかった。何も、しなかった。
自死をはかり、昏睡に陥った兄上を目の当たりにして、自分の幸せが、兄上の姿をしているのだと思い知った時、僕は生き方を決めた。
兄上にもらった力は、すべて、兄上のために。
そうでなければ、自分が幸せになることなど、ありえない、と。
121
お気に入りに追加
1,816
あなたにおすすめの小説
【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話
みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。
前話
【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話
https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801
ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで
よくある婚約破棄なので
おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。
その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。
言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。
「よくある婚約破棄なので」
・すれ違う二人をめぐる短い話
・前編は各自の証言になります
・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド
・全25話完結
事故つがいの夫は僕を愛さない ~15歳で番になった、オメガとアルファのすれちがい婚~【本編完結】
カミヤルイ
BL
2023.9.19~完結一日目までBL1位、全ジャンル内でも20位以内継続、ありがとうございました!
美形アルファと平凡オメガのすれ違い結婚生活
(登場人物)
高梨天音:オメガ性の20歳。15歳の時、電車内で初めてのヒートを起こした。
高梨理人:アルファ性の20歳。天音の憧れの同級生だったが、天音のヒートに抗えずに番となってしまい、罪悪感と責任感から結婚を申し出た。
(あらすじ)*自己設定ありオメガバース
「事故番を対象とした番解消の投与薬がいよいよ完成しました」
ある朝流れたニュースに、オメガの天音の番で、夫でもあるアルファの理人は釘付けになった。
天音は理人が薬を欲しいのではと不安になる。二人は五年前、天音の突発的なヒートにより番となった事故番だからだ。
理人は夫として誠実で優しいが、番になってからの五年間、一度も愛を囁いてくれたこともなければ、発情期以外の性交は無く寝室も別。さらにはキスも、顔を見ながらの性交もしてくれたことがない。
天音は理人が罪悪感だけで結婚してくれたと思っており、嫌われたくないと苦手な家事も頑張ってきた。どうか理人が薬のことを考えないでいてくれるようにと願う。最近は理人の帰りが遅く、ますます距離ができているからなおさらだった。
しかしその夜、別のオメガの匂いを纏わりつけて帰宅した理人に乱暴に抱かれ、翌日には理人が他のオメガと抱き合ってキスする場面を見てしまう。天音ははっきりと感じた、彼は理人の「運命の番」だと。
ショックを受けた天音だが、理人の為には別れるしかないと考え、番解消薬について調べることにするが……。
表紙は天宮叶さん@amamiyakyo0217
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
料理がしたいので、騎士団の任命を受けます!
ハルノ
ファンタジー
過労死した主人公が、異世界に飛ばされてしまいました
。ここは天国か、地獄か。メイド長・ジェミニが丁寧にもてなしてくれたけれども、どうも味覚に違いがあるようです。異世界に飛ばされたとわかり、屋敷の主、領主の元でこの世界のマナーを学びます。
令嬢はお菓子作りを趣味とすると知り、キッチンを借りた女性。元々好きだった料理のスキルを活用して、ジェミニも領主も、料理のおいしさに目覚めました。
そのスキルを生かしたいと、いろいろなことがあってから騎士団の料理係に就職。
ひとり暮らしではなかなか作ることのなかった料理も、大人数の料理を作ることと、満足そうに食べる青年たちの姿に生きがいを感じる日々を送る話。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」を使用しています。
所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!
ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。
幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。
婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。
王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。
しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。
貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。
遠回しに二人を注意するも‥
「所詮あなたは他人だもの!」
「部外者がしゃしゃりでるな!」
十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。
「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」
関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが…
一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。
なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…
【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない
かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が
シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。
女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。
設定ゆるいです。
出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。
ちょいR18には※を付けます。
本番R18には☆つけます。
※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。
苦手な方はお戻りください。
基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる