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幕間 独白

三十八話

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 唯一、無条件に僕を愛してくれる父は、僕だけの父じゃなくて。

 この国に住まう、数えきれないほどの人々を守り、慈しむことを、生まれながらに定められた存在で。

 その上、父は、僕に、もう亡き愛した女性を見ていることを、どこか分かっていたから。

 絶えず、心のどこかしらが、渇き、冷たく干割れているような想いを抱えていた。

 僕の、家族というものへの強い憧れは、そんな、根源的な渇望からきているんだと思う。

 だから、どんなに辛い思いをしても、どんなに冷たく、酷い仕打ちを受けても、もしかしたら、僕がもっともっと頑張って、立派な人間になって、王妃様と兄上に認めてもらえたなら、家族として扱ってもらえるんじゃないか、なんて、厚い雲の向こうの星みたいな希望に縋っていた。

 同時、寄ってたかって僕に暴力を振るってくる兄上に、強い妬みが滲んだ目で睨み据えられるたびに、こうも思った。

 どうして、あなたがそんな目で僕を見るのだろう。

 あなたには、あなたを特別に愛してくれる王妃様ははおやがいるのに、僕が欲しくてたまらないものを持っているのに、どうしてそんな目で僕を睨むのだろう。

 分からなかった。僕の何がダメなのか、僕の何がそんなに憎いのか。どうしたら、家族と認めてもらえるのか。

 苦しくて、やるせなくて、情けなくて。

 王妃様や兄上のことは、恐ろしかった。恐ろしかったからこそ、どこか、縋り付いていたような気がする。

 でも、あるときから、兄上は豹変なさった。

 あの、兄上から常に感じていた、毒針の筵のような眼差しが、にわかに消え去ったものだから、僕にはその変貌がよく分かったのだ。

 もうその時の経緯はうろ覚えだけれど、バルコニーから中庭に突き落とされ、兄上の目の前で酷い怪我を負ったとき、それは確信になった。

 兄上の持ち物を壊した僕を怒鳴りつけ、追い討ちをかけてくるのだと思っていた僕を、兄上は手当した上、光魔法で治癒までしてくださったのだ。

「家族ですから」

 そんな、ずっとずっと、言いたくても言えなかった言葉が、その兄上には、驚くほどすんなりと言えた。

 面食らってオロオロとしてはいたが、拒絶はされなかったから、本当に嬉しくてたまらなかったことをよく覚えている。

 それから、僕は兄上の気配を感じるたび、すぐに飛んで行った。仲良くなれるかもしれないという、確信めいた予感に、ひたすら浮かれきっていたのだ。

 当初は、やっぱり狼狽えて、やや逃げ腰だった兄上だが、まもなく、僕の付き纏いを受け入れてくれた。

 それだけじゃなく、兄上は、僕をモデルにして絵を描いて、描き上がった作品を僕にプレゼントしてくれた。

 何度も何度も、僕が兄上の目の前に現れれば、必ず。

 兄上の惚れ惚れするほどの絵を眺めるだけで、それまでにないほどの力がみなぎって仕方がなかった。

 型も構え方すらも教えてくれず、僕に模擬剣を適当に持たせ、模擬戦と銘打って一方的に打ち据えてくるだけの剣術指南役を、自己流で打ちのめせるようになるまで、そう時間は掛からなかった。

 兄上は、僕の絵を描いてくれることで、僕に力を授けてくれているのかもしれないなんて思って。

 それだけじゃない。兄上は、あれこれと理由をつけて食事を抜かれてばかりだった僕に、ご自分のために用意されたはずの食べ物を全て僕に食べさせてくれた。

 剣術や魔法の鍛錬でできた傷は「絵のモデルの見た目を整えるため」だとか「練習台、練習台」なんて言いつつ、凄まじく魔力を消費するはずの光魔法を惜しみなく僕のために使ってくださった。

 何も特別じゃないような顔で、僕にたくさんの特別をくださった兄上に、次第、僕は家族以上の感情をいだくようになっていった。

 兄上といれば、これ以上ないくらいに、心が満たされた。兄上さえいれば、何も心配はないなんて思えるくらいに。

 なんて、独りよがりなことだろうか。

 大事なことには目もくれず、心配ないなんて思い上がって。

 僕が日に日に健やかになっていくにつれ、反対に、兄上はひどくやつれていったのに。

 そのことに違和感を覚えつつ、王妃様に特別に愛されている兄上なら大丈夫だろうなんて、自分の無知と無力に言い訳をして。

 兄上が追い詰められていたことを知ったのは、何もかも手遅れになってからだった。

 あんなに、兄上に、たくさんの特別をもらったのに。兄上だけが、僕に、惜しみない幸せをくれたのに。

 兄上の祝福で、人間の手では傷一つつけられないほどに力を得ておきながら。

 僕は、何もできなかった。何も、しなかった。

 自死をはかり、昏睡に陥った兄上を目の当たりにして、自分の幸せが、兄上の姿をしているのだと思い知った時、僕は生き方を決めた。

 兄上にもらった力は、すべて、兄上のために。

 そうでなければ、自分が幸せになることなど、ありえない、と。
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