上 下
20 / 62
第一章 死ぬにしたって、これは無いだろ!

第二十話

しおりを挟む
 ミュルダールは、空間の真ん中にぽつりと置かれた無機質なデスクに行儀悪く腰掛け、デスクの上にあった一冊を、俺に見えるように揺らしながら掲げる。

 俺がこんな痣を付けられるきっかけになったらしい、あの日記帳だ。

 俺に詳しい魔術の知識なんて無いから、ジルラッド氏の言っていることは理解できなかったけれど。

 この日記帳を手に取ってしまったおかげで、俺は今こんな場所に拉致監禁されているらしい。

「この日記帳にたどり着いた君の野生の勘はあながち間違いではないよ。ただの日記帳に見えるが、これは、『リラの箱庭』という名の魔道具だ。自死を図る前、聖ベルラッドはこの魔道具を、学園に在籍していた2年にかけて作成し、完成したものを弟君に託して、学園の寮舎の最上階から身を投げた」

「リラの、箱庭……」

 そう言えば、小説にそんな魔道具の存在があったような……? 

 辺境でたまたま見つけたリラの箱庭のおかげで、碌に魔術の指南を受けていなかった小説のジルラッド氏でも、魔術の腕を磨くことが出来たんじゃなかったっけ。

「そう、有体に言えば、記憶を頭の中から移植し、保存するための魔道具だね。一度書き込んだ記憶は頭の中から消えるが、表紙を開けば、任意の記憶を追体験することが出来る。死期を悟った魔術師が、後世に自身の紡いだ研究を残すために作られたんだ。魔術師御用達の遺書みたいなものだよね」

「遺書、か……」

「うん。ただ、おとなしく自身の死期を悟り、受け入れて、そんなエンディングノートを遺す余裕のある魔術師は少ない。開発されたはいいものの、多くには知られないまま、古い文献にしか明記のないマイナー魔道具の仲間入りを果たしたんだな。しかし、マイナーだからこそ、この魔道具の落とし穴に誰も気づけなかった。聖者が自身の記憶の喪失を惜しむあまり、これに縋るまではね」

「落とし穴って……」

「任意の記憶に対し、術者の思い入れが強ければ強いほど、移植は至難を極める。記憶とは、脳内だけに保存されるものではない。肉体、細胞、遺伝子、そして……魂。特に、術者の根幹にかかわる記憶は、魂の記憶容量にすらも及ぶらしい。だから、それを引きはがすとなると、記憶に魂の欠片が付随してしまう。その欠片の行方は言わずもがなだね」

 つまり、その日記帳には、ベルラッドの記憶だけじゃなく、ベルラッドの魂の一部が収められているってことなのか……?

「一部どころじゃないね。僕はこれを開いたことは無いが、彼……ジルラッド王太子殿下の話によれば、幼いころの記憶は殆ど収められていたらしい。記憶とは、思い出とは、得てして人格形成に大きく関わるものだからね。ここに、聖者の人格を大いに占める魂の容量が収まっていると考えて差支えないだろう」

 ああ、なるほど。魂が大幅に欠けてしまった肉体に、どういう因果か俺の魂が繋ぎとして入っちまったってわけか。

「その魂をこの身体に戻す方法はあるか?」

「迷いが無い子はいいねぇ、重畳、重畳。まあ、君がすべきことは、この表紙を開くことだけだよ。あとのことは僕が請け負うから、気にしなくていいさ」

 ミュルダールは、にっこりとそう言って、日記帳を投げてよこした。

 まあ、あのジルラッド氏に魔術の指南をしていたくらいなんだから、その腕前は疑うべくもないだろう。

「冥途の土産に教えてくれ、アンタの目的」

「……彼を、ジルラッド王太子殿下を、理想の王にしたいだけだよ」

「彼に仇成すようなことに俺を利用するつもりなら祟るからな」

「他でもない、僕の愛弟子だ。彼の憂いを払うためなら何でもするさ。たとえ、恨まれてもね」

 最悪の邂逅から、初めて拝む、ミュルダールの真剣な眼差しだった。

 何もかも信用ならない男だが、その言葉だけは信用してもいいと思える、説得力があった。

 ああ、ベルラッドがこの身体に戻ってきて、俺はどうなるのかな。

 普通に考えて、ひとつの身体に魂はひとつ。俺は、消えてなくなるのだろう。

 まあ、仕方ない。元は死人なんだ。あるべき形に戻る、ただ、それだけ。

 短い付き合いだったけど、ジルラッド氏にも、オリヴィアさんにもお世話になったなぁ。

 挨拶もお礼も謝罪も出来ないままお暇するのは申し訳ないけど、彼らは『俺』のことなんて知らないワケだし、発つ鳥跡を濁さずってことでいいか。

 ひとつ、おおきく深呼吸。

 どうか、優しいあの子が、これ以上苦しむことのありませんように。

 鮮烈に脳裏に浮かぶ、優しい笑顔を思い出しながら、俺は日記帳の表紙をめくった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令息に誘拐されるなんて聞いてない!

晴森 詩悠
BL
ハヴィことハヴィエスは若くして第二騎士団の副団長をしていた。 今日はこの国王太子と幼馴染である親友の婚約式。 従兄弟のオルトと共に警備をしていたが、どうやら婚約式での会場の様子がおかしい。 不穏な空気を感じつつ会場に入ると、そこにはアンセルが無理やり床に押し付けられていたーー。 物語は完結済みで、毎日10時更新で最後まで読めます。(全29話+閉話) (1話が大体3000字↑あります。なるべく2000文字で抑えたい所ではありますが、あんこたっぷりのあんぱんみたいな感じなので、短い章が好きな人には先に謝っておきます、ゴメンネ。) ここでは初投稿になりますので、気になったり苦手な部分がありましたら速やかにソッ閉じの方向で!(土下座 性的描写はありませんが、嗜好描写があります。その時は▷がついてそうな感じです。 好き勝手描きたいので、作品の内容の苦情や批判は受け付けておりませんので、ご了承下されば幸いです。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

婚約破棄と言われても・・・

相沢京
BL
「ルークお前とは婚約破棄する!」 と、学園の卒業パーティーで男爵に絡まれた。 しかも、シャルルという奴を嫉んで虐めたとか、記憶にないんだけど・・ よくある婚約破棄の話ですが、楽しんで頂けたら嬉しいです。 *********************************************** 誹謗中傷のコメントは却下させていただきます。

俺の婚約者は、頭の中がお花畑

ぽんちゃん
BL
 完璧を目指すエレンには、のほほんとした子犬のような婚約者のオリバーがいた。十三年間オリバーの尻拭いをしてきたエレンだったが、オリバーは平民の子に恋をする。婚約破棄をして欲しいとお願いされて、快諾したエレンだったが……  「頼む、一緒に父上を説得してくれないか?」    頭の中がお花畑の婚約者と、浮気相手である平民の少年との結婚を認めてもらう為に、なぜかエレンがオリバーの父親を説得することになる。  

【本編完結】まさか、クズ恋人に捨てられた不憫主人公(後からヒーローに溺愛される)の小説に出てくる当て馬悪役王妃になってました。

花かつお
BL
気づけば男しかいない国の高位貴族に転生した僕は、成長すると、その国の王妃となり、この世界では人間の体に魔力が存在しており、その魔力により男でも子供が授かるのだが、僕と夫となる王とは物凄く魔力相性が良くなく中々、子供が出来ない。それでも諦めず努力したら、ついに妊娠したその時に何と!?まさか前世で読んだBl小説『シークレット・ガーデン~カッコウの庭~』の恋人に捨てられた儚げ不憫受け主人公を助けるヒーローが自分の夫であると気づいた。そして主人公の元クズ恋人の前で主人公が自分の子供を身ごもったと宣言してる所に遭遇。あの小説の通りなら、自分は当て馬悪役王妃として断罪されてしまう話だったと思い出した僕は、小説の話から逃げる為に地方貴族に下賜される事を望み王宮から脱出をするのだった。

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

白兪
BL
前世で妹がプレイしていた乙女ゲーム「君とユニバース」に転生してしまったアース。 攻略対象者ってことはイケメンだし将来も安泰じゃん!と喜ぶが、アースは人気最下位キャラ。あんまりパッとするところがないアースだが、気がついたら王太子の婚約者になっていた…。 なんとか友達に戻ろうとする主人公と離そうとしない激甘王太子の攻防はいかに!? ゆっくり書き進めていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

処理中です...