上 下
8 / 56

絶望の淵

しおりを挟む
 ガシャン!と音を立てて文机の上の物が床に散らばった。インクの蓋が外れて絨毯の上に黒い染みを広げていく。

 物に当たったジャンの目の前に広げられている手紙の封筒と紙には王家の刻印が押されている。あれから1週間が経ち、この手紙は先程届いたものだ。
 そこにはプラディロール家の財産の7割を罰金として支払うことを命じる旨が記載されていた。
 おまけに王宮医への慰謝料として財産の1割の支払いも追加されている。

 全部で8割だ。これでは事業に回す資金が足りないどころか生活すら危うい。

「何故こんなことになった……!」

 力任せに机に拳を叩きつける。
 罰金の他に、王城への立ち入りを5年間も禁止された。これでは貴族としての権威も失い、いい笑い物にされてしまう。
 そのうち仕事も立ち行かなくなり貴族の称号も失いかねない。

 ミシェルさえあんな真似をしなければ。

 そうだ、この失態を知られればブラン伯爵家との縁談も破棄されてしまう。そうなれば頼れる先もなくなる。

 当のミシェルはあれから自室に閉じこもり魂が抜けた抜け殻のようになっている。妻のセリーヌは子爵家が置かれた状況とそんなミシェルの様子に滅入ってしまい体調を崩した。
 長年信じて疑わなかったが、まさか仮病を使っていたとは。
 王宮医が魔法を駆使して診察した結果、ミシェルにはなんの疾患もなく健康そのものだと診断された。

 罰金の支払いは今月中と記されていた。今月はまだ始まったばかりなので僅かに猶予はある。
 金を借りて回ることも可能だが、それでは貴族としての面目がたたない。

「どうすればいいのだ……」

 文机に手をつき、ジャンは項垂れるしかなかった。



 それから数日後、ジャンの危惧していたことが起こった。ブラン伯爵家から呼び出しの手紙が届いたのだ。
 日時が記されている以外は書かれていないが、十中八九王宮での件だろう。
 キリキリと痛む胃のあたりを抑え、ジャンは1人馬車に揺られブラン伯爵邸へ出向いた。

 着いてそうそうブラン家の執事の案内で応接間に通された。
 ブラン伯爵邸はプラディロール家と比べると少し広いくらいの大きさだ。そのかわり置いてある調度品やなんかはどれも素晴らしく目を引くものばかりだ。

「プラディロール子爵、待っていたよ」

 中に入るとソファーに腰掛けていたブラン伯爵が立ち上がることもなくジャンを出迎えた。
 キャラメル色の髪に濃い緑色の目をしたジャンと歳の近い彼はミシェルの婚約者であるジェラールとよく似ているが、薄く微笑むその目は冷ややかにジャンを捉えている。

 それは全てを知っている顔だった。

「あ……ブラン伯爵、申し訳ございません……」

 青ざめた顔で突然謝罪をしたジャンに思わず失笑を漏らしたブラン伯爵ことフィリップ・ドゥ・ブランは、表情を改めてジャンにソファーに座るように促した。
 ここ数日でやつれてしまったジャンは既に疲弊した様子で腰をかけた。これから何を言われるのかを考えただけで胃の痛みが増す。

「話は聞いているよ。婚約者を次女のほうと変えたいと言われたときから予感はしていたが……どうやら貴殿は次女のほうの教育を間違っていたようだな」

 淡々とした口調で痛いところを突かれジャンは言葉もなかった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...