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動きだす歯車

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 翌朝、パトリシアは目を覚ますなり悲鳴を上げて飛び上がりそうになるのを堪えることに成功した。

 寝起きすぐにバクバクとうるさい心臓を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。
 そしてそっと身を起こしてからおそるおそる隣を見た。

 青みのある銀髪の美青年だ。同色の長い睫毛に縁取られた目は今は閉じられている。
 美しい寝顔をしている彼は、第1王子のロシュディで間違いない。
 そしてその美しい寝顔の下は素肌だ。逞しい胸板が布団から覗いている。自分もまた布団の下は裸だ。

 それを見て衝動的に声を上げたくなったがぐっと堪える。

 なんでこんなことに?!

 昨夜、ロシュディの部屋へと入ったパトリシアはロシュディが呼んだメイド達に連れて行かれるままに浴室へ行き体を清められた。
 そしてあれよあれよという間に支度をさせられ、その間に体を洗ってきた夜着姿のロシュディが戻ってくるとサッとメイド達が消え、これまたあれよあれよという間にベッドに寝かされ、気づいたら朝を迎えていたというわけだ。

 昨夜のそれ以上のことはあまりにも恥ずかしすぎて思い出したくもない。
 顔を覆って赤面していると、隣で堪えるようなくぐもった声が聞こえた。

「青くなったり赤くなったり、朝から忙しいね」

 殿下のせいです!!

 愉快そうに笑いながら「おはよう」と挨拶を口にするロシュディを思いっきり睨みつけてやりたかったが、そこは堪え「おはようございます」と返した。

「あの、殿下……」

「名前で呼べと、昨夜言わなかった?」

 体を横向きにして頭の下に自分の腕を入れ、艶っぽく見つめてくるロシュディ。
 昨夜と言われて顔に火がついたのかと思うほど熱くなった。
 言われた。確かに言われた。記憶にある。けれども素直にその通りにするのは癪だったので、パトリシアはわざとらしく咳払いしてその場を誤魔化すことにした。

「……殿下。昨夜はその、わたくしは身をもって償うと言いましたが、つまりこれはその、そういうことなのでしょうか」

 そんなつもりで言ったわけではないのだが、身体を捧げることで罪を償わせたということなのか。
 まずはそれをはっきりさせたかった。

「んー、そのとおりと言いたいところだが、違う」

 違うの?!じゃあわたくしはなんのために操を捧げたというの?!

 心の内が顔に出ていたのか、ロシュディはまたもや楽しげな笑い声を上げた。
 これにはさすがのパトリシアも半眼にならざるを得なかった。

「ああ、ごめん。あまりにも反応が面白かったからつい」

「……」

 無言でじっと見つめて説明を促すパトリシアに、これ以上からかうのは良くないと判断したロシュディはひとつ咳払いをして笑いをおさめた。

「簡単なことだよ。私はキミとの既成事実を作りたかったんだ。だからキミの申し出を利用させてもらったのさ」

 全く意味がわからなかった。
 立場が逆なら既成事実を作る理由はわかるが、何故王子であるロシュディは貴族ではなくなったパトリシアと既成事実を作りたかったのか。

「一体なんのために……?」

「キミを私の妻にするためさ」

「……え?」

 ますます意味がわからなくて混乱が加速する。

「妻って……そんな、わたくしは貴族ですらないただの魔道士ですよ?」

 困惑するパトリシアをロシュディは目を細めて見つめた。なにやら探るような視線にパトリシアは身を固くする。
 何を言われるのかと悪い意味でドキドキしていたパトリシアだが、ロシュディはすぐににこりと笑った。

「一目惚れってやつだよ」

 キラキラとした良い笑顔だったが、胡散臭さが拭えずパトリシアは眉を潜めた。

「おや、信じてくれないのか?」

 ロシュディはさも意外そうに目を瞬かせた。
 信じられなくて当然だ。王族が一目惚れで結婚相手を決めるわけがない。
 きっとなにか理由があるはずなのだが、パトリシアには思い至ることができなかった。

「ところで」

 一体なにを考えているのかとじっと青灰色の瞳を見つめていたが、ロシュディの問いにパトリシアの思考が途切れた。

「身体は大丈夫?まさかそういう意味でもキミが“白 ”だったとは思っていなかったよ。いや、私としては嬉しい誤算だったけどね」

 一瞬なんのことかわからなかったが、理解した瞬間に頭が沸騰し、わざとらしいくらいに気遣わしげな優しい笑みを浮かべた王子の頬を殴りたくなった。



 朝食を食べて行くように勧められたが一刻も早く立ち去りたかったパトリシアは丁重に断り、手早く着替えを済ませるとマナー違反ギリギリの速度で人に見つからないように魔道士宮の自分の部屋に戻り、隊服に着替えると急いで食堂に顔を出した。

 食堂に入るとその場にいた全員の視線を集めてしまい、ギョッとして動きを止めた。

 なにかしら、まさか殿下とのことが知れ渡っていたりしないわよね……?!

 心臓がバクバクとしだして冷や汗が流れる。

「パトリシア!聞いたわよ、昨日殿下とダンスを踊ったんですって?」

 そう言ってパトリシアの肩を叩いたのは第一部隊の仲間であるマリーヌだった。マリーヌは一応貴族の娘なのだが魔道士団での生活が長いせいなのか言動が少々雑だ。

 あ、そっちね。

 ロシュディと関係を持ったことが噂になっていなくて良かったと心の中で安堵する。

「いつの間に殿下とそんな仲になったの?」

「そんな仲って。ただわたくしは殿下の気晴らしの相手をしただけですので、殿下とはなにもありませんわ」

「えー?本当にー?」
 
 詮索されたくなくてキッパリと告げると、マリーヌはつまらなさそうに口を尖らせた。

 その後もすれ違う者から様々な視線を向けられ、普段話をしたこともない相手に話しかけられたりもしたが、パトリシアはマリーヌに話したとき以上のことは一切語らなかった。

 魔法の特訓をしようにも周りの視線がうるさすぎて集中できず、パトリシアは一度自室に戻ろうと屋外にある訓練場を出た。

 真っ直ぐに戻ると他の魔道士に遭遇しそうだったので、あえて遠回りをする。
 1人で長い廊下を歩いていると、向かい側から王宮騎士の2人組が歩いてきた。

 ああ、こちらは騎士団の訓練場が近いんだったわ。

 けれども騎士の中には話をするほど仲がいい者はいないので話しかけられることはないだろう。
 そうタカをくくったパトリシアだったが、2人組のうち1人がつい最近見た顔だったことに気がついた。

 パトリシアが気がつくよりも先に相手は気がついていたようで、距離が近づいてくると「やあ」と声をかけられた。
 その騎士は、昨夜第1王子の護衛で一緒だったニコラだった。

「あのあとどうだった?お咎めなしだったのか?」

 馴れ馴れしく話しかけられ、しかもその内容にパトリシアは耳を塞ぎたくなった。

 よりによって一番関わってほしくない人に遭遇するなんて!

 案の定、ニコラの隣にいた騎士が「あのあとって?」と興味ありげにニコラに尋ねている。

 その話はしないでちょうだい!

 視線で訴えるとニコラはなにかを察したように「あー」と言葉を濁して頭をかいた。

「ほら、昨日パーティーでちょっとゴタゴタしただろ?その件で“白の魔道士”さんが第1王子にドヤされたりしなかったかなーってさ。ほら俺、昨日の第1王子の護衛で一緒だったからちょっと気になってたんだよね」

「ああ、なるほどね」

 騎士は納得したのか、それ以上の追及はしてこなかった。

「なんともなかったなら良かったよ。とこでさ、今度お茶しない?暇な日教えてよ」

 ホッとしたのも束の間で、笑顔で1歩距離を詰めてきたニコラに思わずパトリシアは身体を硬直させた。

「え、なぜ?」

 まさか王子とのことをなにか勘ぐっているのかしら。

「なぜってそりゃあ、お近づきになりたいなーって思って」

 警戒して身を引いたが、ニコラが照れたように頬を指でかいたので訳が分からず眉を潜めた。

 わたくしなんかとお近づきになりたいって、どうして?一体なにが目的なの?

 じっと見つめてみるがニコラは眩しげに目を細めてニコニコするだけで全く意図が掴めない。
 なんと返すべきなのか頭を巡らせていると、不意に背後から肩を組まれた。

「なんか楽しいこと話してるみたいだけど、うちの魔道士がどうかしたかな?」

 肩にかけられる重さにそちらを見れば、至近距離にシャルルの顔があった。

 真っ直ぐに騎士2人をみるシャルルの顔は微笑を浮かべていたが、騎士2人はサッと顔を青ざめさせた。

「い、いえ、なんでもないです」

「ニコラ、そろそろ訓練場に戻ろう。時間だろう?」

「そうだな!そ、それでは失礼致します、ヴォロワ魔道士団長」

 慌ただしく踵を返して去って行く2人をポカンと眺めていると、隣から長い溜息が聞こえた。

「パトリシア、そういった事に免疫がないのはわかっていたけれど、もうちょっと男心を勉強したほうがいいかもしれないな」

「? なぜ今そんな話を?」

「……うーん、男心の前にもっと勉強することがありそうだね」

 もう一度長い溜息をついたシャルルを見ながら、パトリシアは目を丸くして首を傾げた。

「まあこの話は置いといて、なにか私に言うことは?」

 組んでいた腕をおろし、シャルルは両腕を広げてにこやかに微笑んだ。

 団長に言うこと?

 少し考えてパトリシアははっと気がついた。

「おかえりなさい、団長。遠征お疲れ様でした」

「ハグは?」

「え?」

「……いや、ごめん。なんでもない」

 あまりにも曇りのない目できょとんとされて、シャルルは所在なさげに腕を軽く振ってから腕をおろした。

「パトリシアは昨夜の護衛、どうだった?なんか会場で一悶着あったみたいだけど」

 気遣わしげな優しい目を見て、パトリシアはシャルルが昨夜のパーティー会場での出来事をしっかりと把握していることに気がついた。
 きっとパトリシアが気を落としていないか心配してくれているのだ。

 シャルルはパトリシアが魔道士団に入ってから特別扱いをすることはなかったが、家族から除名処分を受けたパトリシアのことをなにかと気にかけてくれている。
 そんなシャルルのことをパトリシアは血は繋がっていないが兄のように思っていた。

「たしかにお騒がせしてしまいましたが、殿下が上手く場を収めてくださりました」

 あの場をどうにかできたのは第1王子であるロシュディが対応したからこそだ。
 パトリシアが頭を使ってミシェルのことを解決していたとしても、招待客へのフォローまではできなかっただろう。
 それは魔道士団第一部隊隊員として男爵位と同等の称号を持つ身だとしても、貴族位としては最下位だからだ。公の場での発言力は無いに等しい。

 そういうわけでロシュディには頭が上がらないのだが、その件を思い出すとその後の展開も思い出してしまうわけで。
 みるみるうちに首まで赤くなり視線が落ち着きなく彷徨い始めたパトリシアを見てシャルルは目を瞬かせた。

「どうした?なんか急に赤くなったけど」

「な、なんでもありませんわ。いえ、やっぱりちょっと暑いような気がしますわ。部屋に戻るので失礼致しますっ」

 早口に捲し立てるとパトリシアはお辞儀をしてから足早に立ち去った。

「……ふーん、なるほど、ね」

 小さくなっていく背中を見送りながら、シャルルは目を細めて腕を組んだ。

「ちょっとこれは、面白くないな」

 手を持ち上げて口元を隠すその目は剣呑な光を帯びていた。






 ミシェルの社交界デビューの翌日、プラディロール伯爵家ではまたもやジャンが頭を抱えていた。

 ミシェルの早すぎる帰宅に驚いたジャンは、何があったのかをジェラールに問いただした。

「実は、パーティー会場でパトリシアを見つけたミシェルがパトリシアと少々揉めてしまい、ロシュディ殿下に退場を命じられてしまいました……」

「な、なんだって……!?」

 信じられない内容に血の気が引いて思わず倒れてしまいそうになったが、ジャンはなんとか踏みとどまった。

「本当なのか、ミシェル!」

 ジャンの剣幕にビクリと肩を揺らしたミシェルは、じわりと目に涙を浮かべた。

「わたくしは悪くないのです……!お姉様が酷いことをなさるからいけないのよ!お姉様のせいだわ!」

 ジェラールの胸でわっと泣き出すミシェルにそれ以上なにも聞けなくなり、ジャンは冷や汗を浮かべながら縋るようにジェラールを見た。

「どういうことなんだね、何故ロシュディ殿下がミシェル達の間に?」

「パトリシアがロシュディ殿下の護衛として傍にいたからです」

「は?パトリシアが?殿下のお傍に?」

「ええ、しかもダンスまで殿下と踊っていました」

「……」

 まさしく開いた口が塞がらない状態になったジャンは、陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクとさせた。

 パトリシアが家を出て魔道士団に入ってまもなく、第一部隊に配属されたということを人伝に聞いて知った。
 なんでも特殊な聖属性魔法を扱えるとか。
 まさかパトリシアにそんな力があったとは知らなかったが、その力の珍しさ故に第一部隊に配属になったのだとそのときは思っていた。

 しかしそれからも聞こえてくるパトリシアの噂は活躍を称えるものばかりで、遂には国外の貴族や王族もパトリシアを注目しているらしいとまで聞くようになった。
 最近では“惜しいことをした”と同情を装った嘲笑を受けるようになり、いい笑いの種にされている。

 第1王子の護衛をするまでになりダンスまで踊ったということは、この国が本格的にパトリシアを囲む意思を見せたということではないのか。

 子爵家から除名された訳アリの娘が王族の、それも第1王子の相手を務めるということの意味はそれ以外にないだろう。

 今度こそふらりと体勢を崩したジャンはそばにいた執事に体を支えられた。

 そのときのショックは翌日になってもやわらがず、ジャンは手元の書類に目を通す気力もわかずぼんやりと机を眺めていた。

 そこへノックの音が聞こえ、入室を促すとミシェルが入ってきた。

「お父様、お話がございます」

 いつになく真剣な眼差しをしているミシェルにジャンは居住まいを正した。

「なんだい、ミシェル」

「ジェラール様との婚約を破棄したいのです」

「……なんだって?」

「ジェラール様との婚約を破棄したいのです」

 聞き間違いかと思ったが、ミシェルの口からは同じ言葉が返ってきた。

「い、一体それは……突然どうしたんだ?」

 動揺のあまり思考がついてこない。

「昨夜、わたくしはロシュディ殿下とお話をさせていただきましたの。ですが、途中でお姉様がわたくし達の間に割って入ってきたのです。無礼にも程がありますわ」

 そのときのことが相当気に入らなかったのか、ミシェルは可愛らしい頬を膨らませて怒っている。

「ええっと……それがどうして婚約破棄に繋がるんだい?」

「ですから、わたくしは殿下と個人的にお話をしたんですのよ?お姉様さえ邪魔をしなければもっとお近づきになれましたわ。それに、殿下はわたくしのことをとても気遣ってくださったのです。名前を呼んで、体調を気にしてくださったわ。殿下はわたくしのことを御心に留めてくださったのよ」

 赤らめた頬に手をあててはにかむミシェルに、ジャンはポカンと口を開けた。

 まさか、第1王子がミシェルを気に入った?

「お姉様がロシュディ殿下とダンスを踊ったそうですが、ただ気晴らしがしたくて近くにいたお姉様を誘ったようだと他の方たちも言っておられましたわ。ロシュディ殿下はいつもダンスを踊らないそうですし、お相手はお姉様じゃなくても良かったに違いありませんわ」

 たしかにミシェルの言うことは間違いではないだろう。
 第1王子がダンスは滅多に踊らないということは有名な話だ。
 パーティーでも令嬢と親しくしている姿は見ないと聞いている。
 ミシェルと話をしたというのなら、パトリシアの件は自分の思い過ごしなのか?


「それよりもお父様、昨夜の件はわたくしにも非があると思いますの。お姉様がどんな人間だったかを忘れて久しぶりの再開に喜んでしまったのがいけなかったのですわ。ですから、わたくしお詫びを申し上げに参りたいのです」

 どんな事情であれ当事者であるのなら謝罪をしに行くべきだとは思っていたが、パトリシアの件が頭に引っかかり手紙を書けずにいたジャンはミシェルにハッとさせられた。
 自らの行いを恥じ、償おうとする健気さに心を打たれた。

「……そうか、よく言ってくれたミシェルよ」

 パトリシアのことも実際に会ってみればなにかわかるかもしれない。
 それに第1王子がミシェルに気があるのなら、ミシェルの言うとおりにジェラールとの婚約は破棄したほうがいいだろう。賠償金を払うことになったとしても、伯爵家よりろ王族との結婚の方が良いに決まっている。
 ジャンは最愛の娘に微笑んだ。



 父親の部屋を出たミシェルは真っ直ぐに部屋に戻った。
 人払いをしてベッドに倒れ込む。
 頭の上に伸ばした手に枕が触れ、それを胸元に抱え込んだが、おもむろに起き上がるとそれを思いきり投げつけた。
 ベリドットのような瞳には影がさし、ぼすんと床に落ちた枕を映しているが見ているのは枕ではない。

「許さない……」

 あの日、社交界デビューの日。
 あのパーティー会場で注目を浴びるのはミシェルのはずだった。
 花の妖精の姫君ようだと両親やジェラールに褒められた姿はいつも以上に美しく可憐だったからだ。

 他のご令嬢たちには悪いけど、きっとたくさんの男性の視線を集めてしまうわ。
 ああ、ジェラールよりも素敵な方に声をかけられてしまうかも。

 正直言うと、ジェラールのことは嫌いではないが、いまいち華やかさが足りない男だと思っていた。
 ミシェルの相手に相応しいのはおとぎ話にでてくる王子様のような整った顔立ちで、もっと裕福な家系の嫡男だろう。

 そしてミシェルはパーティー会場で見つけたのだ。
 シャンデリアの光を受けて煌めく青みのある銀髪、爽やかでいて色気のある青灰色の瞳。
 第1王子のロシュディ王子だ。
 会場にいる令嬢全員の視線を一身に受けながらひっきりなしに訪れる招待客に笑顔を振りまくロシュディの姿にミシェルの心は奪われた。

 素敵だわ……まさに理想の人。

 けれどもその相手は信じられない人物をダンスに誘った。
 見覚えのある風貌にまさかとは思ったが、本当に姉であるパトリシアだったとは。

 ロシュディと手をとりあい体を密着させるパトリシアに令嬢達の羨望と嫉妬の眼差しが集中する。

 なんなの、ただでさえ全身白なのに白い服を着ておまけにマントまでつけて。あんな貴族の娘とも思えないような格好の姉が何故ロシュディ殿下とダンスを踊っているの?
 殿下にはもっと相応しい相手がここにいるでしょう?

 ダンスの曲が終わり、ロシュディは他にちらりとも視線を移すことなくパトリシアとともに真っ直ぐ元の位置へ戻った。

 人が多くてわたくしが目に入らないのだわ。目にとまりさえすればきっとお声をかけてくださるはず。
 
 そう思って機会を伺ったが、ロシュディがミシェルに気がつく気配はない。
 業を煮やしたミシェルは最後の手段としてロシュディの後ろに図々しくも控えているパトリシアに話しかけることにしたのだ。

 結果は大成功。
 予想通りロシュディはミシェルに声をかけてくれた。やはりパトリシアよりもミシェルのほうが魅力的に映ったのだろう。優しく微笑み熱心に見つめられた。

「それなのに……!」

 嫉妬でもしたのかパトリシアがミシェルを連れ出そうとしたのだ。
 そのせいでロシュディとの会話は打ち切られ、会場を出ることになってしまった。

 思い出すだけで怒りが込み上げてくる。

「邪魔はさせないわ」

 ミシェルは不敵に微笑む。
 ロシュディに会いさえすればミシェルの願いが叶うのだ。

「ロシュディ殿下……はやくお会いしたいわ」

 名前を呼ぶだけで胸が高鳴る。
 うっとりと目を細め、ミシェルは運命の相手との再会を心待ちにした。





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