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馬車にて

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 一悶着おこす覚悟で来ていただけに、呆気なく目的を達成しサンプトゥンの王城を出られたクリスは肩透かしを食らったような気持ちで馬車に揺られていた。
 目の前に座るアンジェリカも、なんだか腑に落ちない気持ちでいた。

 あのモーリーンがこのままわたしアンジェリカを見過ごすとは思えない。

 2年ぶりに対峙したモーリーンは落ち着いてはいたが、アンジェリカに向けられた眼差しには殺意が込められていた。

 絶対に裏があるはず……。


「アンジェリカ嬢」


 思考を巡らせていたアンジェリカは、はっとして顔を上げた。


「大丈夫ですか? 気分が優れませんか?」


 城を出てからずっと黙ったままでいるアンジェリカを案じたクリスが、心配気に顔を覗き込んできた。


「いえ! 申し訳ございません、つい考えごとを」

「いや、構わないよ。体調が悪いのでなければいいんだ」


 安心したように優しく微笑むクリスに、アンジェリカは胸が締め付けられた。

 そうだ、あの話をしなくちゃいけない。


「クリス殿下、ひとつお伺いしたいことがございます」

「どうぞ、なんでも聞いてくれ」


 どこか嬉しそうな顔のクリスにますます重苦しい心地になりながらもアンジェリカは意を決して口を開いた。


「先程、サンプトゥンの応接室で殿下がおっしゃっていたことについてですが……」


 この先の言葉に詰まって気まずげに視線を泳がせるアンジェリカをみて察したクリスは照れ笑いをもらした。


「ああ、求婚の話だね」

「……はい」


 改めて言葉にされると照れよりもどうしようもないほどの重荷を感じる。胃のあたりが重たいような気がして、そっと鳩尾のあたりを撫でた。


「殿下は、本気でわたくしを妃にとお望みなのでしょうか」


 祈るような気持ちで口にし、アンジェリカは唇を噛んだ。嫌な緊張に手に汗が滲む。
 真剣な面持ちのアンジェリカを見つめ、クリスも笑みを消す。


「ああ。私は貴女を妻として迎えたい」


 本気が見てとれる眼差しに見つめられ、アンジェリカは息を詰めた。


「……けれども、それは貴女が良ければの話だ」


 そう言ってクリスは目を伏せた。


「どうか、私が王族だからとか、そういう理由でこの申し入れを受け入れないでほしい。あのときも言ったが、私は貴女に好意を抱いている。すぐに答えがほしいわけじゃない。突然言われて戸惑う気持ちもわかるが、どうか前向きに考えてはくれないだろうか」


 再び視線を上げたクリスの目があまりにも切実で、頷く以外の行動がとれない。
 けれどもここで頷いてしまえば、アンジェリカはトライヴス国から離れられなくなってしまう。
 

 
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