上 下
1 / 81

国外追放

しおりを挟む


「――数人の貴族令嬢に対する執拗な迷惑行為と脅迫、及びシュレイバー公爵家の子女にして第一王子の婚約者候補であるモニーク・シュレイバー嬢に対する傷害、殺人未遂の罪で、アンジェリカ・デイヴィスを追放刑に処す」

 
 厳かに告げられた判決に狼狽えもせず、空色の目をまっすぐ前に向けていたデイヴィス伯爵家の長女であるアンジェリカに野次が飛ぶ。
 

「泣きもしないだなんて。人の心がないんじゃないか」

「悪魔のような女だ」

「とっとといなくなれ!」
 

 両手両足に枷を嵌められ、裸足で冷たい床の上に立たされていても、アンジェリカは決して涙を見せなかった。 
 いつもキレイに整えられていた淡いクリーム色の髪は乱れ、いつも着ていた流行の華やかなドレスのかわりに薄汚れたボロ雑巾のような服を纏っていても。
  
 
 判決が下されたあとは、檻のような荷馬車で隣国との国境付近にある森へと連れて行かれた。
 1週間ほど要する道のりだったが、アンジェリカに与えられた食事は1日に1度だけ。それも残飯のような、到底食事とはいえないようなものだった。

 馬車が停まり降ろされたのは深い森の中。ごうごうと音をたてて流れる川べりに立たされる。


「この川が隣国との国境だ。ここからはお前1人で行け」


 行けと言われても、見渡した範囲に川を渡るための橋などはない。
 突き飛ばされてたたらを踏むが、やせ細った足では踏ん張りが効かずに倒れ込んでしまう。
 手と足の枷を外されてからもう1度「行け」と言われ、困惑して兵士を見上げた。


「国外追放を言い渡された者は、国内の如何なる物も使用することを禁じられている。対岸へは泳いで渡るんだ」


 突き放すような言い方に顔を顰めずにはいられなかった。


「さっさとしろ。いつまでこの国に居るつもりだ」


 もう1人の兵士が責めるように語気を荒くする。
 アンジェリカは意を決してふらつく足で川に向き直った。
 
 川幅広く、流れも速い。
 歩くことは疎か、泳ぐこともかなわないだろう。

 
 この国の者ではなくなった罪人は、死のうが生きようがどうでもいい、ということね。
 

 川に入る恐怖で震える右手の甲には、罪人である証の焼印が押してある。包帯で覆われているが、血が滲みジクジクとした痛みが続いている。
 す、と爪先を伸ばして水面につけてみたが、その冷たさにビクリとしてすぐに足を引っ込めた。

 川に入れば死んでしまう。
 ゾッとしたけれど、アンジェリカには逃げるという選択肢はない。逃げる素振りを見せれば後ろの兵士たちが躊躇いもなくアンジェリカを殺すだろう。

 
 全てはわたくしが招いたこと。この期に及んで抵抗するだなんて、わたくしの美学に反するわ。
 ……それに、この国に残っている家族に迷惑がかかる。


「っ……!」
 
 意を決して飛び込んだ水の中は心臓が止まりそうなほどの冷たさだった。


「――ぶはっ、……はっ、は……!」

 
 やっとの思いで水面に顔をだすが、もがくのが精一杯で泳げたものではない。息継ぎもままならない。

 対岸に辿り着くこともできずに川の流れに翻弄される。

 
 やっぱりだめだわ。
 

 苦しさと死への恐怖で身体も上手く動かない。
 アンジェリカは遠のいていく意識のなか、必死に手を伸ばした。


 ――どうかお願い、家族だけは……家族だけはこれからも健やかに暮らしていけますように。



 父親の、母親の、兄の、妹の顔が浮かぶ。


 どうか、どうか……――

 
 伸ばした手から力が抜けた。
 川の轟音が遠ざかる。










 

『なんと潔く、気高い魂。――気に入った』





『汝“器”となり、新たな“魂”を迎え入れよ』













 



 ――――――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貞操逆転世界なのに思ってたのとちがう?

イコ
恋愛
貞操逆転世界に憧れる主人公が転生を果たしたが、自分の理想と現実の違いに思っていたのと違うと感じる話。

ご期待に沿えず、誠に申し訳ございません

野村にれ
恋愛
人としての限界に達していたヨルレアンは、 婚約者であるエルドール第二王子殿下に理不尽とも思える注意を受け、 話の流れから婚約を解消という話にまでなった。 ヨルレアンは自分の立場のために頑張っていたが、 絶対に婚約を解消しようと拳を上げる。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
誰もが魔力を備えるこの世界で魔力のないオネルヴァは、キシュアス王国の王女でありながらも幽閉生活を送っていた。 そんな生活に終止符を打ったのは、オネルヴァの従兄弟であるアルヴィドが、ゼセール王国の手を借りながらキシュアス王の首を討ったからだ。 オネルヴァは人質としてゼセール王国の北の将軍と呼ばれるイグナーツへ嫁ぐこととなる。そんな彼には六歳の娘、エルシーがいた。 「妻はいらない。必要なのはエルシーの母親だ」とイグナーツに言われたオネルヴァであるが、それがここに存在する理由だと思い、その言葉を真摯に受け止める。 娘を溺愛しているイグナーツではあるが、エルシーの母親として健気に接するオネルヴァからも目が離せなくなる。 やがて、彼が恐れていた通り、次第に彼女に心を奪われ始めるのだが――。 ※朝チュンですのでR15です。 ※年の差19歳の設定です……。 ※10/4から不定期に再開。

白紙にする約束だった婚約を破棄されました

あお
恋愛
幼い頃に王族の婚約者となり、人生を捧げされていたアマーリエは、白紙にすると約束されていた婚約が、婚姻予定の半年前になっても白紙にならないことに焦りを覚えていた。 その矢先、学園の卒業パーティで婚約者である第一王子から婚約破棄を宣言される。 破棄だの解消だの白紙だのは後の話し合いでどうにでもなる。まずは婚約がなくなることが先だと婚約破棄を了承したら、王子の浮気相手を虐めた罪で捕まりそうになるところを華麗に躱すアマーリエ。 恩を仇で返した第一王子には、自分の立場をよおく分かって貰わないといけないわね。

継母の心得

トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10〜第二部スタート ☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定☆】 ※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロ重い、が苦手の方にもお読みいただけます。 山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。 治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。 不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!? 前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった! 突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。 オタクの知識を使って、子育て頑張ります!! 子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です! 番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

処理中です...