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十二章:おとぎ話の悪役令嬢は罪滅ぼしに忙しい
第3話 王妃の涙
しおりを挟むセーラが頬を膨らませた。
「ソフィア! いつになったら銃の扱い方を教えてくれるわけ!? 銃が扱えないと、明日一緒に行けないじゃない!」
「何度も申し上げてる通り、貴女は地下で待機です」
「わたしはプリンセスよ! キッドお兄様みたいに、民を守ってこそじゃない!」
「はぁ。噂をすれば」
窓を見たソフィアがエプロンで手を拭き――扉を開け、あたしに笑みを浮かべた。
「やぁ、テリー」
「どうも」
「お姫様を説得してくれない?」
「テリー?」
ソフィアがその場を退けると、あたしの視界にキッチンに立つセーラの姿が見えた。セーラが目を輝かせ、あたしに走った。
「テリー!」
飛びつく彼女を抱きとめ、しっかりと抱きしめる。
「無事だったの!? 顔をよく見せて!」
「元気だった? セーラ」
「ああ! テリーだわ! 嘘みたい! 無事だったのね! 実家にいるんじゃなかったの!? 一体どうやって!? でも……ああ! 良かった!!」
セーラがあたしを強く抱きしめ――顔を見つめた。
「お父様とお母様と、マーガレットに会わなかった?」
――首を振ると、セーラが眉を下げた。
「……そうよね」
「……セーラ」
「あの後――学園が壊れた後、キッドお兄様に、町の様子がおかしいから、帰国せず、ここに来るよう言われたの。お父様も、お母様も、マーガレットも、後から来る予定だった。でも……」
「……」
「……大丈夫よ。わたしの家族は強いの。公爵家だもの。必ず無事よ。絶対ね」
セーラがもう一度あたしの肩に顔を埋めた。
「テリー、無事で良かったわ」
「……セーラも、無事で良かった」
「感動の再会をして、とても嬉しいわ。わたしが上機嫌なうちに、お前にお願いがあるの」
「また無茶なお願い?」
「そこの巨乳女に、銃の扱い方を教えてくれるよう説得してちょうだい」
ソフィアに振り向くと、ソフィアが肩をすくめた。もう一度セーラに顔を向け、目を細める。
「セーラ」
「わたしはプリンセスよ。国民を守るわ。銃を使って、明日兵士共と戦いに行くの!」
「セーラはまだ子供でしょう? 駄目よ。絶対駄目」
「ここに来て裏切り者が出てくるなんて予想外だわ」
メニーが顔を覗かせた。
「あら、メニーお姉様、こんにちは!」
「こんにちは。セーラ様」
「いいわ! テリーが役立たずならメニーお姉様にお願いするから! メニーお姉様は本当に優しくて、お喋りがとっても得意だから、きっと説得してくれるわ! メニーお姉様、言ってやって! このわたしに、銃の扱い方をマスターさせろって!」
「セーラ様、銃を扱うためには日々の訓練が必要です。今日明日でマスターできるものじゃないんですよ」
「セーラ、無茶を言うな」
「キッドお兄様! わたしもついていくわ! 国民を守るのがわたし達の役目なのよ!」
「お前がいなくなったら誰が父さんと母さんを支えるんだ?」
キッドがセーラの頭を撫でた。
「俺とリオンが行けば、若い王族の血はお前一人だ。君にとっては伯父さんと叔母さんだけど、父さんと母さんにとっては、君は娘みたいなものなんだから、俺達の代わりに支えてあげてくれないかな?」
「まるで死に行く者の言い方だわ。キッドお兄様とリオンお兄様は、死に行くつもりなのかしら?」
「まさか」
「なら、わたしも行けるでしょ?」
「テリー、クレアを呼んでくる。姉さんの言うことなら、セーラも聞くはずだ」
「クレアお姉様を呼んだって無駄よ! わたし、もう覚悟を決めてるんだから!」
「セーラ」
キッドが跪き、セーラと目線を合わせた。
「頼むよ」
「……わたしはおじゃま虫ってこと?」
「君の仕事は外じゃない。ここで、みんなの不安を取り除くことだ。……プリンセスだろ?」
「……」
「大きな仕事さ。俺達の従姉妹の、セーラにしか出来ない。だろ?」
セーラはむっとしたが――それ以上何も言わなかった。こくりと頷き、無言でキッドを睨むだけ。
「留守は頼んだよ。セーラ。君にかかってる」
「……ふん」
「おや? いい匂いだ。何を作ってたの?」
「パンプキンパイ! あとは焼くだけなの!」
セーラがキッドを引っ張って再びキッチンに立った。あたしは立ち上がると、ソフィアに振り返った。
「ちょっといい?」
「もちろん。子守は疲れた」
「だけど、立派なプリンセスだわ」
「どうだかね」
キッドとメニーがセーラを見ている間に、あたしとソフィアが外に出る。ソフィアが大きく深呼吸した。
「明日のことを報告されてから、ずっと銃を教えろと言われ続けた。耳が銃になるかと思ったよ」
「オズが銃でどうにか出来ると思う?」
「私が魔法使いならば、たかが人間の作った道具なんか効かない体にするね」
「セーラをスルーしたのは正しい判断だわ。あたしで良ければお礼を言ってあげる」
「殿下の我儘よりはマシだよ」
「そうね。その通りだわ」
向かい合い、腕を組み――静かな地下街の空気を感じながら、ソフィアが首を傾げた。
「ご機嫌いかが?」
「まぁまぁね。そっちは?」
「少し緊張してるかも。なんて言ったって、戦えるのは私達だけだもの」
「世界が続くのかも、あたし達にかかってる。相当なプレッシャーだわ。ゲロが出そう」
「畑の上に頼むよ。栄養になる」
「今はやめておく」
「……覚悟はとうの昔から決まってる。私に捨てるものなんて何もない」
ソフィアが一歩前に出た。あたしが顔を上げると、あたしが背を預ける壁に手をそえたソフィアが、あたしを見下ろしていた。
「君以外は」
「……自殺なんてやめてよ?」
「そうだね。このまま世界が続いても、未来は予想してる。君は殿下と結婚して、王妃と名のり、手の届かない人となる」
ソフィアの唇が近づいた。
「盗んでしまおうかな。このまま」
あたしは肩をすくめ、鼻で笑う。
「闇に包まれたこの世界の、どこに逃げるの?」
「そうだな。心中なんてどう?」
「却下。あたしは光り輝く未来に向かって逃げるわ」
「明日は君も来るの?」
「もちろん」
「わかった」
ソフィアがあたしを抱きしめた。
「命に変えても守るよ。恋しい君」
「結構よ。これでもね、色々あって、あんた達よりも強くなってるのよ。あたし」
「テリー、クイーンとキングは残しておかないと」
でないと、最強のゴッドには勝てない。
「他の人のものになるからと言って、私は、自分の恋しい人を不幸にさせたいとは思わない。せっかく恋の相手がいるならば、その相手がこれ以上ないほど幸せな顔をするところまで、見届けないと」
「……あんたの恋人になる相手は世界一の幸せ者よ。それはあたしではないけれど」
ソフィアの腰を叩き、体を離し――目を合わせる。
「あたし、友達は大切にするの。そいつが過去、とんだ悪党で、正義オタクで、貴族であるあたしを毛嫌いして、殺そうとしたことがあるからって、そいつが友達である以上、そいつがこれ以上ないほど幸せな顔を見届けるまで、死ぬわけにはいかないの」
ソフィアがくすすと笑った。
「明日は頼むわよ」
「テリーもね」
「あたしの強さに驚くがいいわ。もうセクハラなんて出来やしないんだからね」
改めて家の中に入ると、暖炉の上で焼くパイが早く完成しないかとセーラが楽しそうに待っていた。
あたしはセーラの両肩に手を置き、上から見下ろした。
「セーラ」
「パイはまだ時間がかかるみたい」
「訊きたいの。あんた……天使様に願い事を何回した?」
「一回だけよ」
「……一回だけ?」
「そう。学園の一回だけ。何度もお父様達を見つけてもらえるよう願おうとしたんだけど……クレアお姉様に止められたの」
コーヒーをカップに注ぐキッドを横目で見て、再度セーラに視線を移す。
「クレアと会ったの?」
「たまに、真夜中の時間に来てくれてるみたい。わたしが寝ぼけている時に、様子を見に来るの。そこでね、二人で話したの」
――セーラ、天使様への願い事は、まだしないでくれる?
――時は必ず訪れる。
――辛いでしょうね。でもね、セーラ、この世界の運命は、天使様の力無しでは覆せない。
――今はまだ待ってちょうだい。
――必ず、二回、使わなければいけない時が来るから。
――その二回で、必ずセーラが必要としているものたちが、全部手に入るから。
「だから、わたし待ってるの。その時を」
パイにどんどん熱が通っていく。
「クレアお姉様が嘘をついたことはない。わたし、信じてるの」
「……あんた、将来すごく良いお姫様になるわね」
「将来じゃないわ! 現在進行形で、すっっっごく! 素敵な! お姫様よ!!」
「ふふっ、はいはい。そうね」
「ねっ、ロザリー! 今夜は一緒に寝ましょう? キッドお兄様が横にいてもいいわ!」
「この後、みんなでビリーの家に集まろうって話になってるの。あの人もいい歳だし、ね? みんなで寝ましょう? で、みんなで明日を迎えるの。このパイも、そこで食べない?」
「まあ! みんなで寝るなんて、お下品だけど、まっ! こういう状況なら仕方ないわね! よくってよ! 行ってあげるわ!!」
あたしはご機嫌なセーラの頭を撫で、ソフィアを見た。
「そういうわけだから、美味しい食事を頼むわ」
「料理なら、優秀な助手がいるから大丈夫かな」
「ええ! ソフィアは全く使える助手だわ!」
「くすす!」
「メニー、セーラを見てやって。……キッド」
コーヒーを飲むキッドに近寄り、訊いてみる。
「ゴーテル様とスノウ様、会いに行ける?」
「コーヒー飲んでからでいい?」
「早く飲みなさいな。全く」
「お前もどう?」
「……いただくわ」
あたしの手が、キッドの淹れたコーヒーが入ったカップに触れた。
(*'ω'*)
リオンが呆れた目で手下の双子を見ていた。
「兄さん! 魔法使いは玉ねぎに弱いらしい! 見ろ! 畑からこんなに玉ねぎをもらってきた! 明日はこれで大丈夫だ!!」
「グレタ! だからお前は彼女が出来ないんだ! 魔法使いはお菓子に弱いんだ! 俺は街にいる女性たちから甘いお菓子を貰ってきた! これで明日は大丈夫だ!」
「リオン様! 明日は我々が貴方をお守りします!」
「ふっ! 我が主! 命に変えても!」
「とりあえず、玉ねぎとお菓子の山は必要ないから置いていけ」
「なんですとぉおおお!!??」
「まさか……魔法使いは……玉ねぎとお菓子が好きなのですか!?」
リオンがあたしとキッドを見つけ、一歩下がった。
「ほら、客人だ。もてなせ」
「はっ!! ニコラではないか!!」
「これは!! 赤く芽吹いたお花ちゃん!!」
(この双子は相変わらずね……)
リオンが腰に手をやり、首を傾げる。
「父上と母上?」
「いる?」
「ずっと女神アメリアヌ様に祈ってるんだ。ちょっと待ってて」
リオンが建物の中に入り、しばらくして戻ってきた。
「テリー、来ていいって。キッドも」
「ありがとう」
「ヘンゼ、グレタ、見張りを頼むぞ」
「ふっ! 承知致しました!」
「我らにお任せををををを!!!」
「ねえ、彼らには恐怖というものがないの?」
「あいつらはお菓子の家があればそれでいいんだよ。見てて気が緩む」
建物はおそらく、一番広いと思われる場所であった。リオンの後ろをついていくと――やつれたゴーテル様と、疲れた顔のスノウ様がソファーに座っていた。
「陛下、王妃様」
「まあ、テリー!」
あたしが近付くと、スノウ様が座ったままあたしを抱きしめた。
「ああ、テリー! リオンから……戻ってきたと聞いていたの! 会えて嬉しいわ!」
細くなった手首や、くまだらけの目を見て、あたしは出来る限りの優しい笑みを浮かべ、その手を握りしめた。
「貴女の家族は?」
「全員無事です。カドリング島は……平和そのものです。自給自足の生活に、困るものはありません」
「良かったわ。私も夫も……ここで、皆の安全を祈ることしかできなかったの。だから……また顔が見られて嬉しいわ。テリー……」
建物の中には、使用人が数名いた。皆、二人の様態を案じているようだった。
「明日、キッド達が戦いに言ってる間、ここにいるといいわ。ビリーも来るはずだから」
「……あたしも行くんです」
「え?」
「スノウ様、あたしも……戦いに行きます」
スノウ様が黙り、あたしの手を強く握りしめた。
「セーラが来ます。セーラを見ていてやってください。彼女は……家族の行方がわからず、本当はとても不安がってます」
「……」
「祈っていても……無駄です。アメリアヌは……女神ではありません。ただ、世界の行く末を見届けるだけ」
ゴーテル様がスノウ様の肩を抱いた。
「明日で全てが決まります。どうか、全てが決まるまでは……安らかな時間をお過ごしください」
「……ありがとう。テリー。でも……安らかな時間は……まだ過ごせそうにないわ」
スノウ様が眉を下げた。
「だって、娘達のウエディングドレス姿も、まだ見ていないんですもの」
スノウ様の瞳から、涙がこぼれた。
「地下から解放された民の声も、闇から解放された民の声も、みんな……私達の家族そのもの。皆が笑顔でいないのに……とても……安らかな時など……過ごせないわ……」
「……」
「テリー……。貴女まで行くのね……。ああ……なんてこと……」
「スノウ」
ゴーテル様の肩にスノウ様が顔を埋めて、めそめそ泣き続ける。ゴーテル様があたしを見て、頷いた。
「何もないが、自由な時間を過ごしてくれ。テリー」
「お心遣い感謝致します。陛下」
「……席を外してくれ。妻を……慰めなければ」
「ええ。それでは……失礼します」
あたしはゆっくりと離れ、キッドとリオンに小さく囁く。
「今日くらい家族四人でいれば?」
「……あとから行く」
軽く手を振ると、キッドとリオンが歩き出し、ゴーテル様とスノウ様の側に寄り添った。あたしは足早に、建物から出ていった。
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