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十章:お休みなさい 夢と希望(前編)

第6話 新たなミッション

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『はい、聖・アイネワイルデローゼ学園です』
「あ……お世話になっておりますわ。あの、あたくし……ニコラと申しまして、おほほ。そちらで派遣教師をされているサリア先生に大切なお話がございまして、至急、繋いでいただけないでしょうか?」
『サリア先生ですね。少々お待ちください』
「はい。お待ちしてますわ」
『……。……。……少々、手が離せないようで、こちらから折り返しさせて頂いてもよろしいでしょうか?』
「ええ。……お願いします」


 ――翌日。


『はい、聖・アイネワイルデローゼ学園です』
「あ、どうも。こんにちは。あのー、昨日お電話をさせていただいたニコラと申します。昨日もお話したと思うのですが、サリア先生に御用がございまして、折り返しいただけるとのことだったのですが、まだ連絡がなかったのでこちらから再度おかけしたのですが、どうなってますかね?」
『確認いたします。お待ちください』
「ええ。ありがとうございます」
『……すみません。やはり手が離せないようで、再度、改めてこちらから折り返しさせて頂いてもよろしいでしょうか?』
「いや、あの、でも、一言だけでいいのだけど……」
『申し訳ございませんが、生徒を受け持ってますので』
「……あー……」
『手が空き次第、連絡するようお伝えしておきます』
「……わかりました。無理を言ってすみません」

 受話器を置いた。しかし――連絡は来ない。

(サリア)

 GPSにもメッセージを送る。

(サリア?)

 地図で場所を確認する。間違いなく、聖・アイネワイルデローゼ学園にいる。

「……。……。……ん?」

 あたしはふと、地図を拡大してみた。

「……え?」

 あたしの指が止まる。

(止まってる?)

 とある一定の場所で、GPSが止まってる。

(サリア、どこかにGPS置き忘れたのかしら。前までは毎日のように持ち歩いてたわよね?)

 忙しなくサリアの印が動いていたのを以前確認している。

(でも、今は動いてない)

 時間が経ってからも見てみる。やはり動いてない。
 寝る前に確認してみる。動いてない。
 翌日、――印が消えた。

「ごきげんよう」

 あたしは再度受話器を持つ。

「テリー・ベックスよ。サリアに用があるの。至急、連れてきていただける?」
『テリー様。お世話になっております。大変申し訳ございませんが、サリア先生はただいま授業中で……』
「緊急なの」
『生徒を持っていますから、そういうわけには』
「授業はいつ終わるの?」
『こちらから折り返します』
「大丈夫よ。あたしがかけるから」
『お伝えは必ずしておきます』
「あのね、ちょっといいかしら? こちらはサリアを貸してる身なのよ? 言うこと聞けないならサリアを返してちょうだい」
『申し訳ございません。私は受付なので、必ず、サリア先生にはお伝えしますので……』
「理事長出して」
『申し訳ございません。理事長先生は、ただいま席を外しております』
「貴女の謝罪はいらないの。話をつけるから、サリアか、理事長を出せって言ってるのよ」
『申し訳ございません。必ず……』
「え?」
『おつ……たえ……』
「は? なに……」

 通話が切れた。

「はあ? なに?」

 もう一度かける。……電波が悪いです。時間をかけておかけ直しください。

「最悪。絶対クレーム入れてやる。ママにチクってやるから」
「なんだ、どうした? えらく機嫌が悪いじゃないか」
「じいじならどうする? 用があるのに、キッドと何日も連絡が取れなかったら」
「んー……。諦めるかのう」
「……数日前から変なのよ」

 受話器を戻し、白湯を飲むじいじの横に座る。

「サリアと連絡が取れないの。前は手紙が来てたんだけど、いつの間にか来なくなってて、電話してみたら、折り返しが来ない。忙しいからの一点張り。しまいには、電波が悪いから繋がりません」
「ふむ」
「行く前に、ママがGPSを持たせたの。あたしも休憩がてら眺めてた時があるんだけど、サリアが動くとGPSの位置も動くわ。それで、一緒に働いてるなあ、とか、そんなこと思ってたら」

 昨日、印が消えた。

「……サリアに何かあったんじゃないかしら。だから、通話に出させないとか」
「テリーや、教員の仕事は想像以上に大変なものじゃ」
「だとしても、メッセージも送ってる。サリアだったら一言だけでも返事をしてくれるわ」
「……ふむ」
「……これ以上、電話をしても無駄な気がしてならない」

 ちらっとじいじを見る。

「じいじ、クレアならこう言うと思わない? 『よし、あたくし、潜入調査に行って調べてくる』」
「テリーや」
「ちょっと見てくるだけよ」
「仕事は?」
「申し訳ないけど、紹介所はジェフに任せて、ママには事情を説明する。そうするしかない。返事をしないサリアが悪いのよ。じいじ、止めても無駄よ」
「お前も止まらないからな」
「安心して。今夜は泊まるから」
「まだ片付けてない書類があるんじゃないのか?」
「サインしないといけないのは持ってきてるから平気。だから……あたしがいない間は城に戻って。ここで一人は……流石に怖い」
「……ああ。お前が出発したらそうしようかのう」
「ええ。お願い。そうして」
「ふぉっふぉっふぉっ。大丈夫だよ。女神様は、まだ私を迎えには来ないようじゃ」
「わからないわよ。じいじの場合、案外、コロッといきそう」
「そうだのう。いきそうだのう」
「笑いごとじゃないんだから。もう!」

 翌日の朝、帰宅したあたしはママを叩き起こし、宣言した。

「聖・アイネワイルデローゼ学園に入りたいんだけど」
「お前……この間で……ふわあ……18歳になったでしょう……」
「聖・アイネワイルデローゼ学園の規約には、19歳まで入れるって書いてあるわ」
「だったら……まだ時間があるわ……」
「時間はないわ。あたしは今すぐに入学したいの」
「何をそんなに……ふわぁああ……急いでるの……」

(ママにサリアのこと言っても心配ないわよで片付けられる。ならば……)

 あたしは秘策を使う。

「ママ、キッド殿下はね、教養がある女が好きなんですって」

 ママが一瞬にして覚醒した。

「この間の舞踏会で言われたわ。『君はもちろん教養があるよね? 僕は、頭の良い女性でないと受け入れられないんだ。わかるだろう?』ってね」
「……きょ……教養……」
「クロシェ先生の勉強は完ぺきだった。だけどね、ママ、これ以上に、もっと勉強をしなければいけないのよ。それも、いい? テリーだってことがバレては駄目なのよ。だって、キッド殿下に言ってしまってるんだもの。あたしには教養があります。何も心配ありませんと。それが、ね? ママ、急に家庭教師を雇い始めたらどう思われる?」
「け、結婚が……無しに!」
「だから匿名で学園に入学して、勉強するの。ママ、わかってくれた?」
「そういうことなら仕方ないわ。今すぐ理事長に連絡して……」
「ああ、ママ、そういうのはやめて。理事長がもしも口の軽い人で、キッド殿下に言いふらしたらどうするの?」
「確かに!!」
「こういう時は身内以外信用してはいけないの。ママ、裏ルートを使って手続きだけしてちょうだい」
「だったら」

 ママとあたしの間で大人しくしていたメニーが初めて声を出した。

「お母様、わたしも行きたい」
「なんですって!?」
「いや、メニーは必要ないと思……」
「わたしの名前なら、ばれないよね?」

 ……ママとあたしがきょとんとした。

「わたしとお姉ちゃんは、ベックス姉妹じゃなくて……エスペラント姉妹で」

 メニーの本来の家系の名前。

「遠い田舎町で暮らしてたエスペラント男爵の娘姉妹が、学びを求めて学園に入学する。この案でどうかな?」

 ドアから聞いてたギルエドが顔をしかめた。
 一緒に聞いてたモニカが眉を潜ませた。
 モニカに乗ってたメイド達が耳をすませた。
 ママが決断した。

「採用よ!!!!」
(不採用よ!!!! ママのバカ!!!!)

 メニーは15歳。あたしが18歳となったばかりの夏だった。




(*'ω'*)






 これは一つの物語だ。


 これはあたしの物語だ。

 だって、視点は全て他の誰でもない、あたしから見た世界なのだから。

 思考も行動も全てがあたしの決めた道。
 何も知らずに進んでいたら、あたしは自分よりも綺麗で美しい、憎き義妹に死刑にされた。なんてことするのかしら。あの女。人を悪人と呼んで死の刑に処すなんて。酷い女。

 あたしはただ貴族のお嬢様として、家族と一緒に平民の義妹に立場をわからせてやっただけだというのに。

 しかし、あたしの死の直前、あり得ないことが起きた。全滅したと思われていた、わずかに生き残っていた魔法使い達が、裏で動いていた紫の魔法使い、オズによる『世界の破滅』を阻止するため、宇宙を一巡してしまった。その結果どうなったか。

 そうよ。10歳のあたしは死ぬ直前のことを思い出してしまったの。二週目の世界。思い出したのは義妹のメニーがまだあたし達の家族として過ごしていた時だった。
 もう二度とそんな未来にしないため、あたしは緑の魔法使いドロシーの提案の元、『罪滅ぼし活動』を行ってきた。

 もう必死よ。あたしは絶対に死刑にならない。男爵令嬢として贅沢に暮らしてやるんだからとメニーに散々良い顔をしてきた。

 時々メニーも記憶を思い出していることを知らずに。

 メニーは一度目の世界のことを覚えていた。そして、メニーの夫となった第二王子のリオンも覚えている。

 あたしの死刑への未来が回避できたとしても、このままではオズによって行われる『世界の破滅』は終わらない。

 ならばあたしが、リオンが、メニーが覚えていることを、救世主であるキッドに伝えるしかない。キッドはオズを止められる唯一の人物。オズが世界を混乱に招くために増やし続ける『中毒者』に太刀打ちできる唯一の相手。

 その正体はリオンの兄。第一王子――ではなく、クレアという第一王女。リオンの姉。あたしの――最愛の人。

 オズを止め、新たな未来を切り開く。
 それが、二度目の世界で生きるあたし達のやるべきこと。

 なんだかんだ順調だと思っていた。少なくとも平和へのルートを辿れていると思っていた。ここまでやったというのに、神様は意地悪ね。あたしからサリアを取り上げるなんて。サリアの頭脳はこの先だって欠かせない。それだけじゃない。あたしがサリアを大好きなの。だから、あたしがいけない子だからって奪わないで頂戴。

 今度は何よ。
 何の罪を滅ぼせというの?



「そういえば、君、一度目の世界ではサリアをサリアと認識してなかったんだっけ?」
「メイドなんて全員同じ顔に見えたわ」
「ははーん? つまり、誰に何言ったかも覚えてないわけだ。ということは……使用人達にどんな横暴な態度を取ったのかも覚えてないわけだ?」
「……」
「サリア以外の使用人は、ベックス家の環境が嫌で自ら去っていった者もいた。記憶を失った君がアトリの村でメニーに話してたよ」

 あたしは全力疾走でメニーの部屋へと駆け走り、電気よりも速い動きで扉を開け、ポロンポロンとピアノを弾いてたメニーの部屋へと入り、全力で扉を閉めた。そしてズカズカと歩いていき、ピアノを弾くメニーの横に立ち、『覚えている範囲で出来事を書き綴ったノート』を叩きつけた。

「書いてもないし、覚えてもいないから訊くわ。一度目のあたしの傲慢な態度で辞めた使用人は何人いるの?」
「テリーっていうよりは、家族三人でわたしを虐める姿に耐えかねた人達がほぼ全員だったかな。わたしを守ったりすると減給されるか、解雇になったから」
「あたしのせいじゃないじゃない!! 犯人は、ママよ!!」

 ポロロン♪ あたしは天井に貼り付くドロシーに指を差した。

「ママの分の罪がサリアに行ったんだわ♪! ママに償わせればいいじゃない♪!」
「テリー♪、君はママの言いなりだった♪。傲慢を良しとしていた君だって共犯者♪。罪人に違いない♪」
「ふざけんな♪! なんでもかんでもいつでもかんでもあたしのせいにしやがって♪! たまにはママやアメリにも償わせたらどうかしら♪!」
「アメリアヌは既に嫁いで屋敷の外へと飛び立った♪。君のママが留守をすれば倒産せずに続いてる事業は絶対回らない♪。だとするならば、答えは一つ♪。君が全ての責任を背負って進むだけなのさ♪」

 ポロロン♪

「いいかい。テリー。この言葉をよく覚えておくんだ」

 人を撃っていいのは、

「罪を償う覚悟がある奴だけだ!」
「んなの知るかっっっ!!」
「さあ! 罪がメイドのサリアに向けられた! サリアは音信不通。大変だ! ここで出番だ! 罪滅ぼし活動!」
「ねえ! 今回はあたしの罪じゃなくて完全にママだと思うの! あたしは被害者よ!!」
「……でも」

 メニーが手を止めて、笑顔であたしを見た。

「テリーが気に入らないメイド達を解雇にしたこと、何度もあったよね」
「……」
「病気のお母さんにお金を送ってるマリヤ、家族の生活のために働いてるローラ、手が汚いからってお母様に言って、解雇にしてた。他にも何人も……」

 ――全員、今日も笑顔で廊下の掃除をしている。

「懐かしいね。テリー」
「……。……。……お前、……嫌い……」
「さあ! 思い辺りのある子羊よ! 今こそ学んできた記憶を辿り、罪を償いを! 重罪人、テリー・ベックス」

 ドロシーがピアノに乗り、杖をあたしに構えた。

「今回のミッションは?」
「サリアを屋敷に連れて帰る」

 ドロシーが杖をくるんと回した。

「復唱!」
「愛し愛する。さすれば君は救われる」
「傲慢令嬢の言葉、確かに戴いた!」
「はあ……」

 あたしはメニーの肩に肘を乗せて、軽く寄りかかった。

「なぁーんであたしがママの分の罪を償わなきゃいけないのよ。お前よ。そもそもお前がこの家に来なければずっと平和だったのよ。この疫病神」
「うふふ! テリーったら、集中できないよ……」
「うるせえ! 寄りかかっただけで顔を赤らめるな!! 恋する乙女みたいに可憐に俯きやがって! 何よ! その仕草! おしとやかなお嬢様らしい動き! ムカつく! くたばれ! おまえなんか、嫌いっっっ!!!!」

 あたしの「嫌い」が部屋中に響き渡るのに、メニーはそれでも嬉しそうに微笑んだ。













 巨大な門が開かれた。

 2つの像がそびえ立つ学園の中へ馬車がやってくる。生徒達は窓から覗き込んだ。

「こんな時期に入学?」
「編入生だわ」
「どんな子?」
「見えない」
「こら、授業に集中しなさい」
「「ひえ! すいません!」」

 使用人のフレッドが手を差し出し、その手に掴まったメニーが下りた。窓から見てた生徒の一人が目を奪われた。

「さあ、お嬢様」

 その次に、あたしが下りた。

「フレッド達がいられるのはここまでです。お忍びでの学園生活。楽しくなることを願ってます」
「ありがとう。フレッド」

 顔を上げると、美しい学園が土地を埋め尽くしている。

(サリア)

 罪滅ぼし活動ミッション、サリアを連れて帰る。

(必ず見つけるわ)

「行くわよ。メニー」
「うん!」
「お二人とも、どうかお元気で!」

 フレッドに見送られる中、あたしとメニーがバッグを持って歩いていった。


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