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九章:正しき偽善よ鐘を鳴らせ(後編)

第20話 思い出9

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「だいぶシチューづくりも上手になったわね」

 そこらへんで拾ってきた薬草を入れて、今日もシチューができあがる。

「牛は草を食べてくれるから助かるわ。エサ費がかからない」

 ミルクがないと、シチューは作れない。あたしはシチューをお皿に盛り付ける。

「さあ、女神アメリアヌさまに感謝しましょう」
「……またシチューなの?」
「アメリ、うちにはお金がないんだから、わがまま言わないで」
「……」
「ママ、また錠なんかつくって」

 ママがなにか舐めてる。

「ママ? 口あけて」

 ママが飲み込んだ。そして、また錠をつくる。

「……ママったらまたあの不味い飴を舐めてるのね」

 ママに勧められて舐めたけど、あれはとんでもなく不味い飴だった。

「ほら、ママ、シチューをつくったの。今日は結構まろやかにできたわ」
「……」
「さあ、いただきましょう」

 今日も無事に食事にありつけたことへ感謝して。

「我らが母の祈りに感謝して、いただきます」

 屋敷の掃除をする。

(ここはなんの部屋だっけ?)

 一つ一つ確認していく。そして思い出す。売れるものがあれば売っていく。

「使用人たちの部屋ね」
「ここは……客室か」
「なんのための部屋かしら。……やだ、汚い」
「ここは……」

 あたしはドアを見て、思い出した。

「ああ、開かずの間か」

 ここはいいや。
 あたしたちを捨てた男の部屋よ。ドアは壊れて開かないし、掃除もできない。

(そういえば、最近ヴァイオリンを弾いてない)

 あたしは掃除をやめて、部屋にもどって、ヴァイオリンケースを開けた。

(これだけは売れないのよね)

 そうだわ。町中で弾いてお金にすればいい。

(じゃあ、練習しないと。大丈夫。あたしは天才のテリーだもん)

 あたしは久しぶりにヴァイオリンを弾いてみた。弾いた途端、心が踊るような気分になった。これよ。これこれ。あたしの演奏。ヴァイオリンの耳につくような音。

(ある程度練習して弾いてみたら、案外お金になるかもしれない)

 ――またへたくそって言われたら?

(……それでもいい)

 少しでもお金が入ればいいわ。

(でも、今は冬だから)

 そうね。雪が溶け始めたら外で演奏しよう。

(ずっと練習していたナイチンゲールのワルツを弾こう)
(あたし、そしたら有名人になるかもしれない)
(有名人になったらお金が入るわ)

 あたしはくるんとまわって、カレンダーを確認した。

(あ)

 今日はメニーの誕生日だ。

(……)

 もう、あたしが毎年屋根裏にのぼることはない。
 そうか。だから城下町がパレードをひらいてるんだわ。
 最近食材も買えてないから気づかなかった。

(リオンさまとの結婚パレードか)

 集めてきたリオンさまの写真は、もうなんの価値もない。

(あなたはメニーのものになった)

 メニーをここから連れ出してくれた。

(これでよかったのよ)

 あたしはヴァイオリンを弾く。
 その音で妄想にふける。
 あたしは現実逃避をする。
 ほんのすこし練習をしたら、また掃除を再開しないと。
 あたしは現実逃避をする。
 本は全て売ってしまった。
 あたしはヴァイオリンを弾く。
 頭のなかで想像する。

 あたしは不幸な娘。家は貧乏で大変。でもやがて王子さまが迎えに来てくれるの。
 これは、不幸な話じゃない。

 真実の愛の物語。

 ――ベルが鳴った。あたしは現実に戻った。

「……はーい」

 あたしはかけ走ってドアを開けた。外には、大勢の作業服を着た人が立っていた。

「どちらさまですか?」
「ベックス家の者か?」
「……ええ」

 横暴な態度の男に、あたしはうなずいた。

「そうですけど、なにか?」
「本日、裁判所により、ベックス家の破産、および爵位の喪失、強制退去を確定された」

 あたしの頭が白くなった。理解が追いつかない。

「え?」
「差し押さえだ。この家から出ていけ」
「え、そんな、急に」
「やれ」

 作業員が入ってくる。

「ちょっ!」

 作業員がテープを貼っていく。差し押さえ。

「あの!」

 作業員がテープを貼っていく。差し押さえ。

「待って!」

 作業員がテープを貼っていく。差し押さえ。

「あ、あああ……」

 アメリが悲鳴をあげた。作業員がテープを貼っていく。差し押さえ。

「やめて! わたしのものに触らないで!」

 ママはなにも言わない。座っているイスも全て作業員がテープを貼っていく。差し押さえ。

「っ」

 あたしははっとした。部屋にすばやく走り、ヴァイオリンをケースに入れて、抱きしめた。

「……」

 作業員がテープを貼っていく。差し押さえ。

「……」

 街ではパレードが行われている。

「……」

 作業員がテープを貼っていく。差し押さえ。

「……」

 差し押さえ、差し押さえ、差し押さえ。

「……」

 作業員があたしの部屋まで来た。ベッドも、机も、棚も、全部差し押さえ。

「おい、なにを持っている」
「こ、これだけは……」
「この家のものはもうお前たちの財産ではない!」
「っ!」

 男があたしからヴァイオリンケースを奪った。

「出ていけ!」

 差し押さえ。

「それだけは、どうか、ご慈悲を!」

 あたしは男にしがみついた。

「どうか!」
「おれの妻はマーメイド号で死んだ。お前たちがつくった船でな!」

 男があたしを突き飛ばした。

「賠償金を払いきらなかった自分たちを責めるんだな!」
「ここはもうお前たちの家ではない!」
「ほら、出ていけ!」

 真冬のなか、あたしたちは屋敷から追い出された。ドアには、立ち入り禁止とテープが貼られた。つめたい。寒い。でも、夜はもっと寒いんでしょうね。

(よかったわ。厚着のドレスを着ていて)

 道に落ちてたストールを拾い、ママに羽織らせた。
 ゴミ箱に落ちてたストールを拾って、アメリとあたしが羽織った。
 長い木の棒が落ちていたので、それを拾ってアメリの杖にした。

「アメリ、これからどうしましょうか」
「……食料の調達しなきゃ」

 アメリには知恵がある。あたしは行動する足がある。

「ゴミ箱になにかない?」
「食べかけなら」
「いいわ。もうそれで。お腹空いた」
「風をしのげるところに行きましょう」

 あたしは、むかし、あたしとの約束をすっぽかした男の子とあそんだ空き家に行ってみた。残念ながら取り壊されていた。だが、その近くにだれも住んでない廃墟があり、あたしたちは無断でそこに入った。

「一日だけならばれないわ。朝に出ていきましょう」
「そうね」

 アメリが力のないママの背中をなでた。

「ママ、あたし、マッチを持ってきたの。ポケットにあるわ。ほら!」
「アメリ、ナイスよ」

 あたしは暖炉にしけた丸太を集めて勝手に使用した。大丈夫。廃墟の暖炉を使ったって、だれも気には留めないわ。今日はパレードだもの。

「見て。テリー」

 外では花吹雪が舞っている。

「冬なのに春みたい」

 アメリが体を震わせた。

「アメリ?」
「寒い……」
「暖炉の前に来て」
「お風呂に入りたい」
「……春になったら水浴びが出来るわ」
「まだ二月よ」
「もう少しで春になるわ」

 あたたかくなったら、

「少しは住みやすくなるわよ」

 そうだ。

「掲示板か、役所に行って仕事をどこか紹介してもらいましょう。窓口があったはずよ」
「貴族がそんなことするの?」
「もう貴族じゃないわ。お金もないし、まずは稼がなきゃ」
「テリー、わたしたち、顔が知れ渡ってるし、名前だって知られてるわ。顔を変えた上で名前を偽らない限り、この不景気で雇ってもらえないと思うけど」
「……行ってみなきゃわからないじゃない!」

 プライドなんて捨ててしまえ。

「あたしが行ってくるわ。アメリはママをお願い」

 しかし、門前払い。

「帰ってくれ」
「あの」
「あんたに紹介できるところはない」
「そんなわけないわ。どこでもいいのよ」
「じゃあ囚人の工場にでも行けばいい! わっはっはっはっはっ!」

 役所だって、どこだって、今まで傲慢な態度を見せていたあたしたちを許す人はいなかった。マーメイド号沈没事故の件だって含まれてる。多くの未来ある人が亡くなり、町のみんながあたしたちを恨んでた。

「あんたたち、新入りかい?」
「……ええ」
「おや、どこかで見たねえ」
「……テリー・ベックスよ」
「なんだって? ベックス? おやおや、町一番の嫌われ者一家がホームレスかい。そういえば没落したってラジオでやっていたね。たかがひとつ貴族が没落するくらいでニュースになるなんて、よっぽど嫌われているんだろうね」
「……」
「家のない人はね、慈悲の心を持ってるもんさ。あたしゃ、あんたたちのことをよく知らないし、これは歓迎がてら。もっていきな」

 あたしは名も知らないホームレスにリンゴをもらった。

「……ありがとう」
「助け合い精神ってね。んふふふ!」

 そう言って紫色のマントで身を包んだホームレスが去っていった。リンゴがあれば一日をしのげた。果物は偉大だ。

「ママ、なに持ってるの?」
「……」
「まあ、……これ、どうやって作ったの? こんな錠。すごいわね」
「テリー、ママ、なにか舐めてない?」
「……ママ、口あけて」

 ママが飲み込んだ。

「だめよ。ママ、体に悪いものかもしれないわ」
「……」
「もう。ママったら」

 夜は寒いから身を寄せ合ってあたためあう。
 昼間はお金をもらうため、『お恵みを』と紙を持って、地面に座った。ただし、貴族のプライドは捨てても、あたしは自分が大事にしているところのプライドは捨てなかった。ときに、酔っ払った男が歩いてきて、あたしが女であるのを確認したら体にさわってこようとした。そのときは、あたしは全力で逃げた。

 お金がないのはわかってる。
 ここは本のなかではなく現実であることもわかってる。
 でも、それだけは捨てられない。
 あたしの処女。リオンさまに捧げると誓っていたものだけは、あたしはどうしても捨てることができなかった。
 性行為だけはしたくない。だから髪の毛を売った。まだきれいなうちだったから。……大したお金にはならなかったけど、それでもリンゴ一つくらいなら買えた。でも、さて、じゃあ次はどうしましょうか。雇ってはもらえない。ゴミ箱をあさる。食料はないかしら。レストランのゴミ箱をあさっていたら怒られて、石を投げられた。

 ネズミを捕まえて焼いて食べた。
 虫を捕まえて食べた。あら、案外食べれるわね。
 あたしとアメリは結構たくましかった。レイチェルのパーティーで喧嘩慣れしてよかったわね。肝が据わったわ。でも、困ったことに、アメリはうそをつく癖があった。どうしてそんなうそをつくのかわからないうそをつくの。あたし、やめてって言ったんだけど、アメリも自分の言ってることがわからない感じだった。
 ママは相変わらずなにかを舐めている。手にはいつもいびつな錠があった。

 冬はどんどん春になっていく。
 あたしたちは時間とともに、成長していく。
 盗みを働くようになった。
 だって、食料がないんだもの。
 簡単よ。出店の食べ物を手に持って走ればいいだけ。
 つかまらなければこっちのものよ。

「アメリアヌさま、感謝します」

 今日も食事にありつけることを。

「アメリアヌさま、感謝します」

 今日も生きていることを。

「アメリアヌさま」

 その日、アメリが逃げてきた。

「アメリ!」
「逃げて! 追いかけてくる!」
「逃がすか!」

 投げられた石がアメリに当たった。アメリが転んだ。

「アメリ!」

 あたしも石が当たって、一瞬意識がとんだ。

「っ」
「この泥棒どもが!」

 あたしとアメリが蹴られた。

「よくもうちのリンゴを取ってくれたな!」
「この!」

 四、五人に囲まれて、あたしとアメリが蹴られる。

「牢屋に入れてやるからな!」
「まったく!」

 あたしはその場で気絶するのがわかった。薄らいでいく意識のなかで、こんなことを思った。

 もう、目覚めたくない。

 だけど現実は残酷だ。あたしは目を覚ます。留置所に入っていた。それからは、意識がぼんやりして、あんまり覚えてないのだけど、たぶん、知らない間に色々手続きされて、なぜか裁判所に親子で連れていかれた。

(あ……)

 顔を上げると、そこにはリオンさまと――すごくきれいになったメニーがいた。

「これより、ベックス家の裁判をはじめる」

 難しい言葉を使うから、あたしなりにこう解釈した。
 今回つかまったことによりあたしたちの正体が判明し、なおかつ、メニーへしてきたことが明るみになったのだ。過去は平民でも今は国民のみんなに愛されるプリンセス。メニーはこの短期間で、さまざまな法律の訂正や、生活の訂正を行ってきたのだそうだ。みんなは謳った。彼女こそ天使だと。

 その天使を、さんざん虐めてきたベックス一家。
 母親からは残酷な命令をされ、長女からは酷く虐められ、次女からは殺されかける。到底許される行為ではない。

(わかってる)

 これは報いだ。

「悪魔だ!」
「悪魔の一家だ!」

 あたしたちは石を投げられる。

「死刑だ!」
「首をはねてしまえ!」
「静粛に」

 リオンさまが見ている。あたしたちが蔑んだ人々が怖い目で見ている。
 プライドなんて捨ててしまえ。
 あたしとアメリは、床に額をこすりつけた。

 申し訳ございません! 申し訳ございません!! メニーさま、あたしたちを助けてください! わたしたち、心を清めたんです! もう前のわたしたちとは違うんです! メニーさま! ごめんなさい! あたしたちが悪かったです! 許してください! どうかご慈悲を! とにかく謝るの。今までのこと、ごめんなさいっていうのよ。

 メニーならわかってくれるわ。

 そう。メニーは慈悲をあたしたちに与えた。

「刑務所ではなく、囚人用の工場に入ってもらいます。そのほうが、生活が安定しているから」
「ああ、メニーさま!」
「なんと慈悲深い方だ!」
「こんな悪党どもに情けをかけるなんて!」
「あなた」

 メニーがリオンさまに微笑んだ。

「それでお願い」
「認めよう」

 これで、寒い外の生活とはお別れだ。刑務所ではない場所を提示したメニーの慈悲に、あたしは心から感謝した。

 メニーはわかってるんだわ。
 あたしたちがどれだけ苦労したか。
 あたしたちがこうするしかなかったこと。
 あたしたちが嫉妬に狂ってたこと。

(……ごめんなさい。メニー)

 これからは真面目に生きていこう。そうすればいつか、

 あたしにも王子さまは現れる。





 王子さまは現れなかった。




 ママは発狂した。
 アメリは死刑になった。
 あたしも死刑になった。
 取り消された。
 あたしは拷問にかけられた。
 死刑になった。
 取り消された。
 また死刑になった。
 取り消された。
 あたしは拷問にかけられた。
 また死刑。
 取り消し。
 また死刑になって、
 取り消されて、

 でも結局、ギロチンが待っている。


 ミンナクタバレ(*ノωノ)ヤダモウキライ。


 あたしは嫌われようと思ったことなんて一度だってない。
 そんなことを思って過ごしたことはない。
 気に食わない奴がいたら口負かすだけ。
 あたしは貴族。
 お前は平民。
 格が違うのよ。
 ただそれだけ。

 物語に出てくる悪役令嬢は、自分の役目を全うしようとして嫌われたがる。
 でも周りに人が寄ってきて、笑顔を浮かべる。
 だったらあたしの役目はわき役のお嬢さま。
 嫌われることはない。
 そう。あたしは嫌われたくない。
 なのに周りには、だれもいない。
 どうして?
 あたしは嫌われようと思ったことなんて一度だってない。
 ねえ、どうして?

 物語のヒロインは、嫌われたがる。
 立派な悪役令嬢になりたがる。
 あたしは、悪役なんてなりたくない。
 あたしは物語のヒロインになりたい。
 こんな現実いらない。

 嫌われたいの?
 わかった。じゃああたしの立場をあげる。
 嫌われて、孤独になって、石を投げられて、一人で自由に生きていきたいんでしょ?
 あたしはそんなの嫌だから、みんなにこの立場をあげる。
 たくさんの本がある。
 みんな違う立場。
 憧れる。
 あたしの立場はいや。
 だからあげるわ。
 はい。どうぞ。
 なのに、どうして?
 ねえ。
 どうしてだれも受け取ってはくれないの?

 あたし、悪役なんてなりたくない。
 悪い人になんてなりたくない。
 なりたくない!!
 だれからも嫌われたくない!
 愛されたい!
 好かれたい!
 嫌われたくない!
 嫌われたくない!
 嫌われたくない!

 それでもあたしは嫌われる。

 いっそのこと、一回死んで別のだれかになりたい。
 それで、だれかはあたしとなるの。
 あたしのやってきたことを、そのだれかが尻ぬぐいしてくれるの。
 だれかはあたしに、あたしはだれかに転生したら、きっともっといい人生を過ごせると思うの。
 こんなバラのトゲがいつまでも続く痛いだけの道じゃなくて、もっともっときれいなお花に囲まれた道にすすめると思うの。
 向かうのはハッピーエンド。
 そうでしょ?
 そうじゃない。
 みんな転生してるじゃない。
 だったらあたしも転生したいわ。
 あたし以外のだれかの体に入って、知らない環境で、知らない人で、他人の人生を全うするの。
 愛する王子さまができるの。
 友達ができるの。
 魔法が使えるの。
 すごいのよ!
 あたし、ぜったいに嫌われないの!
 前世の記憶があるから、うまく立ち回れるの!

 じゃあ、一度生きないと人って嫌われるの?

 子供なんて右も左もわからない。だから失敗する。それを笑顔で許されたら、善と悪なんてわからない。だからあたしはわからない。無意識のうちに人の顔面を踏みつけ、人の傷を増やしていく。あたしは気が付く。振り返ってみた。そしたら、もう、人々は遠くからあたしを睨んでる。どうして? あたしがなにをしたっての? ママが悪いんじゃない。家庭教師が悪いんじゃない。大人が悪いんじゃない。あたしをちゃんとしつけてくれなかった大人のせいじゃない。

「人のせいにするな」
「自分が悪いくせに」
「それを言い訳っていうんだ」
「すぐに言い訳する」
「ふつう気づくだろ」

 いいえ、全然気づかないわ。
 だって、笑顔で許されてきたんだもの。

「言い訳ばかり」
「反省してないな」

 じゃあ教えて。
 なにが悪いことなの?
 あたしの罪をぜんぶ、一つ一つ教えて。
 あたしがやってきた自己防衛。すべてが悪だというのなら、あたしに教えて。
 ヴァイオリンを引く子供の演奏に悪口を言う大人は悪にはならないのか。
 子供を誘拐する大人は悪にはならないのか。
 嫌がらせをする姉は悪にはならないのか。
 あたしをちゃんと教育しなかったママは悪にはならないのか。
 メニーを奴隷のように扱ってきた大人は悪にはならないのか。

「テリー・ベックスを死刑に!」

 あたしに降りかかる罪。

「テリー・ベックスに地獄を!」

 あたしだけが背負う罪。



 そんなの、まちがってる。



「くくっ」

 あたしは喉の奥から笑った。

「くくくくくくく」

 笑いが止まらなくなった。

「あははははははは!」

 リオンがまゆをひそめた。

「はははははははは!」

 メニーがじっとあたしを見た。

「ばーーーーーか!!」

 あたしは二人を見た。

「あたしが泣きながら反省して死刑台に立つと思ったら、大間違いよ!」

 野次馬が殺気をぶつける。かまわない。
 リオンがあたしを見つめる。かまわない。
 メニーが澄んだ目であたしを見つめる。かまわない。
 最後は、すべてを笑い飛ばす。

「あたくしはテリー・ベックス」

 最後の舞台は、貴族らしく。

「どうも、みなさま、さようなら」

 美しくお辞儀をする。

「実に優雅な人生でした」

 あたしは人生を全うした。抗った。
 だれがなんと言おうと、あたしは、一生懸命生きたのよ。

「あたくしを殺すみなさま、ご気分はいかがですか?」

 死刑執行人があたしを押した。あたしは優雅にクスッと笑った。死刑執行人がいらついたように、あたしを仰向けにした。刃がいつ落ちてくるかあたしがよくわかるように。
 でもね、なんにもこわくないの。

 憎しみと、冷たさと、絶望しかわかないの。

 あたしはみんなにきこえるように叫んだ。

「よくもあたしを死刑にしたな!」
「全員呪われてしまえ!」
「このあたしを死刑にしたこと、心から後悔するがいい!」

 リオンが手を構える。あたしは見つめる。
 ずっとお慕いしておりますわ。リオンさま。

 メニーの澄んだ目が、あたしを見つめつづける。その目を見て、あたしは思わずやさしい笑みを浮かべた。

「メニー」

 最期の言葉をお前に贈ろう。
 あたしの感情と真心を本音にこめて。




「お前の幸せなんて、祈らなければよかった」





 その直後、刃が落ちた。




 意地悪な姉は死に、灰被り姫はとうとう幸せになりましたとさ。

 めでたし、めでたし。




 あたしは本を閉じて、元の棚にもどした。



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