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九章:正しき偽善よ鐘を鳴らせ(前編)

第18話 思い出2

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 男の使用人があたしに言った。

「このとめがねからロープを外すと、バスケットがあそこから下りてきます。ただ、急にロープを離すと壊れてしまう可能性があるので、お気をつけください」
「わかった!」

 あたしは練習がてら、とめがねからロープを外し、ゆっくりとロープを動かしてみた。すると、円形のバスケットが木から落ちてきた。

「テリーお嬢さま、いかがでしょうか」
「ふん! なかなか悪くないわ!」

 仕組みを知った上で、何度か練習し、あたしは当日を迎えた。今日はあたしの妹が屋敷に引っ越してくる。

「ほら、メニー。あいさつして」
「よろしくおねがいします」

 ママはにっこり笑って、困ったことがあったらいつでも言うのよと、その子に言った。アメリは面白くなさそうに鼻をいじった。あたしは胸を張って威厳を見せた。あたしは今日からお姉ちゃんなのよ!

「仕方ないから屋敷を案内してあげるわ!」

 あたしは妹を連れて裏庭にやってきた。裏庭の大きな木ととめがねとロープを見て、妹はぽかんとまぬけな顔をした。

「すごいでしょ!」

 あたしは自慢した。

「おっほっほっほっ! もっとすごいんだから! その目を見ひらいて、よーーーーく見てなさい!」

 あたしは木に向かってとってもかわいい声で歌った。

「ゆすって、ゆすって、若い木さん、銀と金を落としておくれ」

 ロープをとめがねから外すと、油断してロープを離してしまった。びっくりしてふり返ると、バスケットが勢いづけて木から落ちた。壊れたかもしれない。あたしはおそるおそるバスケットを覗いた。そのなかには、事前に入れておいた銀でできたアクセサリーと金でできたアクセサリーが納められていた。

(……。中身は無事ね!)

 それならひとまず、いいや! 仕掛けはあとでだれかに直してもらおう!

「これは、魔法の木なのよ」

 あたしは知ったかぶった顔で妹に説明した。

「ほしいものがあれば、ここで歌うともらえるの。でもね、この木は気まぐれだから、ほしいものがあればあたしに言うのよ。そしたらあたしが歌ってあげる。あたしは木のお気に入りだから、あたしが歌えばなんでも出てくるわ」

 あたしはバスケットを妹に見せた。

「ほら、きらきらひかってて、きれいでしょ」

 妹に差しだした。

「これはきっと魔法の木があんたを気に入ったんだわ。よかったわね」

 あたしはかわいい笑顔をうかべた。

「これあげる」

 そう言うと、あたしの妹はすこしおどろいたように、ぽかんとした顔のまま、あたしに返事をした。

「ありがとう」
「大事にしてね」
「うん。……宝箱にしまっておくね」

 あたしの妹がアクセサリーを受け取った。じっと眺めている間に、どんどん白かったほおがピンクになってきて、口角はきゅっと上がり、青い目は宝石のようにきらきら光りはじめた。

 妹がうれしそうに笑った。

「ありがとう。お姉さま」

(笑った!)

 あたしはその笑顔を見て、とってもうれしくなった。

(やった!)

 あたしの妹が笑ったわ!

(ねえ、見て! あたしの妹が笑ったわ!)

 思わず使用人たちに顔を向けると、使用人たちがあたしに親指を見せた。

(見て! あたしの妹が喜んでる! これ、あたしの妹なのよ!)

 あたしはアメリとはちがう。
 あたしは妹をいじめたりしない。
 妹は大事にするものよ。
 あたしの遊び相手。
 あたしのお人形。
 それが妹でしょう?

「このアクセサリーでおままごとしてあげてもよくってよ! こっち来て!」

 あたしは妹を引っ張って、あたしの部屋まで走る。あたしの妹はされるがまま。廊下の角を曲がるとメイドとぶつかった。

「いたい!」
「まあ。大丈夫ですか?」
「ちょっと! どこ見て歩いてるのよ! 妹が転んだらあんたのせいよ!」
「申し訳ございません」
「行きましょう!」

 あたしはまた妹を引っ張った。メイドがそんなあたしたちを見送った。

「サリア、大丈夫?」
「ええ。わたしはなんとも」

 あたしは部屋でおもちゃ箱をひっくり返した。

「ほら、見て! 王冠! これはあたしのよ! さわっちゃだめだからね!」

 あたしは王冠をつけた。

「あたしはお姫さま! あんたは第二お姫さまね!」
「はい」
「あたしはリオンさまのお嫁さんなの! あんたは他の国の王子さまのお嫁さんね!」
「はい」
「あたしたち姉妹には、家来がたくさんいるの! それでね、あたしたち姉妹には、秘密があるの!」

 あたしはドレスをなびかせて、ポーズを取った。

「困ってる人が現れたら、あたしたちはすぐに駆けつける正義のヒーローなの! 名前は、トラブルバスターズ!」
「……」
「なにしてるの!? 早くポーズして!」
「……ポーズ?」
「あんたはこっちに立って、こう!」
「こう?」
「そう! それでいいの!」

 あたしと妹がポーズを決めた。

「トラブルバスターズ、参上!」

 どんなトラブルも解決する正義の味方なの!

「この屋敷の平和は、あたしたちが守るわよ!」
「この屋敷の、平和……?」
「困ってる人を見かけたら、手伝ってあげるのよ! 一緒に頑張るわよ! メニー!」
「はい」
「あたしたちは二人で一つのトラブルバスターズ!」
「はい」
「一人はみんなのために! みんなは一人のために!」
「はい」
「でも普段はお姫さまだから、ぜったいにばれちゃだめなの。いい? これは二人だけの秘密よ!」
「はい」
「じゃあ、お茶を飲みましょう」

 あたしと妹がおもちゃのティーカップを持ち上げた。

「歓迎するわ。メニー姫」
「ありがとうございます。テリーお姉さま」

 あたしとメニーが乾杯した。

 それからもあたしはメニーを遊びにつき合わせた。トラブルバスターズごっこは一日中と言っていいほどやった。メニーといっしょにお風呂に入って背中を洗ってあげたり、寝る前は枕投げをしてメニーと争った。ギルエドに見つかって叱られたけど、でも、あたしはそれ以上にうれしかった。となりを見たら、ごめんなさいと謝るメニーがいたけど、あたしは堂々と胸を張って威厳を見せた。

「テリーお嬢さま、反省してますか?」
「してない!」
「テリーお嬢さま!」

 あの人がメニーを連れて行ったのはその三日後だった。急な仕事が入り、まだ不慣れであろう環境にメニー一人を置いていくわけにはいかず、メニーのお父さまはメニーを外へと連れていった。

「今年中にはもどると思う」
「行ってきます」

 あたしの部屋にはまた静けさが訪れた。テディベアがあたしを囲んで、あたしを見つめる。あたしはパズルで遊んだ。でもつまんないの。しかたないからテディベアと遊んだ。でもテデイベアは動かないししゃべらないからつまんないの。

「あーあ。トラブルバスターズごっこがしたいわ」

 あ!!

「そうだわ!」

 あたしったらひらめいちゃった!

「テリー」

 アメリに声をかけられて、あたしはあわててふり返った。

「なに?」
「わたしのノート知らない?」
「ノートって?」
「四葉のクローバーのノート。お絵かき帳にしようと思ったら、どこかにいっちゃったの」
「そんなの知らないけど」
「お絵かき帳にしようと思ったのに」
「あれは? ひまわりのノート」
「あれはかわいいからだめ。わたし、四葉のクローバーのノートでお絵かきしたかったのに」
「ギルエドにきいてみたら? 掃除したメイドが持ってるかもしれないわよ」
「あー! そうだわ! ぜったいそうに決まってる! メイドが盗んだのよ! 最悪! 文句言ってやる!」

 アメリがぷんぷん怒りながらギルエドの部屋に歩いていった。あたしはそれを見届けて、――背中にかくしてた四葉のクローバーのノートを胸に抱きしめて、自分の部屋に入った。

(よーし!)

 アメリからくすねたノートにタイトルをつける。そうね。ぜったい、見つかっちゃいけないものだけど、アメリが見つけたときのために、トラブルバスターズの計画表だって、ばれないほうがいいわ!
これならどう!?

『田舎でのスローライフ計画表』

「トラブルバスターズの基地は、ぜったいにばれちゃいけないから、のどかな田舎が良いわ」

 あたしはノートの出来ばえにうっとりした。最初の1ページ目にさっそく計画を書いていく。

「あたしとメニーは、隠れたプリンセスなの。だから、美人姉妹って言われて、男の子にモテまくるの! 牛の乳を絞って、お婆さんに届けて、近所には神父様がいて、毎日お祈りをしに行く! それで、トラブルが起きたら、あたしたちが解決しに行くの! その噂をききつけたリオンさまが、白馬に乗ってあたしを見つけて……」

 ――なんて美しい人だ。お名前は?

「テリーと申します。リオンさま」

 ――テリー。ああ、なんてすてきな名前なんだろう。

「そ、そんなことありません」

 ――美しい人、どうかぼくのお嫁さんになってくれませんか?

「よろこんで!」

 こうしてあたしはリオンさまと結婚して、しあわせに暮らしましたとさ。

「はーあ! すてき!」

 あたしは机にあったオルゴールのネジを回した。しばらくして曲がはじまり、プリンセスとプリンスが手を取り合ってくるくるおどりはじめる。

「はあ……。リオンさま……」

 メニーが帰ってきたらこの計画を話そう。

(早く帰ってこないかな)

 一人の部屋は広くてさびしい。

(早く帰ってきて。メニー)

 あたしの妹。
 あたしの人形。

(早く帰ってきて)





「コンナノハ、ドウカナ」

 影が揺れる。

「部屋ニイルテディベアガ、勝手ニ動キ出シテ、襲ッテクル」

 ケケケケケケ!

「ドンナ悲鳴ガ聞コエルカナ」
「ジャック」

 星の杖を振ると、ジャックが悲鳴をあげた。

「ギャッ!」
「10月はまだ先だよ」

 ドロシーが子供の顔をのぞいた。

「テリー」
「……むふふ」
「起きて。テリー」
「はあ。リオンさま……」
「テリー」
「赤いマントが似合ってて……やさしい王子さまで……」
「だめだな」

 顔の前で手を振ってみる。

「まったく見えてない」
「ケケケ」
「ジャック、やめろ」
「ドロシー、外ガ騒ガシイネ」
「え?」
「ケケケケ! ケケケケケケケ! ゲゲケケケゲゲゲゲゲケケケケケケケゲゲゲ」
「……こいつは……」








 老婆が悲鳴をあげる。
 杖が床に落ち、鈴がチリンと鳴った。
 かべに血が飛び散る。
 老婆は壁に手をこすりつけた。

 運命に従って、彼女はゆっくりと倒れた。



 オオカミの遠吠えがきこえる。
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