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九章:正しき偽善よ鐘を鳴らせ(前編)
第17話 姉妹の夜
しおりを挟む――その夜、ピーターが自信いっぱいに直伝トマトスープを披露し、あたしたちに食べさせた。味は悪くなかったのだけど、あたしはなんだか……憂鬱で……ため息を出して……お皿を押し退けた。
「ごちそうさまでした」
「え、もういいのですか?」
「ええ。ピーター。スープはおいしかったわ。でも残念。あたし、なんだか食欲がないの」
なんだか胸がいっぱいなの。
「ご体調が優れませんか?」
「はあ……。……大丈夫よ。気にしないで」
あたしはまたため息をついた。
「はあ……」
「……大丈夫? お姉ちゃん」
「……メニー」
あたしはチラッとメニーを見た。
「……このあと、一緒にお風呂に入らない?」
あたしの一言に、メニーがきょとんとしてうなずいた。
――というわけで、浴室で、二人で肩までつかって、メニーは真向かい。あたしは指をもじもじさせながら、話を切り出した。
「じつは……メニーたちが帰ったあと、すごいことが起きて……」
「どうしたの? お姉ちゃん」
メニーが迷わずきいてきた。
「キッドさんになにされたの?」
「えっ!?」
あたしに戦慄が走った。
「どうしてわかったの……!?」
「いつものことだから」
「いつものこと……!?」
「それで、お姉ちゃん、なにされたの?」
「そ、それが、メニー、ここだけの話よ! あたし……!」
あたしはそっとほおに触れた。
「……キス……されちゃった……」
「どこ?」
「ほっぺたと、ここと、ここと、このへん全体」
「……」
「……やわらかかった……」
そして、
「やさしくて……、……、……強引だった……」
ぽっ♡
「いっぱい愛してるって言われちゃった……」
――おれはお前との関係を冗談だなんて、思ったことはない。
第二ボタンを外す音。布が擦れる音。
――じっとして。
近づくキッドさまの深い青の目と――くちびる――。
「……」
はっ!
あたしは頭をブンブン振って、脳裏からキッドさまを消した。
「キスする前にちょうどルビィが入ってきてね、未遂で済んだの。あたしはまだだれにも手を出されてないおぼこなの」
「それで?」
「あたしにはリオンさまがいるし、ルビィからきいた話、あの人は相当な女好きだって言ってた」
「……」
「ほら、あの金髪の女の人いるでしょ。あたしね、彼女が愛人なんじゃないかって睨んでたの。キッドさまに問い詰めたら、もちろん彼は否定したわ。浮気もしてないって言ってたけど、今冷静になって考えてみたら、よくある浮気する男の言い訳だったのかもしれない」
「……うーん……」
「……メニー、あたし……」
アヒルちゃんがお風呂の上を散歩している。
「ほんとうにあの人をえらんだの?」
「……んー」
「メニー、あたしはね、リオンさまが好きなの」
「……うん。知ってるよ」
「ええ。そうなの。でも、……この世界のあたしの婚約者はリオンさまじゃなくて、キッドさま」
「うん」
「あたし、彼に監禁されてどうかしちゃってたのかしら……」
「だからお姉ちゃん、あの話はキッドさんのジョークだよ。あの人ね、ジョークを言うのがすごく好きなの」
「……ジョークって?」
「嘘だよ」
「……あの監禁話よ? エメラルド城にあたしを隠したって」
「嘘だよ」
「……」
あたしに雷が落ちた。
「嘘なの!!!???」
「わたし、昨日ちゃんと盛り話って言ったよね?」
「あ、あたし、嘘をつかれたの!?」
そういえばルビィが言ってたわ! あの人は女を弄ぶ最低野郎だって!
「あたし、やっぱりそんな人と結婚できない!」
嘘を付く王子さまなんていや!
「メニー、あたし、明日あの空き家に行って言ってくるわ! 婚約解消しましょうって! ……一緒に来てくれる?」
「うん。いいよ」
「っ! ありがとう、メニー!」
あたしがメニーにだきつくと、メニーがぴたっと固まった。
「メニーがいてくれてよかったわ!」
「……大げさだよ」
「そんなことない。メニーがいてくれてあたし、心強いんだから!」
……。
(うん?)
――あたしは感触に気づいて、ふと、下を見下ろした。メニーがきょとんと瞬きして、あたしの視線を追った。
「……メニー」
あたしはじっと見つめる。
「今なにカップ?」
「……」
「……あたし、変わってなければCなの。成長期で最近大きくなってきて……」
でも、なんだろう。……メニーのほうが大きく見える。……そういえば、メニーの裸って見たことない。いつもメイド服のメニーばかり見ていたから、胸なんて気にしてなかったけど、こうして見ると……。
「……」
「お姉ちゃん、……そんなにまじまじ見ないでくれる?」
「なにカップ?」
「骨の問題もあるから、その……」
「なにカップ?」
「……」
「あんた、何才だっけ?」
「……2月で15才」
「なにカップ?」
「……」
「……」
「……そんなに変わらないよ?」
「なにカップ?」
「……」
メニーがちらっとあたしを見た。
「……言うの?」
「うん」
「あの……」
メニーが気まずそうに言った。
「……お姉ちゃんと同じ……」
「え、うそよ」
「……うそじゃないよ」
「だって、あたしより大きく見えるのに」
「でも、……わたしもCのはずだよ?」
「Dじゃないの? 最後にサイズ測ったのいつ?」
「……」
「……あんた、だめじゃない。貴族として自分にあった下着つけなきゃ。ブラジャー苦しいでしょ」
「……ん」
「だめよ。胸の形だって崩れかねないんだから。ほら、あたしのと比べてみなさいよ。全然ちがうじゃない」
ついため息。
「全然ちがう……」
「お姉ちゃん、あの、ほら、まだわかんないよ。成長期だもん」
「あたしもう17才よ!? あと一年しかないわ! 成長期はね、18才で止まるのよ!」
「お姉ちゃん、声大きい!」
「だって、メニー! あたしはそれまでになんとしてでも勝ち組のFカップにならなきゃいけないのよ!? うかうかしてられないじゃない!」
「勝ち組なのかな……?」
「いいこと? メニー。女は胸があるだけあればいいのよ。胸があればね、男は寄ってくるの。女は胸よ。胸」
そこであたしははっとした。――だからキッドさまは、あの金髪女を部下としてそばにいさせてるんだわ。胸が大きいから!
あたしは親指の爪を噛んで舌打ちした。
「チッ」
「お姉ちゃん、大丈夫だよ。お姉ちゃんはそのままでかわいいよ」
「あたしがかわいいのは当然よ。でもね、メニー、かわいいままで満足しちゃいけないのよ。女は磨いていかないと! 男が浮気しないくらい美しくなるの!」
「ん、うーん……」
「城下町にもどったら、胸育成期間を設けましょう。ドリーはまだうちにいるんでしょう?」
「うん。ケルドと仲良く働いてるよ」
「いいわ。不足はない」
あたしはちらっとメニーの胸を見た。
「……メニー、参考程度に触らせてもらっても良い?」
「えっ」
「あたし読んだことがあるの。男って、胸の形も気にするんですって」
「……それ、何の本?」
「傲慢公爵の命令は絶対です~愛だらけの甘いお仕置き~」
「お姉ちゃん、そういう本はファンタジーだから」
「でも確かに形は大事だわ。でしょ?」
「……」
「ね、メニー、ちょっとだけ。……あ、そうだ!」
あたしはメニーの手を掴んで、自分の胸に押し当てた。メニーが息を呑んだ。
「っ」
「同時にやれば不公平じゃないでしょ?」
「お、おねっ」
「ちょっとさわるわよー」
あたしはメニーの胸に触れた。
「……っ」
(あー、こういう感じね)
メニーの胸をなでる。
(……あたしのより膨らみがあるように思える……)
気になって手をしぼめてみた。むにゅ。
「ひゃっ!」
「あ、ごめん」
「~~っ! お姉ちゃん……!」
「大丈夫。メニーもさわっていいから」
「……大丈夫じゃっ……」
あたしはメニーの胸をなでなでして、手でにぎって、もんでみた。メニーの肩がぴくりと揺れて、息が漏れた。
「んっ……」
「あ、……いたい?」
「……ちょっと、いたい……」
「あー、……そうよね。14才くらいって胸が成長する頃だからいたいわよね。ごめんなさい。あたしもそうだったの今思い出した」
「……」
「ここは?」
「あっ……」
「……いたい?」
「……そこは……平気……」
「これは?」
「ひゃっ、んっ、くすぐったい……」
「これは?」
「ちょ、お姉ちゃん、わざとでしょ……!」
「うふふ!」
「ふふっ、やめっ、あはははは!」
「うふふ! ここは?」
「お姉ちゃん! わきはだめ!」
「ぐふふふふ!」
「きゃはははは! やめっ、あはははは! だめー!」
「あはははは!」
「お姉ちゃん、だめだったら!」
「きゃっ……!」
「あっ!」
――二人のバランスが崩れて、あたしは浴槽の縁につかまり、メニーがあたしの体に抱きつく形で止まった。
「「……」」
ちょっとふざけすぎたみたい。
「……ごめん。メニー。大丈夫?」
「……うん。……平気……」
メニーがあたしの腰をなでた。
「お姉ちゃんは?」
「あたしも大丈夫」
あたしもメニーをだきしめて、そのまま姿勢をもどし、やさしくメニーの背中をなでた。よしよし。ちょっとびっくりしたわね。よしよし。
(……あれ?)
「メニー、肌すべすべね」
「……そうかな……」
「すごい。なにこれ。赤ちゃんみたい」
つるつるのすべすべ。
「……いいな」
「……お姉ちゃんも肌つるつるだよ?」
「あたし、こんなにすべすべじゃないもん」
「人によって肌はちがうから」
「……メニーはいいわね。……肌もきれいで……美人で」
「……」
「うらやましい」
あたしの手がメニーを愛でる。
「あたしもメニーみたいだったら、もっと上手くいったのかしら」
「……上手くなんていかないよ」
「あたしの世界のメニーは、美人な上にすごく器用だったの。……あんたもそうじゃない?」
「……そうだね。手先は器用って言われる」
「ほら」
「でも……」
メニーがあたしをだきしめる。
「上手くいかないよ」
メニーの手があたしの肌をなぞった。
「わたし、手先は器用でも」
あたしの背中をなぞる。
「運はないの」
メニーの手がゆっくりと前に移動した。あたしのお腹をなぞって、上に向かって、――あたしの胸にふれた。
「……? メニー?」
「お姉ちゃんはきれいだよ」
(あっ)
「すごく、きれいだよ」
メニーの手があたしの胸にふれる。
「……め、メニー?」
「さわらせてくれるんでしょ?」
メニーがあたしの耳にささやく。
「あんまり大きい声出すと、ピーターさんにばれちゃうよ」
「……たしかに……」
「うん。だから」
メニーに言われる。
「あんまり、声出さないようにね?」
メニーの手があたしの胸を包む。
(あっ)
あたしはビクッ! として、メニーの体を強くだきしめた。
(声、出しちゃだめ)
メニーの手が動いた。
(あっ)
なに、これ。
(あっ……)
メニーの手が、変なところにふれてくる。
(あ……っ)
あたしはメニーの肩に顔を埋めた。
(ちょ、ちょっとまって……)
あたしはメニーの腕をにぎった。
「メ、メニー……?」
「ん? なあに?」
いつものメニーの声。
「……な、なんでもない」
変になってるのはあたしだけ。
(メニーもさっき、こんな感じだったんだわ)
息が漏れて、少し色っぽい声を出していたもの。
(これが普通なのよ)
触られたらこうなるんだわ。
(でも、だとしても、この触り方は……)
「……っ」
あたしの口から息が漏れる。
「……んっ……ふう……」
メニーが触れてくる。
「ん、んん……」
(声、我慢しなくちゃ)
お湯があたたかくて体温が上がる。
どんどんぼうっとしてくる。
胸がドキドキする。
触ってるのはメニーなのに。
女同士なのに。
恥ずかしい。
ドキドキする。
手が胸から離れない。
変な声を出してしまいそう。
メニーの手が動く。
変な感覚になる。
体がびくって揺れる。
胸がドキドキする。
ずっとドキドキして、変な感覚で、頭がぼうっとして、どうしていいかわからなくなって、変な感じがして、ふわふわして、じんじんして、……きもちよくて……。
(……え……?)
――するん。
「きゃあっ!」
「あ」
「メニー! そこはさすがにだめ!」
「お姉ちゃん、さむいの?」
「あっついわよ!」
「でも」
……固くなってる。
「……」
「……そ、そうね。……さ、さむい……のかも……」
あたしはメニーにしがみつき、ぜったいに顔を見せないようにした。
「ちょ、ちょっとだけ、こうしてない?」
「……うん。いいよ」
メニーがあたしの胸から手を外した。
「しばらくこうしてよう?」
メニーのやわらかい体がきもちいい。
お風呂のお湯がきもちいい。
体はくつろいでるはずなのに、胸はずっとどきどきしてる。
「……メニー」
「うん?」
「今の、……だれにも言っちゃだめよ? ……はずかしいから」
「……うん。わかった」
メニーがクスッと笑った。
「二人だけの秘密ね」
メニーは包容力があるのね。
メニーにくっついてたら、すごくおちつくの。
(あたしが男だったら、間違いなくメニーに惚れてたわね)
メニーが男だったら、あたしはリオンさまじゃなくてメニーにいったかもしれない。
(……自慢の妹ね。あんたは)
……。
「……メニー」
「うん」
「……わがまま、言ってもいい?」
「……なに?」
「……今夜ね」
「うん」
「また……ホットミルク、飲みたい」
「……飲みたい?」
「うん」
「じゃあ、……お鍋借りてつくろっか」
「……それと」
「ん?」
「……今晩もオオカミが村に下りてくるわ。……こわいでしょ?」
「……うん。こわい」
「……いっしょに寝る?」
「……うん。いっしょに寝る」
「……じゃあ、……どっちの部屋で寝る?」
「……どっちがいい?」
「……メニーの部屋がいい」
「……じゃあ、わたしの部屋で」
「うん」
「いっしょに寝よう?」
「……うん」
「……ドロシーは?」
「え?」
「ドロシーは、お姉ちゃんの部屋で寝かせる?」
「……別にトトがいたって構わないわ。あたし、汚いネコはきらいだけど、トトみたいなネコは好きよ」
「……」
「うん」
「……うん。わかった」
「……うん」
「……ベッド、一人用だけど」
「メニーがこわがるだろうから、……せまくても、いっしょに寝てあげるわ」
「……うん。いっしょに寝ようね」
「……うん」
あたしはメニーを抱きしめてあげる。
今までの分まで、大事に大事にしてあげなきゃ。
メニーの手がゆっくりと上がった。
そして、濡れた手で、……あたしのうなじをやさしくなでた。
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