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八章:泡沫のセイレーン(後編)
第10話 娘を助けたかった男の話
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サリアと夕食を食べる。
ベッドの台にトレイを乗せて、あたしはおかわりまでする。
(なんだろう。食欲が旺盛だわ。まるで三日何も食べてなかったみたいに)
お肉が美味しいの。なんか、いつも以上に美味しく感じるの。あたしは無我夢中でステーキを食べる。美味。言葉が出てこない。肉うめえ。ん? あらやだ。あたしったら、持って来てもらった分、全部食べちゃった。サリアも驚いた顔をしている。
「まだ食べますか?」
「まだ食べたい」
「お腹、痛くありませんか?」
「なんか……止まらないの」
「胃薬を用意しておきましょうか」
二カート目。容器いっぱいに詰め込まれたステーキを、サリアがお皿に乗せて、あたしはそれをひょいと食べてしまう。なんなのかしら。太っちゃうわ。でも止まらないの。ああ、美味しい。
「あむ」
「まあ、……食事が出来るようになってくださっただけでも良かったです」
「ええ。この船に乗ってから、まともな食事が出来てなかった気がする」
「……アンナ様もそうでした」
(ん?)
「ばあば?」
「その頃、私は寮付きの学校にいたので詳しくは存じませんが……アンナ様も、突然の流行り病にかかり、熱が急激に上がり、お医者様も手を付けられず、たまに、幻覚を見たように廊下を歩き回っていたようです。……私が来る頃には……もう……ベッドから起きられず……」
「……」
「何度か廊下を歩いてるテリーを見かけて追いかけたのですが、あなたは逃げ足が速いので、見失ってしまいました」
「……サリアが?」
「ええ。何度か追いかけたんですよ。追いついた時には、……図書館で、メニーお嬢様の前で倒れられておりました」
「……あー、そういえば……サリアがクルーを呼んでるとか……聞いたかも」
「体調が悪化して、別のクルーが診療室に運んだと伺っております」
「……ええ。そうよ。そこで……しばらく休んでたの」
(クレアが手を回したのね)
「ごめんなさい。サリア。心配かけて」
「ええ。反省してください」
「……そういえば、ばあばもそうだったわね」
ばあばも流行り病にかかった。あたしも流行りの風邪にかかった。
「血は争えないわね」
「テリー、お口直しにケーキはいかがですか?」
「ん。まだまだいけそうだけど、そうね。一回甘いものが食べたいわ」
「こちらをどうぞ」
「ありがとう」
大きな皿に残ってるチョコレートケーキに、魚の形をしたチョコが乗っている。
(……)
あたしはチョコレートケーキを味わいながら、サリアを見た。
「ねえ、サリア」
「はい」
「この船、マーメイド号って名前じゃない?」
「ええ」
「マーメイドって外国語で人魚って意味なんでしょ? 人魚号って……ダサくない?」
「テリー、奥様にもそれを仰るおつもりですか?」
「だってよく考えたら……ええ。すごくダサいわ」
「聞き慣れたら、そんな気持ちも無くなるでしょう」
「……ね、サリアはセイレーンって知ってる?」
「神話に出てくる人魚の名前でしょうか?」
「……流石ね」
「お褒めに預かり光栄です」
「ママって神話好きよね。アメリアヌだってそうだし、テリーだってそうだし、今度は人魚。だったらセイレーン号でいいじゃない。……サリア、サリアもケーキ食べて。あたし一人だと寂しいわ」
「うふふ。ではいただきますね。……セイレーンという名前は、女性ならば素敵な名前ですが、船には向きません。なぜなら……」
「男を溺れさせるから?」
サリアが笑った。
「流石ですね。テリー」
「あたし、勉強してるから」
誇らしげな顔をして、ケーキを食べる。サリアもフォークでケーキを切る。
「人魚伝説は各国によって、内容が少し異なりますが、だいたいは同じです。美しい人魚がいて、素敵な歌声で水中へと男性を誘い込み、溺れさせる。中には歌で嵐を呼び、やってきた船を沈没させる人魚もいるとか」
「人魚はよっぽど人間が嫌いなのね」
「そうでしょうね。私達は魚を食べる生き物ですから。人魚達からしたら恐ろしいのでしょう」
「……お肉おかわり」
「紅茶は?」
「おかわり」
サリアが新しく紅茶を淹れて、あたしの前に置いた。
「ありがとう」
「そういえば、テリーはこんな話を知ってますか?」
「ん?」
「人魚を食べると、不老不死になれるそうですよ」
「ああ、それなら知ってる」
「うふふ。今のテリーが食べたら、永遠に16歳のまま、年を取る事も死ぬ事もありません」
「素敵ね」
「ええ、女にとっては魅力的な話です」
「でもどうなのかしらね。人魚なんて所詮神話でしょ? 本当に信じて捜した馬鹿な研究者も何人かいそう」
「もちろん。今でもいますよ」
「馬鹿馬鹿しい」
「そういえば」
「ん?」
「テリー、この話はご存知ですか?」
……その昔、とある父親と娘がいたそうな。娘は生まれつき病弱であった。余命はもやは数少ない。医者にも見限られた愛しい娘。娘を救う為、父親は様々な方法を調べた。医学、統計学、科学、生物学、様々な学を使い、ありとあらゆる方法を調べ尽くした。その結果、とある論文が出てきた。
それは、人魚の肉を食べると、不老不死になれるという話であった。
人間学、生物学、生命学、調理学、父親は様々な学を使い、人魚を研究した。船を出し、人魚を捜した。しかし、人魚はどこに行っても見つからない。次第に娘は弱っていく。もう時間はない。元気な娘を見るには、もう人魚の肉しか方法はなかった。
父親はもう一度学を使った。その結果、人魚を自分の手で生み出す方法をひらめいた。
最初の実験は、金属だった。
「金属?」
あたしは笑いながら紅茶を飲んだ。
「金属で人魚を作るの? それは『人魚』じゃなくて、『人形』じゃない」
「テリー、ホムンクルスをご存じですか?」
「ホム、……何?」
「人造人間の事です。錬金術という技術で作られた生き物。それが、ホムンクルスと呼ばれているんです」
「錬金術?」
「金属で物を生み出すんです」
「……? 金属を潰したら、そりゃ、なんにでもなるでしょ」
「ふふっ」
サリアが笑い、ポケットから小さなノートを取り出し、鉛筆で絵を描いた。
「魔法陣を書いて、金属を対価に物を生み出す。それが錬金術です」
「魔法陣? ってことは魔法使い達が使ってたの?」
「いいえ。これは人間が生み出した魔術のような技術です」
「それは神話?」
「いいえ。錬金術というのは本当に存在するんです。昔の方々が発明したもので、魔法陣を書いて、銅や金をかき集めて、様々な物を作り出し、それを世に広めた」
「サリア、そのからくり、貴族もよくやるやつよ。マジシャンと同じよ。タネがあるの。今からここに、物を召喚します。さん、に、いち。はい、物が召喚されましたー。でもね、これは裏で元々用意されてたものを出しただけ。それが……昔の人は馬鹿だから騙されたのよ。そうして錬金術っていうものが広がって、現代に引き継がれている」
「うふふ。それはわかりませんよ?」
「わかったわ。じゃあ……もしもそんなものが本当に存在して、百歩譲って、そうね。フライパンを作れるって言うなら信じるわ。でも、ホム……なんとか? 人造人間だっけ? 流石に命は無理でしょ」
「テリー、謎は求めてなんぼのものですよ。本当に作れていたとしたら? 作れていないのに、ホムンクルスという名称が存在するなんて、おかしいと思いません?」
「サリア、ここは現実よ。それはね、ただのデマ。物語。この話はフィクションですってやつ」
「けれど、やってみないとわかりません。さあ、テリーが錬金術に詳しくなったところで、病弱な娘の為に人魚の研究をする父親の話に戻りましょう。父親は錬金術を使おうとして……」
金属や銀や銅を使ったが、決して人魚は作り出せなかった。
「ほらね」
「諦めるのは早いですよ。そうなれば、次の手段といきましょう」
「次があるの?」
「テリー、昔の時代には誰が存在しましたか? あなたが先程、名前を出してた方々です」
「……魔法使い?」
「その通り。しかし、魔法使いは迫害にあって全滅してしまった。ならば、人間に残された道はその技術を使った真似事」
人はそれをこう呼びます。
「黒魔術」
錬金術と同じように、魔法陣を書いて、材料を揃えるだけ。彼は調理学もあったので、材料さえ分かれば、後は集めるだけでした。
「ただ、材料集めが大変なんです」
「嫌な予感がする。そういうのって、ミステリー小説にありがちなのよね。どうせ人間を使うんでしょ」
「正解です。美しくて若く、生きた女を使うんです」
「悪趣味だわ」
「他にもありますよ。体温だったり、血だったり」
「魔術に黒ってついてるだけで悪い事が起きそう」
「まあ、流石です。テリー。あなたは勘も鋭いのですね。魔法使いでもない父親が魔術という手段を選んだ結果、結局出来上がったのは不完全体の人魚。空腹を感じた人魚に、父親は食べられてしまいましたとさ」
「……それ、誰から聞いた話?」
「……。……誰……から、でしょうね?」
サリアが首を傾げる。
「どこで聞いたのかは忘れてしまいました。……ただ、その話を聞いた時、周りには甘い砂糖の匂いがしていた気がします。……んー……昔、行方不明になった時に、魔法使い様からでも聞いたのでしょうか?」
(……聞いてそう……)
あたしは黙ってステーキを食べる。
「だとしたら、魔法使い様が私に忠告してくださったのかもしれませんね。人間は、魔術なんてものは使ってはいけないよ、と」
「……サリア」
「はい」
「不完全体になったその人魚……どうなったの?」
「さあ? どうなったんでしょうね?」
「……その話は、父親が食べられておしまい?」
「物語なんてそんなものです。でも、そうですね。おそらく……あくまで、私の予想ですが……死んでしまったのではないでしょうか?」
「どうやって?」
「餓死とか」
「……」
「父親を食べた後、人魚に食べるものはありません。導く人もいませんし、水もありません。そこがどこなのか、自分が何者であるかもわからない事でしょう。となると、もう、死しか道はありません。何も知らないまま、天国へと逝ってしまったのではないでしょうか」
「……娘は?」
「ある意味、ハッピーエンドかもしれませんね。楽園で二人は再会し、元気な娘を父親は見れたのかもしれません」
「……」
「テリー、……これは物語ですから」
「……あむ」
あたしは再び肉に噛り付く。
「結局、命を創るのは、魔法でもないと無理ってことね」
「魔法でも創れないかもしれませんよ。もし命を創れるなら、魔法使い達は絶滅する前に、人間を全滅させて、既にやってると思いません?」
「……」
「そう考えると、魔術でも魔法でも、結局、命を創る事は出来ないのでしょう。命は尊い。一つしか存在しない。だからこそ、大切にしなければいけません」
「……そうね。……それは、そう思う」
「テリー、食べ終わったら歯を磨いて、早めにお休みください」
「待って。まだ残ってるケーキを食べたいの。それと……」
あたしはカップを差し出す。
「ミルク多めでおかわり」
「かしこまりました」
サリアが再度、新しいカップに紅茶を入れ直した。
(*'ω'*)
着替えていると、突然ドアが叩かれた。
「はーい」
声を上げて振り返る。しかし、ドアは開かれない。
「……どうぞー?」
返事をする。しかし、ドアが開かれない。
「……?」
歩み寄り、ドアの取っ手を掴んで――手が止まる。
「……」
ドアの向こうから変な気配を感じる。唾を飲み、そっとドアを開けてみると――大量の『コウモリ』が飛んできた。
「っ!!」
驚いて顔を腕で隠す。コウモリが部屋の中へと侵入し、バタバタと羽を激しく動かす音を響かせる。少女が目を開ける。振り返ると、コウモリが集団で固まり、それが形となっていく。
「……」
それ見て、はっとして、再び廊下へ振り返ると――やはり、『まがいもの』が立っていた。
「……」
少女は自然と笑みが零れた。
「また……会いに来てくれたの?」
まがいものは、じっと少女を見つめる。
「……元気?」
まがいものは、何も答えない。
「……入ったら?」
まがいものは、首を振った。ここでいい。
「……誰か来たらどうするの?」
まがいものは、言った。迷ったと嘘をつく。
「紅茶用意するから、入って」
ドアを大きく開いた。まるで自分の心のように。まがいものは、訊いた。ドロシーは?
「いないよ」
「なんで」
「リオンの所にいるの」
「……」
「精神的に危ないんだって。だから、今夜はずっと付きっきりみたい」
「……」
「とりあえず……入って?」
メニーが言う。
「部屋の中で話そう? ……そこは……寒いから」
「……」
まがいものが歩き出す。部屋の中に入り――ドアが硬く閉められた。
闇だけが残り、やがて夜が更けていく。
ベッドの台にトレイを乗せて、あたしはおかわりまでする。
(なんだろう。食欲が旺盛だわ。まるで三日何も食べてなかったみたいに)
お肉が美味しいの。なんか、いつも以上に美味しく感じるの。あたしは無我夢中でステーキを食べる。美味。言葉が出てこない。肉うめえ。ん? あらやだ。あたしったら、持って来てもらった分、全部食べちゃった。サリアも驚いた顔をしている。
「まだ食べますか?」
「まだ食べたい」
「お腹、痛くありませんか?」
「なんか……止まらないの」
「胃薬を用意しておきましょうか」
二カート目。容器いっぱいに詰め込まれたステーキを、サリアがお皿に乗せて、あたしはそれをひょいと食べてしまう。なんなのかしら。太っちゃうわ。でも止まらないの。ああ、美味しい。
「あむ」
「まあ、……食事が出来るようになってくださっただけでも良かったです」
「ええ。この船に乗ってから、まともな食事が出来てなかった気がする」
「……アンナ様もそうでした」
(ん?)
「ばあば?」
「その頃、私は寮付きの学校にいたので詳しくは存じませんが……アンナ様も、突然の流行り病にかかり、熱が急激に上がり、お医者様も手を付けられず、たまに、幻覚を見たように廊下を歩き回っていたようです。……私が来る頃には……もう……ベッドから起きられず……」
「……」
「何度か廊下を歩いてるテリーを見かけて追いかけたのですが、あなたは逃げ足が速いので、見失ってしまいました」
「……サリアが?」
「ええ。何度か追いかけたんですよ。追いついた時には、……図書館で、メニーお嬢様の前で倒れられておりました」
「……あー、そういえば……サリアがクルーを呼んでるとか……聞いたかも」
「体調が悪化して、別のクルーが診療室に運んだと伺っております」
「……ええ。そうよ。そこで……しばらく休んでたの」
(クレアが手を回したのね)
「ごめんなさい。サリア。心配かけて」
「ええ。反省してください」
「……そういえば、ばあばもそうだったわね」
ばあばも流行り病にかかった。あたしも流行りの風邪にかかった。
「血は争えないわね」
「テリー、お口直しにケーキはいかがですか?」
「ん。まだまだいけそうだけど、そうね。一回甘いものが食べたいわ」
「こちらをどうぞ」
「ありがとう」
大きな皿に残ってるチョコレートケーキに、魚の形をしたチョコが乗っている。
(……)
あたしはチョコレートケーキを味わいながら、サリアを見た。
「ねえ、サリア」
「はい」
「この船、マーメイド号って名前じゃない?」
「ええ」
「マーメイドって外国語で人魚って意味なんでしょ? 人魚号って……ダサくない?」
「テリー、奥様にもそれを仰るおつもりですか?」
「だってよく考えたら……ええ。すごくダサいわ」
「聞き慣れたら、そんな気持ちも無くなるでしょう」
「……ね、サリアはセイレーンって知ってる?」
「神話に出てくる人魚の名前でしょうか?」
「……流石ね」
「お褒めに預かり光栄です」
「ママって神話好きよね。アメリアヌだってそうだし、テリーだってそうだし、今度は人魚。だったらセイレーン号でいいじゃない。……サリア、サリアもケーキ食べて。あたし一人だと寂しいわ」
「うふふ。ではいただきますね。……セイレーンという名前は、女性ならば素敵な名前ですが、船には向きません。なぜなら……」
「男を溺れさせるから?」
サリアが笑った。
「流石ですね。テリー」
「あたし、勉強してるから」
誇らしげな顔をして、ケーキを食べる。サリアもフォークでケーキを切る。
「人魚伝説は各国によって、内容が少し異なりますが、だいたいは同じです。美しい人魚がいて、素敵な歌声で水中へと男性を誘い込み、溺れさせる。中には歌で嵐を呼び、やってきた船を沈没させる人魚もいるとか」
「人魚はよっぽど人間が嫌いなのね」
「そうでしょうね。私達は魚を食べる生き物ですから。人魚達からしたら恐ろしいのでしょう」
「……お肉おかわり」
「紅茶は?」
「おかわり」
サリアが新しく紅茶を淹れて、あたしの前に置いた。
「ありがとう」
「そういえば、テリーはこんな話を知ってますか?」
「ん?」
「人魚を食べると、不老不死になれるそうですよ」
「ああ、それなら知ってる」
「うふふ。今のテリーが食べたら、永遠に16歳のまま、年を取る事も死ぬ事もありません」
「素敵ね」
「ええ、女にとっては魅力的な話です」
「でもどうなのかしらね。人魚なんて所詮神話でしょ? 本当に信じて捜した馬鹿な研究者も何人かいそう」
「もちろん。今でもいますよ」
「馬鹿馬鹿しい」
「そういえば」
「ん?」
「テリー、この話はご存知ですか?」
……その昔、とある父親と娘がいたそうな。娘は生まれつき病弱であった。余命はもやは数少ない。医者にも見限られた愛しい娘。娘を救う為、父親は様々な方法を調べた。医学、統計学、科学、生物学、様々な学を使い、ありとあらゆる方法を調べ尽くした。その結果、とある論文が出てきた。
それは、人魚の肉を食べると、不老不死になれるという話であった。
人間学、生物学、生命学、調理学、父親は様々な学を使い、人魚を研究した。船を出し、人魚を捜した。しかし、人魚はどこに行っても見つからない。次第に娘は弱っていく。もう時間はない。元気な娘を見るには、もう人魚の肉しか方法はなかった。
父親はもう一度学を使った。その結果、人魚を自分の手で生み出す方法をひらめいた。
最初の実験は、金属だった。
「金属?」
あたしは笑いながら紅茶を飲んだ。
「金属で人魚を作るの? それは『人魚』じゃなくて、『人形』じゃない」
「テリー、ホムンクルスをご存じですか?」
「ホム、……何?」
「人造人間の事です。錬金術という技術で作られた生き物。それが、ホムンクルスと呼ばれているんです」
「錬金術?」
「金属で物を生み出すんです」
「……? 金属を潰したら、そりゃ、なんにでもなるでしょ」
「ふふっ」
サリアが笑い、ポケットから小さなノートを取り出し、鉛筆で絵を描いた。
「魔法陣を書いて、金属を対価に物を生み出す。それが錬金術です」
「魔法陣? ってことは魔法使い達が使ってたの?」
「いいえ。これは人間が生み出した魔術のような技術です」
「それは神話?」
「いいえ。錬金術というのは本当に存在するんです。昔の方々が発明したもので、魔法陣を書いて、銅や金をかき集めて、様々な物を作り出し、それを世に広めた」
「サリア、そのからくり、貴族もよくやるやつよ。マジシャンと同じよ。タネがあるの。今からここに、物を召喚します。さん、に、いち。はい、物が召喚されましたー。でもね、これは裏で元々用意されてたものを出しただけ。それが……昔の人は馬鹿だから騙されたのよ。そうして錬金術っていうものが広がって、現代に引き継がれている」
「うふふ。それはわかりませんよ?」
「わかったわ。じゃあ……もしもそんなものが本当に存在して、百歩譲って、そうね。フライパンを作れるって言うなら信じるわ。でも、ホム……なんとか? 人造人間だっけ? 流石に命は無理でしょ」
「テリー、謎は求めてなんぼのものですよ。本当に作れていたとしたら? 作れていないのに、ホムンクルスという名称が存在するなんて、おかしいと思いません?」
「サリア、ここは現実よ。それはね、ただのデマ。物語。この話はフィクションですってやつ」
「けれど、やってみないとわかりません。さあ、テリーが錬金術に詳しくなったところで、病弱な娘の為に人魚の研究をする父親の話に戻りましょう。父親は錬金術を使おうとして……」
金属や銀や銅を使ったが、決して人魚は作り出せなかった。
「ほらね」
「諦めるのは早いですよ。そうなれば、次の手段といきましょう」
「次があるの?」
「テリー、昔の時代には誰が存在しましたか? あなたが先程、名前を出してた方々です」
「……魔法使い?」
「その通り。しかし、魔法使いは迫害にあって全滅してしまった。ならば、人間に残された道はその技術を使った真似事」
人はそれをこう呼びます。
「黒魔術」
錬金術と同じように、魔法陣を書いて、材料を揃えるだけ。彼は調理学もあったので、材料さえ分かれば、後は集めるだけでした。
「ただ、材料集めが大変なんです」
「嫌な予感がする。そういうのって、ミステリー小説にありがちなのよね。どうせ人間を使うんでしょ」
「正解です。美しくて若く、生きた女を使うんです」
「悪趣味だわ」
「他にもありますよ。体温だったり、血だったり」
「魔術に黒ってついてるだけで悪い事が起きそう」
「まあ、流石です。テリー。あなたは勘も鋭いのですね。魔法使いでもない父親が魔術という手段を選んだ結果、結局出来上がったのは不完全体の人魚。空腹を感じた人魚に、父親は食べられてしまいましたとさ」
「……それ、誰から聞いた話?」
「……。……誰……から、でしょうね?」
サリアが首を傾げる。
「どこで聞いたのかは忘れてしまいました。……ただ、その話を聞いた時、周りには甘い砂糖の匂いがしていた気がします。……んー……昔、行方不明になった時に、魔法使い様からでも聞いたのでしょうか?」
(……聞いてそう……)
あたしは黙ってステーキを食べる。
「だとしたら、魔法使い様が私に忠告してくださったのかもしれませんね。人間は、魔術なんてものは使ってはいけないよ、と」
「……サリア」
「はい」
「不完全体になったその人魚……どうなったの?」
「さあ? どうなったんでしょうね?」
「……その話は、父親が食べられておしまい?」
「物語なんてそんなものです。でも、そうですね。おそらく……あくまで、私の予想ですが……死んでしまったのではないでしょうか?」
「どうやって?」
「餓死とか」
「……」
「父親を食べた後、人魚に食べるものはありません。導く人もいませんし、水もありません。そこがどこなのか、自分が何者であるかもわからない事でしょう。となると、もう、死しか道はありません。何も知らないまま、天国へと逝ってしまったのではないでしょうか」
「……娘は?」
「ある意味、ハッピーエンドかもしれませんね。楽園で二人は再会し、元気な娘を父親は見れたのかもしれません」
「……」
「テリー、……これは物語ですから」
「……あむ」
あたしは再び肉に噛り付く。
「結局、命を創るのは、魔法でもないと無理ってことね」
「魔法でも創れないかもしれませんよ。もし命を創れるなら、魔法使い達は絶滅する前に、人間を全滅させて、既にやってると思いません?」
「……」
「そう考えると、魔術でも魔法でも、結局、命を創る事は出来ないのでしょう。命は尊い。一つしか存在しない。だからこそ、大切にしなければいけません」
「……そうね。……それは、そう思う」
「テリー、食べ終わったら歯を磨いて、早めにお休みください」
「待って。まだ残ってるケーキを食べたいの。それと……」
あたしはカップを差し出す。
「ミルク多めでおかわり」
「かしこまりました」
サリアが再度、新しいカップに紅茶を入れ直した。
(*'ω'*)
着替えていると、突然ドアが叩かれた。
「はーい」
声を上げて振り返る。しかし、ドアは開かれない。
「……どうぞー?」
返事をする。しかし、ドアが開かれない。
「……?」
歩み寄り、ドアの取っ手を掴んで――手が止まる。
「……」
ドアの向こうから変な気配を感じる。唾を飲み、そっとドアを開けてみると――大量の『コウモリ』が飛んできた。
「っ!!」
驚いて顔を腕で隠す。コウモリが部屋の中へと侵入し、バタバタと羽を激しく動かす音を響かせる。少女が目を開ける。振り返ると、コウモリが集団で固まり、それが形となっていく。
「……」
それ見て、はっとして、再び廊下へ振り返ると――やはり、『まがいもの』が立っていた。
「……」
少女は自然と笑みが零れた。
「また……会いに来てくれたの?」
まがいものは、じっと少女を見つめる。
「……元気?」
まがいものは、何も答えない。
「……入ったら?」
まがいものは、首を振った。ここでいい。
「……誰か来たらどうするの?」
まがいものは、言った。迷ったと嘘をつく。
「紅茶用意するから、入って」
ドアを大きく開いた。まるで自分の心のように。まがいものは、訊いた。ドロシーは?
「いないよ」
「なんで」
「リオンの所にいるの」
「……」
「精神的に危ないんだって。だから、今夜はずっと付きっきりみたい」
「……」
「とりあえず……入って?」
メニーが言う。
「部屋の中で話そう? ……そこは……寒いから」
「……」
まがいものが歩き出す。部屋の中に入り――ドアが硬く閉められた。
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