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八章:泡沫のセイレーン(後編)
第1話 切られた配線
しおりを挟むマーメイド号には何でも揃ってる。温泉。スパ。サロン。リラックスしたい時も、汗をサッと流したい時も、ぜひ無料でお使いください。
(はあ。さっぱりした)
バスローブに着替え、濡れた髪をタオルで拭いながら、とても大きな更衣室を歩く。
(イザベラはどこに……あ、)
いた。贅沢なマッサージチェアに乗り、寛ぎながら厳めしい顔で三枚の楽譜を眺めている。小腹が空いたのか、イザベラが頬につけてたキュウリを食べた。
「イザベラ」
近づいて呼ぶと、イザベラがサングラスの位置を直した。
「隣良い?」
「16歳でしょ。マッサージチェアはまだ早いんじゃない?」
「マッサージに年齢は関係ないわ」
あたしは隣のマッサージチェアに座り、スイッチを確認する。これかしら。ぽち。マッサージチェアがぶるぶる震え出す。……ああ、そうそう。これよ、これこれ。硬くなった筋肉がほぐされていくのを感じる。ああ、そこそこ。ああ、これいい。気持ちいい……。
「……テリー」
チラッと視線をイザベラに移すと、やはり険しい表情のイザベラが、楽譜を持つ手を軽く上に上げた。
「これ、ゴミ箱にあったんだっけ?」
「……ええ。そうよ」
「どこ?」
「どこかの廊下だったかしら。あまり覚えてないの。ほら……風邪でふらふらだったし」
「どうしてこれ、アタシのだってわかったの?」
「……ん?」
「アタシに知ってるでしょって言って、渡してきた。……なんで?」
「……?」
この女、何言ってるのかしら。
「あたしがそれ渡したの? イザベラに?」
「さっき渡してきたじゃない」
「……そうだっけ?」
「テリー、ふざけないで。真面目に聞いてるの」
「イザベラ、……あたし、本当に覚えてないの」
あたしがその楽譜をイザベラに渡した記憶がすっぽり抜けている。イザベラが眉間に皺を寄せた。
「本当よ」
「……」
「あの、……本当にあたしだった?」
「……訳が分からないわ」
イザベラが頭を抱える。あたしだって訳分かんないわよ。お前にその楽譜を見せる発想自体なかったんだから。
「……これ、アタシがここに来る前に捨てたのよ」
「……どこで?」
「収録スタジオ。マーロンと言い争いになって」
「……」
「急にね、音が、ふっ、って、降ってくる時があるの。信じられないでしょうけどね。時々、いつのタイミングか、とかわからないけど、本当に、何でもない時に、メロディが降ってくるのよ。それを、組み合わせて何となく書いてみたの」
イザベラは片手で頭を押さえて、首を振った。
「でも、やっぱりめちゃくちゃだわ」
「……歌詞は?」
「考える前だった。メロディだけ思いついて、それで、ようやく来たと思って、無我夢中で書いてたら……マーロンが急に話しかけてきて、そこから急に思いつかなくなって、……失った集中力はね、取り戻せないのよ。ほんと、忘れられないくらい最高に素敵なタイミングだったわ。はっ! ……で、ムカついて捨てたのよ」
「……」
「でも、妙だわ。どうしてこの船に捨てられてたのかしら。しかもこの三枚だけなんて。……これ、全部で六枚あるのよ」
「……六枚?」
「ええ。残り三枚なかった?」
(イザベラの捨てた楽譜がどうして異空間にあったのかしら)
しかもあたしが拾ったのは一枚だけで、その二枚を拾った記憶はない。
(……いや、リオンとメニーと異空間に迷い込んだ時に拾ってたのかもしれない。でも、んー。……あたしが拾ったのは、あくまで中毒者らしき奴が部屋に入ってきそうだったから、物音立てないためにポーチバッグの中にしまったくらいで……別の場所で楽譜を見かけたからと言って、自ら手を伸ばすかしら……)
しかし、現に楽譜は三枚ある。全部で六枚。
(……あと三回もあの世界に行くなんてごめんよ)
あたしは首を振った。
「ううん。その三枚だけだった」
「二枚目と、四枚目と、五枚目だわ。肝心の一枚目と三枚目と六枚目がない」
「……中途半端なのね」
「ええ」
イザベラが顎に触れて顔をしかめた。
「今回の事件に関係あるかしら」
「……どうかしらね」
「引っかかるわ。そうなると、スタジオにいた誰かが拾って、この船に持って来た事になる。で、結局捨てた。……どうしてわざわざそんな事するの?」
「……編曲しようとしたとか?」
「……」
「スタジオには誰がいたの?」
「アタシとアマンダと、……マーロンに……、あー……、音響スタッフに、それと、スポンサーの……誰だったかしら。あんまり覚えてないのよね。そういうところは、アマンダに任せてるから……」
「その誰かが拾った?」
「……あー、駄目! 気になるわ! モヤモヤする!」
イザベラが立ち上がった。
「もういい! アマンダに聞きに行きましょう!」
(……あたし、マッサージ始めたばかりなのに……)
クソ。これもそれもクレアとの未来のためよ。あたし、ファイト。
「ええ、行きましょう。もしかしたら犯人の手掛かりになるかもしれないし!」
(……はあ……)
――あ、ちょっと待った。
「イザベラ、マーロンさんもいたなら、マーロンさんにも話を聞くべきじゃ……」
あたしが言うと、イザベラが――サングラス越しでもわかるくらい凄まじく嫌そうな顔をして、脳内で何度も何度もマーロンを海に沈めて殴って叩いて踏んづけて――暗い声を出した。
「そうね……。情報を集めるのは大事な事だわ……」
「そんなに嫌?」
「あの男と同じ空気を吸いたくないだけ」
「何か知ってるか聞くだけよ。すぐ終わるわ」
「二人きりにならなければ何でもいいわ。はーあ。……行きましょう。嫌な事は先がいいわ」
あたしは頷き、マッサージチェアのスイッチを切って立ち上がった。
(*'ω'*)
マーロンの部屋もイザベラの部屋と同じくらい贅沢な造りだった。綺麗に家具が設置され、マーロンが枕を背もたれにし、書類を見ていた。仕事だろうか。イザベラが無言で入ると、サッと顔を上げ、イザベラだと確認すると、驚いたような顔をしてから、頬を緩ませた。
「イザベラ、来てくれたのか」
「勘違いしないで。確認したい事があるだけよ」
「……ん、その子は……昨日、君と一緒にいた……」
間違いない。夕焼け時の海で、メニーとあたしを陸まで誘導してた人だ。
(何も覚えてないってアマンダさんが言ってたわね。……ドロシーかソフィア辺りが記憶を消したのかしら。ありがたいわ。変な詮索をされずに済む)
あたしはドレスを持ち上げ、可憐な笑顔でお辞儀した。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。社長の娘のテリー・ベックスと申します」
「これはこれは」
あたしの名前を聞くや否や、マーロンがゆっくりと頭を下げた。
「未来のプリンセスにご挨拶申し上げます。マーロン・ブランクスと申します。怪我をしておりますため、このままで失礼いたします」
「おほほほ。あたしの恋人が誰であれ、まだそうなると決まったわけではございません。お早い挨拶かと」
「何事も、早いに越したことはございません」
「あんたのそういうところよ」
イザベラがマーロンを睨み、あたしに耳打ちした。
「気にしないで」
「大丈夫よ」
「誰であれ、失礼をしてはいけないだろ。第一王子の婚約者様であれば尚更だ」
マーロンが頭を上げ、何が悪いという顔でイザベラを見た。
「それで、私に何か?」
イザベラを見てみる。殺意を込めてマーロンを睨んでいる。仕方なくあたしが口を開いた。
「あー、その、少し、あなたに聞きたいお話がございまして、よろしいでしょうか?」
「もちろん、どうぞ。おかけください」
あたしはベッドの前にある椅子に座ろうとすると、イザベラがあたしの腕を抱き、少し離れたソファーに座った。そして、また殺意を込めてマーロンを睨む。
(そんなに嫌い? ……まあ、確かにお高く留まって見えるけど)
身も知らないあたし達を、必死に元気づけて誘導する彼の姿は勇敢だったわ。
「実は、……以前、イザベラがスタジオで書いた楽譜がこの船で発見されておりまして……」
「楽譜?」
「ええ。イザベラがそのスタジオで、あなたと口論になって捨てたって……」
「……ふむ……。それは、……イザベラ、いつの話だ?」
あたしはチラッとイザベラを見た。イザベラが目玉を右上に向けて考え、答えた。
「ちょっと前」
「君はいつでも楽譜を書いては捨ててるじゃないか」
「ちょっと前よ。ほら、サムとダルマンとスポンサーの……あの、デブの」
「フェンリルさんか?」
「あー、そんな感じの人」
「そのメンバーがいたのは、……アルバム収録の日じゃないか?」
「……そんな気がする」
「だとしたら、先月だ。二月……十六日」
「あのスタジオ、他に誰かいた?」
「制作スタッフが何人か、それこそ、帰りにジョディがスタジオの前にいた時じゃないか」
「……あー」
イザベラが思い出したように声を出し、状況が分からないあたしが横から訊いた。
「何かあったの?」
「警察沙汰になったのよ。スタジオの前でジョディがアタシを待っててね」
「そうだ。あの時、ランドもいた」
「……」
「君の歌のコーラスを担当してもらっただろ」
「……そうだ。……そうだった」
イザベラがはっとして、あたしを見た。
「ランドにはその時、男性コーラスをしてもらったの。そうよ。ランドもいたわ。アタシ達の口論の仲介に入ってきてくれて……」
「見学だと言って君の先生もいた。マンジェルトンも、打ち合わせで来ていただろ。一緒に挨拶して……」
「……」
「……ちょっと待った。という事は……」
マーロンの顔が険しくなる。
「あの時いたメンバーが狙われてるのか……?」
「……アマンダもいたわ」
顔を青ざめたイザベラが立った。
「テリー、部屋に戻りましょう」
「え」
「姉さんが危ない」
イザベラがあたしを引っ張り、大股で歩き始めた。そして、マーロンには指を差す。
「マーロン、皆を殺した犯人を見つけられたら結婚を考えてやってもいいわ! それまでこの件はお預けよ!」
「イザベラッ!」
「行きましょう! テリー!」
イザベラが乱暴にドアを閉めた。
(*'ω'*)
イザベラが乱暴にドアを開けた。
「アマンダ!」
「はっ!!」
アマンダが下着の試着をしていた。息を吸って、慌ててカーテンを閉めた。
「ちょっと、イザベラ、勝手に入ってこないでよ!」
「アマンダ、大変な事がわかったのよ」
「ちょっと待って、すぐ行くわ。すぐよ。ええ、もう、ほんと、すぐ」
アマンダが服を着て、カーテンを開けて出てきた。テーブルに置いてたメガネをかけ直す。
「何よ。どうしたわけ?」
「アマンダ、もうこの部屋から出ないで。やっぱりアマンダも狙われてるわ」
「落ち着いて。一から説明して」
アマンダがあたしを見た。
「テリー、一体妹はどうしたわけ?」
「少々、深刻な事が」
「深刻に少々があるの? また紅茶でも頼みましょうか? 砂糖はいる?」
「アマンダ、聞いてちょうだい。二月十六日にアルバム収録をしたでしょ」
「終わった事は忘れる質なの。ちょっと待ってて」
アマンダが引き出しから付箋だらけの膨らんだスケジュール帳を取り出した。二月のページを開く。
「ええ。二月十六日、そうね。あんたのアルバム収録日だわ」
「その日にいたメンバーが殺されてるのよ」
「……なんですって?」
アマンダが顔をしかめさせ、イザベラを見た。
「ランドがコーラスを歌いに来てくれた日よ。アーラス先生が見学に来てくれて」
「……あー……あの日ね? ジョディがいて、帰りに大騒ぎになった……」
「その前に、マーロンとアタシが口論になったでしょ。歌を考えてたのにあいつに邪魔されて」
「ええ。そう。ほんと大変だった。ランドがいなかったらどうなってたか……」
「あの時捨てた楽譜が船内で見つかったのよ。テリーが拾って、渡してくれた」
「……何それ」
イザベラがあたしのポーチバッグから三枚の楽譜を取り出した。アマンダが不安そうな顔になり、楽譜に書かれた字を見た。
「あんたの字だわ。……なんでここにあるわけ?」
「それはまだわからないけど……もしかしたら……その日スタジオにいた誰かが犯人の可能性も考えられるわ。……いた人、覚えてる?」
「……ワタシもあの日、スケジュールの管理で事務所と電話しっぱなしだったから、えっと……ちょっと待って。……イザベラと、ワタシ、マーロンと、ランドと、アーラスさんと、ジョディに、……マンジェルトンさん、それと、音響スタッフのサムさんと、ダルマンさんに……製作スタッフの……あー……イザベラ、この事あの探偵さんに言いましょう。犯人に近づけるかも」
「ええ」
「すぐに呼ぶわ。テリー、部屋にいて。どこで誰が聞いてるかわからないから」
アマンダが電話機の前まで歩き、イザベラがあたしの肩を抱いて囁いた。
「大丈夫よ。……テリーの事はアタシが守るから」
アマンダが受話器を持った。
「ハイ。誰か、取ってくれない? 誰でもいいの」
少しして、アマンダが眉をひそめた。
「ハイ? 誰か?」
受話器を見て、また耳に当てる。イザベラが訊いた。
「どうしたの?」
「繋がってないみたい。変ね。さっきは連絡出来たのに」
「貸して」
イザベラが受話器を持った。
「ハイ! 誰か!」
――その瞬間、イザベラが何かに気付いた。眉間に皺を寄せ、ゆっくりと電話機の後ろを見た。そして……何を思ったのか、電話機を持った。すると――電話機の後ろに下がっていた配線が――荒々しく切られていた。
「「っ!!」」
あたし含め部屋にいた全員が驚き、ぞっと血の気を引かせる。
「ひっ!」
「ちょっと、冗談じゃないわ!」
悲鳴を上げたイザベラの腕を引っ張り、アマンダがイザベラと共に電話機から離れた。イザベラがアマンダを見る。
「誰か来たの!?」
「誰もいないわよ!」
「男を呼んだとか!」
「誰もいないってば!」
「じゃあ誰が線を切ったのよ!」
「知るわけないでしょ!」
「あのっ、クルーは?」
「クルーに紛れた人が切ったってこと? でもね、テリー、ワタシ、二人が出て行ってからずっとここにいたの。誰も入れてないし、部屋の前でもクルーが見張ってくれてた。怪しい人がいたら気付くはずよ」
「アマンダ、正直に言って。ドッキリ企画で、番組とグルになってやってるんじゃないでしょうね!」
「あんたね! 人が死んでるのに、まだそんな事言ってるの!?」
「じゃあなんで切れてるのよ!」
「イザベラ、お願い。落ち着いてよ! ワタシも怖いのよ!」
「……っ」
「お願い……落ち着いて……」
「……ごめん、アマンダ……」
イザベラとアマンダが恐怖に怯えながら、互いを強く抱きしめ合った。イザベラがアマンダの背中を叩き、顔を上げる。
「この部屋から出た方がいいかも」
「ワタシの部屋は?」
「……大丈夫かしら」
「……あの」
二人があたしを見た。
「すぐに調べさせます。母に頼んで」
「……ありがとう。テリー」
「待ってて」
イザベラに言って、あたしは一度部屋から出て行った。手を叩く。
「集合」
「ふっ!」
「らぁああああああああ!」
ヘンゼルとグレーテルがあたしの前に滑り、綺麗に膝を地面につけた。
「お呼びかな!? 未熟な赤いトマトちゃん!」
「お呼びですかああああああ!! テリーさまぁぁああああああ!!」
「イザベラの部屋にある電話線が切られてた。あんた達、何か知らない?」
「ふっ! リトル・ベリー・スイート・プリンセス。お兄さん達の目を侮っちゃいけない」
「ニコラ! 俺と兄さん、他の者達がずっとここを見ていた!」
「しかし、部屋に入る侵入者は誰もいなかった。いるのは、メガネの麗しいレディだけ」
「アマンダさんが部屋から出た様子は?」
「「ございません」」
(アマンダさんが部屋から出てない。という事は、配線を切れるのはアマンダさんだけ)
しかし、忘れてはいけない。この船の中には、中毒者が移動出来る異空間が存在している。
(アマンダさんは下着選びに夢中だった。その間に、異空間で移動した中毒者が線を切った?)
何の為に? 一つだけ考えが生まれる。
――クレアを呼ばないため。
(……それなら話の筋が通る)
だけど残念ね。中毒者。あたしはクレアと連絡出来る手段を持っているのよ。ポーチバッグに入れていた無線機を取り出し、迷わずスイッチを押した。
「クレア」
『ハイ、ダーリン。連絡待ってた』
「ちょっと、騒ぎになって」
『……どうした』
「すぐにイザベラの部屋に来てくれる?」
『……襲われたのか?』
「いいえ。物理的な恐ろしい現象に、大スターが怯えてるのよ。いいから来て」
『……少し時間かかりそう』
「今どこ?」
『最初の現場』
「ああ……」
『メニーと向かう』
「わかった。待ってる」
あたしは無線機を切り、目の前に跪く双子を見た。
「アマンダさんの部屋に何も仕掛けられてないか調べてくれる?」
「お任せを」
「ただちに!」
ヘンゼルとグレーテルを中心に、廊下にいた女クルー達が動き出す。隣のアマンダの部屋へ入り、何もないか確認を始める。すると、ヘンゼルが薔薇を一輪持って、イザベラの部屋のドアをノックした。
「テリー?」
アマンダがドアを開けると、ヘンゼルが彼女に薔薇を差し出した。
「やあ。眼鏡の君」
「はっ……! ……ヘンゼルさん……!」
「怖い思いをしたと、そこにいるキュートなウサギちゃんから伺いました。なんてことだ。私がいながら、あなたを怖がらせるなんて」
「そんな……ヘンゼルさんは……何も悪くありません……!」
「今、あなたの部屋をくまなく調べております。大丈夫。私があなたを守ってみせる」
「へ、ヘンゼルさん……!」
イザベラがアマンダの前に立ち、ヘンゼルを睨んだ。
「あなた、さっき部屋に入ってきたわね」
「ええ。まろやかな紅茶を、美しいあなた方にお届けするために」
「その際に何かしらを部屋に仕掛けたんじゃないかしら。それで、クルーと連絡を出来ないようにした」
「まさか。私はそんな事をいたしません」
「どうかしらね。そもそも、あなた、本当にクルーなの?」
「お止めください!!!!」
ヘンゼルの前に、グレーテルが立った。
「兄さんは、確かに馬鹿だ!!」
「おい! 誰が馬鹿だって!?」
「ああ、すまない。兄さん。……兄さんは確かに大馬鹿だ!!」
「おい!!」
「だが、電話線を切るような真似はしない!!」
「どうかしらね! 見張りがいるのにも関わらず、電話線が切られたのよ! あんた達、本当に見張ってたんでしょうね! 犯人とグルなんじゃないの!?」
「イザベラ、止めなさいって!」
アマンダがイザベラを引っ張り、その前に出た。
「ごめんなさい。ヘンゼルさんと……え、お兄さんって……?」
「ふっ! 私達は、双子なものでして……!」
「あら、そうでしたの! ということは……」
アマンダが目を輝かせてグレタを見つめた。
「弟さん……!」
「グレーテルと申します!!!!」
「あ、あの、未来の姉の、ああ、いえ、その、……アマンダと申します! ぽっ!!!」
……色々渋滞してきたわね。あたしはイザベラに顔を向けた。
「イザベラ、今、アマンダさんの部屋を見てもらってるわ。何もない事が確認出来たら、とりあえずそっちの部屋に行ってくれる? で、今、探偵様も呼んだから、すぐに来てくださると思うわ」
「……ありがとう。テリー」
(さて、こうなったらクレアが来ないとどうにもならないわね……。あたしもしばらくここで待機を……)
――と思った刹那、遠くから視界に入ってきた人物を見て、あたしの顔が歪んだ。
(げっ)
この船の社長――ママが、こっちに向かって歩いて来ている。
「一体何が起きたの?」
「アーメンガード様、実はイザベラ様の部屋の電話線が……」
「イザベラ」
あたしは笑顔で一歩下がった。
「あたし、野暮用が出来たわ」
「え」
「すぐに戻るから」
「テリー?」
「探偵が戻る頃には戻るから! ……じゃ!」
「テリー! どこに行くの!? 危ないわよ!」
あたしはママが歩く反対方向の廊下に走り、曲がり角に曲がった。階段を駆け下り、スイートクラスエリアから離れていく。
(はあ! 危なかった! 見つかったらぶん殴られるわ!)
事件の様子を見つつ、被害者が船を訴えないように心のケアに来たんだわ。そういう気遣いも出来るのよっていう、ママなりのアピール作戦。畜生。あれはしばらく居座るわね。見つかったら数時間の説教。外出禁止令が出される予感。
(最悪。あの部屋に戻れないじゃない。……まあ……クレアとは会わないといけないし……)
カラスの足に巻き付いてたあの紙が気になる。
(最初の現場って言ってたっけ? いいわ。先回りして会いに行こう)
また角を曲がり、赤い絨毯が続く廊下を歩き――ふと、気がついた。この船の壁に沢山の絵が飾られている。あたしは横の壁を見た。
そこには、美しい人魚の絵が飾られていた。
(……セイレーン、とか言ってたかしら)
海の怪物。あまり詳しい事は聞いてないけど、メニーとソフィアが知ってるようだった。
(……そういえば)
クマのハンカチと粘土のお守りをくれた双子の少女達。あの子達も、そんなことを言ってた気がする。
(クマって魔除け効果でもあるのかしら)
そして、よく考えたら、――片割れって、第一被害者じゃない?
(……いなくなったって言ってた)
お魚さんを追いかけてドアを開けたら、片割れがいなくなったから、お姉さん一緒に捜してって、言ってたわよね?
(……)
ポーチバッグを開けてみる。中には、マチェットに返すのを忘れた彼の腕時計が入ってる。時計の針を見る。……この時間ならまだいるかもしれない。
(顔、覚えられてるといいけど……)
あたしは行き先を変更する。向かうのは最初の現場ではなく、子供達の遊び場所。子供の楽園。
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