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三章:雪の姫はワルツを踊る
第9話 凍り付く体(1)
しおりを挟む今日は朝から大吹雪。窓がカタカタ揺れるほどの大吹雪に、使用人達も戸締まりをきっちりして、外には一歩も出ないようにとギルエドが言っていた。
窓を眺め、あたしは窓に息を吐いた。窓が濁る。人差し指を冷たい窓にくっつけて、絵を描く。
(ふんふんふーん)
指が鼠ちゃんを描く。
(あら、うまく描けたわ。流石、あたし。絵も上手)
外は大吹雪だけど、絵は上手く描けた。
(今日はパン屋に行けないわね)
こんな吹雪でも、ニクスは出勤なのだろうか。
(家にいても寒いだけだし、いっそうお店の方が安全かもしれないわね。だけどお父さんが寝込んでるから、家にいるかも)
何がどうしてか、報われないガキだこと。
ホームレスのあたし達の方がいい生活してたかも。どうだったかしら。ホームレスで初めての冬を迎えた時。
(……ああ、やめておこう。……思い出したくない……)
顔をしかめると、ゴーン、と時計が鳴った。
(あ、授業の時間だ)
あたしはブラックボードと教科書を持って、部屋の扉を開ける。
「にゃー」
「うわっ」
目の前に現れたドロシーを踏みそうになって、慌てて一歩下がった。
「ドロシー」
「にゃーあ」
「何よ。あんた、あたしの部屋の前で何してるのよ」
「にゃーあ」
ドロシーが隣に歩いていく。少し離れた横の扉。メニーの部屋の前に歩き、扉の前で立ち止まる。
「にゃー」
「何がにゃーよ。自分で開ければいいじゃない」
ドロシーがくしゃみをして、体を震わせる。あたしは無視してメニーの部屋の扉をノックした。
「メニー」
返事は無い。
(また本でも読み漁ってるわけ?)
朝ごはんの時も見かけなかった。あたしはもう一度扉を叩く。
「メニー、ドロシーがメニーと遊びたいって」
返事は無い。あたしはイラッとして、もう一度ノックした。
「メニー?」
ドアノブを握る。
「メニー、いるの?」
勝手に扉を開ける。
「メ」
扉を開けた瞬間、カーテンの閉め切った暗い部屋があたしの視界に入った。扉の前には俯いたメニーが立ち尽くす。
あたしの目が見開かれる。
メニーの目が前髪越しに動いた。
あたしが口を開ける。
メニーが腕を伸ばす。
思いきり、突き飛ばされる。
(は?)
あたしの体が宙に浮く。
ドロシーがあたしの下敷きになる前に、目を丸くして、慌てて避けた。一方、あたしは背中から廊下の地面にぶつかる。
「いだっ!」
「にゃー!」
「ちょっと! 何するのよ! メニー!」
メニーがはあ、と息を吐き、あたしの片足を持った。
「な、ちょ」
メニーがそのまま、なんて事無く、あたしを暗い部屋へ引っ張った。
「な、何。何? 何!?」
抵抗するが、メニーの腕が離れない。簡単に部屋へずるずる引きずられる。
「ちょ、助けて! ドロシー!」
あたしがドロシーに手を伸ばして助けを求めると、ドロシーが目を鋭くさせ、部屋に駆け出した―――瞬間、ばたんと勢いよく扉が閉められた。
(あ)
「ぎにゃっ」
扉の向こうからは、ドロシーが扉にぶつかった鈍い音が聞こえ、恐る恐る上を見上げる。メニーが扉を閉めていた。
「め、メニー…?」
あたしは体を起こし、後ずさる。
「おほほ、嫌だわ。メニーったら。何? 何のサプライズ?」
メニーは扉を閉めたまま、固まっている。あたしも固まり、異変を感じる。
(…………暖炉の火が焚かれているのに、部屋が涼しい?)
寒さの無くなったあたしの体が涼しく感じる。
(………なんか、変な感じがする)
あたしは太陽の如く、にっこりと笑った。
「カーテンなんて閉めて、部屋が暗いじゃない!」
吹雪の音。
窓が揺れる音。
暗い部屋。
メニーの冷たい背中。
「メニー、どうしたの? あんた、引きこもりすぎて、太陽の光が怖くなっちゃったわけ? ふふっ! リトルルビィじゃあるまいし!」
メニーがゆっくりと、俯いたまま、あたしに振り向いた。
「ひっ!」
あたしは慌てて立ち上がる。
「おほほほ! メニー! もう授業の時間よ! 何やってるのよ! 準備は!?」
メニーが一歩前に出た。あたしは一歩後ろに下がった。
「メニー? どうしたの? ほらほら、元気を出して。何がどうしたの? 俯いてたら、あんたの可愛いお顔が見られないわよ!」
メニーが一歩前に出た。
「メ」
あたしが下がる前に、メニーが、一歩二歩三歩四歩五歩六歩七歩ずかずかずかずか歩いてきてあたしは顔を真っ青にさせ血の気を引かせ慌てて一歩二歩三歩四歩五歩六歩七歩下がってもメニーがその一歩二歩三歩四歩五歩六歩七歩分を歩いてくるからひたすら急いで内心パニックになってまじで動揺と混乱を心に感じてこれはまずいと思って逃げようと後ろに下がれば、
(あ)
背中に壁がついた。
「あ!?」
メニーが歩いてくる。
「めめめめめめめメニー!? どうしたっていうの!? おほほほほほほほほ!!」
なんか、変。
(こいつ、やっぱり、なんか様子が変!)
あたしはメニーに笑う。
内心、メニーを睨む。
(お前、何がどうしてそうなったのよ!)
「メッ」
メニーがあたしの手を掴んだ。
「ニー?」
その瞬間、なんて悪いタイミングに、地面が揺れるのだろう。
「っ」
部屋が揺れる。あたしとメニーの体が揺られる。
「わ!」
あたしとメニーの手が離れた。
「うわ、わわわわ、わわわ!」
足がふらついて、ととんとんと地面を踊る。部屋が揺れる。
「ひゃっ」
メニーのベッドに倒れる。
「うぶ!」
ベッドのふかふかクッションに体が沈み、慌てて上体を振り向かせる。メニーが立ち尽くしている。
(………?)
メニーが、部屋が揺れているのにかかわらず、じっと、立っている。
「メ、メニー…?」
揺れが収まってくる。メニーが立ち尽くしている。
「あんた、どうしたの?」
揺れが小さくなると、メニーが歩き出した。あたしに向かって、足をゆっくりと動かし、止まることなく、一歩、一歩、ベッドに倒れるあたしに歩いてくる。あたしは後ろに下がる。メニーがベッドに乗った。あたしは下がる。メニーが前に出る。あたしの後ろに逃げ場がなくなった。メニーがあたしの上に乗り、あたしを見下ろす。
(ぐ…!)
なんでメニーに見下ろされないといけないのよ…!
(どういうつもりよ! メニー!)
くわっと目を見開いて、メニーを睨みつけると、
メニーが上から、あたしを抱きしめた。
(え?)
「寒い」
メニーが耳元で呟いた。
「寒い」
「……メニー?」
「寒い」
メニーの腕の力が強まる。
「寒い」
メニーが呟いた。
「寒い、寒い」
「メニー?」
「寒い寒い寒い寒い寒い寒い」
「…メニー…?」
「寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い」
「メニー」
あたしはメニーの背中を叩いた。
「メニーってば」
「寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い」
「メ…」
メニーの口から、白い息が出た。
「メニー?」
メニーが寒いと呟く。しかし、暖炉は焚かれている。火が揺れる。部屋は暖かい。メニーが抱き着くあたしの体温は、とても暖かい。
「寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い」
「メニー」
あたしは無理矢理体を起こす。
「メニー」
「寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い」
「メニー、こっち見て」
「寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い」
「メニーってば」
「寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い」
「メニー」
あたしはメニーの顔を見下ろした。
「メニー」
「寒い」
そこには、顔の青いメニーがいた。
「寒い」
メニーの唇が青い。
「寒い」
メニーの肌が白い。
「寒い」
メニーの瞳が虚ろ。
「寒い」
「メニー」
あたしは体を起こし、シーツを握り、勢いよく広げる。メニーの体を覆う。
「あんた、どうしたのよ」
「寒い」
「こっち来なさい」
メニーを引っ張り、暖炉の傍に座らせる。
「待ってて」
メニーが暖炉の前でぼうっと座る。あたしはベッドからいくつもの枕とクッションを持ち、メニーの周りに設置していく。
「メニー、クッションに体重を預けて」
「……」
メニーがクッションに体重を乗せる。周りのクッションも、メニーの体を支える。あたしはさらにベッドから毛布を取り出し、メニーに被せ、シーツを取り出し、メニーに被せ、メニーを雪だるまのように厚くさせていく。
(後は)
「さ、これでもう寒くないでしょ」
あたしはメニーの手をぎゅっと握った。
「どう?」
あたしの暖かな手が、メニーの冷えた手を溶かしていく。
「メニー?」
メニーがぼうっとする。
「メニー」
メニーの目に、暖炉の火が反射して映る。
「メニーメニーメニーメニーメニー」
歌うように呼ぶと、手を握ると、暖めると、メニーが細く息を吸った。あたしの熱がメニーに伝わる。手から手へと体温が移っていく。氷が溶けたように、メニーの手のぬくもりがどんどん表に出てくる。
「…………」
メニーの目に、光が戻る。
「…………………………あれ?」
メニーが、はっと我に返った。
「…………おねえ、ちゃん?」
瞳に光が戻り、肌の色が変わり、唇はピンクに変わる。ぱちぱちと瞬きして、あたしを見つめる。
「お姉ちゃん、何やってるの?」
「それはこっちの台詞よ」
憎たらしい手を離す。
「何やってるのよ。あんた」
「え…?」
メニーがきょとんとして、ゆっくりと目玉を動かす。自分がクッションと枕に囲まれ、クッションの上に倒れ、シーツと毛布のサンドウィッチの具になって、メニーだるまが完成している。メニーが自分の状況を見て、眉をひそめた。
「…………私、どうしちゃったの……?」
メニーが自分の手を見る。
「なんか、ぼうっとする」
メニーが身震いした。
「んん…。寒い…」
「大丈夫?」
「わかんない……」
メニーが自分の腕を抱きしめて、ぶるぶると震え始めた。
「寒い、なんか、すごく寒い…」
「失礼」
あたしは腕をメニーの背中とシーツの間に潜り込ませ、メニーの肩を抱く。
「わ!?」
メニーを抱き寄せる。
「お、お姉ちゃん!?」
「…………冷たいわね」
寒さの無くなったあたしでも感じる。
(こいつ、氷みたい)
メニーの体温が、まるで元々無いように感じる。
(チャンスだ)
あたしは敵の隙を見逃さない。相手が風邪の時こそ、好感度アップのチャンス。これ以上のイベントは無い。にぃんまりと、口角が上に上がる。
(罪滅ぼしミッション、メニーの看病をする! ぐひひひひ! ドロシー! あんたの魔法、活用させていただくわよ!)
「メニー、体が冷たいわよ。あんた、本当に風邪引いたんじゃない?」
「分かんないけど…、その、すごく、寒くて…」
(ほお? 寒いのー? しょうがない子ねー。メニーちゃーん)
あたしはとっても優しい声で、メニーの背中を撫でる。
「メニー、あたしがくっついててあげるわ。寒い時って、なんだか人肌が恋しくなるものよ。でしょ?」
「ん…」
メニーが吐息を漏らし、ぼうっと、あたしの肩に頭を乗せて、またぼうっと、暖炉の火を見つめる。
「なんか…お姉ちゃん、すごくあったかい…」
「暖炉の前にいるんだし、そう感じるのよ」
「そう…かな…」
メニーがあたしの肩に、頭をすり、と寄せた。
「……あったかい……」
(すりすりすり寄ってんじゃねえぞ!! メニーのくせに!! てめえの垢があたしの肩につくじゃないのよ!! 今夜はたっぷり肩を綺麗に綺麗に洗い流してやる!!! 畜生が!!! くたばれ!!!!)
「メニー、体が震えてるわよ。大丈夫?」
あたしは優しく微笑み、メニーの背中を撫でる。
「よしよし。メニー」
「ふわあ…」
「メニーは良い子ね」
「はあ…」
「おー、よしよし。よーしよし。」
「…ふはあ…」
メニーが息を吐き、目を閉じた。
「お姉ちゃん…気持ちいい…」
「そう。良かったわ」
「お姉ちゃん」
「ん?」
「手、握って…」
「いいわよ」
(今回だけよ。クソメニー)
あたしはにこにこしながらメニーの手を握り、優しく背中を撫でる。
「さ、体を預けて。メニー」
「はあ…。あったかい…」
メニーがぼうっと瞼を上げた。
「昨日の夜も、すごく寒くて…」
「暖炉は?」
「火はずっとついてる。でも、なんか、寒くて…」
「ドロシーは?」
「昨日の夜から見かけてない」
「部屋の前にいたわよ」
「え?」
メニーが扉を見た。
「そうだったんだ。気づかなかった」
「猫用の扉つければ?」
「そうだね。ギルエドに相談する。ドロシー、寒い思いしてないかな。可哀想」
「部屋に入れる?」
「待って。お姉ちゃん」
メニーがあたしの手を握り締める。
「もう少しだけ」
「ええ。いいわよ」
あたしは、優しいお姉ちゃんだもの。
「メニーが満足するまで、傍にいてあげる」
にっこりと笑い、にんまりと笑い、メニーの背中を撫でる。
「まだ寒い?」
「まだ寒い」
「そう」
「でもね、不思議なの。お姉ちゃんとくっついてたら、あったかいの」
「へえ。不思議ね」
「なんでだろう。ベッドの中、すごく寒かったのに」
メニーがうとうとしてくる。
「お姉ちゃんは…あったかい…」
そこで、メニーがはっとする。
「ひらめいた!」
「ん?」
「お姉ちゃん!」
メニーがクッションに横になる。
「お姉ちゃん!」
横をぽんぽんされる。
「こっち!!」
「メニー、あたし、予知が出来るようになったのよ」
「え、予知…!?」
「あんた、あたしを隣に寝かせて、抱き枕代わりにするつもりでしょ」
「えっ」
メニーがごくりと唾を呑んだ。
「どうして分かったの!?」
(当たってるんかい!!)
あたしは顔をしかめた。
「メニー、人を枕代わりにするんじゃないの」
「ね、一回だけ。ね、お願い。お姉ちゃん、一回だけ」
「メニー」
「お願い! 先っちょだけだから!」
「あんた、誰からそんな言葉教わったの!」
「お願いする時、そう言ったらお願いが叶うって、本に」
「あんた、なんて本を読んでるの! そんなお下品な言葉忘れなさい! はしたない!!」
吐き飛ばすように言って、結局メニーの隣のクッションに体を沈める。
(……あら…、クッション、意外といけるわね……)
クッションの柔らかさを堪能し始めると、メニーが横からあたしにくっついてきた。
「わあ、すごい。あったかい。お姉ちゃん、なんかこれ、すごくいいよ」
「はいはい」
メニーがあたしの腰を抱く。足を絡ませる。
「メニー、だらしないわよ」
「お姉ちゃんもだらしない」
冷たいメニーがあたしにくっつくと、メニーの頬が緩んでいく。
「はあ…。あったかい……」
メニーが欠伸した。
「ふわあ…」
「メニー」
「…寝ないよ」
「寝るならそのままベッドに行きなさい。クッションは戻しておくから」
「ベッド、寒いんだもん…」
メニーがあたしを抱きしめた。
「ここで寝る…」
「メニー」
「ふわあ…」
「ちょっと、本気で寝るの? メニー」
「んん……」
メニーが唸る。
「……………」
黙る。
「すやあ…」
びきっ。
あたしのこめかみに、青筋が立った。
(こいつ、あたしを抱き枕にしてすやすやぴいぴい眠りやがった…!!)
むかむかむかむかぁ!!
(お前何様なのよーーーーーーー!!!)
「ふんぬ!!!」
あたしは体を転がらせ、メニーの腕から抜ける。メニーの腕がクッションに沈み、そのままシーツと毛布のサンドウィッチメニーが暖炉の前で眠る。
(この小娘ぇぇええ…!!)
あたしは起き上がり、拳を固めた。
「けっ!」
ずかずか歩き、メニーの顔を覗き込む。幸せそうに、顔の力を緩ませて眠っている。
(ふん。一生眠ってろ)
「んん……」
メニーが寝返った。シーツを蹴飛ばす。
「……………」
あたしはシーツをメニーに被せた。
(風邪が悪化したらあたしのせいにされかねない…)
畜生。面倒くさいわね…。
「んん…」
メニーが毛布を蹴飛ばした。あたしは毛布をメニーに被せる。
(てめえ、寒いってほざいておいて、何蹴飛ばしてるのよ…)
「んー……」
メニーの足がシーツから覗かせる。
「うー…」
「だから風邪引くのよ」
あたしは足の上にシーツを引っ張る。メニーが動く。ネグリジェがずれる。
「んー…」
「メニー、ネグリジェがずれてる」
「すやあ…」
「いだっ! ぐっ! こいつ、あたしを蹴りやがった! 何よ! てめえ、見ても何も得しない綺麗な太もも見せびらかして楽しいか! クソ! 白くてつやつやの細い足なんかしやがって!! むかつく奴ね!!」
あたしはネグリジェを引っ張る。メニーの足が左右に開いて、あたしの体に絡む。
「んん…」
「メニー! いい加減にしなさい! お前、寝相悪いわよ!」
「ひーひーふー…」
「ん、この呼吸は、まさか、ラマーズ法!? お前、出産する夢でも見てるのか!」
「ひーひーしゅー」
「てめ! よくもそんな幸せそうな夢見やがって! ふざけんな! だからてめえなんて嫌いなのよ! 起きろや! メニー!!」
コンコン。
「失礼します。メニーお嬢様」
扉を開いた。
「先ほど地震が起きましたが、ご無事で…………」
サリアが入って来て、あたしと目が合った。
「あ」
「あ」
あたしとサリアが声を揃えた。サリアがきょとんと、あたしとメニーを見つめる。
ネグリジェがずれ、その袖を掴むあたしの手。はだけるメニーの太もも。メニーの左右に開かれた足の間に座っているあたしを見て、サリアが、はっと口を押さえた。
「まあ、大変失礼致しました」
サリアが頭を下げた。
「お二人のお時間を邪魔しました」
サリアが頭を上げた。
「テリーお嬢様」
「ん?」
サリアがウインクした。
「近親相姦での行為中は、戸締りをしっかりしてくださいな」
サリアがそう言い残し、にこりと笑って、後ろに下がり、ゆっくりと、扉を閉めた。
部屋が静かになる。
「…………………」
あたしは深呼吸をする。息を大きく吸って、
叫んだ。
「サリア、ちがーーーーーーーーーーーーーーう!!!!!!!!」
あたしの声は、激しい吹雪の音に消されていくのだった。
(*'ω'*)
「あっははははははは!!!」
ニクスが腹を抱えて笑い出した。
「それ、その後どうしたの?」
「どうもしない。誤解を解いておしまいよ」
水筒から暖かいホットミルクをカップに注ぎ、ニクスに渡す。
「はい」
「ありがとう」
あたしもカップに注ぎ、水筒からミルクが無くなる。かまくらの中で肩をくっつかせて、二人で飲む。
「誤解解けたの?」
「元々誤解なんて無いのよ。サリアはね、からかいたいだけなのよ」
「ふふっ。テリーのお屋敷の使用人さん達は個性的だよね」
「………確かに」
脳裏の中に個性的な使用人達の顔を思い浮かべて、納得して、頷く。ニクスがホットミルクを飲み、ほっと白い息を吐いた。
「ね、テリー、実際はどうなの?」
「何が」
「メニーの事好き?」
「妹としてね」
「恋人じゃなくて?」
「ニクス、あたしに何を言わせたいの?」
「だって、テリーとメニー、血が繋がってないんでしょ?」
「そうよ。メニーはママが再婚したお父様の連れ子。言ってしまえば赤の他人」
「でも家族になった」
「そうよ。今ではベックス家の末娘」
「じゃあ、姉妹の禁じられた恋だ」
「ニクス」
「ふふっ! 冗談だよ!」
ニクスがホットミルクを飲んだ。
「面白がってるでしょ」
「テリーの話は何だって面白い。ね、本当はメニーの事好きなんでしょ? 結婚式はいつ?」
「この」
「いたっ」
ニクスの背中を叩いて、そっぽを向く。
「ふん!」
「冗談だよ、テリー」
「知ってる」
「また拗ねるんだから」
二人でホットミルクを飲み込む。白い息を吐く。
「はあ」
「焚き火が欲しい」
「そうだね。寒いや。でも、ホットミルクはとっても暖かい」
「サリアが出かけるなら持っていけって。ニクスと飲みなさいだって」
「優しいね。サリアさん」
「それと、ケルドもまた食べにおいでやす、だって」
「うん。テリーさえ良ければ、ぜひ。美味しかったよ。あのコックさんの料理」
「お父様も連れてくれば?」
ニクスがにこりと笑った。
「お父さんは、駄目かな」
「どうして?」
「緊張しちゃうから。ほら、テリーのお家、とても大きいでしょう? だから、見ただけで緊張して、心臓発作が起きちゃうよ」
「そんなに?」
「テリー、僕と君の身分の差って、それくらいあるんだよ」
ニクスがあたしの手を握った。
「僕だって、テリーじゃなかったら貴族が怖いもん」
「あたしは怖くないの?」
「怖くないよ」
怖いというか、
「テリーは可愛い」
あたしはきょとんと、瞬きをして、むっと頬を膨らませた。
「違う」
「え?」
「あたしは、可愛いじゃない」
あたしは、
「『美しいなの』」
「『ふふっ』」
そういえば、過去にもこんな会話をしたかもしれない。覚えてないのに、勝手に口が動く。
「『そうだね。テリーは美人だ』」
「『当然よ。あたしはプリンセスなんだから』」
「『うん。テリーはお姫様だ。僕にとっても、この国にとっても』」
「『そうよ。あたしはプリンセス。だからしもべ、何か面白い事を言いなさい』」
「『テリー以上に面白い話は出来ないよ』」
「『何でもいいわ。なんか話してみて』」
「『そうだなあ』」
ニクスは唸りながら考えて、ひらめく。
「『じゃあ、テリー。君は今、喜怒哀楽で、どの感情?』」
「『喜怒哀楽?』」
「『うん。喜怒哀楽。喜怒哀楽って、一番単純な感情の表れなんだって。お父さんが言ってた。だから、僕は自分の心が乱れてる時、喜怒哀楽でどの感情なんだろうって考えるんだ』」
「『ふーん』」
「『テリーは?』」
「『あたし?』」
「『喜怒哀楽で、どの感情?』」
あたしは考える。ニクスの顔を見ているだけで、約束を破られる未来を思い出す。
「………怒」
「怒り? 何を怒ってるの?」
「さあね」
「さあねって、…分からないのに怒ってるの?」
「そうよ」
一度目の世界の記憶が残ってるあたしは、
「分からない事に対して、怒りを感じるわ」
「テリーはおかしな子だね。分からないのに怒りを感じるなんて」
「そうよ。分からないから怒りを感じるのよ」
分からない。
お前がどうして約束を破ったのかが分からない。
「あたしはずっとイライラしてるわ」
「どうして?」
「分からないからよ」
「分からないなら、イライラする必要は無いよ」
ニクスが笑った。
「ホットミルクを飲んで、気を休めたら、イライラも吹き飛ぶさ」
「…………」
「僕は最近、あまりイライラを感じないんだ」
どちらかというと、
「楽かな」
「楽?」
「そうだよ」
ニクスがあたしに寄り添う。
「テリーと友達になってから、毎日が楽の感情に溢れて、しょうがないんだ」
(喜怒哀楽の楽、ね)
だったら、どうして約束を破ったのよ。
「毎日楽しいんだ」
あたしは待ってたのに。
「テリーと遊んでたら、次の日も頑張れる」
ずっと、待ってたのに。
「明日も遊べる?」
「もちろんよ」
あたしは可愛い笑顔で頷く。
「『あたしもニクスと一緒に遊びたい』」
「『僕もだよ。テリー』」
子供のニクスとあたしは笑い合う。肩をくっつかせて、寄り添って、おしくらまんじゅう。押されて泣くな。二人で、体温を暖め合う。
「テリー、これ飲んだら雪合戦して遊ぼうよ」
「ええ」
あたしとニクスが、カップに口をつけた。
「テリー、明日も遊ぼう」
「ええ」
あたしとニクスが、白い息を吐いた。
「テリー」
「ええ」
「僕達」
ニクスが呟いた。
「何があっても、友達だよ」
――――――――――突然、地面が大きく揺れた。
「っ」
「ニクス」
「しっ」
ニクスがあたしの手を握り締めた。
「テリー、じっとして」
「かまくらが崩れるわ」
「大丈夫」
「ニクス」
「大丈夫」
ニクスが笑顔であたしをあやす。
「ここは雪の国だから、崩れないよ」
雪は従順さ。
「プリンセスには、指一本触れられやしない」
地面が揺れる。あたしはニクスの手を引っ張るが、ニクスは動こうとしない。地震が起きる。揺れる。かまくらが崩れないか、ひやひやと見上げる。ニクスがじっとする。揺れる。あたしは目をぐるぐる動かす。だがニクスは動かない。揺れる。だが、動かない。ホットミルクが雪に散りばって、溶けていく。しかしニクスは動かない。揺れが小さくなっていく。小さくなっていく。
止まった。
「…………最近、多いわね」
「テリー」
ニクスが微笑んだ。
「やっぱり、帰ろうか」
「え?」
「帰る時に地震があったら、大変だから」
ニクスがやっと動き出した。
「送るよ」
「………ん」
「出よう」
ニクスが空になったカップを持って、重たかった腰をようやく持ち上げ、かまくらから出て行った。下を見下ろす。あたしのカップにも、もうホットミルクは残ってなかった。
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